翌日、仕事を早々に終わらせた王蘭と夏侯淵は、2人揃って曹操の執務室前に居た。
「さて、蒼慈。………心の用意は良いか?」
尋ねられた王蘭は、俯きながらふぅ、とひとつ息を吐き、顔を上げる。
「はい、大丈夫です。参りましょう。」
そう意気込み、眼の前の扉を叩く。
「………開いているわよ。どうぞ。」
部屋の主から、ほんの少しの間をもって返事が返ってきた。
2人、目を合わせて頷きあい、扉を開く。
「失礼いたします。」
「あら、秋蘭。それに、蒼慈も。………あなたたちの様子や顔を見れば、何となくの予想はつくけれど、どうしたのかしら?」
王蘭が一歩前に進み、返答する。
「本日は華琳さまにご報告があり、参りました。お時間いただいても構いませんか?」
「………いいでしょう。」
夏侯淵と並び、曹操の前まで歩み寄る。
「あまり言葉を飾るのが得意ではありませんので、単刀直入に申します。………私王蘭と秋蘭さまが、この度お付き合いをさせていただくことになりました。」
それを聞いた曹操は特に驚く様子もなく、落ち着いた表情のまま腕を組み、目を閉じている。
続きを引き取った夏侯淵が言葉をつなげる。
「我ら2人は華琳さまに忠義を尽くすものにございます。そのため我ら2人のことについては、是非とも華琳さまにお許しをいただければと思っておるのです。」
夏侯淵の言葉を聞いても、曹操の様子にまるで変化はない。
これ以上言葉を重ねるよりは、待つ方が良いと判断した2人。そのままじっと曹操の言葉を待つ。
しばらくそのまま待機していると、ようやく曹操が口を開く。
「………そう。まずは2人の関係をこの曹孟徳の名に於いて認めましょう。おめでとう。心から祝福するわ。」
そう言ってふたりに笑みを向ける。
「蒼慈、あなたにとってはようやく、といったところかしら? よくぞ一途に1人だけを想い続けたわ。………どこぞの種馬にも見習わせたいところだけれど。それから蒼慈。まぁ大丈夫でしょうけれど、秋蘭を傷つけたりしたら、この私が許さないわ。その事、肝に深く銘じておきなさい。」
「はっ、ありがとうございます!」
「それから秋蘭、あなたもようやく、ね。………本当の恋を、私では教えてあげる事はできなかったわ。けれど、蒼慈はあなたにそれを与えることが、体験させることができたわ。私ではなかった所が少し悔しくもあるけれど、恋をしているあなたは本当に綺麗よ。これまで通り、強く、美しく、そしてあなたらしくありなさい。」
「華琳さま………ありがとうございます。」
照れた様子で曹操に礼を返す夏侯淵。
「さて、1つだけ。これだけは譲れないものがあるわ。………蒼慈、秋蘭、あなたたちが恋人になることは認めましょう。………だけど秋蘭、あなたはこれからも私のものよ?」
「っ………。」
頬を赤らめた夏侯淵が、曹操を熱を帯びた目で見つめる。
それを聞いた王蘭は深いため息をつく。
「………はぁ。まぁある程度そうなるだろうとは予想していましたが………。秋蘭さんも、華琳さまとはこれまで通りの関係で居たいのですよね?」
夏侯淵の目をみて問う王蘭に、夏侯淵は少し困ったような表情を浮かべながらも、目を見つめ返して返事をする。
「そうだな。蒼慈が深く悲しむのであれば、なるべくは自重しようとは思っている。が、我ら夏侯姉妹は、華琳さまあっての姉妹なのだ………。ほんの少しで良いから、理解を示してもらえるならば、私は嬉しいよ。」
「………わかりました。華琳さま、恋仲として我々を認めていただき、ありがとうございます。私もそこについてはこれまで通り、気にしない事にします。」
「あら、ありがとう。でも安心なさいな。秋蘭を困らせたくは無いのは私も同じよ。彼女が困るようなら無理を言うつもりもないわ。………さて。私への報告は以上かしら? 次は春蘭ね。蒼慈、頑張りなさい。ふたりとも、これから一層の忠義と奮励努力を期待するわ。」
「はっ、では失礼いたします。」
そう言って曹操の部屋から退室する2人。
曹操の部屋の扉を閉じた途端に、一気に気が抜ける。
「………ふぅぅぅぅ。まずは華琳さまのお許しが得られてホッとしました。」
「うむ、そうだな。まぁ華琳さまはわたしたちの気持ちをご存知だったからな。」
「ひとつ、これで安心できました。………そう言えば大変不躾ですが、華琳さまと北郷さんの進展はどうなんでしょうね。」
「さぁ、どうだろうなぁ………。まぁ楽しくやっているのだろうよ。」
「彼、いつの間にか魏の種馬ってあだ名まで付けられてますよね………。よく相談した友人としては複雑な気分ではありますが、そう呼ばれるほど多くの女性が餌食になったのでしょうか………?」
「さぁ、な? 幸いなことに、私にはまったく縁の無い話だったからな。」
そう言って、スッと蒼慈の腕を取る夏侯淵。
