黄巾党が討伐され、世には再び平和な時が訪れていた。
曹操たちの街もそれは同じで、陳留の市場を覗いてみると人が溢れ、賑わい、大陸全土で盗賊たちが跋扈していたことなど、嘘だったかのようにすら感じる。
警備隊長の北郷も、ついつい口から呑気な言葉が溢れてしまうくらい、そこには平和な風景が広がっていた。
だが、それは仮初の平和。
市井が平和になれば、それと対をなすように殺伐としてくる場所がある。
黄巾党討伐から数日が過ぎたころ、王蘭は曹操、荀彧、夏侯淵の3名からの呼び出しを受け、玉座の間にいた。
膝を付き、顔を伏せる王蘭に向かって、曹操が命を下す。
「王蘭、あなたに都の情勢を探る事を命じるわ。黄巾党の混乱は収まったけれど、むしろこれを機に世は大きく動く。情報の重要性はあなた自身も痛感しているでしょう。早く、そして正確な情報を掴んでくること。出来るわね?」
「はっ!承知致しました。」
「蒼慈、これまでの盗賊達とは訳が違う。心して事にあたれよ。良いな?」
「私のほうでも中央との繋がりを使って、あんたの隊が動きやすいよう計らっておくわ。華琳さまの大切な命令を蛆虫みたいな男に任せるだなんて屈辱でしか無いけれど、今は男だからどうだとか言っていられないの。それほどの重要な任務だと言うこと、わかってるかしら?」
心配そうな表情を浮かべながらも、軍の上司、そして幹部として命じる夏侯淵。
そして普段であれば罵倒の嵐を浴びせる荀彧ですら、王蘭の諜報活動を手助けをする、と言っている。
黄巾の乱によって、直接的な村々の被害は勿論のこと。それに加えて大陸中の民や諸侯らには、朝廷の力がもはや地に落ちている事を、まざまざと見せつけられた。
曹操たち3人は、これによる大きな影響を肌で感じ取り、次への一手を打っておく事を選択。
そのためには中央の情報が何よりも重要であると考え、曹操軍で最も諜報活動に優れた夏侯淵隊の斥候部隊にこの命を下した。
「いい事?これは夏侯淵隊隊長の秋蘭からではなく、この曹孟徳からの直々の命であること、努々忘れることの無いように。」
「はっ!肝に銘じます。」
こうして王蘭達斥候部隊は、新たな命を受け都へと向かった。
この大陸中央の都、洛陽。
都と言う響きに寄せられて、多くの人間が集まる魔の巣窟。
洛陽に着いた王蘭たちはまず、荀彧の伝手を頼って中央での諜報活動の基盤を整え始めた。
洛陽の町並みから、街の区画調査、市井の状況や市場の動きなど、逐一報告に認める。
そして、ようやく宮殿内部の諜報を始めたころ、事態が大きく動きだす。
「報告します。………何進大将軍が、宮廷にて殺害された模様。宮廷内は混乱を極めている様です。」
「そう、ですか………よくぞその報せを持ってきてくれました。これは好機です。あなた達には負荷を掛けることになりますが、これを逃す手はありません。できるだけ深い所にまで入り込みましょう。」
動乱に紛れて、より内部に諜報の手をのばす王蘭。
次に彼らが手にした情報は、何進に取って代わる人物の名。
その名を”董卓”。次の朝廷を牛耳る候補として、その名が上がっているということだった。
その情報を手にしてから数日の間、かの人物に関する情報を仕入れるため、宮廷内に幾度となく潜り込む斥候兵たちだったが、なかなか情報が掴めない。
女か男なのかはもちろんだが、実際にその人物が存在しているのかどうかすら、掴めないでいた。
しかしながら、その中でも確かな情報として、董卓は軍備の増強に力を入れているらしく、董卓の旗を持った張遼、華雄、呂布の3人が軍の増強に着手していることを確認。
………前者2人については本人の姿を確認できたが、残りの呂布については訓練中の姿は確認できないでいるようだが。
再度宮廷内の情報を確認した王蘭だったが、顔に浮かぶ表情は芳しくない。
「そうですか。なかなか尻尾を見せてはくれませんね………。仕方ありません。一旦現在の情報を持って、陳留へ戻る事にします。皆さんは引き続き、宮廷内の情報を集めてください。決して無理はしないこと。いいですね?」
やはり、まだ董卓の情報は掴めないでいるようだ。
洛陽に来てからしばらくの時間が経っており、どこかの時点で曹操へ直接報告しなければ、と考えていた王蘭。
情報が掴めればそれを区切りとして考えていたが、なかなかに情報が掴めない以上、あまり引き伸ばすわけにもいかない。
洛陽から陳留へ戻った王蘭は、すぐさま玉座の間に招集され、報告する。
