妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#12:心らしきものが消えて(下)(3)

 どれだけの敵を倒しただろう。両手で数えられる範囲をゆうに越えている。

 一筋縄ではいかない連中ばかりだった。由香里のカバンに入っていた救急用具でやけど、切り傷、凍傷、打撲などを癒そうとしたものの、焼け石に水だった。

 太陽が南中高度に達してからも、敵は次々に襲ってきた。戦ったり、逃げたりを繰り返していたら、いつの間にやら午後2時を回っていた。休む間もなく、戦いに明け暮れる。そんな日々を過ごしていた頃を思い出す。まだ、身長もロクに伸びていない頃の記憶を。

 迷った。ひたすらに迷った。整えられた山道だったが、ところどころ二股三股に別れた箇所があり、山頂へと至る道を選んだと思ったら、危うく下山しかけてしまった。しかも、その道の先は荒谷町ときている――栞が必死になって俺を探しているであろう地域だ。

 午後3時を回ったところで、ようやく身を隠せそうな場所を見つけた。ふたりで同じ切り株に腰をかけ、菓子パンを口に運んだ。ご丁寧に、缶コーヒーまで用意していた由香里に敬意が湧くばかりだった。

 山頂は、遠かった。遠かったけれども、いつか必ず辿りつく。そんな思いで、ひたすらに歩いた。歩いて、歩いて、歩いて。白く輝いている太陽が赤色を帯び始めた頃だった、山頂が目と鼻の先に見えてきたのは。

 ……由香里の手を握る。握り返した。すると、樹木の間から、広々とした集落が眼下に広がって――

 

「もう少しだ。ここを抜ければ」

 

 その手を引きながら、感慨に打ち震えながら歩みを進める。

 

「ねえ、渉。今まで何人倒したか覚えてる?」

「ええと、倒したのが14人。戦う前に逃げたのが4回」

「これだけやらかして、仲間に入れてもらえるのかしら」

「どういう意味だ」

「もしかして、何人か殺してるんじゃない?」

「……使用者《エッセ》だろ。俺たちは」

「山野辺ではそうだった。でも、ここではそうと限らないよ」

 

 そう言って、西を指さす。荒谷町の方角を。

 

「あの道から荒谷町に行けそう。まだ間に合うよ。栞さんに謝ろう?」

「……ごめん。俺、決めたんだ。由香里、ここまでありがとう。ここからは――」

 

 林が揺れた。来た道の方だ。

 

「お前が……国府の森《こうふのもり》に入団できるわけがないだろう?」

「あんたか。昨日ぶりだな」

 

 ちょい、ちょいと由香里が手を引く。『やられた人?』と呟いた。

 イエスの合図として、手を握り返す……目の前の女が喋り出した。

 

「それにしても、おそれいったぞ。ご丁寧に不殺とはな」

「……それはどうも」

 

 姿を観察する。昨日と同じような出で立ちだった。

 着物。黒に近い灰色の布地に、白い斑点のような花びらの刺繍。髪を後ろで一本に結っている。刀を携えていた。柄に手をかけている、今にも抜きそうだ。

 

「意思確認を申し出る。お前は、わたし達の仲間になりたいのだな?」

「そうだッ!」

「わかった。が、認めるわけにはいかない」

「あんたを倒したらいいのか?」

「決めるのはわたしではない。が、個人的意思として、こういう形での仲間入りを認めたくはない……確信があるわけではない。だが……お前は嘘をついている。虚偽の志望動機は、認めない」

 

 ここで、由香里が前に出る。

 

「初めまして……いきなりですが、お伺いしたいことがあります。ここにいる彼は、道ノ上渉《みちのうえわたる》といいます。虚偽でもなんでもいいです。彼には、国府の森《こうふのもり》に入団する意思があります。使用者《エッセ》としての力は、ここまでご覧になったとおりです……お願いします。正式な手順があるのなら、どうか試していただけないでしょうか」

 

 言い終えたなら、腰を90度に曲げる。頭を上げたなら、目の前の相手をしっかと見据えた。

 ……俺は、その顔を覗き込んでいた。はがゆい、という気持ちが伝わってくる。

 

「実力は十分だ。が、仲間にはできない」

「あなたの個人的意思ですね。ほかの方ならわかる余地がある、と」

「そういうことだ」

「では、先に進みます」

「だめだ」

「どうしてですか?」

「……どうしてもだ」

「どうして、先に進んではいけないんですか」

「本来、部外者は国府の森《こうふのもり》に入ることはできない。手続きを済ませてからになる」

「……入団希望者なら、話だけでもさせてください。せっかくここまで来たんですから」

「だめだ」

「どうしてですかっ!」

「だから、どうしてもだ」

「どうしてもばっかり、繰り返さないでください!」

「もういいよ」

 

