男の名前は坂田金時。

彼は何よりも鯉伴の幸せが嬉しかった。

そして───。

と言う誰得のやつです。人によっては合わないと思うのでそのときはブラウザバックを推奨します。
口調とかおかしいと思うのでそのときは指摘お願いします

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誰得ーなやつです。



偽ですが、坂田金時です

 大阪城。それは豊臣秀吉が築いた山城のこと。

 周囲には壕が造られ、真田丸と呼ばれる防衛出城が真田氏により構築されていた。真田と言えばあの真田である。

 まさに難攻不落と言っても差し支えない城へと変貌していた。

 

 そしてその城の天守閣では大妖怪同士の戦いが巻き起こっていた。

 新進気鋭の妖怪ぬらりひょんと転生を繰り返す化け狐、羽衣狐。

 ぬらりひょんは好いた女を取り戻すために。

 羽衣狐はこれまで以上の力を手にするために。

 互いに譲ることのできない戦いであり、これまでに類を見ない、妖怪戦争でもあった。

 

 

  ~2〜

 

 サングラスをかけた金髪おかっぱ頭の美丈夫、坂田金時は己の武器『黄金喰い』を眼前にてこちらを睨みつける、顔面の半分を卒塔婆で隠した男──いや鬼へ、上段から力を込めた一撃を振り下ろした。

 

「オラァ!!」

 

 落雷が落ちたかのような凄まじい轟音と共に、雷の衝撃が周囲に悉く広がった。周辺にいた低級の妖怪たちはその衝撃に耐えられず、天守閣のふすまを突き破り、外に投げ出される。

 

「っとお、おいおい、効いてねえのかよ……」

 

 思わず金時は舌打ちをしそうになる。どうにも先ほどの攻撃は効いていなかったようで己の攻撃を寸分の刀で受け止めた茨木童子は変わらず金時を睨み付けていた。

 

 茨木童子は酒呑童子に付き従い、人々を殺しに回った鬼だ。その最後は定かではなかったのだが片腕を切り落とした──と聞いている。

 

「金時ぃ!……金時い!」

 先ほどからぶつぶつと金時の名を叫ぶ。呪詛のように繰り返しては、顔半分にある卒塔婆をしきりに気にかけていた。

 

 茨木童子は卒塔婆を片手で抑えながら、狂ったように彼の名を叫び続ける。

「金時、金時金時金時ぃぃ!!! 憎っくき四天王の一人ぃ!!!」 

 

「はっ。悪りいことしたのがいけねえ。自業自得だぜ」

 この肉体の記憶と己の魂は共鳴している。悪党にかける情けは持ち合わせていないと。

 金時はサングラスをくいと上げた。

 

「もうすぐうちの大将が全てを終わらす。罪のない人の命を奪った代償だ」

 そう。奴等は、奴等の頭目は私利私欲のために罪のない人間の命を奪った悪党だ。許せるはずがない。

 

 茨木童子の卒塔婆が外れ、からんと地面に落ちる。露になった顔の半分はおそらく酒呑童子であろう鬼面の半分があった。

 ふるふると身体を小刻みに震わせて、咆哮した。 

 

「金時ぃいいいいいいい!!!」

 咆哮がおさまったと同時、双眸に怪しい眼光を湛え、金時へ向かって駆けた。その進路に仲間が居ようものなら、平然と斬り伏せ、血飛沫が舞う。

 

 その光景に金時は、ぼそりと呟く。

「……本当に救えないぜ。アンタは」

 仲間すらをも殺すとは。茨木童子は悪党以上の外道らしい。

 ならば。

「引導を渡してやるぜ。──骨の髄まで逝っちまいな……」

 『黄金喰い』を持つ右手にぐぅと力を籠める。バチバチと纏う電気が弾け、黄金喰いの形態が徐々に変化していった。

 

「必殺……」

 茨木童子はもう目と鼻の先にまで迫っている。紫紺色の怪しい光を双眸に灯し、今もなお茨木童子は仲間を斬り殺しながら、金時へと向かう足を緩めようとしなかった。

「金時ぃいいいいい!!!」

 一際、それこそ積年思いが詰まったかのような厳つい咆哮を上げながら、茨木童子は刀を振り上げた。

 対して金時の黄金喰いは、すくいあげるかのように斬撃を迎えうつ。

 

「ゴールデンスパァァァーク!!!」

 坂田金時と茨木童子のぶつかり合いは天守閣を眩い光で包み込んだ。

 そして次の瞬間、凄まじい轟音と共に爆ぜた。

 

 〜3~

 

