妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#12:心らしきものが消えて(下)(2)

 頑強に張り巡らしてある鉄条網。昨日は、無理やりに通ってしまった。

 いま俺は、それらの鉄線に絡み付いているであろう血の跡――を、高台から見下ろしている。

 

「まさか、こんな普通に通れるなんて……」

 

 昨日のあの道とは違う方角、およそ百平米ほどの溜め池を挟んで向かい側に、花見客向けの駐車場がある。

 俺たちの家からさほど離れていない其処に、コンクリート造りの階段があった。昇っていくと、薄暗い山奥へと続く道があるではないか。

 普段の往来がないためだろう。コンクリートで作ってはあるものの、隙間という隙間からツタやツルが生い茂っていた。

 そんな道を、どんどんと進んでいったなら――八幡神社の前に出てしまった。けっこうなショートカットだ。

 

「どうしてこんな道を知ってるんだ」

「そりゃ、あたしだって使用者《エッセ》だもの。去年、全国制覇を成し遂げたばかりの聚落《じゅらく》に興味ないはずないじゃない」

「……」

 

 昨日とはうってかわって、爽やかな森林地帯だった。

 まだ青々とした葉をつけたもみじの樹が一面に広がっている。秋になれば、上品に燃え上がった景色に目を奪われるに違いない。

 木漏れ日を見上げる。生い茂った樹木を通り過ぎた光が白く輝いている。眩しくはなかった。ほんのりと暖かい。

 

「由香里、もうすぐだ。あそこの神社」

「あの子が吊り下げられてたっていう?」

「そうだ。今もいるかな」

 

 本殿に続く石段を駆け上がる。

 昇り切る前に、深呼吸。敵の気配を勘ぐる。よし、いない。

 

「ほのかっ!」

 

 いなかった。誰も。

 

「……」

「あれ、見て。地面」

 

 血。血でできた水溜りの跡がある。

 

「ひどいことするわね……でも、許してもらえたのかしら」

「……いや。わからない。もっとひどい目に遭ってるのかも」

 

 かぶりを振った。

 奥歯を噛み締める。ギリリ、と音がする。

 

「由香里の感覚だと、あとどれくらいで頂上だと思う」

「……2時間くらい? 道、まっすぐってわけじゃないんでしょ。たぶん」

 

 山頂へと視線をやる。

 

「……由香里。俺、決めたよ。今。あいつを助けたい。ほのかさんに惨いことをした連中に一泡吹かせてやる」

「目的、変わっちゃってるじゃない……ま、あたしはいいけど」

 

 ……どうして、『あたしはいい』んだろう? どうして、こんなことに付き合ってくれるんだろう。俺には、てんで分からなかった。

 こんなことに付き合わせたくない、でも、一緒に居て欲しい。矛盾した気持ちを抱えているだけで精一杯だった。

 

「よし! ぜったい登り切ってやる」

「あらら~! なんにも知らない人間が」

 

 ――気配。敵か?

 由香里の手を取った。本殿の傍へと寄っていく。

 

「そこなら攻撃を受けないって? まったく浅知恵だね」

「てゆーか、きみ。朝令暮改にもほどがあるよ? 昨日、入口でさ。彦一にさ、俺たちの仲間になりたいって言ってなかった?」

 

 3人。いつの間にか、3人に囲まれている。

 飄々とした調子で歩いてくる。なぜだろう、歩行の音がほとんど聞こえてこない。

 

「どうして、ほのかにあんなひどいことをした」

「口の利き方に気をつけろ。なにもわかっておらん子どもがっ!」

 

 4人になった。

 こいつは、ほかの3人と比べてガタイがある。成人のようだ、髭を蓄えている。

 みな、似たような服装だった。紺色の、作務衣のような装いに身を包んでいる。下袴が膝までのズボンになっている。

 

「お前、うちに入団したいそうだな」

「……」

「嘘、だな。ついでに言っておこうか、ほのか様を助けたいというのも嘘だ」

「違う!」

「違わない。さて、そういうわけで我らは戦わねばならん……次は、ごみ捨て場ではなく、あの世に送ってやる」

 

 バサッ! 由香里がカバンを投げ捨てる。

 お互いの背をつけるようにして、敵集団と対峙する。俺の方には大柄の男が。由香里の方には残る3人が。

 背中越しに、触れ合った指先を押し合う。この場を離れる瞬間の合図を送ろうとしている――今だッ! 戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

「……いくぞっ」

 

 俺が走り出すと、男がファイティングポーズを取った。

 

「く……目が見えんッ!」

 

 いつもどおりの手。

 男の胸襟を掴んで、大外刈りで投げ飛ばそうとする――

 

「うわっ!?」

 

 たやすくかわされる。

 差し出された男の足に蹴つまずいてしまう。

 

「クソッ!」

「お前の技術《アーツ》は把握している。強力だが、あまりに単純だ。ほかの誰かからも、こうやって避けられたことがあるんじゃないか」

 

 図星。

 

