妄想感傷代償連盟   作:渡邉 実一

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#13:終わらないパズル(3)

 一方的な攻勢だった。防戦を強いられている。

 

「ほらっ、落ちろ!」

 

 喬木が、指先を天井へとやる。

 すると、講堂の真上、等間隔に並んだ照明器具がひとつ、またひとつと落ちてくる。

 甲高い音とともに、砕け散ってしまう蛍光管。

 

「あがッ! 痛てえ」

 

 飛び散ったガラス片が指に刺さる。

 逃げる、逃げる、逃げる。今は、逃げることしかできない。

 さすがの集も、任意の空間を腐食させる能力を前にしては防戦一方だった。そうこうしている間にも、講堂内部がどんどんと腐り落ちている。

 

「ははは、どうしたんじゃ。最初の勢いは」

 

 攻撃の矛先を、集に向ける。

 

「やべっ」

 

 逃れるべく、前方回転をして床を転がる。

 

「そらっ!」

「の゛ああッ!」

 

 集の真下にある床面が抜けてしまう。

 身動きが取れない。

 

「終わりじゃ……んっ! これは……なにも見えん」

「どうだッ!」

 

 しばし、沈黙が支配する。

 

「……ふはははははははははっ」

「なにがおかしいッ」

「ありがたいほどじゃ。目が見えぬおかげで、ますます集中力が冴える」

「集ッ!」

 

 床の下に埋まった集に手を伸ばした。

 

「ふんぬッ!」

 

 ズボオォッ!

 

 セーフッ! 床から身体が抜けた。

 次の瞬間、今の場所が溶け落ちて粉みじんになってしまった。

 

「お前達もしつこいのう」

 

 次々と、床面を腐り落としてゆく。

 

「修繕費、高くつきますよ。どうしてくれるんですかね」

「ぜんぶ終わったら弁償させてやるわい、教育委員会のサイフからのおっ!」

 

 握ったままの集の手を、さらに強く握る。

 

「おい、集! ドカーンと、一発決めてやれないのか」

「できない」

「なんで! こっちも、飛び道具とかさ」

「飛び道具! いいねッ! スポットオンなアイディアだ」

 

 集は、講堂の奥へと走り込んだ。あの円卓の近くに。

 俺も続く。

 

「はっはっはっ、どこに逃げてもわかるぞ。視界なんぞ、使用者《エッセ》にとっては取るに足らん存ざ……がァァッ!!」

 

 カラン、ゴ……コロロッ!

 

「物理存在だったら検知もできないだろう。ざまあねえな。もう一発、食らいやがれっ」

 

 集は、今しがた会議に使っていた椅子を真上に放り投げていた。

 そして、放り投げたと思ったら、喬木の方へと蹴っ飛ばしていた――概念力《ノーション》による加速をつけてッ!

 さらに、もう一発――クリーンヒットッ!

 

「あぁ、があッ! あ、ぐぅ……!」

 

 なんの変哲もない椅子だった。

 が、ここいらに置いてあるからには高級品なのだろう、喪失付与《スティゾフィニア》に持ち堪えている。

 

「とどめだッ!」

「――腐り落ちろッ!」

 

 瞬きの間。そんな言葉がぴったりと似合う。

 喬木を目がけて蹴っ飛ばしたはずの椅子が、ホコリでも舞い散るかのように粉みじんになってしまった。

 

「よくもやってくれたのう……」

 

 ギチュギチュギチュ……サアアアアアアアアアアアアアアァ……!

 

「……なんだよ、これ」

「相変わらずの化け物っぷりだな」

 

 一番奥にあるカートに詰んであったパイプ椅子。まとめて灰になってしまう。

 

「集、逃げろッ」

 

 集の身体を押し倒した。

 自分も、前方に転がって身を伏せる。

 

「ほお、よく次の手がわかったのお」

 

 わかり切っていた――俺達がいる、この円卓が狙われているのは。

 サラサラと、風に舞い踊る砂粒のように砕け散っていくアンティーク。

 それは、自分たちに敵の焦点が当たっていることを意味している。俺も、集も、喪失付与《スティゾフィニア》の影響下から逃れようと、ほうほうの体で逃げ回ることしかできない。

 

「はあ、はあ、はあ……!」

 

 肩で息をしている。額には汗がびっしょりと。

 集も、さすがにキツそうだ。

 

「そろそろ、障害物もなくなってきたのう……では、仕上げじゃな」

 

 喬木は、指先をサッサッと振ったなら、

 

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン」

「ヘイストチューン」

「ブレイクチューン」

「ブレイクチューン」

「ブレイクチューン」

 

 強化魔法《バフ》の重ねがけ。しかも――6連発だとッ!?