 坂田金時に宿る魂は本来の"坂田金時"ではなかった。と言うのも、とある世界の一般人が憑依したのである。

 神様の手違いでその生を終え、お詫びと言うことでテンプレ通りに転生させてもらったのだ。

 しかしその一般人は坂田金時として生きたいと言ったわけではない。ただ、『綺麗なお嫁さんをもらって長生きしたい』と願っただけだった。

 それを神様がどう解釈したのかは定かではないが気付けば龍神の子、坂田金時として生を受けていたのである。

 

 そしてあれよあれよと流されるままに源頼光四天王の一人として数えられるようになっていた。

 頼光、そして己以外の四天王が老いて天に召されるなか、金時は老いず、その寿命には果てが見えることはなかった。

 

 それから何百年と時が過ぎ、坂田金時は自分が妖の子だと知る。己が龍神の子供であったと知ったのだ。

 

 そして金時は運命と出会った。

 無駄に流麗に伸ばした白い髪。首から肩にかけて羽織る大狼の毛皮。大胆不敵と言える力強い双眸。何万と言える妖を率い、畏れをここまでかと背負った存在"ぬらりひょん"に。

 

「貴様が坂田金時か」

 

「おう俺っちがそうだ」

 

「よし、ならば儂の百鬼に加われ」

 

「……」

 永い時間、金時は孤独だった。愛するものは出来ても、直ぐに天に召されてしまったから。思い出が残ってはいるものの、形のないそれは苦痛にしかならなかった。

 だから彼は堕ちてしまった。自分のように何百年とも言える時間を生きる彼らに出会ってしまって。

 人の一生は刹那と知っている。だから金時は人に与するものでありながら、妖の側へとついた。

 

 それからの日々は楽しくもあり、可笑しくもあり悲しくもあった。

 

 

 

 

 大将ぬらりひょんの好いた女を取り返す戦いでは。

「大将いきな。ここは俺っちが抑える」

 

「任せたぞ! 金時!」

 

 ぬらりひょんとの人間の姫珱姫との婚姻では。

「た"い"じょ"ーっ!、お"幸"せ"に"ーっ」

 金時は自分のことのように嬉しくて、野太い声で泣いた。

 

「お、おい、金時泣きすぎだぞ……」

 

 

 奴良組の組織とぬらりひょんのお世継ぎの誕生おいては。

「ねーねー金時のおじさん」

 

「ん? 鯉坊どうした 」

 金色の瞳を持つ少年、鯉伴がにこにこと子供らしくあどけない笑みを浮かべながら、縁側に腰掛けていた金時の股座に座る。

 

「またあの熊のお話して。僕大好きなんだ!」

 熊のお話と言うのは自分の幼少期のころの話だ。

 金太郎と言えば一番分かりやすいだろう。

 自分のことを話すのは気恥ずかしいが、金時は目を輝かせた鯉伴を見るのが好きだった。

 

「いいぜ。よしじゃあ昔むかしあるところに───」

 

 またある日。

 

「ふぅー、いっぷく、いっぷく」

 金時はキセルを吹かす。いくら吸っても悪くならない身体だ。趣味程度には嗜んでいた。

 

「金時のおっさん」

 不意に背に声がかかった。金時はこの声音を知っている。彼の成長を間近で見てきた分、聞き慣れていた声音だ。

 金時は振り向く。

 

「おう、鯉坊……って、そっちのれでぃは……」

 鯉伴の隣には清楚な長い黒髪が特徴的な女性が恥ずかしそうに、そわそわしながら佇んでいた。

「俺さ、この女性と結婚しようと思うんだ」

 鯉伴は女性に視線を向けると、促すように彼女の名を呼ぶ。

「乙女」

 彼女はもじもじしながら一歩踏み出す。

「や、山吹乙女と申します。そ、そのこの度は鯉伴さまと結納を結ばせていただきたく……!」

 

 乙女が言葉を言い切る前に金時の声が制した。 

「鯉坊ー! つ"い"に"、つ"い"に"結婚す"る"んだな"あ"ー。う"う"俺っち"は嬉し"い"ぜー」

 

 感涙に咽び泣いた。自分のことのように嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 

 鯉伴が『泣きすぎだ』と宥めてくれたお陰で、ようやく涙は止まる。

 

「じゃあおっさん、俺たちは親父のとこに報告してくる」

 

「っ!」

(……俺っちが最初だったのか)

 また涙が溢れそうになった。

 

 

またある日。山吹乙女の突然の出奔。

 

