妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#09:冷たい氷みたいに(下)(2)

 俺の家へと向かう道を、ふたりで歩いている。

 

『渉。話したいことは色々あるんだが……』

『集。会議、間に合うのか?』

『……受付係が時間オンチなのを祈るばかり、ってところだ。まあ、ゆっくり歩いていこうや。実は俺、参加したくねーんだ』

 

 というやり取りを思い出しつつ、俺は、

 

「はあ……」

 

 ため息をついた。

 足取りは、重い。さっきから沈黙が続いている。

 

「渉」

 

 集が口を開く。

 

「どうしてこんなことになったんだ。死ぬところだったんだぞ」

「気になったんだよ。文化会館が」

「気になった?」

「あんな事件があったら、そりゃ、気になるだろ」

「……もしかして、自分たちでこの騒ぎを収めようと躍起になったものの、てんで通用しなかったことでも気にかけてるんじゃないだろうな」

 

 道に落ちていた石。蹴っ飛ばす。

 

「そのとおりだよ! ……もやもやして、行ってみたくなった」

「病んでるな、渉くんは。もっと一般人《エンス》に対して無関心というか、そういうタイプだと思ってた」

「あいつらなんかどうでもいい! けど……自分のせいで誰かが苦しむのはいやだ」

「へえ、そうなんだ」

「……」

 

 肩のあたりを握った。

 

「なんてゆうか、そう……助けたいとか助けたくないとかじゃなくて、あいつらが原因で苦しくなることがあるんだよ。それは、あいつらの悪意によることもあるし、そうじゃなくて、俺たちの意識が元になってることもある」

 

 自分でも何を言っているのかわからない。

 集は、ただ聞いている。

 

「……あいつらの存在を気にしないでいられる。そんな自分になりたい」

「そーいうのは、お手本を探すといい」

 

 俺は、苦笑する。

 

「……由香里だ。あいつは、クラスの連中から無視されても、平気な顔で『おはよう』って言う。ほんと強いんだ、あいつ。あいつみたいになりたい」

「へえ、由香里ちゃんみたいになりたいんだ。どうやったらなれると思う?

「それがわかったら苦労しないよ……けど、ああ、そうだ。力、かな。力さえあればなんとかなる気がする。さっきの集みたいにさ、どんな使用者《エッセ》でもなぎ倒せるほどの力があれば、どんな境遇でも、チョウゼン、てやつ? そんな気持ちでいられる……と思う」

「へえ、そうなんだ。でも、あれ、すごかったじゃん……高森さんが放っていたあの召喚獣、ドードルバグという異界の魔獣、その成れの果てなんだが、あれの暗黒拘束を打ち破った奴は初めて見たな」

「見てたのか。早く助けてくれよ」

「特大レベルの概念力《ノーション》をぶつけてやったんだが。時間がかかってしまった。いや、そんなことより、お前がやったやつ。あれはいったい、なんなんだ? 教えてくれよ」

「あれは……俺が生まれ育った地域だと、幻 想 変 換《デモンズ・トレード》って呼ばれてる。俺以外だと、栞が使える」

「どんな能力なんだ」

「先に願いが叶う。でも、その後で……なにかが持っていかれる」

「叶わない願いだったら?」

「栞が言うには……その場で粉みじんに砕け散るらしい」

「すごいじゃん。そんな能力があったら、ぜひ使ってみたいね」

「冗談だろ。なにが消えるかわからないのに」

「その代償をコントロールできるかも……とか、考えられないか?」

「無理だ」

「いやいや。もしかしたら失うんじゃなくて、逆になにかを得られるかもよ」

「バカばっかり」

 

 また、無言になる。

 ただ、ふたりで歩いている。

 

「……なあ、集」

「どうした?」

「聞きたいことがある。本当は、あの日、文化会館で聞きたかった」

「ん、ああ、あれか」

 

 ……俺は、立ち止まる。集も立ち止まる。

 学校は、すぐ目の前にある。

 

