カバンを投げ捨てたら、気分まで軽くなった。
一歩一歩、地面を踏みしめる。獣道とまでは言わないが、かといって、そこまでの生活感があるわけでもない。田舎道といったところ。
横幅、およそ3メートル。草の丈はくるぶし程度。
坂道を、足早に進んでいく。廃屋に近い状態の古い家や、ぼろぼろに朽ちた神社が残っている。かつては、このあたりにも人が住んでいたのだろうか。
「ああ、そうだった。まだ国府の森《こうふのもり》じゃないんだよな。手前なんだよな」
一歩、また一歩と、田舎道を進んでゆく。
歩き始めてから、少なくとも15分は経っている。額に汗が滲んでいた。フェイスタオルを取り出して、ざっくばらんに汗を拭う。
その後で、フェイスタオルをじっと眺める。中学生になって初めての誕生日に、由香里からプレゼントされたもの。
「……ちょっと休むか。風情もあるし」
辺りを見渡す。
この道と、民家との境目だった。ざっくばらんに石柱が横たわっている。俺は、吸い込まれるようにしてそこに座した。
「……」
山林が広がるばかりで、開けた地形はないに等しい。
道の先を見通すと、あるところでいよいよ森が始まっている。あれが入口だろうか。
――夜空を見上げる。満点の星々が広がっている。しみじみとした表情で、視線を前に戻すと、
「!」
誰かが……目の前を通り過ぎようとしている。
この近くに住んでいる人だろうか?
「……こんばんは」
ついうっかり、挨拶をしてしまう。
「!? 人がいたのか。あんた……見ない顔だな」
暗い。顔がよく見えない。
低めの声だった、背は高い。
学ランを着ているが、あれは中学校のものじゃない。高校生だろう。
「……帰りなよ。ここは危ない」
「それが、用事があって」
「ふうん。あんたがそう思ってるなら止めないよ。でも」
「……でも?」
「気が付いたら死んでいた、なんてことがないようにな」
言い残して、下の方に歩いていく。
その姿が消えると、俺はまた国府の森《こうふのもり》の入口を眺めた――歩き出す。
* * *
ザッザッザッ……ずにゅっ!
地面がぬかるんでいる。手のひらを空に向けてみる。雨は降っていない。
もう少しだ……ああ、ようやく見えてきた。国府の森《こうふのもり》のスタート地点が。
目の前に拡がる森林のど真ん中に、まっすぐな自然道が延びている。高く成長した樹木が頭上を覆ってていて、雨が降っても濡れる心配はなさそうだ。
植生は……針葉樹だろうか? 竹が多い気がする。竹って、針葉樹だっけ?
「さ、行きますか」
一瞬、頭をもたげる。集のことが。
かぶりを振った。前方に進んでゆく。
「お前、どこのもんじゃっ!!」
今まさに、国府の森《こうふのもり》に足を踏み入れたところだ。
目の前に、声の主はいない。
となると――
「どこのもんじゃと聞いとる!」
真上を見る。
「!?」
――刃が降ってきた。人間ごと。
バックステップッ! 真後ろに跳んでかわす。ズリュッという、泥濘《ぬかるみ》の気持ち悪い感じ。
目の前には――背の小さい少年が立っている。
「国府の森《こうふのもり》になんの用じゃ、お前」
「入れてくれよ」
「……あ??」
「俺を、国府の森《こうふのもり》に入れてくれよ」
門番は、小刀を突き出して構える。
「ここから先に入りたいってか? そんなもん許さんわ!」
ため息を吐く。
「なんじゃ、その余裕は。ほら、足元を見てみい」
体勢を整えるべく、足先を上げようとする――上がらない。
ぬかるんでいただけの地面が、すっかりと汚泥になっている。
門番を見た。にんまりと笑っている。
……不思議だった。憎しみが伝わってきてもいいはずなのに、どういうわけか、楽しげな感情が伝わってきたから。
「そら、いねやっ」
汚泥など無きがごとく、俊敏な動きで迫り来る。
逆手に持った小刀を、まっすぐに振り下ろして――
「がっ!?」
「捕まえた」
速い。が、単純すぎる。
振り下ろそうとする手首をしっかと左手で掴んだなら、残りの右手を上からスッと差し込んだ。
そして、次の瞬間には完成していた――必殺の――腕がらみ《アームロック》がッ!
「がぁっ! ちくしょっ、いてぇ……!」
「……なあ、門番くん。俺、国府の森《こうふのもり》に入りたいんだけど」
「知るかぁ、入りたいなら、オレを殺してからにしやがれっ」
「……わかった」
腕がらみを解いた。
小刀を離していなかった門番が、サッと身構えようとする――よりも早く、次の寝技が決まっていた。
「ごッ! おご……」
神速、と言ったら自画自賛になる。
……袖車締め。片方の順手で頚動脈に沿った横襟を握り、もう片方の手で反対側の前襟を握る。そして、全力で――引きつけるッ!
「ご、ご、お……」
立ち姿勢での締め技は不安定だが、これぐらい密着すれば問題ない。
あとは、時間の問題……事切れた。
「ふう……いやいや、事切れさせちゃだめなんだよ」
力が抜けて、だらりとなった敵を投げ捨てたなら、
「せーの、オラッ!」
「ぐ、げぼ、げほっ」
そいつの元に歩み寄り、心臓にカツを入れてやる。まだ咳き込んでるが、そのうちに目覚めるだろう。
……そして、俺は森の奥へと――足取りは、軽やかに。