「あれ?」
ここはどこだ?
「……あー」
紛れもない。ごみステーションにいる。
盛大な可燃ごみの山に埋もれてしまっている。
「くせえ……」
さて。まずは、この一帯を見渡すべきだ。
初めは真上。すでに太陽が昇っている。一応、朝らしい。
次に地面。目の前は道路であり、両サイドには歩道が備えてある。
「……通学路だ。いつもの」
俺は頭を抱えていたが、やがて、すっくと立ち上がる。
キイィ、という音を立てて、ごみステーションの扉が開く。
グギュルウウウウウウウウウウ……お腹が鳴ってしまう。
「くそ、家には帰れないし……てゆうか、今何時だ?」
「見つけた」
「!?」
……由香里。由香里だった。
「なにしてんの? 渉」
涙が出そうになった。ぐっとこらえ、その顔を見る。
「ちょっと、なにしてんの? こんなところで。昨日、栞さん大変だったんだよ」
「……由香里、ちょっといいか」
ごみステーションから離れた。
由香里の前へと。
「なに?」
「金を貸して欲しい。300円。今、手持ちがな――ブジエアアアアアアアアアアアsjfぢおさふぃだえらえっテッ!!!」
身体が飛んだ。
歩道から車道へ、車道からまた歩道へ。
道路を挟んで向こう側にあるごみステーションの金網にぶつかり、もんどり打って倒れてしまう。
……由香里が歩いてきた。もう、すぐ目の前にいる。
「ゆ、由香里っ!」
「なに」
「……ごめんなさい」
「わかればよろしい」
我ながら、情けない謝罪だった。
自分の家の方角を見つめる。
「渉。いったい何があったの?」
いつもそうだ。冷静。
由香里は、危うい状況であればあるほど冷静になる。
「なあ、俺のこと、警察が捜したりしてるのかな」
「してるわけないでしょ。あたしたち、憲法上は人間じゃないんだから」
「でも、栞は」
「もちろん探してるわ。今は、たぶん――」
国府の森《こうふのもり》から見て、西側を指さす。
「荒谷町を探すって。今朝言ってた」
「……聞かないのかよ」
「なにを?」
「どうして俺がこんなこと、したのかって」
「ふーん……どうしてこんなことしたの?」
考え込んだ。いったい、どう答えればよいものか。
なにもかも、包み隠さず話すことはできない。できるものか。
「でも、いいわ。聞かない」
「……なんで?」
「逆に考えてみて。問われているのが、あたしの方だったとするでしょ。それで、渉は、あたしが言いたくないことを強引に聞き出そうとしている。さあ……どうなると思う?」
俺は、頭を引っかいた。
知恵比べでは一生勝てないだろう。
「えーえー、どうせ俺は、人の気持ちなんかわかりませんよ……」
ふてくされてしまう。情けない。
しばし頭を垂れていたが、
「やばいっ、誰か来る」
山の方に至る坂道へと逃げ込んだ。
由香里もついてくる。
「……ふう」
隠れおおせた。心臓がバクバクいっている。
影からこっそり身を乗り出すと、その正体が鵜飼尚吾であるとわかる。
尚吾なら、見つかってもなんとかなったかもしれない。いや、でも、だめだ。こっそり栞に報告するかもしれない。モノで釣られるとかして。
「……アハハッ! 渉、すっかりびびってる~!」
由香里が笑い出した。
ぐいっ。袖を握られてしまう。
「栞さんだって、概念力《ノーション》使えるんだからね。油断はぜったいダメよ」
耳元で、そう囁くとともに、俺の手を握ってくる。
「由香里。どうした」
……眼を閉じている。これは、概念力《ノーション》を現出させようとしている時の――
「エアリアル・プロンプト」
呟きとともに、ジャンプ――あれよあれよという間に、空中に舞い上がってしまう。
「暴れないでよ」
「ふたり分、支えられるようになったんだな……やっぱり、由香里はすごいよ」
「まあね」
そっけない返事だった。
ゆらゆらと宙を漂う。確実にこちらを見ている者がいるだろうが、見つからないという自信をもつことができる。きっと、工学迷彩的なナニカをやってるんだろう。
「もっと褒めてもいいのよ?」
……山蔭に、自分の家と、由香里の家と、篤の家と、砂羽の家と……ぼんやりと眺めながら、
「由香里。ありがとうな。幼馴染に生まれてきてくれて」
「ばかっ」
握られた手のひらに熱さを感じる。
* * *
由香里の家の前にいる。
時刻は、午前8時40分。とうに朝礼が始まっている。
「……おい、由香里。由香里ったら」
腹を抱えて座り込んでいる。プルプルと震えながら、右手で玄関前の朽ちた柱を握り締めている。
やがて、『もうダメだ』とばかり、膝をついてしまった――
「ぷ、は、はは、は、はぁ、ぁ……!」
「……」
「もーだめ。もー、いやいや、まさか、国府の森《こうふのもり》に行ってたなんて! しかも、仲間に入れてくれ、だって。じゃーなんで、結局ふたりもブッ倒してんのよ」
笑いがやまないでいる。箸が落ちてもおかしい年頃……だろうか?
「かなりの下っ端なんだろうけど……って、あんまり騒ぐなよ……お母さん、まだ寝てるんだろ」
俺は、もらった菓子パンをほおばりながら喋っている。
「渉! 食べながら喋らない!」
「んぐぐ」
残りを一気に飲み込んだ。
いつもより、だいぶ遅めの朝食だった。昨日の夕食すら食べていない。
「よいしょっと」
汐町家の消臭スプレーを手に取った。
シュッシュッと、学ランに振りかける。これで、生ごみのニオイも消えるはず。
「……腹も膨れたし、消臭もOK。あとは」
山の方を見る。
当然、国府の森《こうふのもり》を見据えている。
「ありがとな、由香里。じゃあ、行ってくる」
「わかった」
由香里は、カバンを肩に掛けたなら、
「実はね、裏道もあるのよ。どっちから行く?」
「……え?」
お前は何を言ってるんだ?
「だから。正面突破だとバリケードがあるでしょ。あんたはいいけど、あたしが昇ったら制服のスカートやぶれるでしょ」
「……いや、概念力《ノーション》使おうよ」
「察知されたらどうするの?」
「う! いや、それは……」
「ほら~、渉! やっぱり甘いんだから!」
いやいや、違う。そういうことじゃなくて。
なんで、お前がついてくるんだ?
負けじと、目前にあるふたつの目を覗き込んだ。
「家出したいのは俺だ。なんで付いてくるんだよ。おかしいだろ! 学校いけよ」
「学校なんてつまんないし」
「毎朝、元気に挨拶してんだろっ」
「みんな、『おはよう』って返してくれないのよね。技術の授業で一緒の班になった子たちもね、ぜんぜんだめなの。和田先生にも相談できなくなっちゃったし……あたしも、国府の森《こうふのもり》で暮らしたくなったかも」
「……もういいよ、好きにしろ。俺は、正面突破するからな」
「じゃ、あたしも」
幼い頃を思い出す。
そういえば、真っ暗な山林に一番最初に駆け入るのが自分で、その次が由香里だった。その次が砂羽で、最後は決まって篤だった。
――深呼吸をする。気持ちは決まった。
「由香里。俺についてきてくれるか」
「……うん。よーし、それじゃ、行きますか」
そう言って、俺の斜め後ろへと。
「なんか、昔みたいだね」
「そうだな」
汐町家の玄関を振り返る。
あの日、あの夜に垣間見た情事がよみがえった。