「集。俺さ、公務員になりたいんだ。教えてくれよ、こんな俺でも公務員になれる方法を」

 

 集は、なんだか苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「どうしたんだよ、いつもはすぐに答えが返ってくるだろ。ダメなのか、俺じゃ。ふざけた理由なのはわかってるよ。でも、真剣なんだ」

「……基本的なところから行こう。まず、渉の場合は、中卒採用ということになるけれども、残念ながら中卒採用は現業職員しかやっていない。しかも、ハッピーマウンテン市では、使用者《エッセ》が一般職員として採用されたことはない。だから、いわゆる……フツーの公務員というのは無理だ」

 

 そして、ひと呼吸おいてから、

 

「しかし、だ。魔導技術職なら話は別だ。これは使用者《エッセ》しか受験することができない。幸いにも、今年は秋に採用試験がある」

「……俺にも希望があるってことか?」

「いいや。理由は、倍率だ。今から約8年前に行われた備後国府町の魔導技術職採用試験の倍率は……350倍だ。1人の定員に、それだけの数が来た。つまり、あれだ。選ばれし者以外はお断りってわけだ」

 

 俺の顔に、笑みが浮かんだ。

 

「希望……あるじゃんか。たったひとりでも、今年、採用試験をするんだろ!?」

「いや、するけれども……ハッピーマウンテン市と合併していることもあって、定員も3人に増えてはいるけれども……いや、だから、どうして笑っていられる? 絶望するところだろう」

「為せば成る……ってほど自信があるわけじゃない。でも、俺にはさ、もうそれしかないんだよ。チャンスがあること自体、喜ぶべきじゃないか?」

「……わかった。第一関門クリアだな。じゃあ、次は精神的なところにいこう」

 

 集の視線の先。

 国府第三中学校の校舎を眺めている。

 

「三川課長のくっそ長い挨拶も終わってる頃だな。渉、行こうか」

「え?」

「これから会議がある。扉に耳を当てながらとまでは言わないが、話し合いの内容を聞いてもらう」

 

 どういうことだ?

 

「公務員になれたとして、その職務を全うできなければ、そもそも意味がないからだ。いいか、この会議が終わった後で、自分が本当にこういう仕事に就くことができそうか。しっかりと見極めるんだ」

 

 *  *  *

 

 午後6時15分。日はすっかり落ちている。夜の学校は初めてのはずなのに、不思議と慣れている感じがする。

 俺たちは、ひたすらに廊下を進んでいく。職員室に辿り着いた。

 部屋の中から、誰かが抑揚をつけて話す声が聞こえる。

 

「おいおい、三川課長の挨拶とっくに終わってるじゃねーか……」

 

 コン、コン、コン。

 3回ノックの後、「はい、どうぞ」という声があった。

 集は、扉を閉じる際に、少し開きっぱなしにしてくれた。

 

「失礼します。遅れて申し訳ありません」

「三良坂。遅いじゃないか、先生方を待たせて」

 

 俺は、壁に身をもたせている。

 

「皆さん。すいません! 遅れてしまいました」

 

 はっきりとした声だった。

 「まあいいですよ」「座ってください」といった声が聞こえてくる。

 

「はい、よろしいでしょうか。それでは改めまして。全員が揃いましたので……」

「この声は……」

 

 和田先生だった。

 じっと、スライド扉に身を寄せる。

 

「それでは、この度の同和教育の推進に係る校内研修会、1人目の赤木先生による発表が終了いたしました。それでは、次は……えー、はい、挙手は待ってください。質疑応答は、後でまとめて行いますので」

 

 どうやら、司会役のようだ。

 

「2人目は、小山先生にお願いします……はい、小山先生。マイク、よろしいでしょうか。お願いします」

「はい、それでは参ります」

 

 国語の小山先生であることを察する。

 

