瞬く間に階段を駆け昇り、体育ホールに到着する。
「……ここか」
暖かい系統の色で塗られた幅広の廊下。
左手側は、一面がガラス張りの構造であり、彼方にある山岳を眺めることができる。今では、すべてのガラスが打ち砕かれている。
右手側には、スライドタイプと思われるオレンジ色の扉が、手前と奥にひとつずつある。扉の近くに体育用具入れが置いてあり、ラケットや柔らかい素材のボールなどが詰まっている。
……以上が、体育ホール手前の全容だった。普段と異なる点は、そこらじゅうに死体が転がっていること。
「……決着がついたか?」
音はない。
てっきり、血なまぐさい戦いが行われていると思っていた。
俺は、そこらじゅうにある死体をひとつひとつ見ていった。ある1体は、円形状の支柱にぶつかって無残な姿を。また別の1体は、廊下の奥にある卓球台にもたれかかっている。
この2体だけじゃない。ほとんどすべての死体について、胸から腹にかけての袈裟斬りの跡がある。
「……」
「まさか、『ひどい』なんて思ってないよね?」
「一瞬、思った」
「その年でヤキが回ったの? ……さ、それじゃ」
俺達は、オレンジ色に塗られたスライド式の扉に目をやっている。
「ふたりとも。ちょっといいか」
集を見ると、小学生と思しき体操服の女子――どこそこから血を流して気絶している――を背中に負っていた。
「生き残ってるのがいた。逃げ遅れて気絶してるのが、あと2人。これから、下に運ぼうと思う……おい、なんだ? その目は。俺はさっき、確かに言ったよな?」
俺は、「わかってる」と言わんばかりに、
「集。もし俺が生き残れたら、教えてほしいことがある」
「なんでも聞けよ」
ゴオオンッ! ゴッ、ガッ!
この中からだ。衝撃音が響いてくる。
「全員降ろすまで、ふたりで繋いでくれ。頼んだぞ」
「はいよ」
「あたしが死んだら、保険料、あなたに請求しますからね!」
「お前らの保険料? せいぜいジュース代くらいにしかならんよ」
軽口を叩いたなら、足早に階段を駆け下りていく。
「……いい? 渉。あたしがドーンと扉を開ける。ふたりとも中に入ったら、ドーンと閉める。あとはわかるわね。思い出せる? つい3年前までやってたこと」
「当然」
「じゃ、いくわよ」
……右手指を揺り動かしている。
1,2,1,2,1,2……何度目かで、右手を前に振り出した。
ガアアアアアアアアアーーーンッ!!
文字どおり、凄まじい勢いで開扉させた。と思えば、すでに扉の仕切りを跨いでいる。
一瞬、後に続いた。すると、入ったが最後とばかり、開いた時と同じくらいの勢いで扉が閉じてしまった。
「伏せてッ!」
――ナイフ。だと思った。
幾本もの閃光が押し迫っている。いや、これは幾本じゃない、軽く10本は越えている――
「あ゛あああああぁッ!!」
叫喚とともに、由香里が崩れ落ちてしまう。
……ナイフだった。由香里の肩、みぞおち、左脚へと突き刺さっている黒い刀身。生まれたての恥じらいのような鈍い光が目に入る。
「……」
由香里に視線をやる。倒れ伏して、小鹿のように震えている身体。右手の人差し指を立てたまま。
俺は、ようやく状況の一部を把握する。
「俺に当たるはずのやつ……叩き落としてくれたのか」
不思議な感覚に包まれていた。焦っているような、いないような。冷静であるような、ないような。
「喬木様、今が逃げるチャンスです!」
目の前に、体育ホールが広がっている。
学校の体育館と同じく、横に長い構造であり、俺は今、長い辺の端あたりにいる。声の主は、その真向かいにあった。
侍衛《プレシディオ》だった。女の。
ほかの者と同じく、黒い色調のスーツに身を包んでいる。すぐ後ろには喬木がおり、彼を守るようにして非常階段に退こうとしている。
さらに、この女の前に、先日やりあったばかりの――景山と川上の姿があった。が、川上の方は、明らかに様子がおかしい。
いや、ちょっと待て。様子がおかしいとかいう以前に、どうして――?
