妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#12:心らしきものが消えて(下)(5)

 ――フワリ。着地、成功。

 辿り着いた地点は、今しがた眺めたばかりの集落。その出入口とも言える場所だった。

 

「ここがそうなのか」

 

 目の前には、かなり開けた谷が広がっている。

 この谷を渡すのは、小ぎれいな樹木でできた橋一本のみ。

 

「……」

 

 振り返ろうとして、立ち止まる。

 

「由香里……」

 

 泣きそうになるのを堪える。

 

「……おい、少年。待てよ」

「!?」

 

 後ろを振り返る。

 今しがた、朔太朗と呼ばれていた男だった。地面に目を凝らすと、すぐ真下に黒い空間が開いている。

 彼が完全に姿を現わすと、穴は消えた。

 

「さて、ええと。道ノ上くんだったよな? わかるよな、これから行おうとしていることが」

「……面接試験?」

 

 苦笑する。

 

「面接試験? 違うな、断罪だ。俺の配下が数名、お前にやられてる」

 

 言うやいなや、疾風のように駆けてくる。

 

「まあ、やってみなよ! お前さんが俺を殺したって恨みやしない」

「……くそッ!」

 

 体中に痛みが走っている。目眩もする。

 が、やるしかない。勝てない? ああ、勝てないさ。だが――

 

「おらぁっ!」

 

 両手で、しっかと襟と袖を掴んだッ!

 

「その構え、柔道か」

 

 横襟オーケー。袖口オーケー。繰り出すは――大外刈りッ!

 ……脱力。一瞬の後に、両手と両脚とが調和していた――胸板をぶつけつつ、相手の右足首にしっかと掛かった俺の右足。

 体勢は、密着しているッ!

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 倒れない。

 

「なんで……」

 

 爆発音。

 背後で、何かが弾ける音がした。

 

「なんでだっ! くそっ、どうして」

「……よく見てみろ」

「オオオオオオオオオオ……!!」

 

 なにか、いる。

 大外刈りが命中し、一気に倒れるはずのその背中を、ナニカが支えている。

 

 ――隷者の行進《ブラックパレード》――

 

 地面という地面が、真っ黒に染まっている。

 と思ったら、俺の左足が、しっかとナニカに掴まれてしまった。

 

「これは……」

 

 屍体《パリディ》だった。こいつ、死霊術者《ネクロキャスター》か。それも、超一級の。

 男も女も、大人も子どもも、健常者も欠損者も、ありとあらゆる屍体《パリディ》が、暗黒の穴の中から現われる。

 少なく見積もっても、三十体はいるだろう。

 

「なんだよこれ……」

「往け」

 

 たちまちに襲ってくる。意外と足が早い。

 

「くそっ!」

 

 奴らの群れを振り切ろうとして、この谷の崖にある大樹の傍に逃げた……相当な高さがある。落ちたなら死が待っているだろう。

 動きを変えた集団が、こちらへとにじり寄ってくる。

 俺は、目を閉じる――見開いた。

 

「オオオオオオオオオオオオ……!!」

 

 たちまち、屍体《パリディ》の集団が大混乱に陥った。押し合い、へし合い、もんどり打って自滅を繰り返す。

 運よく、こちらに向かってきた一団も、俺を通り過ぎて崖下へと落ちてゆく。

 

「……もう終わりか?」

 

 敵の視線は、こちらへと。

 

「お前さんの技術《アーツ》は見せてもらった。珍しい概念力《ノーション》だ」

「へえ、国府の森《こうふのもり》からしても、そんなに珍しいのか」

「そう。希少だ……具体的には、回転寿司の皿の上に……一貫しかネタが乗っていない皿があるだろう? ……それくらい希少な存在だ」

 

 カイテンズシ、とはなんだろうか?