「えー、皆さま。本日はこのような場を設けてくださり、ありがとうございます。特に、喬木議員のご協力なくしては、このような会を催すことはできません。えー、私、国語科を教えている小山、コ・ヤ・マと申します。私たち広島県労働者教職員組合におきましては、道徳の時間ではなく、かといって人権教育のコマでもない、一般の授業時間中にあって、広く人権意識を子どもたちに涵養するための取り組みを進めているところであります。先ほどの赤木先生ほどの情熱は私にはございませんが……はは、まあ、そうお笑いにならずに……身内同士の席ですので……」

 

 ……会議中に、冗談なんて言っていいのだろうか。そうこうしているうち、話が進んでいく。

 小山の話は、とにかく退屈だった。ベロ出しチョンマの話は、耳にタコができるほど聞かされている。さらに、声も小さくて聞き取りにくいときている。

 次は、池上だった。とにかくうるさかった。理科を教えるにあたって、自分がいかに人権のテーマと結び付けた話をしようとしているか熱心に話していた。

 さらに次は、技術の沖浦先生による発表だった。案の上、あの時の授業の話をしていた。合同班を作った話。

 

「ハア……沖浦先生、こんな下心があったのか」

 

 話が終わると、盛大な拍手が。

 ダントツでウケている。

 

「えー、皆さん……ゴホン、今の話を聞いておりましたでしょうか。素晴らしい授業内容でしたね。皆さんもこうして、学校教諭として可能な力を最大限に発揮して、人類至高の発明である人権の啓発を絶えず行ってください」

 

 今のは喬木だ。

 その後も、何人かの先生が発表を行った。どこかで聞いたような話ばかりで、正直つまらない。

 なんだか、眠くなってきた。

 

「それでは……最後は、わたしですね」

 

 和田先生の番がきた。目が覚める。

 

「えー、先日のことですが、箱田君という生徒がケンカによる怪我が原因で学校を休んでいました。それが、先日復帰したんですね……」

 

 思いを巡らしている。制服の着こなしのことか。

 

「ええ、それはもう、言うことを聞かない子で。ほかの生徒から恐喝をしていたということで、今回は厳しく指導を行いました。ただ、それとは別に、かつて仲がよかった子たちから、今度は彼がいやがらせを受けてしまい……」

 

 自業自得、だと思う。

 前々から、ああいう奴だった。俺がやらなくても、いつかは天誅が下ったはず。

 

「箱田君には、いいところがありました。制服です。彼、制服を完璧に着るんです。それはもう、教科書どおりに。そういうところが素敵なんだよって、クラスのみんなの前で褒めました。そうしたら、みんなわかってくれたみたいです。彼、以前と同じように友達と話すようになりました」

 

 そうなのか? よくわからない。

 

「ですから、やっぱり生徒のいいところを認めることが大事なんです。あの子たちは、そういう感情に飢えています」

「いやいや、でもね。その子だけを褒めたら、生徒を贔屓していることになるんじゃないですか!」

 

 赤木の声がした。

 歴史の授業の時みたいに、『主張せよ』とでも言わんばかりの大声だった。

 

「そのとおりです! 褒めるんなら全員を褒めないと。全員が無理なら、褒めるだけの客観的な理由が必要です。制服の着方なんて、そんなことで褒めるのは……差別とまでは言わないけど、ちょっとねえ……」

 

 小山だ。いつもは静かなくせに。

 やっぱりこいつ、二重人格だ。

 

「待ってください。そんな意図はありません。ただ……」

「いやいや、皆さん。ほんとにそうですよ。待ってください」

 

 喬木だ。こんなに重々しい声を聞き違えるはずがない。

 

「和田先生はですね、そのままだと復帰が難しいと判断したから、みんなの前で褒めたんですよね? 皆さん、和田先生なりの愛情の示し方ではないですか。そんなにカリカリしなくても」

「そうですよ! 褒めるっていうのはね、生徒のモチベーションを保つために必要なことなんです」

「和田先生、わかりました。私の誤解でした。でも、今後は言い方に気をつけてくださいね」

 

 池上がフォローをする。

 便乗して小山が手のひらを返した。

 はらわたが煮えくり返りそうだ。

 