「わかるのだ。印章《シンボル》の感じで、おおよその位置が。彦一も、史朗も、いったい、どうやってこいつに負けたというんだ? 福山も苦戦したという。わからん」

 

 言い終えるやいなや、男が突進をしてくる。

 

「……速いッ!」

 

 『走り始めた』と思ったら、もう目の前にいる。

 

「フンッ!」

 

 中段からのアッパーカット。

 大振り過ぎる。後ろに跳んでかわせ――なかった。

 

「がはっ!」

 

 人間の速度じゃない。

 背後に回られ、拳骨を打たれてしまった。直撃のようだ、背骨に痛みが走る。

 

「……!」

 

 もんどり打って倒れた。勢いを味方につけて、地面をゴロゴロと転がっていく――なんとか、体勢を整えることに成功する。

 

「遅いっ!」

 

 背後を取られている。なんなんだ? このスピードは。

 

「おらよっ!」

「うっ!」

 

 拳が振り下ろされる直前に、乾いた地面を蹴り上げ、敵人の眼に砂利をぶつける。

 走り込むようにして後退した。今度は大丈夫だ、追ってこない。

 

「おいあんた! こっそりと魔法強化《バフ》を唱えてるだろ! それでも大人かよ」

「別に卑怯なことではない。が、これならば……少しは卑怯かもしれぬ」

 

 目の前に、人差し指を出してくる。

 

「俺は人刺し指と呼ばれている。どうしてか、わかるか」

 

 俺は、反射的に腰を落とし、防御の構えをとる。

 

「……来る」

 

 男の指がこちらを向いた。

 横っ飛びに走り出し、一番大きな杉の木に身を隠す。

 

「パワーリデュース」

「クリティカルリデュース」

「ヘイストリデュース」

 

 詠唱が聞こえるやいなや、冷や汗をかいた。

 大事な力が失われていく感じがする。

 

「くそ、弱化魔法《デバフ》か……あがっ」

 

 痺れがきた。動けない。

 刻一刻と、近付いてくる敵人。

 心臓が早鐘を打つ。

 

「出て行ってやるよっ!」

 

 大声で叫んだ。

 

「……どうした、はったりか。出てきてみろ」

 

 万事休す。

 ……自ら大樹の蔭から出ていった。敵人は、一気に距離を詰めようとする。

 今できるのは、敵を見据えること。そして――

 

「なんだ……これはっ!?」

「どうだ、気持ち悪いだろ」

 

 こちらに辿り着くまでもなく、立ち止まってしまう。

 

「なるほど。感覚であればなんでも無くせるのだな。見事だ、空気の流れすら感じることができん」

「そういうことだ!」

 

 逡巡している男を尻目に、身構える。

 睨み合いが続いた。そして――

 

「おおおおおおおおおっ!!」

 

 男が動き出した。

 俺も走り出そうとする。走り出せない。

 

「くそ、動けっ」

 

 弱化魔法《デバフ》が効いているようだ。ふらふらとではあるが、身構える。

 頼むぞ、頼むぞ、頼むぞ――

 距離が詰まりつつある。さて、相手の動きは?

 ……上段からの右ストレート。勝ったッ!

 

「ッ!」

 

 脱力することで、上段からの一撃を回避する。が、尻もちをついてしまう。

 

「フンッ!」

 

 連続する形で繰り出された前蹴りに合わせ、なけなしの力を振り絞って、敵人が蹴り出した足へとパンチを食らわせる――拳骨と布とが擦れ合う音とともに、力負けして飛ばされてしまう。

 

「ははは。まだまだだった……な……?」

 

 男の顔つきは、余裕から一転、

 

「がああああああああああああああああッ!!」

「どうだ、痛くってしょうがないだろ……ああ、その顔だよ、その顔。今さら気が付きましたっていう」

「あ、が、あああああぁ……!」

 

 コムシのように細くなっていく声。しゃがれも加わっている――やがて、泡を吹いて気を失ってしまった。

 

「1万倍以上の痛みはやりすぎたかな。さ、自称人刺し指さんを片付けたところで」

 

 後ろを振り向いた。

 

「!」

 

 『由香里』と声を掛けそうになってしまう。

 ……防戦一方だった。3人組から一方的な攻撃を受け続けている。

 ひとりは、地面から植物のツタを吹き出して、由香里の足を止めようとしている。

 もうひとりは、炎熱を帯びた刀剣のようなものを振り回し、次第次第に追い詰める。飛び散った炎が制服につきそうになったのを由香里が払い除ける。

 最後のひとりは、水の蛇を作り出し、上空から由香里に狙いをつける。水は、すぐ近くにある手洗い場から噴き出していた。時を経るごとに、水の蛇は大きくなっていく。

 炎熱の刃が前方からの攻めなら、水蛇は背後からの攻めにあたる。

 いずれにしても、危うい状況に違いない。

 

「いや、やっぱりおかしい!」

 

 なにか。なにかがおかしい。

 血が滾ってこない。これはいったい?