「乙女……乙女……」

 うわごとのように彼女の名を呟く鯉伴。

 突然、彼女が奴良組を出ていってから数日。鯉伴は日に日に体調を崩していくばかりだ。

 この日も部屋で寝た切り。鯉伴の見舞いに部屋へ訪れると、雪女の雪麗が献身的に粥を口元へと運んでいた。

 

「鯉伴、食べないと死んじまうよ……」

 雪麗は悲壮感漂う表情を浮かべながら必死に看病していた。

 もはや廃人のように瞳から光をなくした鯉伴は粥を咀嚼どころか、飲み込むこともなく、どことなく宙を見つめている。

 

「鯉坊……」

 この日、金時は奴良組を出奔した。

 

 

 三年後。

 

 ようやくだ。ようやく彼女を見つけることが出来た。

 山吹乙女は江戸から遠く離れた田舎で寺子屋を営んでいた。

「山吹せんせー、へんな男のひとが呼んでるよー」

 

「変な男の? 一体………っ!!!」

 

「……ここにいたのか」 

 自分でも驚く位に低い声音だった。

 彼女に歩み寄ろうと踏み出すと、彼女は後ずさる。もう一歩踏み出すと、またも彼女は後ずさった。

 

 そんな彼女に苛立ちが募る。

「……どうしてだ」

 鯉伴を好いていたはずではなかったのか。

 初めて自分に彼女を紹介してくれた鯉伴は、とても幸せそうに彼女の名を呼んでいたのに。それこそ、愛が伝わるほどに。

 

「どうして鯉伴を……」

 捨てたんだ。

 乙女は言葉の続きを知っていたのか、震える声音で、想いを噛み締めるように慟哭し、述懐した。

「私は……私には……あの人の子供を……」

 

「……っ」

 金時は今始めて、彼女の苦痛を知った。

 羽衣狐との戦いで人間としか子を成せなくなってしまったぬらりひょん。例外なく鯉伴にも遺伝していた。

 

 乙女は愛する男の子供を身籠ることが出来ないことが重荷で、辛くて、耐えきれなかった。だから出奔したのだった。

 

 金時はかける言葉が見つからなかった。彼女の苦痛を知ったいま、安易に連れ戻すことは余計に二人を傷付けるだけな気がしていた。

 ましてや二人は互いを強く思い合っているから尚更……。

 

 沈黙が包むなか、乙女はぽつりぽつりと、衝撃的なことを告げた。

「……私は、直に……消えるでしょう」 

 

「なにっ!?」

 

「もう……畏れがないのです」

 

「おいっ。なんで早くに言わね──」

 

「良いのです。子を産むことが出来ない私は鯉伴さまの妻にふさわしくない。そして奴良組にも……だからこれはその罰……」

 

「……そんな」

 どこに彼女が罰を受ける理由がある。ただ二人は仲睦まじく過ごすはずだったのに。

 金時は己の顔から血の気が引いたのを自覚した。

 

 乙女は悲壮感溢れる笑顔を浮かべる。 

 

「金時さま、あのひとを頼みます。……本当は」

 乙女は聞き取ることの出来ない小さな声で呟いた。

 

 そしてその数日後、山吹乙女は金時に見守られて、この世から姿を消した。

 結果としては数年越しの二人の邂逅は──叶うことはなかった。

 

 

 

 

『ずっと一緒にいたかった』

 後になって乙女はそう呟いていたことを金時は知った。

 

 

 

 金時は奴良組に戻った。三年ぶりである。久し振りに目に映る奴良家の屋敷は新鮮味を帯びていた。この前修理したばかりの屋根瓦は年季が入っているかのように色落ちしている。それどころか、また別の瓦が新しくなっていた。庭に植えてある木々も記憶とは大分違っている。

 

 屋敷の敷居を踏んだとき、玄関からみえる縁側にぼんやりと腰を落ち着けていた鯉伴と目が合う。

 数年前の鯉伴とは大分雰囲気が違い、どこか陰りがあるものの、しっかりと我を取り戻していた。

「おっさん……」

 鯉伴は開口一番に名を呟き、金時へと駆け寄り、頭を下げた。

   

「悪かった。俺が不甲斐ないばっかりに……」

 

「……気にすんなって、鯉坊。俺っちは……」

 果たしてここで、乙女の話をしても良いのだろうか。鯉伴は彼女のことは忘れてはいないと思うが、それでも悲しみを振り切って前に進んだのである。

 

 ここで彼女のことを話すのは憚られた。

 金時は少しの逡巡の後、話さないことに決めた。

「俺っちは……いや鯉坊、ようやく戻って来てくれたか! よし、ここは祝い酒でも飲み交わそうぜ! 」

 金時は鯉伴の肩を横に抱くと、屋敷の奥へと進んだ。  

 