 滑るような口調、とても還暦を過ぎているとは思えない。

 

「さて、こんなものか。この年になると、どうも体力というやつが……のうッ!」

「おごっ!?」

 

 みぞおちに一撃を入れられた。

 見えない。速すぎる。

 

「うえ、ごほ、ごほっ!」

 

 嗚咽とともに、色褪せた絨毯にひざをつく。腐りかかった床。

 

「俺の制服が……!」

 

 腐りはじめている。

 

「ああ、くそっ」

 

 学ランを、脱ぎ捨てた――瞬く間に灰になってしまう。

 

「いい調子だのう」

「!」

 

 見えなかった――喬木が、俺のすぐ横を通り過ぎていった。

 狙いは、集しかない。

 

「……ッ!」

 

 どんよりとして、黄金色に輝いている喬木の右手。あれに触れたら、何でも腐り果ててしまうんだろう。強化魔法《バフ》によって高められた、その一撃一撃を、集は、しなやかな動きでもって避けてゆく。

 が、次第に追いつめられる。ついに、壁いっぱいのところに追いやられてしまった。喬木が、今か今かと、手をのばすタイミングをうかがっている。

 

「それ以上、集に触るんじゃねえっ」

 

 今度は、視界ではなく、触覚を潰してやった。

 

「うん? なんじゃ、これは」

 

 動きに変調をきたしている。その間隙を縫って、

 

「集! こっちだ」

「サンキュ!」

 

 危機を脱する。

 こちらの方まで逃げてこられた。が、この講堂内では、お互いの位置が筒抜けだ。あっという間に迫られてしまうだろう。

 俺たちは、喬木の高速移動に対処するため、背中合わせになる。

 

「集! なんで攻撃しないんだ」

「そりゃあ……」

 

 神妙な面持ちになっている……と思う。

 

「高森さんの時とは条件が違うんだ。いいか? いつ、どんな瞬間にも、いま俺たちにかかってる喪失付与《スティゾフィニア》に対する強化魔法《バフ》を解除することができないわけだろう? あっという間に腐り果ててしまうから。ええとだな、なにが言いたいかと言うと……」

「……ワーキングメモリーが不足してて、強力な魔法が打てないってことか?」

「そういうことだ」

 

 話している間にも、喬木が迫りつつある。着実に、その歩みを進めている。おそらく、ある地点まできたら畳み掛けるつもりだ。

 ――でも、今この時だけは、大事にしないといけない気がした。

 

「わかったよ、集。じゃあ、もしさ、俺が壁役になったら……どうにか、なる?」

「なる。が、だいぶ時間がかかるな」

「……」

「……」

 

 スタートの合図など不要。散っていく。

 集は、講堂の最奥にあって、辛うじて外観を保っている演台のあたりにいる。眼を閉じて、精神を集中している。

 俺は、覚悟を決めて前に進み出る。

 

「……おや? お前さんの概念力《ノーション》が解けてしまったのう。この後に及んで、なにをするつもりじゃ? まさか、ひとりで相手か……? 三良坂の奴め、薄情なことをする」

「薄情? 覚悟の間違いだろ」

「……お前さんは、ずいぶんとあいつを買っておるんじゃのう……ならば、せめてお前さんは生きるという道もある」

「何が言いたい?」

「水平委員会にとって、あやつが邪魔な存在であることはわかった。が、お前さんは違う……言いたいことはわかるな?」

「いいや。わからない」

「お前さんがひとりで撤退したとして、追うつもりはないと言っておる」

「お断りだ」

「命を無駄にすることもあるまい」

 

