妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#08:冷たい氷みたいに(上)(3)

 午後5時ちょうどだった。

 文化会館、いや文化会館跡は、国府第三中学校から歩いて二十分少々のところにある。

 

「きれいさっぱりだな」

 

 立入禁止の看板が随所に掲げてある。

 建物があった部分は、むき出しの大地になっていた。不自然に隆起している。

 ……報道機関と思しき人々が、堂々と敷地内に入って写真を撮っている。

 俺は、そんな様子をじっと見ていた。見ていると、ふいに梔子ほのかのことを思い出す。

 

「国府の森《こうふのもり》か……それにしたって、あんな概念力《ノーション》、反則だろ」

 

 ……いてもたってもいられなくなる。

 杭に張ってあるロープを潜り抜けて、敷地内へと。

 恐る恐る、其処に近付く。

 

「どれどれ」

 

 地層の底にある岩盤? と思しき、ぐにゃぐにゃとしたカタマリが立ち昇っている。地面からの高さは、2メートルほどか。しばらく、それを眺めていた。

 おもむろに、落ちていた石を拾い上げる。なんとなく記念になると思い、拾った石をポケットに入れた。

 

「ちょっと、そこどいてね」

 

 新聞記者に押されてしまう。

 

「あ、すいませんでした」

 

 大きなカメラを構えていた。その人は、ひたすらにフラッシュを焚き続けている。

 彼に続いて、何人もの記者がこちらに歩いてくる。なんだか焦っている。

 別の方向に目をやった。すると、『危険! 何人も立ち入りできません』という看板が退かされていた。

 また、記者団へと視線を移す。

 

「次の記者会見はいつだって?」

「1週間後だってよ。まったく煮え切らないよな、こんな騒ぎ起こしといて」

 

 彼らのうち、カメラを所持していない男がいた。

 今のふたりの方を振り向く。

 

「……おかしいと思わないか。地元紙が一社もいない」

「チーフ、そりゃ、あれですよ。昨日のうちに撮ったんでしょう」

「いや、待て。確かにおかしいぞ。ここいらのマスコミ誌は、今回の事件を取り上げてない」

「……もういい。3箇所から撮ったんなら十分だ。帰るぞ」

 

 チーフと呼ばれていた男が指示を出す。

 そんな様子を眺めていると、

 

「……なんだ?」

 

 寒気を感じる。

 

「おいおい、なんだ、こりゃあっ!」

 

 見えない。見えなくなった。敷地の外が。真っ暗闇になっている。いつの間に?

 ――暗闇に覆われているはずなのに、なぜか、明るい。周りが見える。真上は塞がっていないようだ。

 

「……立入禁止の札が見えなかったかしら? あれは行政府が立てたものよ?」

 

 いつの間にやら、女が立っている。

 先日、体育ホールで喬木議員を守っていた人だ。あの時と同じく、紺色調のレディース? スーツを身に付けている。真白のブラウスに、縁のない眼鏡、後ろでひと結びに束ねた髪。

 

「おい、あんた! なんのつもりだ? ここから出せ。そんなんだから、あんたら使用者《エッセ》は……」

 

 この場にいる記者は、十人少々といったところ。

 誰に導かれるでもなく、集まり始めている。

 

「そのとおりだ! こんな事件を起こしといて、なにが立入禁止だ。俺たちはジャーナリストだ、使命ってもんがある」

「……」

 

 女は、無言のまま、こちらに歩いてくる。彼等の数メートル手前で停止した。

 そして、口を開く。

 

「思い上がった連中。救いようがないわね……しかも、マスコミだけじゃない。子どもまでいるじゃない……喬木様、処理はどうしましょう」

「!?」

 

 身震いを隠せなかった。

 いつからだろう、記者たちの後ろに――喬木議員の姿があったから。

 

「うわぁっ!」

「どういうことだ? これがあの、概念力《ノーション》ってやつなのか?」

 

 ――彼は、以前と変わらない。スラリとした長身に角刈りが似合っている。男前、という言葉がぴったりと似合う、初老ほどの男。

 

「近頃のマスコミは礼儀がなっとらんのう」

 

 今しがた、3人組で話していたうちの1人、カメラマンへと近付いたなら――殴り抜けるようにして、首根っこを掴むのだった。

 

