妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#10:嘘(1)

 あれから、逃げるようにして学校を去った。

 雪崩のように出てくる教師たちの視線には入っていなかった……と思う。

 正直、バレてやしないかと気が気でない自分がいる。

 俺は今、国府第三中学校が見下ろせる小高い丘から降り切ってしまって、尚吾がそれなりの確率で追いついてくる地点にいた。

 いつもの時間に、いつもの通学路を通ってはいるけれども、正直、学校に行きたいという気持ちが起こらない。

 

「あ……」

 

 ふと、視線が泳ぐ。

 そこには、先日、尚吾と一緒に歩いている時に通りがかった国府高校の女子生徒がいた。今日も、自転車に乗っている。

 

「……」

 

 ついつい、見とれてしまう。あの時と同じく、髪を後ろで結ってある。

 

「……!」

 

 目が合ってしまった。まずい。

 

「おはようございます」

「……おはようございます!」

 

 どうして俺に挨拶をしたんだ? 知り合いだと勘違いしたのか?

 すぐ真横を、反対方向にある国府高校へと通り過ぎていった。

 ふう、と胸をなでおろす。

 

 ヴイイイイイィーーーーーーーーッ!!

 

「うわぁっ!」

 

 真後ろから、クラクションが響いてきた。

 振り向くと、軽トラックだった。以前、集が乗せてくれたものと同じような型の。

 運転席を見ると……尚吾が乗ってるじゃないか! どういうことだ?

 ウィンドウを下げて、こちらを覗く。

 

「尚吾。どうしたんだよ」

「はは、どうじゃ。じいちゃんから借りたんじゃ。今日は、これでその辺をドライブするんじゃ」

「馬鹿いうなよ。免許持ってないだろ!」

「ええんじゃ、運転はできるから。毎日、親父に教わっとるんじゃ。ワシのう、おとといな、建設会社から内定もらったんじゃ。今から小型重機に乗る練習がしたい言うたらのう、まずはこれで練習せえって」

「……公道で乗ってみろって、言われたのか?」

「そんなわけないじゃろ! ワシがジコセキニンで乗っとるんよ」

 

 呆れてしまった。

 

「無茶だけはするなよ。死ぬかもしれないんだからな」

「わかっとる! じゃあの。今日はフケるわ」

 

ブイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーーーッ!!

 

「うるさいぞ、この音なんだよ!」

 

 すでに俺を通り過ぎていた。車体がぐらぐらと揺れている。

 

「ギアチェンジが面倒なんじゃ! どうして、一速から四速にできんのかのう!」

 

 窓から身を乗り出し、そう叫んだ。

 走り去っていく軽トラック。

 

 *  *  *

 

 人の少ない教室。

 朝8時過ぎに来ているのは、十人と少しといったところ。

 

「いつもながら少ないな」

 

 安田たちは、まだ来ていない。

 出入口のすぐ傍で、ふたりの男子が雑談に興じている。「おいおい~!」と慄きながら、片方がツッコミを入れたところ。

 ――なんとなく。本当に、なんとなくだった。

 

「……おはよう」

 

 ボソッとした調子で、声をかけてみた。

 

「……?」

「……」

 

 かけるんじゃなかった。

 一瞬で、この一瞬だけで後悔が込み上げてくる。

 彼らの表情を読んだだけでも、『嫌悪』『恐怖』『逃避』といった感情が伝わってくる。

 

「……プッ」

 

 ひとりの男子が笑った。先ほど、笑いとともにツッコミを入れた方の。

 同じ笑みでも、ここまで違う。違うんだな。

 サッと身をひるがえし、自分の席に向かう。

 すでに、篤と砂羽が登校している。

 

「おはよう」

「渉。おはよう」

「……はよー」

 

 砂羽は、眠たそうだ。

 篤は、いつもどおりのシャキッとした感じ。

 

「篤、中間テスト、どうだった」

「どうって?」

「平均点とか」

 

 篤は、机の中から答案用紙を出す。5教科分。

 

「……ぜんぶ95点以上かよ。すげえな」

「まあな。国府高校いきたいし」

「国府高校って、俺でもいけるのか?

「どういう意味だ、それ。今の自分の成績で進学できるのか、それとも、俺たちの身分でも進学できるのか」

「後者だな。でも、前者も知りたい」

「前例はあるんだ。少ないけど……さて、それじゃあ渉の点数を教えてもらおうか?」

「平均で……65点くらいかな」

 

 篤は、しばし考え込んでから、

 

「偏差値でいったら、55くらいか。いや、僕の勘だ。業者テストを受けてみないと、なんとも言えない。国府高校の偏差値は60だから、もうちょっとだと思う。でも、内申点がほとんど満点じゃないと、学科で満点を取っても合格できないよ」

「そういうもんか」

 

 サッと挿し伸ばされた手。

 砂羽がこちらに来ている。

 

「わたしの点数、知りたい?」

「……何点だった?」

 

 おそるおそる、聞いてみる。

 

「22点」

 

 なん……だと……。

 