 この日の夜は金時への祝い酒もとき酒乱の宴になった。

 

 

   〜3~

  

 

 世は移ろい、時代は江戸から明治、大正、昭和、そして平成へと変わった。

 

 その間にも奴良組は着々と支配領域を広げていった。これも奴良組二代目の辣腕と言えるだろう。

 だがその勢力拡大の裏では、山吹乙女との思い出が鯉伴を蝕んでいた。鯉伴は逃げるように、奴良組を大きくしようと没頭していたのだ。

 

 そしてそんなときだった。

 鯉伴に愛するものが出来た。若菜と言う人間だった。

 ある日の夜。鯉伴は件の人間を伴い、金時の元を訪れた。

 

「金時のおっさん。俺はこの人と幸せになろうと思う……」

 彼女の肩を抱いた鯉伴だが、その手は傍目にも分かるほどに震えている。

 それに気付いた彼女はそっと手を重ねた。

「怖いの? 鯉伴さん」

 

「いや……あぁ怖いんだ」

 一瞬、鯉伴は逡巡するように言葉を詰まらせる。しかしふっと認めたように儚げに笑みを溢す。

 

「大丈夫よ、私が傍にいるんだもの、ね」

 彼女は鯉伴に笑いかける。

 

 そして真剣な表情で金時を見つめると深呼吸し、思いの丈をぶつけるかのように大声を出す。 

「あの、結婚を認めてください!」

 

「わっはっは! はなっから俺は認めてるぜ。幸せになんな」

 どうしてだろうか。鯉伴が尻に敷かれる未来が想像出来てしまった。

 

 だがそれでも──。

(ようやく、鯉伴が幸せになれる)

 

 とても嬉しかった。今までのこともあり、尚更。

 

「は、はい! ありがとうございます! お義父さま」

「い、いや俺っちは違うぜ」

 どうやらこの報告も自分が一番最初だったらしい。

 

   〜4~

 

 数年が経ち、二人はめでたく婚姻をあげた。

 そしてさらにめでたいことも起こる。

 

 ある朝のこと。雪女の雪麗の娘、氷麗と遊んでいるときだった。

「冷たっ!? まぁた氷麗だな」

 毎度の如く、氷麗は金時の背中に氷柱をこそっと忍ばせていた。

 

「わーいっ! 金時のおじさんが怒ったー!」

 たったった。氷麗は一目散に廊下の奥へと逃げる。

 これがいつものセオリーだ。そして鬼ごっこの始まりであった。

「よぉし、鬼がいくぜー」

 

 金時が駆け出そうとしたとき───。

 

「おっさん!」

 かなり焦った様子の鯉伴が走り寄ってきた。額には大玉の汗が浮かぶ。

 もしかしたらまた───。

(だめだ。そんなことじゃあねえはずだ)

 

「俺に……俺に、お、おれ"に"、」

 鯉伴は子供のようにしゃくりあげながら嗚咽する。

「お、おい鯉坊、落ち着けや」

 しかし金時の言葉も聞かず、さらに嗚咽が酷くなった。

「……お"、れ"に、"こ"、もが、」

 そしてようやく、言葉が聞き取れる位に鯉伴が落ち着きを取り戻す。

 泣き腫らした顔で、しかし多幸感溢れる声音で叫んだ。

「子供が出来たっ!」

 

「──────っ!!」

 

「鯉坊っ!! 」

 金時は万感の思いで一杯だった。言葉では言い表せないくらいに。

 鯉伴の幸せそうな声も相まって、それこそ、自分の子供でもあるかのように嬉しかった。

 金時は思わず、サングラスを外し、溢れた涙を拭う。

「大将には?」

 

「今からだ」

 今回も金時が一番最初におめでたい報告を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 そして、ついに。

 

 鯉伴の子供が誕生した。男の子だ。

 

 産湯に浸かった我が子を鯉伴は抱いた。

 

「ありがとうな。名前は──おっさん」

 ふと、鯉伴は金時を呼ぶ。

 

「俺っち」

 

「決めてくれないか?」

 

「何いってんだ? こーいうのは親が……」

 

「おっさんが決めてくれ。若菜とも話合って決めたことなんだ」

 金時は疲労困憊であろう彼女に目を向けると、息を切らしながら、しっかりと頷いた。

 

「わかった。けど、1日、待ってはくれねえか」

 