が、なにより目に入ったのは――彼らの前に慄然と立ち尽くす、迷彩柄を着た黒のフェイスマスクの男だった。
体躯があり、背筋もしっかと伸びている。右手には、長さにして1m近くはあろうかという真っ黒いタクティカルナイフが握られている。さっきの飛び道具は、こいつから飛んできたに違いない。
男が、こちらを振り向いた。
「……!」
フェイスマスク越しに、目が合った。
「……」
俺を一瞥すると、また喬木の方を向いた。
苦々しい面持ちの喬木、非常階段へと歩みを進めていく。
「……逃がさんッ!」
まっすぐ、その方向に走り込んでいく。
――異常な速度だ、まるで、そう、自動車並みの。
「川上、待ってっ」
川上が、無言で飛び出した。景山を守るようにして。
いたるところ、傷だらけだった。見れば、右腕が取れかかっている。
が、なによりおかしいのは。
「死んでる……?」
グチャアッ!!
タクティカルナイフによる一閃が炸裂する。
川上だったものの肉体が撫で斬りにされてしまう。どす黒い血が男に撥ね返った。
「屍体《パリディ》にしては、よくもったな」
俺は、噴き出す血を眺めながら、すぐ後ろに倒れている由香里を意識する。
「身体能力の強化……いや、それだけじゃない。知能も加速してる」
謎の男と対峙している景山を見据えた。
視線をやると、ほんの一瞬だけ目が合ったが、すぐに逸らされる。
「……なめてんじゃないよっ」
景山が、両掌を床へと接触させる。
「……氷精のまなざし《クリスタル・ゲイズ》」
途端、男に撥ね返ったばかりの血が凍り付いた。
「……!」
動けないでいる。
身体に付着した血が、動きを制約している。
「くらいなっ」
ペットボトルを取り出した。回転を加えながら、逆さにする。
すると、刃渡りにして1メートル以上になる氷の刃――先日垣間見た、ブルーブレイカーというらしきものが誕生する。
そして――斬りかかったッ!
「おおっと」
「なッ!?」
男が翳したのは、一瞬で引っ張り上げた――川上という人間だったもの。
景山は、静止してしまう。
そして、次の瞬間には、屍体《パリディ》を投げ捨てるとともに、血による拘束を解き放った男の姿が――巨大なナイフを、景山めがけて――
「……?」
一撃は、空振りに終わった。
景山は、隙を縫って真後ろに下がる。
「なんだ、邪魔したのはお前か」
重々しい声。
人間のものとは思えない。加工している?
「ああ、俺がやった。ほら、目、見えないだろ。なんなら、直してやろうか?」
ガアンッ!!
タクティカルナイフを地面に叩きつけた。床を軽々と突き抜け、屹立したのを軽く引っこ抜いてから、ふたたび構える。
「そっちのお子さんのように、死ぬような目を見せてやろう」
言い終えるやいなや、迷わず狂いなく、こちらへと走ってくる。
「くそ、やっぱりこのレベルの奴には」
フローリングの床を蹴り続ける乾いた音。あっという間に、両者の距離が詰まる。
「おいおい、速すぎだろっ!」
「終わりだ」
しなるような動きでもって、左ストレートが放たれる――すんでのところで、横っ飛びに回避する。
「フンッ!」
連絡技だッ! 回し蹴りが飛んでくる。
――チャンスッ!
「関節、もらったっ」
飛んできたゴツイ脚へと絡みつく。が――
「ぐほッ!」
豪脚による遠心力に振り回され、非常階段へと続く扉に激突してしまう。
背中から叩きつけられ、力なく倒れるも、なんとか立ち上がる。
ここで退けるものか。負けじ、敵前へと躍り出る。
「……やるじゃん」
「口だけは一丁前だな」
ふたたび、こちらへと疾走してくる。
「!?」
「どうだ、今度は耳が聞こえないだろ。でも、目は見えるよな?」
男は立ち止まり、つま先を体育館の床にトントン、と撫でつける。
「愚かな。この戦況で相手に視界をくれてやるとは」
男は、左足の裏をしっかと床につける。
屈んだような姿勢となった。クラウチングスタートに近い。
「フンッ!」
フェイスマスクの影が揺れて、残像を作った――と思った矢先、敵が目の前にあった。
豪腕により、振り下ろされるタクティカルナイフ。ギリギリのところで回避するしかない、と身構えたところで――男の動きが止まった。
血だ! 血が滴っている。男の背中から流れていた。ぽたぽたと、床面に垂れ続けている。
その正体を確かめる。わかってはいたのだが。
「……ご協力、どうも」
ようやく、視認することができた。
男の背中に突き刺さった、景山の手から延々と伸びる――重厚長大なる氷柱を。
「ざまあないわ。ウチが寄ってくるの、わかんなかったでしょ……そらぁ、貫けッ! 大気の氷精《ブルーブレイカー》ッ!!」
「考えたな。だがっ」
「ウソッ!?」
謎の男は、そのまま前方向にしゃがみ込んだ。
すると、背中に突き刺さっていた氷柱が、景山ごと、持ち上げられて――
「覇ッ!!」
肉体を――そのまま、1回転ッ! 景山が振り飛ばされてしまう――俺の方に飛んで来た。だめだ、避けられない。このままじゃ、激突する。
ええい、ままよッ!