「おい! あんた、警察……ぽぎぃッ!」

 

 弾けた。

 その表現が相応しいかはわからない。が、確かに今、この男のアタマが粉々に散り飛んでしまったことは確かだ。四方八方に噴き出した鮮血が、喬木の体を染め上げている。

 悲観、憤怒、憎悪、警戒、狼狽――ありとあらゆるマイナスの感情がこの一団を支配していた。

 

「高森よ、今ほどの感じでよかったか?」

「はい。喬木様。お手伝いいただきありがとうございます。ですが、この程度の連中でしたら、そうやってアタマを抑えていなくても楽に始末できますわ」

「ははは、そうかそうか。では」

「!?」

 

 ――見えなかった。俊敏とか、そういうレベルの問題ではない。

 チーフと呼ばれていた男のネクタイを掴んだ。自分の方へと引っ張り込む。

 彼の正面を、高森と呼ばれた女に向けた。

 

「あああッ! あーーーーーーーっ、あーーーーーーーーーーーーーっ、す、すいません、すいあmせんんんtsっ」

「まあ、そう喚くな。ところで、君。立入禁止と書いてあったろう。にもかかわらず、写真撮影をしていた理由は? どうせまた、ろくでもない報道でもするつもりだったんじゃろう?」

「あ、あ、市役所が、市役所が情報を提供しないから。かといって、こんな大事件を取り上げないわけにはいかず……で、でも! ただ、撮ってただけで! そんな、卑しい形での報道なんて、まともな報道しか、考えておりませんッ」

「ほお。例えば、記事タイトル『建物滅失 原因不明』のように、あくまで、謎は謎のままで済ませるつもりだったということじゃな? 間違っても、『完全破壊! 使用者《エッセ》による処刑場と化した備後国府!』のようなタイトルは考えていなかった、ということじゃの?」

「はい、そのとおりですっ!」

「嘘をつくな」

 

 女が指を鳴らした。

 男の身体がビクンッ、と戦慄くとともに――目と鼻と口から鮮血を噴き出して、地面に沈んでしまった。

 ――気が狂っていた。ふたつの意味で。

 ひとつはもちろん、恐怖に塗れて右往左往している新聞記者たちであり、もうひとつは、この場を処刑場と化しているあのふたりである。

 

「さて。ひと段落したの。よし、次は……」

「思い出したぞっ! 市議会議員の、喬木直利《たかぎなおとし》だな! ……いいか、おい。こんな暴虐、誰にも知られずに済むはずがない! 後で死ぬような目をみるのはお前らだ! この建物の跡は……強力な使用者《エッセ》、そう、国府の森《こうふのもり》の連中によるものだろう。あそこは穏健派と聞いている。こんなことが知れたら……!」

「おお、そうじゃの。そのとおり。国府の森《こうふのもり》は、聚落《じゅらく》の名門中の名門にして、穏健派じゃ。しかし……だ。おい」

 

 喬木の視線が、高森へと。

 

「初めまして、皆さん。お会いしたことがある方もおりますね。高森と申します」

「あ、あ……」

 

 誰かが、「人事課の職員だ! 市役所の」と叫んだ。

 

「いいえ、違います。それは、第二の身分です……さて、それではあらためて挨拶をいたします。広島県の聚落《じゅらく》がひとつ、国府の森《こうふのもり》――初等魔術教育監の高森千尋と申します。緑ノ団の教育を担当しております」

「……」

 

 記者達は、微動だにしない……いや、違う。震えている。

 喬木は、彼らの元に歩いていく。

 

「残念だったの。わしはのう、国府の森《こうふのもり》の利益代表者《スポンサー》なんじゃ」

 

 彼らは、放心している。

 そう、まるで、己が死を受け入れたかのような――

 

「待て! 待ってくれ!」

 

 俺は、叫ぶ。

 喬木がこっちを見た。

 

「なんじゃ? 少年。前にも会ったのう」

 

 凄まじい視線。気圧される――

 ふいに、喬木が笑んだ。

 

「心配せんでええ。同じ使用者《エッセ》のよしみじゃ、お前さんは逃がしてやる。興味本位で、ここに入ってしまったんじゃろ? ええ、ええ。許す」

 