 前に進み出る。

 

「だったら、あんたと決着をつけるッ! それで前に進む……俺ひとりでやる。手を出すなよ」

 

 後ろ手にサインを出す。

 

「……わかったわ。見てる」

「どうしても退かぬというなら、致し方ない」

 

 女がこちらに歩いてくる。

 ここは、開けた地形だった。

 

「そこの男子、死ぬ用意はできているな!?」

「もちろん」

 

 刀を抜いた。夕日に煌いている――大きさは1メートルほど。やや短かめ。

 敵人が構えをとった。体勢を斜めに傾け、刀身を前へと突き出す。

 いつでも袈裟斬りができる姿勢となった。

 

「あれ、タイ捨流よ。覚えてる?」

「もちろん」

 

 俺は、走り出す。敵が構えた。

 間合いへと、一気に――飛び込んだッ!

 

「むっ! 今度は触覚か」

 

 構えが乱れた。

 その隙に、双手刈りを仕掛ける。

 

「ごふっ!」

 

 敵の股下に飛び込もうとしたところ、カウンターの膝蹴りが顔面にクリーンヒットした。

 血の味とともに、地面を転がる。

 

「同じ手が通用するとでも?」

「まだまだっ」

 

 再び、懐に飛び込もうとする。防ぐ相手、容赦なく斬りつけてくる。

 そうこうしているうち、両者の向きが入れ替わった。

 相手の背中が由香里を向いている。

 

「……」

「……」

 

 睨み合う、両者――

 パチンッ! と、俺が鳴らした指の音とともに――

 

 ガキイイイイイイィンッ!!

 

「読めておったぞ、卑怯者が」

 

 女の背中を目がけて、そこらに転がっていた石を風に乗せて打ち出していた。由香里が。

 

「卑怯? 勝つためだったら、なんでもやるぜ。なあ」

「一緒にしないで」

「それでは、正式に2対1……ということでよろしいか?」

「おうよっ」

 

 再び、走り出す。

 

「道ノ上渉、伏せッ!」

「がはっ!」

 

 な……なんだ、これ。

 犬のように、地面に頭を垂れてしまう。動けない。

 これは、まさか……催眠術? ん、ちょっと待てよ。

 

「はっはっはっ、いい様だな」

 

 愉快に笑っている。

 

「次の相手は、そこの女子か……む? なんだ、目潰しか。変わり映えのない」

 

 由香里へと、まっすぐに歩み寄っていく。目が見えないはずなのに。

 由香里の手が、演奏指揮者のようにうなりを上げて空を切った。

 

「貫け、ウィンドランスッ!」

 

 概念力《ノーション》の威力を上げるための叫びとともに、見えない槍撃が飛び出すのだった。

 

「効かぬっ!」

 

 風の槍撃を、刀身でことごとく打ち落としつつ、

 

「お前の風の気、もらったぞ――食らえ、魔法剣ッ!」

 

 一気に距離を詰める。

 軽やかなジャンプとともに、お手本のような袈裟斬りが炸裂した――

 

「……ばかなッ!」

 

 止まっていた。刃が。

 由香里の、人差し指の第二関節あたりで。

 それだけじゃない――女の身体が浮いている。

 

「ばかじゃないわ。いい? あなたはいま、あたしの力で宙に浮いてるの。そのまんまじゃ、追加の力なんてかけられないでしょ? それでいて、あたしの回りには大気の壁がある。だから、傷ひとつつかない」

「ならば、これでっ」

 

 宙に浮いた姿勢のまま、刀身をまっすぐ、突き出すように――斬突の構え。

 シュッ、と滑らかに、一直線に突き出された刀。

 ――パシンッ!

 

「……どう? 素人にしては上出来でしょ」

 

 無刀取り。

 相手が握っている刀の柄を、自分が掴んでしまう。

 それによって技の威力を殺した。

 

「やるな。が、いつまでもつかな?」

 

 刀の切っ先が、だんだんと喉元に迫っている。

 表情が険しい。ワーキングメモリーはパンク寸前だろう。

 が、それは相手も同じ。俺は、なんとか身体を起こすことに成功する。

 そして、全力で、その名を叫ぶ。

 

「由香里ッ!!」

「渉。いいから、黙って……見てなさいッ!」

 

 が、ここで。

 

「え……なに? なんだ!」

 

 違う! お前じゃねえ!

 

「由香里……お前が心配でしょうがねーんだよ」

「お前に心配される謂れはない!」

 

 だからお前じゃねえ!

