妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#12:心らしきものが消えて(下)(1)

「あれ?」

 

 ここはどこだ?

 

「……あー」

 

 紛れもない。ごみステーションにいる。

 盛大な可燃ごみの山に埋もれてしまっている。

 

「くせえ……」

 

 さて。まずは、この一帯を見渡すべきだ。

 初めは真上。すでに太陽が昇っている。一応、朝らしい。

 次に地面。目の前は道路であり、両サイドには歩道が備えてある。

 

「……通学路だ。いつもの」

 

 俺は頭を抱えていたが、やがて、すっくと立ち上がる。

 キイィ、という音を立てて、ごみステーションの扉が開く。

 グギュルウウウウウウウウウウ……お腹が鳴ってしまう。

 

「くそ、家には帰れないし……てゆうか、今何時だ?」

「見つけた」

「!?」

 

 ……由香里。由香里だった。

 

「なにしてんの? 渉」

 

 涙が出そうになった。ぐっとこらえ、その顔を見る。

 

「ちょっと、なにしてんの? こんなところで。昨日、栞さん大変だったんだよ」

「……由香里、ちょっといいか」

 

 ごみステーションから離れた。

 由香里の前へと。

 

「なに?」

「金を貸して欲しい。300円。今、手持ちがな――ブジエアアアアアアアアアアアsjfぢおさふぃだえらえっテッ!!!」

 

 身体が飛んだ。

 歩道から車道へ、車道からまた歩道へ。

 道路を挟んで向こう側にあるごみステーションの金網にぶつかり、もんどり打って倒れてしまう。

 ……由香里が歩いてきた。もう、すぐ目の前にいる。

 

「ゆ、由香里っ!」

「なに」

「……ごめんなさい」

「わかればよろしい」

 

 我ながら、情けない謝罪だった。

 自分の家の方角を見つめる。

 

「渉。いったい何があったの?」

 

 いつもそうだ。冷静。

 由香里は、危うい状況であればあるほど冷静になる。

 

「なあ、俺のこと、警察が捜したりしてるのかな」

「してるわけないでしょ。あたしたち、憲法上は人間じゃないんだから」

「でも、栞は」

「もちろん探してるわ。今は、たぶん――」

 

 国府の森《こうふのもり》から見て、西側を指さす。

 

「荒谷町を探すって。今朝言ってた」

「……聞かないのかよ」

「なにを?」

「どうして俺がこんなこと、したのかって」

「ふーん……どうしてこんなことしたの?」

 

 考え込んだ。いったい、どう答えればよいものか。

 なにもかも、包み隠さず話すことはできない。できるものか。

 

「でも、いいわ。聞かない」

「……なんで?」

「逆に考えてみて。問われているのが、あたしの方だったとするでしょ。それで、渉は、あたしが言いたくないことを強引に聞き出そうとしている。さあ……どうなると思う?」

 

 俺は、頭を引っかいた。

 知恵比べでは一生勝てないだろう。

 

「えーえー、どうせ俺は、人の気持ちなんかわかりませんよ……」

 

 ふてくされてしまう。情けない。

 しばし頭を垂れていたが、

 

「やばいっ、誰か来る」

 

 山の方に至る坂道へと逃げ込んだ。

 由香里もついてくる。

 

「……ふう」

 

 隠れおおせた。心臓がバクバクいっている。

 影からこっそり身を乗り出すと、その正体が鵜飼尚吾であるとわかる。

 尚吾なら、見つかってもなんとかなったかもしれない。いや、でも、だめだ。こっそり栞に報告するかもしれない。モノで釣られるとかして。

 

「……アハハッ! 渉、すっかりびびってる~!」

 

 由香里が笑い出した。

 ぐいっ。袖を握られてしまう。

 

「栞さんだって、概念力《ノーション》使えるんだからね。油断はぜったいダメよ」

 

 耳元で、そう囁くとともに、俺の手を握ってくる。

 

「由香里。どうした」

 

 ……眼を閉じている。これは、概念力《ノーション》を現出させようとしている時の――

 

「エアリアル・プロンプト」

 

