妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#09:冷たい氷みたいに(下)(1)

 集。俺を抱き止めたのは集だった。

 一緒に花壇を造っていた時のようなヨレヨレの作業服じゃなく、もう、こちらの方が見慣れてしまったスーツ姿だった。

 真白のシャツ、青色のネクタイ。きらりと輝くネクタイピン。スラッとした体型が、スーツに入った縦のラインのおかげで、より一層、引き締まって見える。

 

「……さて」

 

 集は、喬木をチラッと見たあと、高森を見据える。

 

「おい、やってくれたな。人の弟子、ボコッてくれやがって」

 

 高森も、負けじと集を睨み返す。

 

「相変わらず乱暴ですこと。さっきからゴンゴンうるさいと思ってましたけど、ついに人の召喚獣にまで手を出しましたね?」

「おお、出してやったとも。そうでもしないとこいつが死んでた」

「あなたはもう、一般人《エンス》の仲間なんでしょう? こういうことに手を出さない方がいいんじゃないかしら?」

「そこそこ関係があってな。どうしても助けたい」

 

 俺は今、集に抱えられながら話を聞いている。

 なんだか恥ずかしい。

 

「おい。そろそろ降ろしてくれよ」

「ああ、そうだった。よし」

 

 ……地面に下ろされた。

 足手まといになるのは目に見えていた。後ろに下がる。

 

「渉、もっと後ろに行け!」

 

 叫んだ瞬間を狙って、音速の斬撃が飛んでくる。

 ――集の腕が真横に振られたなら、それらを打ち返してしまう。

 そこいらに敷かれたタイルが衝撃によって割れ散った。

 

「逃がすことはできません。ご存知のように、私は魔術教育監です。こんなところで恥をさらすわけにはいきません」

 

 暗闇が晴れたあとの風景が、目の前に映っている。

 平日の夕方にもかかわらず、誰一人として通行人がいない。

 

「しょうがない……ちょっと、ちょっと喬木議員。もうすぐ会議ですけど、今からどうする予定です?」

 

 喬木は、車止めに腰をかけていた。

 

「どうするかのう。会議までは時間もない。仕方がない、歩いていこう……高森よ、後は頼んだぞ。それと三良坂くんも、今日の会議に遅れんようにな」

「わかりました。俺が勝てたらね」

 

 喬木が腰を上げた。

 そのまま北の方角、国府第三中学校へと歩き出す。

 

「……食らいなさい」

 

 高森は、苛立ちを隠せない口調とともに、両手を地面に付ける。

 

「渉! とりあえずそこにいろ!」

 

 力強い声。集が構えをとる。

 ……目の前には、詠唱らしきものを口ずさんでいる女がいる。集は、動かない。

 唱え終わったなら、しっかとこちらを見据えるのだった。そして――

 

 ――《グラビティ・フォール》――

 

「……やべっ!」

 

 集の、半径数メートルの範囲が沈み込んだ。

 剥き出しの大地も、アルファルトで舗装された部分も、煉瓦製のタイルも、なにもかもが沈んでいく――

 重力という名の暴圧に耐えながら、集は、深呼吸をする。

 

「ラッシュチューン」

「ラッシュチューン」

「ラッシュチューン」

「ラッシュチューン」

「ラッシュチューン――」

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン――」

「マインドリデュース」

「マインドリデュース」

「マインドリデュース」

「マインドリデュース」

「マインドリデュース……これでどうだっ!」

 

 一切、視認することができなかった。瞬きの速度で、女の懐へと潜り込んでいる。

 

「うっ!」

 

 突き上げられた拳を、両手を組んで受け止める高森。が、防御もむなしく、紙くずのように弾き飛ばされてしまう。

 弾き飛ばされた先へと、常軌を逸した速度で回り込んだ集、タイミングを合わせて――回し蹴りッ!

 

「がぁっ!!」

 

 放り投げられたぬいぐるみのようにバウンドをした高森、そのまま地面に転がって、引きずられて、勢いが止まる。止まったと思ったら、よろよろとしながら立ち上がる。

 さっきまでの余裕がなくなり、苦し紛れの笑みを浮かべている……ような気がする。

 

「自分の能力を高めるだけでなく……私に弱化魔法《デバフ》をかけたわね? 卑怯者」

 

 集を睨みつけている。

 ……背中からは、燦然と輝くばかりの火柱が昇っていた。それは両対の翼を為して――体を、空中へと舞い上げる。

 瞳は、諦めていない。

 

「燃えよ、燃えさかって、焦げ落ちろ――ワイルドファイアッ!」

 

 集の真下の地面から業炎が舞い昇る。跳び上がって避けたものの、衣服の一部が燃えている。

 燃焼材とはならないはずのレンガが、真っ赤に燃え盛っていた。

 火の勢いは、加速していく。

 

