夜。
人々は1日の活動を終え、明日を生きる力を蓄えるため、静かに眠りにつく時間。
日中の、太陽の陽を浴びた温もりを運ぶ様な風と違って、
その日の疲れや、火照った体の熱を取り除くかの様に、ひんやりとした風が陳留の街を抜けていく。
陳留の城壁の上に目を遣ると、そこには月に照らされて出来た、2つの人影が見えていた。
「春蘭さま………大丈夫、だよね。」
「季衣………。きっと大丈夫だよ。信じて待とうよ。ね?」
「うん………。」
許褚と典韋の二人である。
盗賊の討伐を終えて城に戻った二人は、夏侯惇が袁紹軍に攻められている城に援軍として向かったことを知らされていた。
そんな二人が、特に許褚が、夏侯惇のことを思い、やるせなく遠くに目線を遣るのも致し方ない事。
ただただ、夏侯惇の無事を祈って帰りを待っている。
そこに、この日の仕事を終えた北郷がやってきた。
「あ、兄ちゃん………。」
「なんだ、二人とも来てたのか。」
「はい、季衣が寝られないらしくて………。」
「ま、そりゃそうだろうなぁ………。」
北郷も二人の気持ちは痛いほどわかるようだ。
普段、彼女にぶっ飛ばされている北郷とはいえ、大切な仲間の1人が死地のような場所へ赴いたのだ。
彼自身も、彼女の身が心配でならない。
3人で話をしていると、そこに夏侯淵がやってくる。
「どうした、お前たち。………明日も早いぞ。早く寝ておけ。」
「あ、秋蘭さま。どうされました?」
「姉者は無事に帰ってくるさ。私はそれを言いに来ただけだ。」
「ったく。素直じゃないんだから。」
「ふっ、それはどうだかな。」
そんなやり取りをしている間も、許褚は城壁から遠くの方をじっと見ていた。
すると………。
「………あ、あれっ!?」
「ん? どうしたの?」
「ねえっ! 兄ちゃん! 流琉! あれ………!」
許褚の視線の先には、まだ小さくしか見えないが、ハッキリと”夏侯”と書かれた牙門旗がたなびいていた。
「さ、姉者のお帰りだ、門を開けに行くぞ。出迎えてやらねばな。………流琉は華琳さまをお呼びしてきてくれるか?」
「はいっ!」
──────────。
「………さて、それでは、説明してもらおうかしら? どうして程昱は増援がいらないと?」
真夜中であるにも関わらず、城に居た主要な将たちは緊急軍議に全員参加していた。
そしてその軍議の間には、夏侯惇と共に陳留の城にやってきた程昱と郭嘉の二名の姿も。
「………ぐー。」
「こら、風! 曹操さまの御前よ! ちゃんと起きなさい!」
「………おおっ!?」
「おはよう。………で?」
「あー………ふむ。えっとですねー、相手は数万の袁紹軍だったわけですが。前線指揮官の文醜さんも袁紹さん同様に派手好きですから、たった七百なんか、相手にしたくないだろうと思ったのですよー。ですが、ここで曹操さまが増援を送ってくださったら、向こうもケンカを売られたと思いますよねー。袁紹さんたちの性格だと、売られたケンカは何であれ絶対買っちゃいます。………そしたらこちらは全滅してしまいますねー。」
程昱からの説明を聞いた曹操軍の面々は、納得の表情、というよりも、王蘭と賈駆を見る将が多数。
それもそのはず。全く同じ様な意見を、前回の軍議で既に口にしていたのだから。
「なるほど………。袁紹と文醜の性格は良く分かっているようね。では、顔良が出てきたら?」
軍師の荀彧としては、様々な角度からの指摘をしない訳にはいかない。
「あの三人が出て来れば、顔良さんは必ず補佐に回るはずです。抑えが効きませんからー。」
既に軍師としての活動をしている賈駆も、荀彧に習って指摘を続ける。
「じゃあ、もし袁紹が七百の手勢を与しやすしと見て、総攻撃を掛けてきたらどうしていたのよ?」
「損害が砦一つと、兵七百だけで済みますね。相手の情報は既にそちらに送っていましたから、無駄死にというわけではないですし。袁紹さんの風評操作にも使えたと思いますけど。」
「それから、袁紹たちがあんたたちの砦ではなく、近くの別の砦を攻める可能性は?」
「んーそうですねー。その辺りは風たちの立場じゃ口出しするわけにもいきませんがー。………まぁでも、袁紹さん自らがどの砦を攻めるだとかは決めそうにありませんし、顔良さんとか常識が通じる人が、”兵力の少ない砦”を探すと、必然的に風たちのいた砦が選ばれていたのではないかとー。」