 ……とにかく、国府の森《こうふのもり》の基準でも限りなく珍しい能力であることは伝わってきた。恐らく……千人に一人とかいう、そんなレベルだ。

 

「なんて名前の概念力《ノーション》なんだ? 教えてくれよ」

「……言わない」

「どうして?」

「別にいいだろ」

「……もしかして、名前を言うのが恥ずかしいとか」

 

 図星。

 

「違う!」

「自らの技術《アーツ》の名を言明するのは、より強力な変状《アフェクティオ》を導くための基本だろう。習わなかったか?」

「……俺には必要ないんだよ」

「そうか。あんたがそう言うんならいい。そういう奴も、いるにはいる」

 

 誰が言うもんか。こっぱずかしい。

 

「技の説明、したくないんだよな? ならば――」

「ッ!?」

 

 身体が動かない。いや、違う。

 左腕が、次第に、次第に、上がって……胸の前で、人差し指を立てたポーズになる。

 

「うん。説明にはそんな感じのポーズがいい」

「生きてる人間も操れるのかよ……」

 

 また、背後で大きな音がした。由香里がいる方角。

 

「どうした? 自分から説明してもらってもいいんだけど」

「あ……あー、あー……」

 

 口や首元は、かろうじて動くようだ。

 それ以外は動かせない。

 

「……スウゥー」

 

 深呼吸をする。

 

 ――《アイズ・ワイド・シャット》――

 

「おお、これがお前さんの概念力《ノーション》か……あ! あ、が、あああああぁッ!!」

「どうだ、メチャクチャよく聞こえるだろ……お前が使役してる連中の声がよおっ」

 

 男は、片方の膝を抱えてしゃがみ込んだ。

 

「ああ、が、あああああ……おいっ! お前。それ以上、近寄るんじゃない」

 

 近寄るな? 構うものか。走り寄っていく――そこだッ!

 敵人の遊んでいる右腕――それを両手で抱え込みつつ、体重を真後ろに預けたなら――仰向けに転がらせるッ! ……腕ひしぎ十字固め。すでに、9割方完成している。

 

「よっしゃ! 折れ……ろ……?」

 

 なんだ? 今、なにかがここを通った。

 

「ぐほおッ!」

 

 蹴り飛ばされた。身体が。凄まじい力で。

 脇腹を押さえつつ、立ち上がる。

 

「……」

 

 佇んでいた。女が。

 ピンクとベージュが組み合わさった柄のアンサンブルを着ている。動きやすさのためか、だいぶ広がりのあるスカートだ。

 

「……もしかして……こいつも死んでる?」

「そのとおりだ……やれ、アヤカ」

 

 アヤカと呼ばれた屍体《パリディ》が走り出した。

 速い。先ほどの連中とは雲泥の差だ。

 右手に、やや小ぶりの刀を握っている――

 

「ぐっ!」

 

 刃が首筋を掠めた。相当の切れ味と思われる。

 ――剣先が次々に迫ってくる。かろうじて避けてはいるものの、正直、いつ当たってもおかしくはない。

 

「……ぱいろ……くらす……ト」

 

 俺の背後に火柱が上がる。

 正直、なかなかの高度だ。突っ込んだら、ヤケドで済むだろうか? いや、そんなことよりも。

 

「死んでるのに……どうやって、概念力《ノーション》を……?」

「オオオオオオオォッ!!」

 

 俺が後ろに逃げられないことを察してか、走り込んでくるアヤカ。

 

「れい……やー、プロミ、ネンス……!」

 

 炎の壁が目前に立ち塞がった。

 いや、違う。むしろ、こっちの方に向かってきているッ!

 

「ええい、ままよっ」

 

 炎の壁に突っ込んでいく。

 

「あちぃっ!」

 

 炎熱に耐えながら、前方回転受身によって着地を決める。

 

「オオオオオッ!」

 

 なんてことだ。待ってやがった。

 って、よく見たら、お前もフツーに燃えてるじゃねえか――

 迫る、斬撃。

 

「おらぁッ!」

 

 今しかなかった。双手刈りを仕掛ける……ヒットッ!

 予想が当たっていた。死んでいるだけあって、関節がうまく動かないようだ。驚くほど簡単に倒れてしまう。

 

「それ、よこせっ」

 

 小刀を取り上げようとする。

 

「さがれッ!」

 

 ――が、突如として、煙に巻かれたように消え去った。

 

「……」

「どうした? おい。死体どもがいなけりゃ、なんにもできな……」

 

 血。吐いてしまった。咳が止まらない。手を地面についてしまう。

 なぜだ? デモンズ・トレードは使ってないのに。

 

「残念だったな。お前さんはもう、病魔に冒されてる……アヤカに触った時点で」

「う、ぁ、そういう……ことか……」

「そろそろだな。皮膚から色々と吹き出してくる」

 

 なんだって? いったい、何が吹き出してくるって?