 戦う前から負けてなるものか。

 なけなしの勇気を振り絞ったなら、

 

「喬木議員、言いたいことがあります……もう十分じゃないですか。あの人たちは反省しています。これ以上はいいでしょう」

「……ほお」

 

 形相が変わった。

 

「どうやら、お前さんにはわしの力が及ばぬようじゃ。おかしいのう、使用者《エッセ》にも効果があるはずなんじゃが。まあ、こんな少年を痛めつけるのも忍びない。では――」

「!?」

 

 おぞましいまでの恐怖感。心の内に広がっていく。

 心臓の底から立ち昇ってくる真っ黒い感情に、大声を出したくなる。

 

「……これで最大出力じゃな。どうじゃ? わしの概念力《ノーション》は」

「……くそっ!!」

 

 自らの顔を殴った。全力で。

 とともに、喬木に向かって走り出す。

 距離は近い。残り――

 

「!?」

 

 肌で感じる。

 とある方角からの概念力《ノーション》を。

 

「ぐあッ!」

 

 衝撃によって吹き飛ばされる。岩盤に叩きつけられた。

 

「ぐ! あ……くそっ、もうちょっとだったのに……!」

 

 地面に突っ伏した状態から、なんとか起き上がる。

 ……高森を見た。不敵な笑みを浮かべている。

 

「あら、ごめんなさい。子ども相手につい」

 

 痛みを堪えつつ、喬木に視線をやる。

 先ほどと変わらず、超然としてこの場に佇んでいる。

 

「た……喬木議員!」

 

 思い切って、喋りかける。

 

「やめにしませんか! あなただって、昨日、危ない目にあったじゃないですか。自分の命と同じく、他人の命も大事にしてください!」

 

 ……約何秒かをはさんで、喬木の身体に震えが見られた。

 

「ぶふっ! はははは……! い、命……!? はははははッ」

「俺、なにかおかしいこと言いました?」

 

 中腰で立っている俺の、すぐ傍に寄ってくる。

 そして、

 

「あれか、あれはな。ああいう演出だったんじゃ」

 

 ヌメリとした、しゃがれ声。

 

「……」

「おお、少年。どうした? 別に、意図を理解しろとは言っておらん……それにしても、この状況で……なかなかのタマじゃ。どうだ、中学を出たらわしのところに来んか?」

 

 喬木を見上げた。睨みつける。

 

「なら、問います。いまここにある風景は、わざとですか? 違うでしょう。だから、あなたは今、ここにいる。計画していないことが起こったから、気が気でない。違いますか」

 

 喬木が顔を歪ませる。図星だろうか。

 

「……もういい。高森よ、ここにいる者は……全員、始末だ」

「かしこまりました」

 

 悲嘆に満ちた声とともに、記者らが暗闇の方に逃げ出していく。

 

「やめろッ!!」

 

 ――血。

 それだけ。それだけしかない。

 悲鳴は、案外ほとんどなかった。あるのはただ、肉が裂け、脳が飛び散っていくだけのシュールな光景。たった、それだけだった。

 意味のある言葉を漏らすでもなく、俺は立ちすくむことしかできない。

 

「あ……あ……」

 

 血。死んでいる。先ほどまでは心臓が脈を打っていた。

 血。死んでいる。先ほどまでは必死に逃げ回っていた。

 血。死んでいる。先ほどまでは命乞いをしていた。

 うめき、わめき、ざわめき、雄叫び、絶望、怒り――わずかこれだけの間に、ありとあらゆる負の感情が満ち満ちてしまった。

 

「……教えてくれよ、喬木議員。なんでこんなことするんだよ」

「よかろう。冥土の土産に教えてやる。本当なら、あの場でわしを襲った連中を皆殺しにして終わりじゃった。翌日の新聞記事には、『また暴走、特殊概念能力使用者』といった記事が踊っておったじゃろう。民衆は、使用者《エッセ》に恐怖する。が、それこそが営業活動のタネになる。常人が恐れ戦いている間に、賢い者は一歩も二歩も先をゆく……そうじゃ、常人が持ちえぬだけの強さ。使用者《エッセ》が一般市民を凌駕しとるのは、このぐらいしかないからのう。しかしじゃ、聚落《じゅらく》の出身者は、相当な数が仕事にあぶれておる……いいか。わしはな、今日、いろんな資料や証人を引っさげてのう、記者会見を開く予定だったんじゃ。わざわざ何人かの婦女子を助けてな、あの日、文化会館にいたのは正しい志をもった使用者《エッセ》であって、そういう奴らなら世の中の役に立つだろうと。そういう思いを世人にもって欲しかった! そして、新たな転職市場を開拓するんじゃ。転職業界の連中にも声をかけてあった! それが、こんなつまらんことに……」