「………さて、次は姉者の元に参ろう。」
「はいっ!」
そして辿り着いた夏侯惇の部屋の前。
曹操の時と同様、ひとつ息を吐いてから扉を叩く。
「誰だー? 開いているぞー。」
「姉者………失礼するぞ。話があるのだが、良いだろうか?」
「おぉ、秋蘭ではないか! む、蒼慈も一緒なのか。どうした2人して?」
ここも先程の曹操の時と同様に、王蘭が一歩進んで声をだす。
「実は私から春蘭さまにご報告がありまして。」
「む………? では秋蘭の声掛けではなく、お前が声を掛けるべきだろうが。 で、どうしたのだ。」
「仰る通りですね。失礼しました。」
そう言って、再度息をつく。そして。
「………春蘭さま、申し上げます。先日、秋蘭さまに交際を申し込み、それをお受けいただきました。この王徳仁、我が真名蒼慈にかけて秋蘭さまを幸せに致します故!春蘭さまに我らの交際をお認めいただきたく存じます!!!」
この言葉を聞いた夏侯惇は、思いの外冷静であった。
すぐに飛びかかってくるのではないかと思っていた2人だが、夏侯惇は腕を組み、頭を下げている王蘭の事をただただじっと見つめている。
「………。臆することなく私の前に現れたことは褒めてやろう。私を夏侯元譲、魏武の大剣と知りつつも上申したその勇気や良し。胆力は大いに認めてやろうとも………。」
静かに、ぽつりぽつりと語り始める夏侯惇。
「だがな………。だが、それだけでお前を認めてやる事など断じて出来ぬ!!!我が妹の恋人となるならば、剣を取れい!!行動で示さぬなど罷りならん!!!!」
周りの空気がビリビリと痺れるほどの咆哮が、王蘭を襲う。
丹田にしっかりと力を込めて、その迫力を受け切る。
その様子を見た夏侯惇は、愛刀の七星餓狼を肩に担いで中庭へと向かう。
その後を王蘭が追い、夏侯淵もそれに続く。
中庭についた王蘭は、対峙するように夏侯惇の前に立つ。
「逃げなかったことは褒めてやろう。………では、覚悟は良いな?」
剣を構え、夏侯惇が動きだす。
「でぇぇぇぇぇぇぇええええええええええい!!!!!!!!!!!!!」
王蘭にとって男の意地をかけた、本気の戦いが始まった。
中庭から伸びる廊下に4つ、人の姿が見えた。
「んん? なー沙和。なんか剣がぶつかるような音せーへんか?」
「そう言えば聞こえてくるのー。中庭のほうかなー?」
「たいちょ、ちょっと行ってみぃひん?」
「ん?まぁ気になるし行ってみるか。ほら、凪も行くぞー。」
「はい、隊長!」
北郷隊の4人が中庭に向かいあるき出す。
そこで繰り広げられた光景を見て、4人は口を広げたまま固まってしまう。
「あれって………春蘭さまと蒼慈さん、なのー。」
「しかも春蘭さまのあの攻撃、本気とちゃうん………?」
「その様だな………。すごい………あの猛攻を紙一重のところで全部防いでる………。」
「うぇー。沙和には無理な話なのー………。」
「私だって、春蘭さまのあの本気の攻めをあそこまで防ぎ切るのは無理だと思うぞ。しかも2人の様子からして、既にかなりの時間打ち合っているようだし。」
「蒼慈さんってあない強かったんやなぁ。普段斥候兵のことばっかりで、確かに個人の武勇は聞いたことなかったもんなぁ。」
「あ、真桜ちゃん見てー! 中庭挟んだ向こう側に、秋蘭さまも見てるのー! いつもだったら率先して止めるんだろうけど………。なんだか今日は止めちゃダメな感じ?」
三羽烏の会話を聞いていた北郷が、
「俺たちもここで2人の戦いの結末を見守ろう。なんか今日の仕事をすべて投げ出してでも、見届けなきゃいけない気がする………。」
ポツリと、そうこぼした。
「でやぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」
夏侯惇の猛攻が王蘭に襲い来る。
「ぐっ!!!」
これもなんとか防ぎ切る王蘭だが、体力はほぼ限界まで来ていた。
「えぇい!! 蒼慈、貴様なぜ攻撃をしかけてこんのだ!! この夏侯元譲を愚弄する気かっ!?」
細くしか呼吸の出来ない王蘭が息を吸うたびに、ピーピーと喉から音がなる。
「………私は武勇に長けた男ではございません。それ故、今ここで春蘭さまに認めて頂くためには、攻めを捨て守りに専念する他ないと判断しました。」
そこで一旦言葉を切って、口の中のつばを飲み込む。
………血の味がする事など気にせず、深く息を吸い込む。そして。
「我が成すべきは死なぬこと!! 秋蘭さまを死なせぬこと!!! そのためならば攻めは要りませぬ!!! 何合でも打ち合いましょうぞ!!!!」
あの夏侯惇に向かって啖呵を切った。
「っふっざけるなぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!!」
再び本気の夏侯惇の猛攻が、王蘭を目掛けて振るわれる。