「……はい、それでは、わたしの発表も終わりましたので、これでお開きとさせていただきますが……皆さん、なにか意見がおありでしたら、どうぞ」

 

 沈黙している。

 誰も手を挙げない。

 

「はい、教育委員会教育総務課長、三川様どうぞ」

「えー、本日は、国府第三中学校の教頭先生、教務主任、進路指導主任、生徒指導主任、学年主任などの皆さまにお集まりくださり、大変よい会を開くことができました。私、この春に異動してきたばかりで、右も左も、上も下もわかりませんが……」

 

 どっと笑いが起きる。

 なにが面白いんだ?

 

「これからもどうぞ、宜しくお願いいたします。次は、教育総務課主事の三良坂から一言があります」

「ええ、俺ですか!?」

 

 また、笑いが起きる――止んだ。

 

「えー、皆さま、初めましての方もいれば、そうでない方もおられますね。私、少しだけ自己紹介をいたしますと、魔導技術職として8年前に採用されました。今年の7月で24才になります」

 

 静謐な空間が広がっている。

 

「えー、私も、使用者《エッセ》という特殊な身分の生まれであることで、子どもの時分はえらく寂しい思いをすることが儘ありました。しかしながら、こうして健康に平和に生きていられるのは、ひとえにこうして、人権教育に励んでくださっている先生方、関係者の方々のご高配によるものであります。改めまして、感謝を述べさせていただきます。今後とも、こうした会合、二ヶ月に一度ではありますけれど、こうした会合を開くことで、新しい時代の人権教育を切り開くことができるものと存じます。本日は、ありがとうございました」

 

 ……静寂。やがて拍手が起こった。

 低空飛行な拍手だったと思う。みんな、眠いんだろうな。

 

「はい、それではこれでお開きと……あ、違いますね、ごめんなさい。和田先生。最後にお話しがあるとか」

 

 三川、と呼ばれていたソーム課長? が和田先生に話を振った。

 ん? この感じは……。

 

「……えー、心苦しいのですが、提案があります。この会合、同和教育推進勉強会をはじめとして、ほかにも教職員が夜の時間帯に勤務するような地域学習活動があります。こうした活動が教職員の負担になっているという意見が現場から上がっておりまして、それだけでなく、国の方針としても、教職員の勤務時間を縮減する方向で議論が進みつつあります。そこでですが、まずは嚆矢《こうし》としまして、市内各地で行っている同和地区の子どもたちを対象にした地域学習会、こちらを少しずつ削減しては、と思うんです」

 

 ……空気が変わった。

 一切を視認していない俺でもはっきりとわかる。

 

「そんなことができるわけないだろう!」

 

 誰の声だろう?

 怒りで声がひっくり返っている。

 

「できます。というのも、地域学習会は条例や規則、要綱などで定めのない、形式的には非公式の活動だからです。実施主体も、学校というよりは水平委員会が主となっています。ですから、これは任意の活動なんです」

 

 ……時間が過ぎていく。

 

「ほう、なるほど」

 

 喬木の声だ。

 

「いやなるほど、そういうわけですか」

「はい。おそれいりますが、教育委員会からも時間外勤務を減らすための改善案を練るよう、指示・指導を受けております」

 

 和田先生はいま、三川に視線をやっているのだろう。

 

「ご存知のとおり、学校教員には時間外勤務手当がありません。その代わり、代替措置として給料の4パーセント分の教職調整額が支給されます。教委から出ている指示はつまり、残業代の削減というよりは、そもそもの教員の負担を軽減するというのが目的であると思われます。であれば、まずは法律などに根拠をもたない地域学習会から減らしていくべきかと」

 

 ……なんだよ。また、だんまりかよ。さっさと進めろよ、早く終わってくれ! ん? 喬木議員がしゃべり始めた。

 