 じんましん? いや、もっと恐ろしいものだろう。俺にはアレルギーはないけど……ん? 待てよ。

 ……思いついた。起死回生の一手を。

 

「なあ、頼みがある。こっちに来てくれよ……み、見て……欲しいものがある」

「……?」

 

 逡巡した後、男がこちらに歩いてくる。

 

「……待たせたな。さて、なにを見せてくれるって?」

「苦手な食べ物、教えてくれよ」

 

 ……しばし考え込んでいる。

 ……頼む、頼む、頼む。真実を答えてくれ。

 

「梅干し」

「……サンキュ」

 

 こいつの感覚神経を、数万倍に研ぎ澄ませる――味覚をッ!

 

「ッッッッッッッッッ!!」

 

 ――自虐的冒険心が強い相手で助かった。

 

「……!!!!!」

 

 いまだに地面をのたうち回っている。通常の味覚を1としたら、少なくとも1万倍のそれを味わっていることになる。

 俺は、なんとか立ち上がる。

 

「さて、あとは、この毒を……解……除……え?」

「……やるじゃん、あんた」

 

 ごく自然に、そこにいる。

 

「悪いな。俺には自動回復《オートヒール》がついてる」

 

 そして、鬼のような形相とともに、

 

「……覚悟しろ」

 

 回し蹴り、一閃――

 鼻先を掠める一撃。飛び跳ねるようにして後ずさる。

 着地の瞬間だった、

 

『嘘だろ、こいつ』

 

 それくらい速かった。

 

「げあっ!」

 

 拳骨。みぞおちへの一撃が決まってしまう。

 ふらふらとよろめきながら、次の攻撃を待つしかなかった――

 

「……ぐっ!」

 

 ストレートパンチを胸に受けた瞬間を狙い、衣服を掴むことに成功するも、切り離されてしまう。

 

「あがッ……!」

 

 パァン、という、関節の弾ける音が響いた。

 凄まじい瞬発力のローキックを受けたことによる。もんどり打って倒れ込んだ。

 

「そら、さっきの威勢はどうした?」

 

 回し蹴り? 見えない――

 とにかく、なにかの蹴り技がこめかみにクリーンヒットした。

 地面を転がり回って、ようやく止まる。

 起き上がるも、また鉄拳が――

 

「がうっ!」

「チィッ!」

 

 噛み付いた。敵の拳の関節部分に。

 しっかと食い込んだ犬歯、血の味が染みてくる。

 

「なかなか骨のある。が、そろそろ終わりにしたい」

「あが、ぐぅ……」

 

 今は、耐えるしかない。

 

 ――《プラトニック・マリオネーション》――

 

「ぐっ……!」

 

 体が動かない。さっきと同じだ。無理やりに座らされてしまう。

 敵人は、ゆっくりと拳を振り上げる。

 

「……とどめだ」

 

 ――《幻 想 変 換《デモンズ・トレード》》――

 

「手に入れるのは……解除《デスペル》ッ!」

「急に動きがっ!」

 

 大地から飛び上がるようにして、相手の前襟と、袖口とを握り締める。

 握り締めた時にはもう、この右足は振り上がっている――振り下ろしたッ!

 一本、それまでッ! 相手の頭が、後頭部から地面に突き刺さるかのごとく――

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、やった……!」

 

 ポケットに違和感がある。

 

「……え?」

 

 由香里にもらったフェイスタオルを取り出そうとする。

 ……取り出すことはできた。握り締めることはできなかった。灰になっていたから。

 

「はは……こんな代償もあるのかよ……くっそ」

 

 その灰を握り締めつつ、額に手を当てる。

 すぐ間近に倒れている敵を見下ろした。

 

「……え?」

 

 いない。いなかった。

 

「……惜しかったな」

 

 真後ろに――立っている。

 

「さすがに、アレを食らいたくはなかった」

「たしかに……刈り倒しただろうが……!」

「幻でも見たんじゃないのか」

「……畜生」

 

 俺は、目を閉じた……。

 由香里と一緒に歩いてきた道のりに心をやる。

 

「由香里。俺に力を貸してくれ」

 

 奥歯を噛み締める。涙の味がした。

 