「バカも休み休み言ってくれよ」

 

 あまりに馬鹿らしくて、声に出てしまった。

 

「いいえ、違うわ。少年」

 

 右手の関節をパキパキと唸らせながら歩いてくる、女。

 

「喬木様が市議会議員になってから二十年以上、多くの聚落《じゅらく》で生活状況が改善しています。国府の森《こうふのもり》にしても、完全失業率は2割を下回っていますし、戦闘による死亡者も近年ありません」

「……難しいことはわからない。でも、これだけはわかる……お前達は悪だ」

「理解を得られず残念です……喬木様、本当にいいのですね?」

「構わん。すぐに終わらせろ。今日は、これから例の会議があるからの」

「かしこまりました」

 

 高森と呼ばれていた女が、構えをとる。

 俺は、一歩だけ下がるとともに、学ランのボタンをはずす。

 ……捕まえることができたら、こっちのもの。寝技で仕留めてやる。

 互いの距離は、3メートルといったところ。

 相手を見据える。心臓が高鳴る。

 

 ガンッ、ガンッ。

 

 何かが、何かにぶつかる音が聞こえてくる。

 

「あら、なにかしら?」

 

 「いまだ」の「い」で飛び出す。

 高森は、まだ後ろを見ている。

 ――こちらを振り向いた。瞬く間に、その手を振り上げる。

 

「やばいッ!」

 

 音速の衝撃が襲い来る。

 

「そらよッ!」

 

 秒も耐え切れず、ズタズタになってしまった――俺の学ラン。

 

「うそ、どういうこと……?」

 

 女の、斜め後ろに回り込んだ。

 続いて、投石。さっき拾った石を投げた。

 バチィ、という電気が棚引くような音とともに、石が弾け飛ぶ。

 

『もらったっ』

 

 心の中で呟くとともに、その手は、高森が着ているスーツへと――

 

「おごっ!」

 

 地面に叩き付けられる。また距離を取られてしまった。

 

「足が速いのね……でも、まだまだ青い」

「……!」

 

 すぐに立ち上がる。

 突進ッ!

 

「これでどうだっ」

「……?」

 

 今、この高森という女をまとっているであろう違和感。それは、触感の喪失だった。衣服を着ていることすら感覚できずにいる。

 ――距離を詰める。右手が、女の横襟を掴んだ。と同時、右足を鎌のように振り上げる――左手でもって、女の袖を掴みながら――大外刈りッ!

 

「……触らないで?」

「がぁッ!?」

 

 吹き飛ばされてしまう。上空に。

 先ほどのものとは異なる、やわらかな上昇だった。

 フワリ、フワリと宙を漂い、そして――

 

「わかってるんでしょう? これからどうなるか」

「……ははっ」

 

 身長2つ分の高さから大地にブチ落とされた。右掌で受身をとる。

 ……体中を痛みがのたうつ。隅々にまで伝わる痺れ。苦し紛れに転がり回るしかない。

 

「なに? そのだらしない姿勢は。戦士の基本がなっていません」

 

 立ち上がった。不敵に笑んで見せる。

 

「まあ、見ててくださいよ……」

 

 必死の強がりを決めつつ、掌に砂利をしのばせた。

 

「いや、でもね。正直、痛いんすよ」

「殺し合いの最中に泣き言ですか?」

「ははは、高森よ。喪失付与《スティゾフィニア》による手助けは不要かな?」

「喬木様。お気持ちだけ頂戴いたしますわ……ゆっくり、ご覧になっていてください」

 

 あれしかない、という思いがよぎる。同時に、『あれだけはだめだ』という心の声も。

 

 ガ、ガ、ガ、ガガガガガガッ!

 

 掘削音? が脳裏をよぎっていく。さっき聞こえたのと同じような衝突音だ。

 ただし、音程がだいぶ異なるのと――大きくなっている?