「さてさて、おっしゃりたいことはわかりました。和田先生はもしや、あまり人権には興味がおありでない?」

「人権学習は必要です。でも、基本的には授業中に行うべきものです」

「なるほど……ところで、明らかに貧しい子どもだっておるでしょう。例えば、先ほどの三良坂くん。彼が小学生の頃から知っておりますが、それはもう、ひどい暮らしをしていましたよ。けれど、地域学習会があったからこそ、国府の森《こうふのもり》の中で一生を終えるはずが、一般の子どもたちと同じ中学校に進むことができたのです。ところで和田先生、貧困にあえいでいる子どもが現在も一定数おりますが、彼らについて、どのようにお考えでしょうか?」

「……はい。わたしの考えを述べさせていただきます。そのような子どもには近付きたくありません」

「!?」

 

 ざわめき? どよめき? いや、違う! そんなもんじゃない。

 ……もっとだ。もっとずっと、醜悪なナニカを感じる。 

 

「というのも、貧乏な家庭というのは、やはり遺伝子が劣悪というか。わかるんですよ。わたしのクラスにもいますよ。県営住宅に住んでるわ、就学援助は受けてるわ、自分の部屋はないわ、友だちはいないわ、成績は悪いわ……卑しい連中です。穢《けが》れているとはまさにこのこと」

 

 和田先生の様子がおかしい。それはわかる。

 ……なんだ? この感じ。

 

「和田先生。ユニークなお考えだ。ところで、貧しい子どもと言えば、片親の家庭に多いですな。それについては?」

「わたしの息子の結婚相手が片親だったとしたら、結婚なんてまず許さないでしょう。だって、そうでしょう? 子どもがいるのに離婚するなんて。その程度の親には、ロクでもない教育しかできないというのが私の持論です。なんというか、この一言に尽きますよね。そう……『片親の子どもは信用すべきでない』とでも言いましょうか。特にひどいのが母子家庭です。うちのクラスにもいますよ、汐町由香里さんという子が。育ちの悪さが、そのまま素行に表れているんです。怒ったら、すぐにどこそこを蹴っ飛ばしますし、こないだなんか、職員室で堂々と暴力を振るったんですよ。しかも、男子に対して。男に対して手を上げるなんて、女子としての正しい教育を受けた者にはありえないことです!」

 

 やめてくれ。もうやめてくれ。くそ、くそ! こういう会を開いて、そういうことになるって、どうして言ってくれなかったんだよ、集!

 

「ほほう! しかしながらですよ……ちょっと、和田先生、どうしました? 冷や汗が出ていますよ。まあいい、続けましょう。ところで、片親家庭の子に問題が起こりやすいというのは、よくありがちな、そう、因果関係の取り違えといいますか。『片親』だから子どもがおかしくなるんじゃなくて、『貧困』が原因でおかしくなるんじゃないですかね」

「いいえ! 断じて違います。若くして結婚し、あっという間に離婚し、なんの考えもなく毎日ただなんとなく生きているだけの、自堕落で弱い人間。そんな人間、いいえ、動物から生まれてきた子どもは問題行動を起こすに決まっています! 歴史は繰り返すんですから」

 

 いつの間にやら、紛糾している。誰彼が話しているのかわからないほどに。

 かろうじて、このふたりの声は聞こえている。

 

「では最後に、障碍者については? 障碍者も地域学習会の参加対象ですよ」

「全員死ねばいいと考えています。社会にとっての害悪です。あの連中、こちらが何度言っても変わろうともせず、謝ることもせず、それでいて、のうのうと息を吸っていられる。わたしたち健常者が必死に築いてきたものを平気な顔でたいらげるんです。障碍者って、どうして生きてるんですか? 生まれた瞬間に、助産婦さんが首をキュッとやって、間引いてしまえばいいんです! それが社会全体のためです。だって、もしあいつらが私の家族に危害を加えても、あいつらは裁かれないんですよ!? そんなのおかしい。もし、わたしやわたしの家族が被害を受けたら……その時は、裁判所が許しても、わたしは許しません――自力救済! 加害者を叩き殺します。ああ、そうです、ところで、障碍者の中でも一番気に入らないのは、チック症やトゥレット症候群の連中です。あいつらときたら、年がら年中ビックビック震えて、気持ちが悪いったらありません! ほかの障碍者と同じく、殺処分が妥当でしょう」