「先にも伝令兵にてお伝えしたとおり、洛陽の宮廷内では何進大将軍が殺害され、新たに”董卓”という名の将が中央を取り仕切っている状況。幾度か宮廷内に潜入を試み、情報の収集に努めましたが、その”董卓”という人物が実際に存在しているのかもわからぬ状況で、未確定な情報が多い状況にございます。確かな情報として掴んでいるのは、董卓麾下の、張遼、華雄、呂布の3名による軍の増強が進んでおり、その周辺は緊迫した状況となっております。」
「そう………。聞いては居たけれど、やはりあの何進が。秋蘭、桂花、あなた達その”董卓”なる人物に心当たりはあるかしら?」
「いえ………名前すら聞いたことがありません。」
「私も桂花と同じです。申し訳ありません。」
「構わないわ………。我ら3人ですら知らぬ名の将。それが中央を牛耳っているという情報を持ち帰っただけでも価値はあるわ。王蘭、よくやったわ。引き続き、情報を集めなさい。」
「はっ!」
そう言って曹操は荀彧を伴って玉座から出ていく。
残った夏侯淵が、王蘭に声をかける。
「蒼慈、兵はみな無事か?」
「はい。危険を伴う任務ですが、皆無事におります。常々、無理はせぬように、と申し付けているので………。今回も董卓に関する確たる情報を持ち帰る事ができませんでしたし………。曹孟徳様からすれば、もう少し踏み込んで欲しいのかも知れませぬが。」
「いや、華琳さまとて兵を育て上げる苦労は重々理解されている。その様に兵を無碍に扱うことなど無いだろう。………蒼慈、お前も無事で安心したよ。私の副官たるもの、早々に倒れてもらっては困るのだがな。」
「はっ。無事こうして報告に上がることができております。秋蘭様もお変わりなく………。」
互いの無事を祝い、言葉を掛け合う夏侯淵と王蘭。
「数日後、また洛陽の地へ戻る事とします。その間、業務を皆に任せる形になり恐縮ですが、何卒よろしくお願い致します。」
「うむ。その辺りは心配無用だ。お前はお前にしかなせぬ事に集中せよ。華琳さまも、あの桂花もお前の活躍に期待しているのだから。」
「はっ、ありがたき幸せ………。」
陳留へ状況の報告に戻った王蘭だったが、部隊の情報に問題が無いことを確認すると、すぐさま洛陽へと戻った。
独り身が故に、動きが軽い事も軍にとっては良いことだろうか。
そうして陳留で僅かばかりに心を休めた王蘭だったが、洛陽の拠点に戻ると、不在の間に起こった重大な報告を聞く。
「洛陽宮廷内で、宦官を筆頭とする官の大粛清が行われました………!首謀者は不明とされておりますが、十中八九、かの”董卓”による粛清と思われます。」
「それは………。対象となった人物の列挙は可能ですか?できればすぐに確認したいです。」
「はっ。こちらがその粛清対象となった官の一覧にございます。」
「ふむ、これは………。これまでの諜報結果から見て、所謂”悪政”を敷いていた官の方々ばかりのようですね………。果たして、どれくらいの方がこれを是として捉えるでしょうか………。これまで以上に世の情勢が動き出しそうです。いつその”董卓”が逆賊として扱われてもおかしくない状況まで来ていると考えてください。皆、気を引き締めて事にあたるように。」
そうして再び伝令兵を陳留へ送り、事態の情報収集に勤める王蘭達斥候隊。
より一層の注意を以て、情報収集にあたるのだった。
―――――陳留の街にて。
許褚が親友である典韋との再会を果たした後、曹操との面会が叶った2人の姿が。
「………袁紹に袁術、公孫瓚、西涼の馬騰まで………。よくもまぁ、有名所の名前を並べたものね。」
「董卓の暴政に、都の民は嘆き、恨みの声は天高くまで届いていると聞いています。先日も、董卓の命で官の大粛正があったとか………。」
「それをなげいたわがあるじは、よをただすため、董卓をたおすちからをもったえいゆうのかたがたに………。」
袁紹からの言伝を預かった、顔良と文醜である。
見事な棒読みの文醜だが、顔良の言葉と合わせると、どうやら都で暴政を働く董卓を討伐するため、大陸中の諸侯に声をかけて反董卓連合を立ち上げよう、という趣旨のようだった。
荀彧と曹操とが話し合い、返答する。
「顔良、文醜。麗羽に伝えなさい。曹操はその同盟に参加する、と。」
「はっ!」
「ありがとうございます!これであたい達も、麗羽さまにおしおきされないで済みます!」
こうして曹操軍も反董卓連合への参加を表明。
今、時代が大きく動き始めようとしている。
反董卓連合が始まりました。
王蘭さん優秀スギィ………。
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