 

「あんた。高森さんだっけ? なんか聞こえないか? さっきから」

「戦いに集中しなさい? これから、あなたは――」

 

 女は、指先をこちらに向けながら横に移動している――やがて、俺から見て真東の方向へと。

 いつの間にやったんだろう、スカートを引き裂いて動きやすくしている。

 

「高森さんだっけ。なんでそんなことしてんの? 変態なの?」

「あなた、戦いになると性格が変わるタイプね」

 

 ……高森の動きが止まった。

 

「ところで、そういう高森さんは、概念力《ノーション》を使うとき、いろいろナントカ叫ばなくてもいいタイプなんですかね?」

「まあ、そういうことです……さようなら」

 

 見えなかった。見えたのは、彼女が小刻みにジャンプをしたところまで。

 ――吹っ飛んでいた。胸部が凄まじい力で殴られて、ただただ真後ろの方向へと、抉られるように、俺の身体は――

 

「ぐほおぉッ!!」

 

 暗闇という壁に突き刺さった身体。

 

「あら? 馬鹿正直に当たってくれるだなんて」

「……ごぼっ、げ、げほっ」

 

 ――俺の背中。闇にくっついて取れない。どういう原理で張り付いているんだろう? 思いを馳せる。

 

「残念ですね。その壁に触ったが最後、抜け出せませんの」

 

 まだだ、まだ負けてない。必死の視線を女に向ける。

 だめだ、目がかすむ。もう、あれをやるしかない。

 ――深呼吸。

 

「なあ、死ぬ前に教えてくれよ。今の、どうやったんだ?」

「……例えばもし、私が一瞬だけ地面から離れるとしますよね? その間、地球は自転を続けていますよね? ……でも、私の身体が地球に置いていかれることはない。ですが、もし、地球から置いていかれるとしたら……あなたは、どう思われます?」

「はは、そんなことできんの?」

「国府の森《こうふのもり》の使用者《エッセ》が使うのは、魔導《ドライヴ》ではなく魔術《マギア》。魔導《ドライヴ》は、科学的な知識がなければ本領を発揮できませんけど、魔術《マギア》は違います。想像力、すなわちイメージがものを言うのです」

 

 女は、すぐ目の前に。心臓をめがけて腕を出す。

 俺は、小さく、小さく、深呼吸をした。

 

 ――《幻 想 変 換《デモンズ・トレード》》――

 

「手に入れるのは……自由ッ!!」

「!?」

「自由だあああああああああああああぁぁーーーっ!!!」

 

 暗闇の壁が破壊された。とともに、殴り抜けるようにして、女のブラウスの襟ぐりを掴んだ。

 次の瞬間、俺の右足が女の足首にしっかと掛けられる。流れるような手さばきで、女の袖口を――掴んだッ!

 

「おらぁッ!」

 

 大外刈り、一閃ッ!

 

「ああっ!」

 

 頭の後ろを打つようにして、女が成す術もなく倒れた。

 

「とどめだっ」

 

 左手で、女の右手首を捕らえるやいなや、右手を下から差し込んで――腕がらみ《アームロック》――極まったッ!

 

「折れろッ!」

「あ゛あああぁーー、あ、あ゛、あ゛あぁーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「どうだッ!」

「……冗談です」

「え?」

 

 突き上げるような衝撃により、はるか上空に跳ね飛ばされてしまう。

 肺のあたりに凄まじい痛みが襲ってくる。喉元には血の感触が。

 ――落下が始まった。

 

「ああ、この痛み。これが今回の代償か……」

 

 落下している。

 

「ごめんな、こんなに馬鹿で」

 

 落下している。

 

「……さよなら」

 

 落下していた。

 

「!?」

 

 2本の腕が、俺の身体をしっかと受け止めていた。

 

「馬鹿やろう。どうしてひとりで行くんだよ。学校で声を掛けたろう?」

「集……!」

 

 もう、すでに暗闇はなかった。おぞましい呻き声とともに、そこら中に闇のかけらを撒き散らしていく黒い霧――消え去った。

 ここには、ただ、地平線に広がる紫と赤色とが折り重なったような――春の夕暮れがあるだけだった。

 (第8話、終)

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