受け止めようとする。受け止めきれない。ふたりして、背後にある壁に激突する。
力なく、ずるずると倒れ込んだ。
「……おい、大丈夫かっ」
「大丈夫なわけないでしょ……見てのとおりよ。ボコボコにされたわ」
かすれ声だった。片方の瞼が腫れ上がっている。
それだけじゃない。ところどころ、打撲の跡が目立つ。
「……こんなところで。ようやく、ようやくまともな給料の職につけたっていうのに」
俯いた景山。
俺は、タクティカルナイフの男に視線をやっている。奴は、傷ついたばかりの背筋を伸ばしていた。こちらの様子をうかがいながら。
「で、景山さん。次はどうする?」
「……たぶん、もうだめね。あんた逃げてもいいよ。いや、逃げなさい」
「?」
わからない。この間は、あんなに残忍だったのに。同じ人間なのに、どうしてこうも態度が違うのだろう?
「……景山さんってさ、もっと肉食で、血も涙もなくて……いや」
景山の顔を見る。先日とは、異なる顔つき……のような気がした。
いや、違う。景山さんは、優しい。優しかったんだ。そうだよ、どうして思い出せなかったんだ? 優しかったじゃないか。ようやく、昔のことを思い出した。
秋にある神社の奉納祭りの時、毎年のように太鼓の打ち方教えてくれたっけ。
「おい、おいったら」
「ん……なに?」
草臥れている景山を揺り起こす。
「見ててください。カタキはとりますから」
言ってみた。調子に乗りすぎだろうか。
相手は、苦笑するばかりだった。
「強がりばっかり言って。こないだみたいにハリボテの自信なんでしょ。そんなんだから、ウチなんかにやられるんだって……協力してやりたいけど、今のウチには無理ね」
協力――そうだ、どうして思いつかなかったんだ。
景山の手を取った。
「嘘だ。嘘をついている。まだやれるって、景山さんはそう思ってる」
「……ふふっ」
ふいに、男の方を見る。
ナイフをひゅんひゅんと振り回し、こちらを見据えている。
時間の問題か。
俺達は、立ち上がった。
「ねえ、道ノ上くん。あんたってさ、概念力《ノーション》の名前を叫んで発動するタイプ?」
「どっちでもOKなタイプ」
「羨ましい」
男は、ゆっくりとではあるが、こちらに歩みを進めている。
俺は、男を見据えている。景山も。
「……いくよ」
景山の手が、俺の手に触れた。
「白薔薇の檻《アイシクルカーテン》」
辺り一面が真白の霧に覆われ、一寸先すら見えなくなる。
「これで相手の動きが鈍くなるはず。ああ、もう質料《ヒュレー》が残ってないわ……じゃあ、後は頼んだよ」
それだけ言うと、ずるずると壁にもたれかかる。
俺は、凍てついた大気に目を凝らしていた。男の姿は見えない。が、機動力は落ちているだろう。
「まるで、空気そのものが凍りついてるみたいだ……それでいて……寒くない。ん?」
どこかで、誰かが叫んだ気がする。「寒い」と。
が、気にしている暇はない。男の気配は止んでいないのだから。
「……なんとかしてみせなさいよ? 敵を取るって言ったんだから」
景山が、小声でせっついてくる。
「あいつの行動、なんだかわかる気がする」
小さな声で、「景山さん、ありがとう」と呟いてから、深呼吸をする。
「行くぞ、デカブツ野郎ッ!」
小刻みにステップを踏んでから、走り出した。足音を感じながら。間を取りながら。
――いる。もう、あと4,5メートルほど向こうにいる。
「げっ!?」
ナイフだった。飛んできたのは。
足の力を抜いた。仰向けに倒れ込んで回避する――肩を掠めたナイフが、壁面に突き刺さった音がする。
「若造が。走ってくるとでも思ったか?」
霧の中から男が現われる。
一瞬、一瞬だけ見えた。迷彩柄に張り付いた氷の粒が。
心なしか、動きが鈍っている。
「さっさと死ねっ!」
突撃とともに、タクティカルナイフが振り下ろされた。
「うおっ!」
必死で、体を捻ってかわす。
巨大なナイフは、俺のすぐ手前、股下のあたりに突き刺さった。
おいおい。動きが鈍ってるってのは思い過ごしか?