「せいっ!」

 

 人間離れしたスピードで火炎攻撃を回避し、高森へと迫る。

 負けじと、炎の翼をはためかせ、迎え撃とうとする。

 

「食らいなさいッ」

 

 炎の翼から、次々と打ち出される火球。その数は、5、10、15……あっという間に増えていく。

 身体ひとつ分のステップで避けていく集、最後の火球をかわしたなら、ターンを決めて――

 左手を高く掲げたなら、

 

 ――《永久の霧雨《イモータル・ブルー》》――

 

 唱えたと思った瞬間、目の前が真っ白になる。

 

「冷たッ!? なんだこれ」

 

 上空から降り注ぐ、止め処ない雨。

 燃え盛る大地と接触した雨粒が、瞬く間に水蒸気と化した。

 辺りが霧に包まれる。

 

「あ、ああ、あああああああああああっ、翼、私の翼がっ」

 

 あんなにも輝しかった翼が、あれよあれよという間に溶けていく。

 

「美人が台無しだな!」

 

 集の姿が見えない。迷わず俺は、水蒸気の霧の中へと。

 ……見つけた。両者が対峙しているのを。炎の翼は、まだ残っている。

 

「私を怒らせましたね? 本気でいきますッ!」

「……お手柔らかに」

 

 背中に生えた炎の翼に手を突っ込んだ。

 何かをまさぐっている、と感じたその瞬間、出てきたのは――どこまでも、どこまでも長い――槍だった。

 

「紅蓮の神槍――串刺せえッ!」

 

 底知れぬ怨恨を重ね、重ねたような声色だった。

 投擲の構え。槍の先端に灯った青白い炎が敵の方を向いている。

 ――投げたッ! 一直線ッ!

 

「……」

 

 対する集は、左手を真正面に突き出す。

 

「卑金の障壁」ガッ

「卑金の障壁」ガガッ

「卑金の障壁」ガンッ

「卑金の障壁」ガッガッ……ガッ!

「卑金の障壁」ガッ……ガッ

「卑金の障壁」ガッ

「卑金の障壁」ガガッ

「卑金の障壁」ガッ……

「卑金の障壁」ガコ……

「卑金の障壁」……

 

 青白色に燃え盛った炎の槍が――集が呼び出した10枚分の壁のうち、8枚目にまで突き刺さっている。

 この壁の正体は、正面入口跡から道路に向かって続いていた煉瓦造りの石畳だった。あっという間に捏ね合わされて固まり、障壁を作った。

 

「ぐ、ううううう……!」

「文化会館さまさまだな。レンガの質によっちゃあ、俺が焼き鳥みたいになってたところだ」

 

 女は、凄まじい形相で集を見詰めている……なにやら詠唱を唱えはじめた。

 唱え終わったなら、右手の指を左肩に乗せるような仕草とともに、

 

「……猛き炎帝の護り《ファイアカウンシル》」

 

 思わず、「熱い!」と叫びそうになった。

 熱気がこちらにまで伝わってくる。

 

「あんたも魔法強化《バフ》か? どうするんだよ、あの子みたいに超級概念《トランセンドノーション》でも使うつもりか?」

「……あれは人間ではなく、別の生き物よ」

「おやおや、国府の森《こうふのもり》の教育監ともあろうお人が、そんなこと言っちゃっていいんですかね?」

「あなたも……人間じゃないでしょッ!」

 

 燃え滾っていた槍が消滅した。

 集も、障壁魔法を解いた。ただの土くれに戻っていく、壁だったもの。

 ――均衡。両者、一歩たりとも動こうとしない。が、少しずつではあるものの、立ち位置が変化している。

 

「……?」

 

 今、高森が何度か瞬きをした。

 

「……がッ!?」

 

 いきなりだった。

 集の周りの地面が沈み込んだとともに、身動きが取れなくなってしまう。

 

「グラビティ・フォール。ふう、詠唱なしでも案外いけるものね」

「……畜生。やられた」

 

 あがいているのはわかる。が、動き切れないでいる。

 

「お得意の重力系統《グラビタス》か。やるじゃねーか、動けないぜ」

「……違いますわ。重力系統《グラビタス》は、魔導《ドライヴ》の一系統でしょう? 私が使っているのは、魔術《マギア》の一系統である緑ノ術よ? さあ、ここからが本気。現われよ……紅蓮の神槍」

 

 自分の背と同じ程度の長さをもつ炎の槍が出現する。くるりとひるがえし、逆手に持つ。槍の大きさ、炎の勢いは、先ほどのものよりはるかに小さい。

 切っ先に迷いはない。まっすぐ、集へと向けられている。

 

「ねえ、あなた。もう、十分生きたでしょ?」

 

 にっこりと笑う高森。

 

