曹操軍が掴んだ情報を渡すため、王蘭は公孫瓚の陣営に向かっていた。
先の斥候からの情報と、曹操が軍議で感じた報告とを合わせると、
何でも卒なくこなせる器用な人物の様だ。
それ故、自身でなんでもやってしまい仕事を抱えてしまっているだとか、
人の定着率があまり良くないだとか、そんな話も公孫瓚軍の内部から聞こえてきている様だ。
公孫瓚の人となりに思い耽ていると、目的地に辿り着いたようだ。
「失礼致します。こちらは公孫伯圭殿の陣営で非せられるか?」
「ん?公孫伯圭は私だが、誰だ?」
陣営の前で声を張った王蘭に、まさかまさか公孫瓚その人が出迎えた。
これには多少面食らった王蘭だが、なるほど確かに、これなら難なく情報が入ってくるわけである。
「私は曹操軍より参りました、夏侯淵隊副隊長の王徳仁と申します。我が主より公孫伯圭殿に伝令として馳せ参じました。」
「曹操から………?まぁわかった。こちらに来てくれ。」
そう言って公孫瓚自ら、来客用の陣に案内する。
「禄にもてなすことも出来ないが、勘弁してくれ。それで曹操は私に何を伝えようとしてるんだ?」
「はっ。この先公孫伯圭殿が先陣をご担当なさる、汜水関に関する情報を持ってまいりました。」
「汜水関の………?本当の情報なら正直とても助かるが、どうしてだ?」
「………我が軍で掴んでいる情報、連合軍の一員として共有すべきは正しく情報を伝達する、という方針のもとです。」
「………んーっと?つまりは正しい情報を伝えて貸しを作っておきたい、とそんな感じか?まぁ私たちの軍では人手がいなくて、正確な情報は掴みにくいしな………。ありがたくその情報、頂戴しよう。」
「はっ。では………。この先の汜水関、そこに構えるは華雄にございます。敵董卓軍の中では猛将としてその名は通っておりますが、性格に少し難があり、挑発の類に関する態勢は弱いところがあるようです。」
「そんな、将軍の性格に関する情報まで曹操軍は掴んでいるのか?………いや、正直そこまでだとは思っていなかったよ。」
「お褒めに預かり光栄です。さらに、先程袁術軍から食客の孫策軍が汜水関に向け、軍を動かしました。しかしながら、袁術軍内部もどうやら一枚岩、というわけではないようで、孫策軍は苦戦を強いられ撤退した模様。」
「何?袁術が?麗羽が総大将になったことに腹を立てて、武功でも独り占めにしようと抜け駆けしようとでもしたか………?」
「我が主もその様に見立てております。今回我が軍よりお伝えする情報は以上にございます。」
「………いや、非常に有用な情報だった。助かるよ。特に守将の華雄だったか、そいつの性格を掴めたのは大きい。作戦も立てやすくなった。感謝するよ。」
「いえ。では、私はこれで。同じ情報を、劉玄徳殿にもお伝えするように命を受けております故、失礼致します。」
「桃香にも………?まぁ同じく先鋒の軍だしな。わかった。あいつは私の軍のすぐ側にいるはずだ。案内しようか。」
「いえ、それには及びません。では、失礼致します。」
そう言って王蘭は席を立つ。
公孫瓚とやり取りをした王蘭は、劉備軍と複雑な様相を出している割には、彼女はなかなかの人物であると捉えていた。
1つの情報に対して多角的に捉え、また得た情報を素直に活用しようとしている辺りも好感が持てる。
正直な所、器用貧乏、といった単語も聞こえてきていたため、あまり多くは期待していなかったのだが、その印象は改める必要があった。
曹操が、借りを借りと認識できる、といった言葉にはこの辺りも含まれているのだろう。
情報を正しく扱える将に出会えて、心なしか王蘭の気持ちも軽くなっていた。
公孫瓚軍の陣営を離れてわずかに歩くと、劉備軍の陣が見えてくる。
公孫瓚の時と同様、陣前で声を張る。
「失礼致します。こちらは劉玄徳殿のご陣営でございますか。我が主、曹孟徳より伝令として参りました。」
そう言って少しすると、とても綺麗な黒髪をした、長髪の女性が陣から出てきた。
「確かにこちらは劉備軍であるが………。曹操軍からの伝令といったな?所属と名は?」
「夏侯淵隊副隊長、王徳仁と申します。ご当主劉玄徳殿にご面会は可能か?」
「………しばしそちらで待たれよ。」
鋭い目つきで睨まれたまま応答する王蘭。
こちらの軍では公孫瓚と違って、あまり簡単には受け入れられない様だ。
正直なところ彼女の警戒が少し強いな、という感じも否めない。しかし、本来はこの対応の方が普通であって、公孫瓚軍での受け入れ方が異常なだけではあるが。
そう思うと、少しざわついた心も落ち着かせられる。
そうこうしていると、先の黒髪美女が今一度陣から顔を出す。