 ――殺気。そうだ、殺気があまりに少ないんだ。

 

「いや、確かに3対1で戦っている」

「……くッ!」

 

 ついに。

 ツタによって捕縛されてしまう。

 地面の穴という穴から、薄緑色のツタが生え伸びている。そのうちの1本が太股に絡み付いたところだ。

 

「捕まえたッ!」

「さて、逃がさないよ」

「残りの男も片付けてやるよ」

 

 じりじりと近付いてくる3人。

 俺は、おもむろに目をこすった。まだ昇り切っていない太陽に目をやる。八幡神社の境内をじりじりと照らしている。

 再び、目の前にいる男たちへと。

 

「……」

 

 ほっ、と胸を撫でおろす。

 視線を戻した。植物を操っている者以外のふたりの攻撃が迫っている。

 由香里は、動かない。動こうとすらしない。

 そして、ついに――

 

「ばかな……」

 

 敵の攻撃は、当たっていない。当たりようがない。すべて、すり抜けてしまっている。

 

「……タービュランスッ!」

 

 一瞬だった。

 絡み付いたツタを引きちぎった由香里という物理的存在が、瞬きの速度で敵人との解をもった。

 ――鉄拳。その一撃がぶつかった途端に、何十メートルも弾き飛ばされ、山の斜面へと転がり落ちていく。見えなくなった。

 俺は、手を振りながら駆け寄っていく。

 

「やるじゃん」

「本気でやったら市街地まで吹っ飛んでるところよ」

 

 俺は、手洗い場の蛇口を止めにいく。地面から生え伸びるツタが萎れていくのを眺めつつ。

 由香里は、カバンを拾い上げて、山頂へと至る道に行こうとしていた。追いかける。

 

「なあ、由香里。いつ気が付いたんだ?」

「幻覚なのは、最初からわかってた。だって影がないもの」

 

 鼻を掻いた。

 

「敵の狙いは、なんだったんだろう」

「精神系の技術《アーツ》なんでしょ? 相手を完全にビビらせて、それから色々とやるつもりだったんじゃない」

 

 ……それから俺達は、山頂を目指して、ひたすらに登っていった。

 ただただ、続いていく山道。常に人が歩いているんだろう、歩道は綺麗だった。うららかな陽気とともに呼吸をする草花を眺めつつ、昔いた山野辺という聚落《じゅらく》のことを思い出そうとした。

 でも、やめた。はっきりいって、ロクな思い出がないから。そんなこと、思い出す前からわかっている。

 ……いつからか会話が途切れてしまっていた。話しかけてもよさそうな雰囲気であることを確かめたなら、

 

「なあ、由香里はさ、どうして一緒についてきてくれるんだ。言っただろ、俺、国府の森《こうふのもり》で暮らしたいんだ。出来るなら、あっちの偉い人と話をして了承をもらいたい、って思ってる」

「ほのかちゃんはどうするの? どちらか一方しか取れなかったらどうするの? てゆうか、どっちも取れない可能性だってあるよ? ま、その時はあたしたち、死んでるんだろうけど」

「ほのかさんだって、なにも命まで取られることはないだろ。ただ、罪……を減刑してもらえればそれでいい。それで、実力があるところを見せつけて、仲間に加えてもらうんだ」

「……ハア」

 

 由香里がため息を吐いた。

 

「どうして、暮らしたいの?」

 

 口を開こうとする。思い留まる。

 ……今の俺に何も言えるはずがなかった。

 

「由香里には言えない」

「なんで?」

「……どうしてもだ」

「だから、なんで?」

「どうしても」

「だ、か、ら~! なんで? なんでなの? あたしたち、ずっと一緒だったじゃん!」

「由香里にだから言えないんだ。篤や砂羽にだったら……言え……ない。やっぱり」

「なんなの!? バカッ!」

 

 そこらに落ちている石を蹴っ飛ばした。

 由香里の癖だ。気に入らないことがあると、すぐに何かを蹴っ飛ばす。いつも見ている素振りのはずなのに、久しぶりの印象を受けた。

 

「……」

「……」

 

 沈黙とともに、山頂を目指しての歩みが続く。

 

「逃げたいんだ。俺」

「へえ、そうなの」

「そうだ。逃げたい。それが理由じゃだめか」

「だめじゃないよ。否定しない」

「逃げてもいいのか?」

「いいよ。だって、あの渉がだよ? 逃げたい、なんて。あたしがそんな目に遭ったら、たぶん死んじゃう。弱いから」

「冗談だろ。お前は強い」

「……ううん。たぶん、渉の方が強いよ。あ……ちょっと待って」

 

 森の奥を見据えている。俺も、いま気が付いた。

 ……いた。ひとり、ふたり。もっといる? いや、ふたりだけだ。

 

「……」

「……」

 

 ――言葉は不要。

 黒ずくめの被り物に身を包んだふたりが走り込んでくる。手元が光った。刃物を握っている。

 

「いくわよっ」

「おうっ!」

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