「砂羽は、高等専修学校に行くんだろ? 概念力《ノーション》に関係する教育が専門の」

 

 コクッと頷くのだった。

 

「篤。ヘンだと思う?」

「いいや。適性があると思うよ。僕たちの中で一番強かったのは砂羽なんだし、腕を磨いていくべきじゃないか?」

「うん、ありがと……それで、渉はどうするの? 進学」

『公務員になりたいんだ』

 

 胸を張って言えるんなら、どれだけ良かったろう。

 

「俺は……就職かな」

「中学校卒業で就職? できるのか? それ……ああ、たしか、鵜飼が言ってたっけ、『ワシには就職のツテがあるんじゃ』って」

「俺にはツテなんかないよ。でも、就職がいいんだ。できれば、その……」

「その?」

「公務員……とか」

「……」

「……」

 

 篤は、椅子を引いて姿勢を直した。

 砂羽は、頭をカリカリと引っ掻いている。

 

「渉。公務員試験って、すごい倍率じゃあないのか。そりゃあ、使用者《エッセ》でも試験を受けることはできるさ。でも、それは選ばれた者の話だ」

「……渉。わたしも受けようと思ってるよ、市の採用試験。でも、お父さんもお母さんも、わたしが合格するって思ってないし、わたし自身も……」

「あー、あー、冗談、冗談だって! 進学に決まってるじゃん! 一応ほらさ、受けれるんだから受けてみようっていう、そういうヤツ」

 

 必死でごまかす。

 

「だったら、公務員とか言うなよ……いや、本当になりたいんなら応援するよ」

 

 篤は、呆れている……と思う。砂羽の表情は読めない。

 ……それから、3人でいろいろな話をした。受験のこと、将来就きたい職業、家庭の様子……携帯電話を持ってみたいとか、人生で一度は中心市街地に行ってみたいとか、家にテレビが欲しいとか、だいたいそんなところ……だったと思う。

 話が小遣いに及んだところで、

 

「おはようございますっ!」

 

 由香里だった。

 いつもどおり教室の後ろ側から入ってくる。心なしか気分がよさそうだ。

 ……教室内は、本当にいつもどおりだった。由香里がみんなに向ける「おはようございます」に、挨拶を返す者はいない。

 時刻は、午前8時25分。3年3組のほとんどの生徒が揃っている。

 

「おはよう!」

「由香里。おはよう」

「……はよ」

 

 俺は、『おはよう』を言おうとする。言えない。

 なんだか、心苦しい感じがして。

 

「どうしたんだ? 今日は、けっこう遅い方じゃないか?」

「うん、ちょっとね。立て込んでて。忙しかったの」

 

 なにやら、おかしなニオイを感じる。

 

「由香里、あれ、なんかヘンな匂いがしないか? すえた感じ? というか」

「ちょっとー、それ、あたしがクサイってこと?」

「そんなんじゃない。ちょっと気になったんだ」

「あんたね、言いたいことがあるんなら、はっきり言ってよ。渉ってさ、普段と戦ってる時とで、キャラクター違いすぎでしょ! ね、篤も砂羽もそう思わない?」

 

 篤と砂羽を見る。

 苦笑している。

 

「い、いや。俺は……ああ、そうですよ! いっつもいっつも俺は、優柔不断な人間ですよっ、間違いない」

「わかればいいの。今度から、言いたいことがあったらちゃんと言ってよね」

 

 由香里の目を見る。視線が合った。

 ああ、そうだよな。自分が言いたいこと、ちゃんと言わないとな。

 

「……由香里。今日のお前、くさいぞ。なんかこう、ヨーグルトを熱して液体にしたような――ゴボオオオオオオオオオオォッ!!」

 

 みぞおちを殴られてしまう。

 

「こ・ん・ど・か・ら、ちゃんと言ってね?」

 

 お腹を手で摩っていると、教室手前のスライド扉を開く音が。

 ……音の調子が違う。生徒のものじゃない。この感じは、和田先生だろうか? 視線を移す。

 

「……あれ?」

 

 和田先生じゃない。小山だった。それと、あれは……校長先生だ。

 小山は、出席簿を開きながら、教室中を見渡す。校長先生は、ただじっとしている。

 ……いつの間にやら、静まり返っている。当然だ、こんな異常事態。静まらないはずがない。

 校長先生は、窮々とした面持ちで、こちらを見ている。白髪で、体型は細身。威厳があるような、ないような。

 ただ、心中穏やかでないことは伝わってくる。

 

「えー、校長の藤坂です」

 

 第一声。落ち着いている。様子をうかがう生徒たち。

 

「聞いてください。急遽の話で申し訳ありませんが、和田先生は今日から長期の休みに入られます。臨時の担任として、いつも3年3組の国語科を教えている小山先生が担当します。また何か決まりましたら、みなさんに連絡します」

 

 それだけ言うと、ほんの軽く会釈をして、静かな歩調で出て行くのだった。

 小山は、何を言うでもなく、和田先生がいつも持ち歩いていたノートを読み始めた。

 時刻は、午前8時28分。和田先生だったら、もうちょっと早く来ている。

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