さっきとはうってかわって、地面が乾いている。
スニーカーで歩いているが、靴裏に土くれが付く心配すらないほどの、それくらい乾いた地面。
入口から約1キロの地点。ここまで来る間に、農道や里道の名残りが見られた。かつては、ここいらでも農業に勤しんでいたのだろうか。
俺は、おもむろに足を止める。
「……さて! そろそろいいだろ? 俺は初心者なんだ、手加減してくれよ」
ガサガサと、真上にある竹やぶが揺れる。
「ハハッ、ボクに気が付くなんて、外の連中にもまともなのがいるんだね」
「さっき学ばせてもらった」
「それはどうも。得物を使うなんて無粋な真似をしてすまなかったね。しかし、次はどうかな?」
「!?」
――真下からだ。気配を感じる。
危険だ! と感じて、前方に走り込んだ。
「なんだ、今のは」
何メートルか走って、後ろを向く――
いくつもの土くれの塊が宙を舞っていた。旋盤のように。
回転を加えながら、突っ込んでくる。何発も、何発も。
「くそっ!」
ひたすらに避け続ける。しかし――
「いづうっ!」
肩に当たってしまう。
痛い。冗談抜きで痛い。鎖骨が折れてるかもしれない。
が、今のでわかった。これは、土だけじゃない。
「……中身は岩石ってわけか。どうりで痛いわけだ」
――笹の葉が落ちてきた。
樹上にいるであろう敵人を、しっかと見つめる。暗闇でよく見えない。
今しがた俺にぶつかり、地面に落ちた土くれを掻き分ける。ああ、やっぱりだ。手のひらサイズの石を入れてやがる。おにぎりかよ。
拾った石を、しっかと握り締める。
「ハハッ、しっかりと罠にかかってくれたね。どうだよ、ボクの輝石投射陣《ダイヤモンドクラスター》の威力は」
ハハッ、じゃねえよ。どっかの遊園地にいるっていうネズミかよ。公民館の視聴覚ルームの中でしか見たことないけど。
「……その、ダイヤモンドなんとかっていうの。けっこうきついかも。肩が痛てえ。なあ、手加減してくれねーの?」
「ハハッ、この世からいなくなったら、痛い思いをしなくていいんじゃないかな?」
今のこいつの台詞を、あのネズミの台詞と重ねた。
「……ブフッ……そりゃあ、名案だと思う」
「いったい、なにが面白いんだい?」
身を乗り出したのだろう、敵の影が揺れるのを確かめる。
なるほど、あそこか。
「ところであんた。概念力《ノーション》を使うときって、技の名前、叫ばないといけないタイプか?」
「ハハッ、さあね。人によるとしか」
地面が盛り上がる際の、わずかな音を聞き分ける。
――今だ。たった今、地面からダイヤモンドなんとかが噴出した。高速回転が加わった石ころが、土くれを伴ってこちらに飛んでこようとしている――飛んできたッ!
前転、横っ飛び、地面を転がる、伏せ、ありとあらゆる動きでもって、石をかわしてゆく。
「しつこいね、きみっ!」
ゴ、ゴゴ……!
いくつもの土の塊が、地面からせり上がって――宙を舞っている。
「トドメだっ!」
物体が、四方八方から迫ってくる――軌道は、暗闇の中でも器用に俺を捉えているんだろう――
「……あ?」
すべて、不発に終わる。
真砂土という衣を身にまとった岩石は、なんの抵抗もなく地面に落ちた。
「ど、どういうことだ……? 目が、目が見えないッ! おごぉっ!」
――鈍い音が聞こえた。人が落ちてきたから。
受身すらも取れず、地面にバウンドして跳ね返った、あわれな肉の塊。
なにをどうしたかと言えば、①攻撃を避けながら敵の位置を把握する、②敵が本気の攻撃に出るのを待つ、③視界を遮断して混乱させる、④最初に拾っておいた石をぶつける、⑤樹木から落ちてくる。以上。
落ちた敵のところまで歩いていくと、胸ぐらを掴んで引っ張りあげた。様子を確かめる。
「おい、どうせ生きてんだろ。目、覚ませ!」
頬をバシバシ叩いていると、
「ぐ……お前、どこの聚落《じゅらく》の者だ」
「いや、その辺の田園地帯に住んでる」
「嘘をつくなよ……お前も使用者《エッセ》だろう」
「そうだ。山野辺町から越してきた」
感情が動いた。瞳孔の動きでわかる。
「山野辺……そうか。復讐にきたんだな」
「なんのことだ」
「とぼける……なっ、う……!」
「ま、あの高さから落ちたらな」
血まみれの頭部にフェイスタオルを当ててやる。
「なにをする……? おい、やめてくれ、侮辱だ!」
構うものか。血を拭う。
「……なあ、俺さ。国府の森《こうふのもり》に入りたいんだけど。なんか方法とかあったら、教えてくれない?」
「プライドがないのか! ボクらが根絶やしにしたんだぞ、お前の故郷……を……」
「気絶した。出血がひどいな。カバンがあれば枕にできたんだが」
そこいらを眺めると、先ほどまで戦いに使われていた石を持ち上げ、
「このくらいの石がちょうどいい。枕代わりになるな」
『でも、こいつはやれないんだ』とフェイスタオルを取りながら呟いた。
こいつの頭を石枕に乗せてやった後、さらに奥へと歩みを進めていく。
残りは、ええと……直線距離だと3,4キロか? でも、山道だからな。もっとあるんだろうな。道がグネグネしてるだろうから。
足取りは、軽やかに。ここまで来たら、心の澱も消えつつあった。