 翌日。

 鯉伴と若菜夫妻は赤ん坊を抱き、金時の部屋を訪ねてきた。

「おっさん」

「金時さん」

 二人は真剣な顔つきで金時を見る。

 

「……決まったぜ」

 昨夜は寝ずに一晩中考えた。そして出た名が───。

 

「リクオだ」

 ぬらりひょんの『リ』。そしてぬらりひょんの血が四分の一継いでいる──クォーター。それを合わせて『リクオ』となった。

 

「リクオ……リクオか」 

 鯉伴は噛み締めるように繰り返す。

「おっさん、ありがとう」

 リクオをいとおしくみつめていた。

 

 

   〇〇〇

 

 

 リクオが五歳になって半年が経つ。すでに春の訪れを感じ始める今日この頃だが、今日は肌寒い。

 だが子供は風の子。リクオは近くの公園に鯉伴と遊びに出掛けていた。いつもならば若菜と一緒なのだが今回は父親とだけだ。

 

 ぬらりひょんと金時、若菜は堀ごたつに入りながらテレビを見たり、テーブルの上のみかんを食べたりと、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 

「リクオたち遅いわねー」

 

 ふと若菜が呟いた言葉に金時は壁に掛けられている時計を見る。

 確かに今日は帰りが遅い。既に時刻は四時に差し掛かろうとしている。いつもなら三時頃には帰宅しているはずだ。

 ぬらりひょんはテーブルのみかんに手を伸ばし剥き始める。

「若菜さんは心配性じゃのう。道草でも食っとるんじゃろ」

 剥き終わったみかんを一つ口内へ運んだ。

 

「じゃあ俺っちが迎えにいってくるぜ」

 

「あらそう? 頼めるかしら」

 

「相変わらずわっかいのー金時。儂は腰が痛くて動けんのにのー」

 痛い痛いとぬらりひょんは腰を擦る。

 

「何いってんだ大将。俺っち知ってるぜ? この前商店街でタダ飯食らってただろう? まだまだ現役じゃねーか」

 ぬらりひょんが口に運んでいたみかんを止めた。

「……」

 どうやら図星のようだった。

 

「そいじゃ俺っちいってくるぜ」

 屋敷を出て、最寄りの公園へと向かった。

 いくら春が近いとはいえ、やはり少し肌寒い。しかし近くある桜並木はちらほらと開花し始めていた。

 

 そんな開花している桜を見ながら歩くこと数分。

 山吹の花が折り重なって咲く公園で遊ぶリクオたちを見つけた。

 どこか見覚えのある少女とリクオは追いかけっこをしている。

 腰まで届く黒髪がとても特徴的な少女だった───。

 鯉伴は、と言うとベンチに腰掛けていた。いとおしそうに目を細めながらリクオたちを見ている。

 いやリクオと言うよりは彼女を目で追っているのだろうか。

 

 鯉伴はぼそぼそと口元を動かす。

 その刹那だった───。微弱な妖気が発生する。

 それが合図だったのか少女は走ることをやめた。 

「あ! 金時のおじさーん!」

 こちらに気付いたリクオが駆け寄ってきた。

 

「おう、遅いから迎えにきたぜ」

 

「おとうさーん。 帰ろー」

 リクオの声に鯉伴は返事を返す。リクオの元へと歩き出そうとした瞬間───。

 

 鯉伴の背後には、刀を持った、あの少女がいた。

 ──山吹乙女だ。

 刀を引き、少女は鯉伴を貫こうとしている。

「鯉伴っ!」

 あだ名で呼ぶことすら忘れ、金時は走った。

 

「おい? おっさん? 」

 金時は必死に走った。

 

 ──間に合え、間に合え!

 

「なんだよ、おっさ……っ」

 鯉伴を突き飛ばす。

 

「っ!!!」

 刀は腹部を貫通した。熱く、焼けるような痛みが襲い、己の畏れが急激に抜けていくのを感じる。

 少女は状況を理解したのか、目を見開き、か細く震えた声を出す。

「……ぁ、あぁ」

 少女は刀から手を離した。金時の腹部には刀が刺さったまま。刀の柄まで血が滴る。

 

「山吹、乙女か……」

 

「き、金、時さま」

 やはり彼女は山吹乙女だった。

 

 ならば、言うことは一つだ。

 彼女が最期に残した願いが叶うかもしれない。

「今生は、人間……か」

 畏れを感じない。おそらくは人間なはずだ。

 

「鯉坊……と」

 幸せになってほしい。

 

 それと一つだけ。

(わりぃ、大将。さき逝くわ)

 

 金時の意識は、途切れた。

 

 



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