 ……違う。こいつは今、追い詰められている。だから、俺に逃亡を促したんだ――! 勝てるかもしれない。

 

「分からず屋じゃのう」

 

 言い終えるやいなや、指先をこちらに向けた――喪失付与《スティゾフィニア》による腐食攻撃が飛んでくる。

 

 ガタンッ! 床板がはずれ、足が引っかかる。くそ、ここもかよ! 逃げられるところが無くなってきている。

 ――喬木が走り込んでくる。やはり、動きが若々しい。

 

「そらッ!」

 

 走り込みからの右ストレート。すんでのところで避けるも、

 

「ぐぼっ!」

 

 ひざ蹴りだった。なんの変哲もない。

 みごと腹部に直撃し、忽ちのうちにへたり込んでしまう。

 

「お前さんぐらいの時は、わしもよくケンカをしたのう。わしが暮らしておった集落に、よく一般人《エンス》の連中が来て、いやがらせをするんじゃ。自分らよりも下の人間がおらんとむしゃくしゃするという戯けた理由でな、人の家に毎日のように嫌がらせをするんじゃ。火をつけられたこともある」

「へえ、あっそう。ふーん……あがッ!」

 

 シャツの胸倉を掴んで、片手だけで持ち上げる。

 

 ――ああ、腐っている――

 

 そんな確信がもててしまうほど、強力な概念力《ノーション》だった。

 俺だけじゃない。この講堂内のほとんどがそうだ。真っ黒に染め上がっている。どうして周りを視認できるのか不思議なほどに。

 

「最後に聞きたい。お前さんは、どういうわけで、わしに勝てると思ったんじゃ?」

「……教えられない」

「なぜ?」

「教えたら、あんたが勝っちまうだろ」

「わからんな。わからん。なぜ、そこまで希望がもてる」

 

 喬木に掴まれている首のあたりが、真っ黒に染まっている――と思う。

 痛い、と感じていたけど、それが痒いになって、今では感覚すらない。

 

「う……クソッ、放しやがれッ!」

「……しつこいのお」

 

 最後の力を振り絞る。

 真っ黒に朽ちたシャツを引き裂いた――喬木へと、蹴りを食らわせるッ!

 

「しつこいのうッ!」

 

 支配から脱した。

 

「……あんたこそ」

 

 片方の膝をついた状態から、よろよろと立ち上がる。

 

「喬木さん。あんたこそ、いったいどうやって勝つつもりでいる?」

「今の奴に攻撃手段はない。わしの喪失付与《スティゾフィニア》でサッサと追い詰めて、腐らせて、それで終わりじゃ。そして、お前さんがなにをしようと、わしに効くような力は持っておらんじゃろう? ならば、場の状況を変える変数とはならない。わしの勝利は揺るがぬ、というわけじゃ」

「その考え、完璧ですよ……不可能という点を除けばね」

「……なんじゃと?」

 

 ――《永久の霧雨《イモータル・ブルー》》――

 

 降り注いだ。雨が。清らかな。

 

「バカな、どうしてじゃっ。奴は、喪失付与《スティゾフィニア》を止めるのに精一杯のはず」

「でも、もし――急に、集中力が増したとしたら? 何らかの手段、例えば、そう……目を閉じた状態で、聴覚も封じるとか」

「きっさまあぁ……! しかもなんじゃ、これは!」

 

 ――雨。

 いつ、どこから降っているのかわからない。しかしながら、流麗な直線を描いた水滴が、あちらこちらからしとどに降り注いでいる。

 冷たいような、温いような水滴が身体を濡らし、素肌からの吐息が水蒸気となって舞い上がる。

 そんな雨が、この講堂のなにもかもを飲み込みつつあった。

 ――これが、ただの水でないことはすぐにわかった。

 というのも、喬木の右手に宿っていた黄金色が、すっかりと消え去っていたから。

 それだけじゃない。俺の身体中を蝕んでいた腐食が、すっかりと消えてなくなっている――

 

「はは、とんでもない雨だ。まさに不滅の青《イモータル・ブルー》……よし、渉」

 