 呟きとともに、ジャンプ――あれよあれよという間に、空中に舞い上がってしまう。

 

「暴れないでよ」

「ふたり分、支えられるようになったんだな……やっぱり、由香里はすごいよ」

「まあね」

 

 そっけない返事だった。

 ゆらゆらと宙を漂う。確実にこちらを見ている者がいるだろうが、見つからないという自信をもつことができる。きっと、工学迷彩的なナニカをやってるんだろう。

 

「もっと褒めてもいいのよ?」

 

 ……山蔭に、自分の家と、由香里の家と、篤の家と、砂羽の家と……ぼんやりと眺めながら、

 

「由香里。ありがとうな。幼馴染に生まれてきてくれて」

「ばかっ」

 

 握られた手のひらに熱さを感じる。

 

 *  *  *

 

 由香里の家の前にいる。

 時刻は、午前8時40分。とうに朝礼が始まっている。

 

「……おい、由香里。由香里ったら」

 

 腹を抱えて座り込んでいる。プルプルと震えながら、右手で玄関前の朽ちた柱を握り締めている。

 やがて、『もうダメだ』とばかり、膝をついてしまった――

 

「ぷ、は、はは、は、はぁ、ぁ……!」

「……」

「もーだめ。もー、いやいや、まさか、国府の森《こうふのもり》に行ってたなんて! しかも、仲間に入れてくれ、だって。じゃーなんで、結局ふたりもブッ倒してんのよ」

 

 笑いがやまないでいる。箸が落ちてもおかしい年頃……だろうか?

 

「かなりの下っ端なんだろうけど……って、あんまり騒ぐなよ……お母さん、まだ寝てるんだろ」

 

 俺は、もらった菓子パンをほおばりながら喋っている。

 

「渉! 食べながら喋らない!」

「んぐぐ」

 

 残りを一気に飲み込んだ。

 いつもより、だいぶ遅めの朝食だった。昨日の夕食すら食べていない。

 

「よいしょっと」

 

 汐町家の消臭スプレーを手に取った。

 シュッシュッと、学ランに振りかける。これで、生ごみのニオイも消えるはず。

 

「……腹も膨れたし、消臭もOK。あとは」

 

 山の方を見る。

 当然、国府の森《こうふのもり》を見据えている。

 

「ありがとな、由香里。じゃあ、行ってくる」

「わかった」

 

 由香里は、カバンを肩に掛けたなら、

 

「実はね、裏道もあるのよ。どっちから行く?」

「……え?」

 

 お前は何を言ってるんだ?

 

「だから。正面突破だとバリケードがあるでしょ。あんたはいいけど、あたしが昇ったら制服のスカートやぶれるでしょ」

「……いや、概念力《ノーション》使おうよ」

「察知されたらどうするの?」

「う! いや、それは……」

「ほら~、渉! やっぱり甘いんだから!」

 

 いやいや、違う。そういうことじゃなくて。

 なんで、お前がついてくるんだ?

 負けじと、目前にあるふたつの目を覗き込んだ。

 

「家出したいのは俺だ。なんで付いてくるんだよ。おかしいだろ! 学校いけよ」

「学校なんてつまんないし」

「毎朝、元気に挨拶してんだろっ」

「みんな、『おはよう』って返してくれないのよね。技術の授業で一緒の班になった子たちもね、ぜんぜんだめなの。和田先生にも相談できなくなっちゃったし……あたしも、国府の森《こうふのもり》で暮らしたくなったかも」

「……もういいよ、好きにしろ。俺は、正面突破するからな」

「じゃ、あたしも」

 

 幼い頃を思い出す。

 そういえば、真っ暗な山林に一番最初に駆け入るのが自分で、その次が由香里だった。その次が砂羽で、最後は決まって篤だった。

 ――深呼吸をする。気持ちは決まった。

 

「由香里。俺についてきてくれるか」

「……うん。よーし、それじゃ、行きますか」

 

 そう言って、俺の斜め後ろへと。

 

「なんか、昔みたいだね」

「そうだな」

 

 汐町家の玄関を振り返る。

 あの日、あの夜に垣間見た情事がよみがえった。

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