「お待たせした。我が主がお会いになるそうだ。こちらへ。」
そう言って陣内に案内される王蘭。
腰に下げていた剣を門番の兵に預けて、中に入る。
陣内には劉備と思われる女性と、背の小さな少女が1人立っていた。
「失礼致します。お目通り頂きありがとうございます。我が名は王徳仁。曹操軍の夏侯淵隊にて副隊長を拝命しております。」
「はい。愛紗ちゃんから聞きました。私が劉玄徳です。こちらは軍師の諸葛亮。そして今王徳仁さんを案内したのが私の義妹の関羽です!よろしくお願いしますね。」
そう言って、えへへーと笑顔で王蘭を迎え入れる劉備。
その横の諸葛亮と紹介された少女は、どこか王蘭を試すように伺う視線を感じる。
案内してくれた関羽が劉備の横に控えたのを確認してから、それぞれ互いに自己紹介を済ませ、王蘭が話し始める。
「先ほどそちらの関雲長殿にもお伝えした通り、我が軍で掴んでいる敵軍の情報を共有すべく参りました。」
そう切り出した王蘭の言葉に、劉備は頷いて続きを促し、諸葛亮は一層こちらを試すようにじっと聞き入り、関羽は眉間に深いしわを寄せて険しい表情になった。
それぞれ思う所が全く違うようだ。
「まず、連合軍が向かっている先の汜水関において、敵軍守将は華雄というもの。軍内では猛将として名が通っておりますが、気は短く、挑発や煽りの類に関する耐性はほぼ無いと思われます。また、先程袁術軍の食客である孫策軍が汜水関に向け軍を動かしましたが、汜水関攻略は結果を結ばずに、孫策軍は退却した様子。」
「へぇ………。曹操さんの所って、そんな所までご存知なんですね!すごいなぁ………。朱里ちゃん、どうかな?」
「………はい。今教えて頂いた情報が確かであれば、非常に有効に使える情報です。我が軍には愛紗さん、鈴々ちゃんと武勇に優れた方が居ますので、用兵ではなく個の武勇として勝負ができれば、損害も小さく抑えられます。………ですが、曹操様はどうしてその情報を我が軍に教えようと?」
「公孫伯圭殿にも尋ねられましたが、同じ連合軍に所属する諸侯です故。共有すべき情報は正しく伝達する、という方針の下にございます。」
「そっかぁ………曹操さんもやっぱり連合軍が協力しあっていくべきだと思ってくれてるんだね!嬉しいなぁ。」
諸葛亮の問いに応えた王蘭だが、反応を言葉で示したのは劉備だった。
「あの………つかぬ事をお尋ねしますが、どうして劉玄徳様は此度の連合軍に?」
「えっ………?だって、都で董卓って人が暴政を働いてて、そこに住む人たちが皆困ってるんだろうって。大陸にはまだまだたくさんの人が生活に困ってるとは思うんだけど、私にできることを1つずつやっていかなきゃ!と思って。ここにいる皆は、私のそんな考えに賛同してくれて一緒にいるんです!」
そう言って胸の前で手を合わせ、笑顔をこちらに向ける劉備。
「そうですか。大変素晴らしいお考えですね。………一人でも多くの民が救われると良いのですが。」
「はいっ!そのためにも、まずは与えられた役目はしっかりこなさなくちゃね。朱里ちゃん、愛紗ちゃん、頼りにしてるね?」
そう言って自分の横にいる2人の顔をみる劉備。
その笑顔はあまりに眩しく、とても純粋な想いによるものだった。
「それではお伝えする情報は確かにお伝え致しましたので、私はこれで失礼致します。」
「わかりました。貴重な情報を届けてくださって、ありがとうございます!曹操さんにも、是非よろしくお伝えくださいね!」
そう言って笑顔で見送る劉備。
その横ではじっと考え込んだ表情を浮かべる諸葛亮と、綺麗な礼を持って見送る関羽の姿があった。
曹操軍のもとに戻る道すがら、先程まで対面していた英雄の姿を思い浮かべる。
「ポワポワした方ではありましたが、大きな理想とそれに向かって着実に進む堅実性の両方を備えた方でしたね………。なるほど確かに。公孫伯圭殿の下で収まるような方ではなさそうです。軍師の諸葛孔明殿も思慮深く、関雲長殿も忠義に厚い御仁の様でしたし、これから兵の人数、規模の大きさが伴えば強力な軍となりそうです。」
陣に向かって歩みを進めながら、言葉を漏らす王蘭だった。
劉備さんに会いました。
ポワポワしてる彼女ですが、今後王蘭たちの前にどう絡んでくるのでしょうか。
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本編書いてる合間に思いついた、ちょっとした小話も書き始めました。ギャグ寄りです。
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