「くそっ、こいつ、ゴボウか。てんで抜けやせん」
ナイフを抜くのに手こずっていた。その隙をついて立ち上がる――男の斜め後ろに回り込んだ。今も、ナイフと床面とが擦れる音が聞こえてくる。
「くそ、どこへいったっ!」
「ここだっ!」
敵人の右肩あたりを両手でざっくばらんに掴んだなら、自重を預ける形で跳び上がる。
「うおっ!?」
空中戦。
右足を脇の下に、左足を首へと。敵の右腕をしっかと挟み込んだなら、そのまま――真っ逆さまに。
ドシンッ!
両者の体重による衝撃が、体育ホールの床を軋ませる。
そして、体勢は、
「ぐおおおおおおおおおおおッ!!」
「極まったッ!」
骨盤にしっかと固定された上腕二頭筋、技を掛けられる側の親指が天井を向いているという、まさに教科書どおりの理想形――腕ひしぎ十字固め、成立。
「折れろ!」、と心に願う。
「……効かんな」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。ただ、フワッと、腕ひしぎを掛けたままの俺の身体が、持ち上げられて――
男は、何事もなかったように立ち上がる。ビュン、という風圧が耳を切った。
「があっ!」
床に叩きつけられた。
次撃の踏みつけをギリギリで回避する。
「しぶといな」
重苦しい、しゃがれた声だった。
俺は、脱兎のごとく体育館内を走り回って、先ほど入ってきた出入口へと。
「やれやれ」
声が響いてくる。距離を取ったはずなのに。
「こんなものか……つまらん。この分だと、この霧もじきに晴れるだろう」
男が、近付いてくる。
「……悪く思うなよ」
黒光りするナイフを構えながら。
「悪く思わないでくださいね」
男の動きが止まった。
「……なんだ、これは」
――由香里だった。負傷したはずの由香里が、すぐそこの壁に佇んでいる。
「びっくりしました? 動けないでしょ。あたしの得意技なんです……見たところ、それ、ゴム素材の靴ですよね。そして、ここは体育館のフローリング。それでもし、あなたの靴底の周りが真空になったとしたら?」
「ぐ……!」
「靴の紐、キツそうに結んでありますね。すぐにはほどけなさそう」
「くそッ!」
靴を脱いでしまおうと、しゃがみ込んだ。
わかる。俺にはわかる。今、由香里は――「勝った」と呟いた。
なぜなら、男の背後には――俺がいるから。
「があああああああっ!」
右手で前襟を握るとともに、左手で逆側の襟を握る。そして、両手を――ネジのように、引き締めるッ!
十字締め、成立。
「どれだけ、肉体強化《バフ》をかけようと……頚動脈は、鍛えようがないよな」
ぎりぎりと、着実に男を締め上げる。
抵抗を試みるも、叶わない。なぜなら――
「あ、あ、ぐ……」
男の身体は、由香里の大気によって縛られているから。身じろぎがやっとだ。
「……」
やがて、力なく崩れ落ちる。
「……」
「……もうオチてるよ、渉」
「不安でしょうがないんだ」
「精神魔法《スピリチア》で言ったら……覚醒? に当たるのかしら」
「たぶん。でも、ほかにもなにかあると思う」
「ま、とにかく。そいつ、まだ死んでないよ。とどめ刺しておく?」
指先がパチパチと鳴っている。なにやら光も出ている。
微細ではあるが、磁界が生じていた。
「こんな霧の中じゃ、電気も使えないし……うう、さむっ」
身を震わす。
「いいよ、由香里。このまま逃げよう。集が来てくれ――おごっ!!」
みぞおちに一撃を食らってしまう。
「どうせ、あんただけ寒くないってオチでしょ! あたしがどんだけ凍えたと思ってんの」
よくよく見ると、由香里の全身に霜が降りている。髪も湿っていた。
衣服の数箇所が血に濡れている。が、ピンピンしている。ある程度、ナイフを押し返せていたのだろう。
俺は、お腹を押さえながら、
「うごご……でも、しょうがないだろ。だから、あんなにすばやく寝技を決めることができたんだ。あいつの動きが鈍っていたから」