 ――《幻 想 変 換《デモンズ・トレード》》――

 

 まっすぐに、敵を見据える。

 目が合った。静かな瞳をたたえている。

 その言葉を、口にするのが恐ろしくて。でも、ここで勝たなければ。いや、違う。勝ちたい。俺が勝ちたいんだ。

 俺は、こいつに勝つためだったら――なんだって、やってみせる。

 

「手に入れるのは……お前の死」

 

 人間として大切な何かが壊れてしまった感じとともに、願ったことを確かめる。そして――

 バタッ、という、地面に倒れる音が聞こえた。

 

「……」

 

 男を見る。表情はない。

 

「……」

 

 頬面を叩く。返事はない。

 

「……」

 

 心臓に手をのばす。鼓動はない。

 

「……」

 

 口元に耳を当てる。呼吸をさぐる。

 

「……」

「おはよう」

「うわあああああああああああああああああああああああああぁッ!!」

 

 心臓が――凍りついた。

 なぜ? どうして? たしかに、たしかに――

 

「次にあんたは、『確かに死んでいたのに』と言う」

「確かに……死んで……死んでいたのに……!」

「惜しい」

 

 死んでいたはずの男が起き上がる。

 首の後ろに手を回し、痒いところを掻いている。

 

「ああ、言ってなかったけど、俺。死んでも蘇るんだわ」

「なにを……なにを言ってるんだ」

「死んだままでいることもできるし、本当に死ぬことだってできる」

「……」

 

 男が近付いてくる。

 

「お前さんの技術《アーツ》、思い出したよ。見たことがある……代償、いるんだろ?」

「……ああ、要るよ。代償」

 

 俺は、平静を装う。顔に出ていると思う。

 

「さて。なにを失うんだろうな……あんたの命で代償になればいいんだが」

「は、は……なに言ってんだ……命……?」

 

 ――代償。

 なにが? いったい、なにが失われる? 俺は、俺は、殺そうとした。いや、殺した。殺した、殺した、殺した……!

 

「後悔……してるんだな。じゃ、そろそろ終わりしよう」

 

 その時だった。

 

 ズッシャアアアアアアアッ!!

 

 なにかの物体が地面を滑る音とともに、

 

「渉、大丈夫だったっ!?」

 

 この声は……栞? 栞の声だ。

 

「……チッ」

 

 男が舌打ちをする。

 

「よりによってあの人か。ついてない」

 

 後ろを振り返った。

 ……栞がいる。さっきより傷だらけになった由香里も。

 そして、いま滑り込んできた物体の正体は――

 

「……」

 

 吉利という男だった。顔中がボコボコに腫れ上がった。気絶している。

 

「そこのあなた。国府の森《こうふのもり》の四天王が主席、黒ノ団――玄冥(げんめい)の枸橘朔太朗《からだちさくたろう》ね」

「いかにも」

「見てのとおりの状況よ。どうする?」

「……あなたと戦うのは得策じゃない。これ以上うちの者を傷つけないと誓うんなら、去るがいい」

 

 栞は、俺の手を取って引き寄せる。

 

「では、お言葉に甘えて。渉、由香里ちゃん。帰りましょう」

「……ところで、道ノ上栞さん。俺達が初対面でないことはご存知か」

「大きくなったわね」

「……恐縮です。あんたは確か、この橋の向こうに行ったよな」

 

 このふたりは、何を話してるんだ? 腑に落ちないが、気にしている余裕はない。

 栞は、俺だけでなく、由香里の手も取った。そして、歩き始める。

 ……後ろの方を見ると、彼はただ、俺達をじっと見送っている。やがて見えなくなった。

 3人になって、悠々としたペースで下山が進んでいく。

 

「栞、その……」

「渉」

「は、ハイッ」

「……心配したよ」

 

 コツンと、拳骨が額に当たる。

 すると、柔らかいパーになって、俺を包み込んだ。

 

「……ごめん。栞。ごめんよ」

 

 俺を抱き寄せる。

 

「……弟が大事じゃない姉がどこにいますか」

 

 優しい声だった。

 それから、何度か後ろを振り返ろうと思ったが、できなかった。いつまでも、いつまでも、彼がこちらを見送っているような気がして。

 自分の胸に手を当てる。喜んでいるのか、悲しんでいるのか。よくわからない。

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