新たな軍師を迎えた曹操軍は、いつ袁紹が軍を進めても対応が出来るよう、これまで以上に盤石な体制を整えていく。
それと同時に、各地の情報収集にも力を入れていた。
「申し上げます! 徐州劉備軍が袁術軍との戦闘を開始。兵数では袁術軍に軍配が上がりますが、戦場の各所では、関羽、張飛、趙雲ら劉備軍が奮闘し、手子摺っている様子です。戦線は大きく傾いてはいませんが、劉備軍の方が若干の優勢で動いております。」
「………ふむ。孫策軍の動きはどうですか?」
「はっ。今の所動く様子はありませんが、袁術軍の状態を考えると………殿として用いるか、状況打開のために用いるか、いずれにせよ近いうちに出てくるかと。」
「そうですか、わかりました。引き続き徐州の動向を追ってください。………劉備軍が敗北したならその後の方針、特にどこに逃げるのかを。勝利したならば、そのまま内部の行ける所まで潜り込んでみましょう。戦のあとは軍の再編もありますからね。」
「承知しました。では、失礼します!」
そう言って兵士は戻っていく。
「むぅ………。こうなってくると袁紹軍の動きが読めなくなってきましたね。」
この日賈駆は軍師としての仕事をしており、荀彧と共に居るためこの場にはいない。
直近新たに2人の軍師も加わったこともあって、それぞれの得意、不得意を把握するためにも、しばらくは軍師たちと仕事を行うのだろう。
1人悶々と考えを巡らせている所に、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
「………はい? 開いていますよ。」
扉を開けて顔を覗かせたのは夏侯淵だった。
「蒼慈、少しいいか?」
「秋蘭さ………ま。どうかしましたか?」
少しどちらで呼ぶか迷った王蘭。
それを聞いた夏侯淵はくすりと笑いながら部屋に入ってきた。
「お前も1人の将となったのだ。別に”さま”で呼ばずとも良いのだぞ? それに我らの関係は既に城内には知れ渡っているのだし。」
「いえ、ですが………。まぁそうですね、ぜ、善処します。」
「ふふ、まぁ無理にとは言わんが、な。………さて、私的な用でなくてすまないが、少し仕事の話をしに来たのだ。今構わないか?」
「あ、はい。もちろんです。………差し支えなければ、少し私の仕事の相談も乗って頂けると助かります。」
「私で良ければ喜んで付き合おう。で、だな………。」
夏侯淵の仕事の話というのは、隊の運用についての確認だった。
とある案件を夏侯淵隊で対応することになり、過去に似た対応を蒼慈が行っていた様で、その手順を確認しに来たのだった。
「………の様に私はしました。少し特殊な対応だったので、竹簡の報告だけでは伝わり難かったですね。申し訳ありません。」
「いや、こうして直接聞けてよかったよ。助かる。………私の用事はこれで終わりだが、何か相談したいと言っていたな。聞くぞ?」
「助かります。袁紹の今後の動きについて、少し頭を悩ませる情報が届きまして。」
「ふむ、袁紹か………あれは頭で理解できる輩ではないぞ。」
「ですが、ある程度予測を立てねば我々も動けませんからね………。私よりも付き合いの長いであろう秋蘭さんの意見を是非聞いてみたいのです。」
「うむ、わかった。して、どういった情報が届いたのだ?」
「どうやら徐州で開戦されている袁術軍と劉備軍の戦いですが、劉備軍が若干の優勢ということです。ただ、兵数に於いては袁術軍が圧倒している様で、戦場の優劣の情報では無く、この兵数で結果予測をされてしまった場合………。徐州が袁術に独占されることを嫌って、現在手薄な劉備軍本拠地に軍を動かす可能性があるのではないかと考えたのですが、如何でしょうか。」