自分の中にある答えと擦り合わせ、荀彧と共にうなずく賈駆。
軍師という者の性なのだろうか、相手を試すようにその人となりを把握していく。
自らの主である曹操にも同様のことをして、更にはそれを指摘されているのにも関わらず、である。
夏侯惇としても、曹操の大切な砦を預かる指揮官として、しっかりと責任を持ってほしいのだろう。
二人に習って、思ったことを指摘する。
「もし袁紹たちがお主たちに攻撃を仕掛けたならば、逃げるつもりだったと言うのか?」
「まさか。その状況で逃げ切れるだなんて、これっぽっちも思っていませんよ~。」
「………むぅ。」
その様子を、微笑ましく見ている曹操。
そして、これまであまり口を開いていない郭嘉にも話を聞く。
「郭嘉。あなたは程昱のその作戦、どう見たの?」
「………。」
「郭嘉。華琳さまのご質問だ。答えなさい。」
「………ぶはっ」
するとどういうわけか、郭嘉は急に両の鼻の穴から、盛大に鼻血を吹き散らした。
急なことに、慌てる一同。
「ちょっ! ど、どうしたお主っ!」
「誰か、救護のものを呼べ! 救護ー!」
突然の事に慌てふためく室内。
そんな中、一人慣れた様子で対処をする程昱。
「あー。やっぱり出ちゃいましたかー。ほら、稟ちゃん、とんとんしますよ、とんとーん。」
「………う、うぅ。………すまん。」
首の後ろをトントンと叩き、郭嘉が復活する。
「大丈夫かしら? 郭嘉とやら。」
「は、はい。恥ずかしいところをお見せしました。」
「無理なようなら、後でも構わなくてよ?」
「そ、曹操さまに心配していただいている! ………ぶはっ!」
「衛生兵! 衛生兵ー!」
仕切り直しと思い、郭嘉への配慮を見せた曹操だったが、
赤い液体が、再び弧を描いた。
流石にこれ以上は、ということで問題のなさそうな程昱に確認する。
「………程昱、代わりに説明してくれるかしら?」
「はいはい。………稟ちゃんは最悪の事態になれば、城に火を放って、みんなで逃げようと考えていたみたいですねー。七百の兵ならそれも十分可能ですし。三千の兵ではそうはいかなかったでしょうねー。」
「………どちらにせよ、春蘭の増援は要らなかったということね。」
こうして状況の確認を終えた所で、王蘭のもとに報告が入る。
「華琳さま。今報告が入りまして、袁紹の軍は南皮へ引き上げたそうです。」
「そう。こちらの損害は?」
「ありません。強いて言えば、周囲の地形を確認されたくらいだそうです。」
「それは偵察を受ければ当然のこと。被害の内には入らないわね。見事な指揮だったわ。程昱、郭嘉。」
「ありがとうございますー。」
「………ふがふが。」
「それから二人は今後は城に戻らず、ここで私の軍師として働きなさい。」
「はいはいー。」
「………ふが。」
荀彧としても、既に賈駆という軍師が入っているため、複数での運用が効率を良くすることを体験して理解しているため、渋々ながらも納得する。
「さて、二人に確認すべき内容はこんなところかしら。桂花、これから私たちはどう動くべきかしら?」
「はい、まずは袁紹がこちらに軍を動かしてきたことからも、徐州への侵略よりもこの兗州をまず取りにくるのでしょう。であれば、我々はそれに備えて用意を整えて置くべきかと。」
「そう………。詠はどう考える?」
「そうね………概ね桂花と同意ね。正直、袁紹はある意味であんたよりも軍師泣かせの人間だから、難しいところではあるけれど。こちらに攻めてくることを第一に考えながらも、まだ継続して他の選択肢を取る可能性も考慮すべきかしら。」
「ふむ。では………蒼慈。」
「はっ。私も袁紹に関しては確定要素など無いと考えて備えておくほうが良いと判断し、袁紹軍に潜ませている兵たちは、帰参させてはいません。もし徐州攻略など、急な方針転換があったとしても、比較的早い段階にて情報が得られます。」
「そう。それで構わないわ。引き続き袁紹の動向をしっかりと見ておくように。………今日はこんなところね、春蘭。」
「はっ! では、解散!」
こうしてこの日の軍議は解散し、
新たに二人の軍師を迎えることになった。
軍師ーズが2人一気に増えました!
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