2人の戦いをただじっと見ている夏侯淵だが、その実、何度飛び出て2人の戦いを止めようかと思っただろうか。
その証拠に、手は固く握られ、唇も固く結ばれている。
だが、これを止めることは決してしてはならないと、なんとか理性を働かせ、一時もこの戦いを見逃す事がないようにと見つめ続けている。
また、この戦いを固唾をのんで見守る北郷隊も、場の空気にあてられ、身体に力が入っていた。
そこに、許褚と典韋がやってくる。
「あれ?にーちゃんたちどうしたのー?」
「兄様!それに凪さんたちも、中庭で何かあるんですか?」
「季衣に流琉。中庭で蒼慈さんと春蘭が戦ってるんだよ。」
そう行って新たにきた2人も、中庭で繰り広げられている光景に目をやる。
「あ、本当だー! 春蘭さま本気じゃん。蒼慈さんって意外と強いんだねー。」
「本当だね。………でもどうして蒼慈さんからは攻撃返さないんだろう?」
「蒼慈さんにとっては、勝つための戦いじゃないからだよ。」
そういう北郷の顔は、何か王蘭の覚悟の様なものが伝わってきているようで、引き締まった表情をしていた。
「ぐっ………はぁはぁ………。」
もはや何合夏侯惇の攻撃を防いだかもわからぬくらいになり、王蘭の身体はボロボロである。
また攻めに攻め続けた夏侯惇も、決め手に欠き体力がかなりなくなっていた。
スッと構えを解き、王蘭に声をかける。
「蒼慈、次の攻撃で最後にしてやろう。覚悟を決めよ。」
そう言って、王蘭の用意が整うまで待つ夏侯惇。
武士としての情けなのか、妹の恋人に対する優しさなのかは不明だが、王蘭はこの時間を使って、
呼吸や構えを整える。
「では、良いな………。行くぞ!! 見事受けきってみせよ!!」
夏侯惇が七星餓狼を構える。
グッと足に力を込めて、突進力を高める。
「ぅぉおおおおおおおおおおおあああああああああああああああ!!!!」
最後の一撃が、王蘭に見舞われた。
ガキィン、と金属がぶつかりあう音が響き、折れた剣が中を舞う。
「………くそっ。………蒼慈、見事だ。剣は確かに折れていようとも、よくぞ最後まで受けきった。お前たちの交際は認めてやろう。」
そう言って王蘭に声を掛ける夏侯惇。
「ただし!! 秋蘭を泣かせてみろ。地獄の果てまでも追い詰めて、お前を殺してやるからな!! その覚悟は持っておけ!!」
そう言うと、くるっと背を向けて中庭から立ち去る夏侯惇。
それを見送った王蘭は、流石に体力気力が限界とあって、ふらりと倒れ込みそうになる。
そこに、夏侯惇と入れ替わるようにして夏侯淵が駆けつける。
「蒼慈!!!」
ひしっと王蘭の体を受けとめ、ギュッと抱き寄せる。
「よく、よくぞ最後まで頑張ってくれたな………。お前を選んだことを誇りに思うぞ。」
「秋蘭さん………私、頑張りましたよ………。」
へへっと笑う王蘭を見て、少し気を休めた夏侯淵。
「うむ。かっこよかったぞ。惚れ直した。」
「ありがとう………ございます………。でもちょっともうダメかも………。」
そう呟くと、眠るように気を失った王蘭だった。
腕の中で眠る王蘭の体をギュッと抱き寄せた夏侯淵。
その額にそっと唇をあて、恋人の勇姿をその胸に刻み込んだ。
少し離れたところで見ていた北郷たち。
「受けきった………。すごい………。」
北郷が呟く。
この戦いを見て、何も感じない人間などこの城にはいないだろう。
王蘭の確かな思いをひしひしと感じた北郷は、自分の態度を改めなければ、と気を引き締めていた。
駆け寄る夏侯淵の姿を見た于禁が、
「秋蘭さまが蒼慈さんに駆け寄っていくのー! これってもしかしてぇ、2人が正式に交際を始めるのを春蘭さまに許可をもらうための戦いだったとかー………?」
「………なんやそれな気がするなぁ。それならあの気迫といい、覚悟といい、納得できることが多すぎるわ。」
「そ、そうだな………。その辺りの機微はよくわからないが、秋蘭さまからすればとてもかっこよく映ったのではないか?」
「あー! 凪ちゃん顔が赤くなってるのー!」
「にしし………。いやぁ凪ぃ。凪も交際を認めてもらうために、隊長に自分のために戦ってもろーて、そんで介抱しに駆け寄りたいんやんなぁ?」
「なっ、なっ………!ち、ちがーーーーーーーーーう!!!」
2人の戦いは、城に居るもの多くに影響を与えたようだ。
あるものには自分の心を改めさせ、あるものには恋に憧れる気持ちを強くし………。
戦の間のひとときであっても、大切な何かを感じられる時間がそこにはあった。
無事覇王さまと春蘭さまに交際を認めて頂けました。
これで拠点フェーズは区切りです。次回からまた本編。
どしどしご感想お待ちしておりまする。
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