「はははは! 和田先生。なかなか、チック症ならぬ、畜生でいらっしゃる。おや、どうしました? 和田先生、感極まって泣いておられるのですか。ところで、近年では発達障碍なんかも注目されていますね。和田先生は、適応指導教室の経験もお持ちだ。ご意見をうかがいたい」

 

 やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。ろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。

 

「発達障害? ああ、ある意味、あれが一番人間でない代物ですね。知的障碍だったら、まだ許せますよ? だって、動物の仲間なんだと思えばいいから。でも、発達障碍、あの連中ときたら、社会不適合者のくせに自分に人権があると思っているんです。社会のお荷物のくせに、漫画に小説にドラマに取り上げられる本物の天才と自分たちを重ね合わせているんです。本当は、みんなから『死んで欲しい』って思われているとも知らずに。しかも、空気を読めなかったり、盆暗なミスばっかり冒しても、自分に非がないという態度をとり、反省の色、悪いことをしましたという精神的姿勢がまるでない。そのくせ、自己主張だけは強いんだから。世間でどれだけ持て囃されようと、あの子たちは単なる無能なんです。特別な才能なんてない。『特別な才能がある』というのを口実にして、自分たちが社会から排除されつつあることに、いつになったら気が付くんでしょう、あの子たちは」

「……和田先生。あなたが教職員として問題のある方だというのはわかりました。さ、これでお開きにしましょう。どなたか、意見のある方はおられますか」

「社会の害悪はお前だ!」

「絶対にこの学校から追い出してやるからな、見ておけよ」

「あんな先生に教えられる子がかわいそう……」

 

 なんなんだ? なんなんだよ、これ。

 なんで、どうして、あの、喬木って人は……一般人《エンス》に対して、概念力《ノーション》を使ってるんだ?

 ……使用者免状《ライセンチア》は? わかるんじゃないのかよ、印章《シンボル》で。今、使用者《エッセ》が概念力《ノーション》を使ってるってのが。

 

「……ははっ、いや。俺も同類じゃねえか」

 

 涙が溢れてきた。

 職員室に耳をすます。

 

「えー。意見のある人はないようですね。それでは、教頭先生」

「はいぃっ!」

 

 びくついた声。

 

「普段、どのような指導をされている? こんなひどい教師はいませんよ」

「真に失礼いたしました! 綱紀粛正、徹底指導してまいります!」

「頼みましたよ。今後の対応について、校長先生と協議してください。さて、三良坂くん。あとは、なにかあるかの?」

「ありません。もう7時が近いです、さっさと切り上げましょう」

 

 冷たく言い放った。

 

「えー、それでは、これにて解散とします。最後に、皆さん。この喬木直利からのお願いがございます……今日、ここで起こったことはご内密に願います」

 

 場が凍りつくとは、こういうことを指すのだろう。

 

「社会規範の礎ともいうべき教職にある者がかような発言をしたとあっては、市民に不安が拡がる一方です。まずは、学校内で話し合い、妥当な結論を導くべきかと。皆さん、いかがですか」

 

 沈黙。

 

「いいですな。では、他言無用ということで。ここにおられる方々は、約束を守る方であると考えています。もし万が一、どなたかが外に漏らした場合は……わが身命を賭して、粛清します」

 

 誰も、何も喋らない。

 

「それでは皆さん、長らくお付き合いくださりありがとうございました。これにて、本当に解散です……どうしました? 和田先生。自分の考えが受け入れられないからといって、そう落ち込まないでくださいね。あなたはまだ若い。チャンスはいくらでもありますよ」

 

 胸が苦しくなった。

 和田先生が号泣する声が聞こえてきたから。

 (第9話、終)

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