「高森さんほどじゃありませんよ」

 

 目の前に、炎の槍が突き立てられる。集は、苦笑している。

 高森は、攻撃に移るべきタイミングを整えつつある。

 

「受けなさい、私の炎をッ!」

 

 放たれる、一閃――

 集の口が動いたのを確かめる。

 

 ――《黒き血の星《ステラサグニ・ネグロ》》――

 

 俺は、地面に伏せた。こうでもしないと、命を奪われかねないから。

 耳をつんざくような破裂音が聞こえたかと思うと、凄まじい蒸気圧が真上を通り過ぎていく。伏せていなければ、おそらく死んでいた。

 ……なにが起こったんだ? ……そうだ、この感じ。冷気だ。一瞬だけ見えたような気がする、集が氷晶の固まりを召喚したのが。

 ――水蒸気爆発。見たことはないけれど、おそらくそれだ。

 

「……どうなった?」

 

 爆発点へと歩いていくと、バッバッ、という、何かが転がるような音がする。

 

「集!」

 

 見つけた。走り出す。

 

「あち、あちちっ」

「集、だいじょうぶかっ」

 

 地面を転がり回っている集の姿があった。体についた火を消そうと足掻いている。

 何度も何度も転がって、ようやく火が消える。

 すると、コゲだらけになったスーツを整えながら、

 

「水蒸気も晴れてきたな……さて」

「……は、は、はあ、はぁ……よくも、私の魔術《マギア》を……利用したわねッ!」

 

 消耗した様子の高森。膝をついている。

 スーツがぼろぼろだ。はだけたブラウスからブラジャー? の肩紐が覗いている。

 真っ白い肌に、肩紐のラインが覆いかぶさっている。ところどころが破れたブラウスと奇妙に合わさって、哀愁を漂わせていた。ラインを追っていき、やがて塊のようなものが目に入った途端、我に返って目を逸らす。

 女は、ゆるりと立った。立ち眩みとともに後ずさる。

 

「は、はあ、はあ、はあ……三良坂くん? 私がこれから何をしようとしているか、あなたにわかります?」

「さあ」

「召喚獣を呼びます。私とあなたの真下に、特大のやつを」

「それは、あれですか。契約召喚?」

「そんな質料《ヒュレー》が残っていたら、とっくにあなたを殺しています……物理召喚です。それも、見境なしの」

「へえ、それで。なにが言いたい」

「何度も言わせないで。これから、『私とあなたの真下に、特大のやつを』召喚します」

「……チッ」

 

 舌打ちをした。

 

「わかった、わかった! 俺の負けだ。降参!」

 

 両手を挙げる。

 

「わかればいいのです……」

 

 高森は、半ば悟ったような顔つきで、

 

「すいませんね。勝負に負けても、試合に負けるわけにはいきませんので……さあ、それでは」

 

 指先を額に当てる。呟いた。

 

「召喚《サモン》、エルダードラゴンリッチッ!」

 

 彼方からの重低音が響いてくる。声がする方を見た。

 先ほど殺されたばかりの記者達の真下に、真っ黒い穴のようなものが出現していた。

 

 ヴオオオオオオオオ……!

 

 黒。ただ、真っ黒だった。

 どこが目で、どこが口なのかわからない。ただ、巨大な塊が暗黒の中から現われて――死体が、宙にふわり、ふわりと漂いはじめた。

 

「これは……?」

 

 そいつの口が開いた。

 ガバリッ。そんな擬音がぴったりと似合う。

 ゆっくりと口内に吸い込まれていく、宙に浮いた死体。

 

「……三良坂くん。別に、アレを使ってもよかったんですよ? いいえ、千の魔法を使えるあなたですから、ほかに手もあったんじゃなくて?」

「ご冗談を。アレはとっておきですよ」

「あら。けれど、あの技術《アーツ》なくしては、もはや貴方とは呼べなくってよ……あの……が……よく……まで」

 

 高森が、真下に現われた穴へと消えていく。

 ……何を言っていた? 「あの落ちこぼれが、よくここまで」だろうか?

 集が落ちこぼれ? そんな馬鹿な。

 

「まおぼえてなさい、三良坂くん。それと、そこの子どももね……右手の腱がまだ痛みます」

「はいはい、高森さん。また会ったらよろしく」

 

 余裕の表情で、暗黒へと消えていく女を見送る。見送った。

 すっぽりと吸い込まれた後、真っ黒の塊が這い散るようにして穴が消えた。

 

「おい、大丈夫だったか?」

 

 俺は、バツが悪そうな顔になっている……はず。

 

「……まあ、かろうじて」

「これからどうするんだ」

「帰るよ」

 

 集の顔を見ることができなかった。

 なんだか、自分のすべてが見透かされていそうで。

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