「はいはい、よかったね渉クン。命が助かって。それに、あんたは、いざとなったらアレがあるもんね」
「あれは、やらないし……出来ない」
「あっそ」
バツが悪そうに歩き出す。
俺も連れ立って、出入口の前へ。
「集も、負傷者の搬出は終えてるだろ」
オレンジ色の扉を、ゆっくりとスライドさせる。すると――
途端、凄まじい勢いで扉が殴りつけられた。衝撃の正体はわからない。でも、ただひとつ、わかるのは――
「渉ッ!!」
撥ね飛ばされていた。見事に。
レールから外れたドアが、俺の両サイドに、ガン、ガンという接地音を響かせる。
ハッとなって、目を開けると……7,8人だろうか? そこいらに倒れている者達と同じ、黒の背広を着ている。
「ひどい有様ね」
「報告によれば、敵はひとりという。体たらくもいいところだよ」
「まさか、俺たちまで駆り出されるとは」
口々に喋りながら、体育ホールに入ってくる。先ほどの、迷彩柄の男の方へと歩いていく。
「こいつか? 感じでわかる、覚醒系の精神魔法《スピリチア》だ。ご丁寧に、ありとあらゆる能力を強化してやがる」
「さっさとトドメを刺すぞ」
初めに口を開いた女が、こちらへと。
「あなたたちが倒したの? やるじゃない!」
「……」
俺たちは、口を開かない。代わりに、謎の男の方に目線を向ける。
手先が……動いている?
「にげて! そいつ、なにか魔術具《ツール》をッ!」
――光。白色の閃光が照らした。
真っ白いそれがスウッと晴れるとともに、気配の数が増える。
「召喚術ッ!?」
男と同じく、迷彩柄を基調とした服装だが、装備が違う。ライフル、散弾銃、ハンドナイフ、防弾盾、短機関銃。素人でも見分けがつく兵器の類。まるで、映画にでも出てくるような。
言葉は、不要だった。一斉に、ふたつの勢力が争いを始める。
男の仲間が、その身体を引きずっていく。さらに、ひとりが盾を構えつつ散弾銃を連射すると、残り全員の重火器が一斉に火を噴いた。
「うおっ!」
耳が歪むほどの重低音。外耳をふさぐ。
今しがた話しかけてきた女が、概念力《ノーション》を発動していた。こちらに飛んできた銃弾は、すべて四方八方に撥ね返ってしまう。
間隙を縫って、ふたりばかりが刀剣を振り上げた。そのまま、敵陣へと斬り込んでいく――
「渉、逃げるわよ」
「当然」
言うやいなや、その手を取って、全力で出入口へと。
「……大丈夫、罠は仕掛けられてない」
「サンキュ」
無事に、扉だったところをくぐり抜ける。
すぐ背後では、耳がはち切れんばかりの衝撃音が鳴り響いている。
……目指すは1階。さあ、階段を降りよう。
「急げ! 4階だ」
絶望感。下の階から声が聞こえる。侍衛《プレシディオ》側の増援……だと思う。
「くそ、喬木議員の仲間だ」
深呼吸とともに、周囲を見渡す――北の壁面がガラス張りになっている。なっていた。
今では全部が粉々に砕け、真下へと落ちている。
「由香里! この大窓から! 飛び降りるんだ」
「……」
「どうした」
「あのね。空中浮遊はひとり用なの。ふたり以上は飛べないの」
「わかってるよそんなこと! でも、やるしかないだろ」
「……だめ」
うつむく由香里。
「だめ、じゃない」
由香里の肩を掴んだ。すると、顔を上げる。
――見るからに不安そうだ。
喬木の侍衛《プレシディオ》は、警戒のためだろうか。2階あたりに留まっている……と信じたい。
「……わかった。アレ、やるよ」
「ほんとに?」
「そっちこそ。本当にいいのか? 自分の力で飛べたって、証明できないのに」
「……!」
由香里は、深呼吸をした。
「どうする? 由香里」
「……うん、大丈夫。飛べるっ」
甲高い足音を伴って、喬木の侍衛《プレシディオ》が昇ってくるのが見えた。
大窓の前に立っている俺たちの姿を認める。
「お前ら、なにをしてる!」
「空中浮遊」
俺は、そのまま、由香里の手を引いて、
「せーのッ」
――落ちる。