「あれが、国府の森《こうふのもり》の八幡神社か」
ずっと歩いていると、右手の開けた土地に神社があった。かなり大きい部類に入る。
「……」
境内に続く石段を見上げる。五十段以上はある。傾斜も強い。
「さすが、全国に名だたるだけはある」
石段を昇っていく。
じゃり、じゃり、という石床を踏みしめる音が響いている。
「……ですから……と……です」
なにやら、話し声のような。そう遠くはない地点。
部外者に気が付いたのか、声が途絶える。
境内が見えるところまで昇っても、誰もいなかった。
「……誰か、いた? 本当に?」
いや、いる。いたのだ。少なくとも、2人以上は。
……神殿があった。2体の狛犬が立ち並んでいる真ん中に本殿が見える。神殿の各所に盆提灯が設えてあった。ご神体に至る両開きの扉が開け放たれているのがわかる。
ここからでは中が見えない。さらに、さらに前へと進んでいく。
「……?」
おかしい。人の気配があるのに、誰も立っていない。
さらに歩いていく。狛犬を通り過ぎた。
「……!」
俺は、間違っていた。「誰か」は、確かにいる。いるけれども、
「おい、あんた! 大丈夫か」
本殿に入るための階段から見て、右に2メートルほど――「誰か」が、ぶら下がっている。
すぐそこにある屋根から縄が伝っていて、その先で縛られ、逆さ釣りになっていた。
「……あなた、誰? あなたも来てくれたの?」
「! その声……ほのかさん?」
凍りついた。
ほのかさん、と呼んだ直後だった。
――血。
目と鼻の先には、女の子の顔。逆さ吊りになった女の子の顔がある。
真白の肌襦袢が血の色に染まっている。胸、肩、二の腕、お腹、臀部、太股、ひざ、足首――ありとあらゆる箇所が、血の色に。
「おい、それ。どうした……?」
ほのかの指先を見る。鉄串が、すべての爪の間にしっかと突き刺さっていた。
計10本の鉄串から、それぞれ10通りに流れ出でた血。ポツ、ポツと、大地が血を吸い続けている。
ほのかに近付いた。
「何があった?」
「……わたるくん、だよね? あの時、風船釣り教えてくれた。うん、大丈夫。わたし、このくらいじゃ死なないから」
「そうじゃねえっ、どうしてこんなことになってる。誰にやられた? 国府の森《こうふのもり》の連中か!」
「あ、うん……連中、じゃないよ。仲間、だよ。わたしが悪かったの。あの時、介入をしてしまったから。だから、罰を受けてるん……だよ……」
ほのかの顔を、まじまじと見る。
「あはは、渉くん。恥ずかしいからやめてよ」
「よかった。顔は大丈夫だな。痛いだろ……ちょっと待ってろ」
「こんな体勢じゃ、舞えないよ……」
「そういう意味じゃない。いいから待ってろ。目、閉じて」
ほのかが目を閉じると、その顔に手を当てた。
「あ、なんだか痛みが……消えて……あぁ……」
「こんなクソ能力でも役に立つことがあるんだな」
「渉くん、使用者《エッセ》だったんだ」
「知ってたくせに。どうせ、初対面でだろ」
「あはは、ごめん……わたし、嘘つくのヘタなんだ」
ほのかを見つめる。
「や、なに? 恥ずかしいよ……」
その身体を、つぶさに観察する……致命的な傷を受けているところはない。
ただ、体の各所に抉られたような痕が無数にある。
「……!」
視線が乳房にまでいったところで、『いかんいかん』と、かぶりを振るのだった。
「どうしたの? 渉くん。なにかあったの」
「なんでもない」
「いいよ、別に。おっぱい見ても……いいんだよ、渉くんなら」
「お前ええええええええええええええええええ、さっきから何をしてるッ!!」
その場から飛びのいた。先ほどの気配のひとつだろう、ほのか以外の。
ザッザッと、足早に歩いてくる。盆提灯のおかげで、ある程度の姿はわかる。
……着物のような装いである。おそらく髪が長い、真後ろでひとつに結んでいる。視線は、鋭い。腰元に刀剣を携えている。
「お前が侵入者だな? 今しがた、入口でひとり倒したろう」
「そのとおり。で、今しがた、そこの梢でもうひとり倒した。地面から土くれを打ち出してくる奴」
「……彦一だけでなく、史朗まで」
怒気が伝わってくる。
「ねえ、ふたりとも。けんかしないで」
「ほのか様。お静かに」
俺と女は、向き合った。
視線が交錯する。
「怒るなとは言わないし、言えない。でも、俺は目的があってここにいる」
「……名は?」
俺は、澄ました顔で、
「秘密」
「正しい判断だ」
――斬撃。
言い終えるか終わらないかの時点で、俺は真後ろに跳んでいた。
その鼻先に、切り傷が――もう一瞬でも遅れていたら命はなかった。
「やるな。わたしの剣の腕前を知っていたのか?」
「……いいや。でも、なんとなくわかるよ。心のざわめきというか、そんなので」
「わたしの剣筋が汚れていたというのか」
「いや、別にそんなことは……」
ここで、俺はあることに勘付いた。
――深呼吸をする。
「いや、汚れていたね。心のどこかで『うまくやってやろう』と思ってたんじゃ?」
「……!」
相手は、黙ってしまう。俺は、じりじりと後ずさっていく。
……暑かった。提灯の明かりのせいだろうか? こめかみに汗が流れるのを感じた瞬間――敵人が、こちらに走り込んでくる――
「速いッ!」
一振り目。真正面からの一撃――横っ飛びによる回避、成功。
二振り目。続いて、下段からの袈裟斬り。後ろに退がるも、尻もちをついてしまう。
三振り目。尻もちをついている俺に向かって、そのまま、一閃――
「なッ!? 目がみえな……」
今だッ! 双手刈りを仕掛ける。クリーンヒットッ!
耳は太股に、指先はひざ裏の腱をしっかと押さえている。
「――倒れろッ!」
「きゃあっ!」
絞り出すような声とともに、倒れる。刀が吹っ飛んだ。
俺は、顔を上げた。いいぞ、俄然有利になった。こいつの腕を絞り上げて参ったをさせる。
「こら、やめろ! やめて、やめてよー! わたしの身体をよじ上ってくるなぁ、だめぇッ!」
両手を使って、こちらの攻めをブロックしようとする。が、無駄だ。こいつの身体に密着しているから――攻め上がるのみ。
……もう少しだ、もう少しで、この女の肘関節を。相手は、地面を引こずるようにして後退しながら寝技を防いでいる。
必死の抵抗。が、体力ならばこちらが有利。
「それ以上、昇ってくるなぁっ!」
敵人が、拳を繰り出した――フロントガードポジションからの手早い一撃。
「その腕、いただきッ!」
「ぐうッ! あ……あ゛あ゛、あっ、あああああああぁっ……!!」
ガッシリと極まった――腕がらみ《アームロック》ッ!
挿し込んだ2本の腕の隙間から、女の苦痛を眺める。
「おら、剣士さま。気分はどうだよ。利き手をもがれた気分だろ」
……暗闇の中でも、ハッキリわかった。敵人は、こちらを――凝視している。
何か、喋りそうだ。いや、わかる。こいつは、今から喋り出す。
その瞳を、覗き込んだ。
「……どうして、わたしの得意技が剣だって思ったの?」
左手が差し出された。
笑んでいる。たおやかに。
「時間よ、止まれ」
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「時よ、そなたは美しい」
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(第11話、終)