 低めの声だった。集がこちらに歩いてくる。

 

「この雨は、喬木議員を倒すまで降り続く。それこそ永遠に」

 

 俺は、喬木を見た。

 プルプルと震えている。歯軋りを立てつつ、こちらを睨んでいる。

 真上を見ると、つい先ほどまで真っ黒なナニカで覆われていた講堂内が、元の状態にまで浄化されていた。

 

「お前らッ! 覚悟せえ!!」

「いやいや、俺の人生で一番あぶない場面でしたよ。初めて、あなたに勝ちましたね」

「……参れッ!」

 

 そう叫んだなら、懐から水晶のような色をした菱形の物体を――床面に叩きつけるッ!

 見る見るうち、床の絨毯に真っ黒な穴ぼこが増えていく。これは――

 

「召喚魔法だ。魔術具《ツール》を用いての」

 

 穴の中から、1人、2人、3人……。

 黒服姿の侍衛《プレシディオ》が、次々に出現する。

 

「集……10人以上はいる。しかも、全員帯刀してる」

 

 俺達は、背中合わせになっている。

 

「いいか……慎重に取り囲め、逃がすなよッ!」

 

 敵の集団が、じりじりと距離を詰めてくる。

 

「かかったな、喬木議員よ」

 

 ――なんだ? 集の周りを、異様な気が包んでいる。それはわかる。でも、この感じ。

 うすら寒いような、ほの温かいような。そんな印章《シンボル》を伴って、圧が高まりつつある――

 

「渉ッ!」

「どうした、集」

「一瞬でいい。こいつらの目を潰せ!」

「わかったッ!」

 

 ――《アイズ・ワイド・シャット》――

 

「なんだこれは?」

「目が見えん!」

「うろたえるな! ただのハッタリだっ」

「少しずつ距離を詰めろ、ならば問題ない!」

 

 背中越しに、集の体温を感じる。だからこそ、わかる。

 集は、とんでもない概念力《ノーション》を放とうとしている。

 

「……」

 

 人差し指が、喬木の顔に向けられる。

 そしていま、必殺の概念力《ノーション》を――放ったッ!

 

 ――《人  権  蹂  躙《ヒューマンライツ・ブレイカー》》――

 

「……終わった」

 

 静寂。

 

「な、なにが、終わったじゃと?」

 

 喬木は、ピンピンしている。

 

「ははは、これのどこが、終わったというん――!?」

 

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 言えることは、ただひとつ。

 喬木が呼び出した配下のひとりが、躊躇なく、その主の背後を日本刀で斬りつけたこと。

 

「が、がああッ! お前、いったいどういう――ぎゃあああああああッ!!」

 

 さらに、もう一閃。

 今度は、別の配下が真正面から斬りつけた。

 なんとか致命傷は回避したものの、尻もちをついてしまい、

 

「あ、あ、あ……!」

 

 這いずるようにして逃げまどう。

 が、うまく身体が動くはずもなく――初めて会った時とは比べ物にならないほど無様な姿だった。

 

「あ、あ、あ、あああああああああ……!」

 

 静寂。静寂だった――喬木直利の悲鳴を除いては。

 自分が呼び出したはずの手下衆に囲まれ――リンチにされている。

 絶叫とともに這い回る、かつての王者。

 

「集、これ……」

「ヒューマンライツ・ブレイカーは、この世界の法則そのもの改変する。文字どおり、かけられた者の人権を剥ぎ取ってしまう」

「なんだよ、それ。人権を……?」

「この技がかかったら最後、誰からも認識されなくなるし、されたとしても、ゴキブリ未満の扱いを受けることになる」

「……喬木議員」

 

 無様だった。

 

「ああ、やめろ、やめんか」

 

 無様だった。

 

「あ、わかった、給金じゃな、わかった、わかった。いくら……ごあああああッ!!」

 

 無様だった。

 

「お前の伴侶のことは、残念じゃった! が、あれは仕方がなかったんじゃ、仕方がなかったんじゃあッ!!」

 

 無様だった。

 

「やめてくれ、や、やめてッ! やめてくれえええええええええええええええーーーーーッ!!」

 

 無様だった。

 