 

「へえ、そういうことね」

「う、苦し……これ……は」

 

 周辺のありとあらゆる原子を放り出し、ほぼ真空の空間を作る。由香里の得意技だ。

 そして、自らの身体を――敵にぶつけていくッ!

 

「うあっ!」

 

 地面に転がったふたり。

 でも、違う。それだけじゃない。

 転がってるだけじゃなくて――由香里の唇が、相手のそれに覆い被さっている。

 斜め向きに唇を合わせることで、しっかりとした密閉がなっている。逃げられないよう、両手で両手を押さえながら。

 ……苦しそうにもがいている。すでに1分が過ぎようとしていた……完全に、そう、完全に……相手の動きが止まった。

 

「ぷ、ふぅ、あぁ……!」

 

 口同士が離れると、幾重にも連なった唾液が――

 由香里は、立ち上がる。

 

「渉。ありがと。おかげで隙ができた」

「えぐい技を使うんだな」

「使用者《エッセ》でしょ? あたしたちは」

「きっさまああああああああああああああああッ!! よくもやってくれたなッ!」

 

 ――まだだった。ピンピンしている。

 

「初めて、だったんだぞ……」

 

 醒めた笑いを浮かべている。もちろん目は笑っていない。

 

「あら、あたしもキスは初めてよ。ま、女の子が初めてでも、悪くなかったわね」

「!?」

 

 いや、それはおかしい。おかしいだろ。

 試しに、由香里の心を感じ取ってみる――

 

「……」

 

 嘘は、ついていない。『初めて』という言葉は真実だ。

 いったい、どういうことだ?

 

「おい、お前! 女の子が初めてでも、いい、とか……人を……おちょくってるのか」

 

 言霊とともに、女が指先をこちらに向ける。

 ……静かな怒り。それだけはわかる。それ以上はわからない。どんな感情を抱いてるんだろうか。

 

「今度は、死んでしまうかもしれないけど……ごめんね」

 

 ――あの時と同じだった。どこか、寂しげな面差し。

 

「時間よ、止まれ」

 

――――――――――――――――

――――――――――――

――――――――

 

「ぎゃふんっ!」

「やっぱり催眠術か。タネがわかれば大したことはなかったな」

「なるほど。渉は、あなたにとっての天敵というわけね」

「く、殺せ……」

 

 由香里は、カバンの中身をまさぐっている。

 出てきたロープで敵の身体を後ろ手に括りつけた。足も動けなくする。

 

「ごめんね? あんた、しぶとそうだから」

「その制服。お前たち、中学生だろう。もうちょっとなんとかならんのか、口の利き方」

「あなた、いくつ?」

「……16。高校二年生」

「俺達とそんなに変わんないじゃん」

「……国府の森《こうふのもり》に入りたいんだろう、道ノ上くん」

「渉でいい……ですよ」

「渉くんよ。国府の森《こうふのもり》の考え方を知りたければ、まずは論語を読むことだ。『所謂天下を平かにするは其の國を治むるに有りとは、上老を老として民孝に興り……』」

 

 年長者を敬うことで、平和でよりよい社会に繋がっていく。

 そういうことが言いたいらしい。

 

「行こう」

「そうね」

「待って!」

 

 サッと後ろを振り向いた。

 すると、神妙な面持ちで、

 

「わたしは……国府高校に通ってるんだぞ!」

「それを早く言え……言ってくださいよ」

 

 俺は、この女に近付いていく。

 

「使用者《エッセ》の立場で、どうやって合格したんですか。教えてください」

「お前も、国府高校に行きたいのか」

「俺は、違うけど……友達が……あれ? 俺、もしかして……この人、どっかで見たことある?」

 

 奇妙な光景だった。

 こちらが教えを請うというのに、相手方は、両手と両脚を縛られたままでいる。

 

「長い話になる。まあ、いつか教えてやるさ。ここから先、生き残ることができたらな」

「約束だ……ですよ」

「うん。約束するとも。さて……この先には、国府の森《こうふのもり》にあって、地の属性を守護する方がおられる。が、今はややあって、風の属性を守護する方が代理を務めている……いいか。そいつは、本来そこにおられるはずの方とは比べ物にならぬほど残忍だ。だから……」

 

 一瞬の間。

 

「戦いになったら、すぐに降参しろ。燃え上がるとまずい」

 

 俺は、頭の後ろを掻きながら、

 

「……ありがとう。教えてくれて」

 

 笑顔を返した。なんだ。案外、いい奴なんだな。

 

「……」

 

 沈みかけた西陽を見る。

 ゆっくりと歩き出した。

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