「もうやめろっ!」

 

 俺は、立ち塞がった。今にも、主人を斬り殺しそうな集団の目の前に。

 どうして、自分がこんなことをしたのか理解できなかった。

 

「……」

 

 敵の集団が、まとめて日本刀を振りかざす。

 身体は、動かなかった。動かしたい、と思っても、動かすことができなかった。

 そうか、死を。死を悟ったら、こんな感じなんだな。

 よかった。これで、ようやく――

 

「……由香里」

 

 名前を呼んでみた。ただ、それだけ――

 

「……ん?」

 

 目を開ける。

 

「!?」

 

 刃を向けていた連中が、みな床面に倒れ伏している。

 ……死んではいない。

 

「どうしてだ、渉。なぜ、こんなことをする?」

 

 俺のすぐ傍にまで来ている。

 

「……ああ、これは。その」

 

 厳しい視線を感じる。

 

「まさか、信念もなしに助けたんじゃないだろうな?」

「……それは」

 

 おもむろに俺は、すっかりと縮こまった喬木に視線をなげる。

 ……何を言うでもなく、涼しげな眼でこちらを見ている。

 俺は、集の方へと向き直って、

 

「そうだよ。集の言うとおりだ。許せない人だと思う。でも……俺は」

「……」

 

 集は、黙って聞いている。

 

「俺が、集の立場だったら……殺して解決するんなら殺すし、殺して解決しないんなら……殺さない」

「……」

 

 反応はない。

 

「おい、どうなんだよ……」

「……」

 

 反応はない。

 

「おいったら」

「ぷ……はははははははっ!」

 

 笑い出してしまった。

 

「なにがおかしいんだよ!」

 

 さんざん笑いこけた後で、

 

「わかった、わかった! ほら――今、解いた。概念力《ノーション》を解いてやった」

 

 その声を聞くやいなや、喬木がバッと起き上がる。

 すると、どこか哀愁の漂う顔つきで、

 

「……礼は言わん」

 

 俺には、聞いてみたいことがあった。

 

「喬木議員。教えてください。どうして和田先生にあんなことを話させたんですか」

「話させてなどおらん。わしにはそんな能力はない……が、人の性を白日に曝け出すことはできる……あれは、あの女の本性じゃ。心に底に、ああいう感情があった。だからじゃ」

「わかりました……でも、俺が知りたいのは、もっとこう、意図というか、動機というか……俺、思うんです。あなたは悪い人じゃないって。そう……思う」

「お前さんにはまだ早い。大人になれば分かる……まあ、もう一度会う機会でもあれば、教えてやらんこともない……気が向いたらな」

 

 そう言い残すと、傷ついた身体を引きずって、エレベーターにまで歩いていった――

 そして、喬木を見送った後で、

 

「……集。悪い」

「謝るくらいなら、すんじゃねーよ」

「……ごめん」

「チッ、しょうがねーな」

 

 俺の頭を撫で回している。

 

「おいこら、集! こそばゆい」

「はははは」

 

 天窓の外を見る。日が暮れていた。

 

「ああ、こりゃあ。もうすっかりと」

「俺、もう帰るわ。でも、下が騒がしいな」

「お前だけでも帰してやりたいが、教育長と三川課長を迎えに行かないと。三川課長、今ごろガタガタ震えてるだろうな」

「普通はそうだろ」

「あーあ。それにしても、講堂がこの有様じゃなあ。教育長からゲンコツをいただきそうな勢いだ」

 

 緊張が解けて、笑いが吹き出してくる。

 こうして、のどかに笑いあったところで、

 

「じゃーな、集。俺は適当に消えるわ」

「おう。そうだ、今度さ、俺の家に来いよ。公務員試験のこと、いろいろと教えてやる」

「本当か!?」

「もちろん。ああ、でも、なるべく早くがいいな。いろいろな意味で」

 

 ……その日、俺は小躍りでもしかねない勢いで我が家に帰った。

 なりたい。絶対になりたい。公務員に、俺はなりたい!

 初めて芽生えた将来の目標――俺の心に、橙色に輝く火が灯っていた。 

 (第13話、終)

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