「………無いとも言いきれないのが恐ろしい所だな。一般的に考えれば、そんな火事場泥棒の様な真似はせんのだが、恐らくお前の懸念している通りになるのではないか?」
互いに苦笑いを浮かべ、やはり、と漏らす王蘭たち。
「やっぱりその線で少し考えて華琳さまにご報告することにします。ありがとうございました。とても助かりました。」
「役に立てたなら何よりだ。」
「………あの、仕事の話は終わりましたが、少しお時間ありませんか? お茶、淹れますよ。」
「あぁ、頂こう。」
この所仕事で忙殺されていた2人が、久しぶりに過ごす2人きりの時間。
賈駆がいない事の不都合も、この時間を過ごせたのならばと、僅かな時間を噛みしめた。
──────────。
徐州の状況を曹操に報告した翌日。
「………わかりました。報告ご苦労さまです。至急、軍議の手配を。」
兵士からの報告を聞いた王蘭は、緊急の軍議開催を手配した。
………それから間もなく、軍議の間には主だった将が全て揃い、軍議が開かれた。
「先ほど袁紹のもとに出している兵士より報告が。袁紹軍が徐州に向けて軍を動かした模様です。」
「………そう、麗羽が。」
呆れながらそう呟く曹操。
それが気になったのか、北郷が曹操に問いかける。
「あれ? あんまり驚かないんだな。」
「可能性としては、ありえたもの。それに昨日蒼慈からその可能性が高いとの報告もあがってたしね。」
「あ、そうなんだ。」
そう言って一同は王蘭を見る。
「はい。昨日ちょうど徐州に放っていた兵より戦況の報告がありました。まぁその他色々な意見や報告、袁紹の性格を加味すると………無視できない可能性だったので。」
それを聞いた程昱が、割って入った。
「ふむふむー。情報戦においては、華琳さまの軍は他領を圧倒できてる感じですねー。」
「その辺りは流石華琳さまといったところですね。少し前から専属の部隊を持たせて頂いてます。」
「………ぐぅ。」
「………風さん、起きてください。」
「おおっ? なるほどなるほど。蒼慈のおにーさんは優しく起こしてくれる感じですかー。」
「………どう起こせば良いのでしょう。」
「蒼のにーちゃんよぅ、その辺はあまり深く考えるもんじゃねえぜい。」
「これ、宝譿。真面目が取り柄の蒼慈のおにーさんをいじめるんじゃないですよう。」
「………すごいですね。本当に宝譿さんがおしゃべりになっているかのように聞こえます。」
「ふふふ、どうでしょうねー? さてさて、情報戦でこちらに分があることも踏まえて、我々はどう動くべきでしょうー? 桂花ちゃん。」
「急にこっちに振らないでよ、もう………。袁紹も袁術も大軍ではあるけれど、先見の明のない小物。なら放っておいてもいいんじゃないかしら。だけど、劉備はいずれ華琳さまの前に立ちふさがるであろう相手よ。ならばこれを機に、まずは徐州へ攻めるべきね。」
急に振られたとはいえ、やはり軍師。自分の考えは既にまとめてあるようだ。
「ふむふむー。稟ちゃんはどうですかー?」
「今徐州に向かっている袁紹軍には、袁紹、文醜、顔良の主力が揃い踏み。ならば南皮へと攻め入り、徹底的に袁紹を叩くべき………かと。」
「詠さんはどうですかー?」
「………そもそもどこかに攻め入るのが正しいの? ボクからすれば、どちらも火事場泥棒や弱い者いじめをする悪役にしか聞こえないわ。」
「………。」
「………。」
これには荀彧も郭嘉も言葉をなくしてしまう。
これまでの会話を聞いていた曹操が、話をまとめ始める。
「それが世間の風評でしょうね。私はそのどちらになるつもりもないわ。今は詠の言う通り、攻め入る事はせず力を蓄えておくことにするわ。」
「はいー。風もそれがよろしいかとー。」
「では我らはこれに踊らされず、将来に備えてまずは自らの成すべきを優先します。各員、来る戦に向けて用意はしておくように!」
これでこの日の軍議は解散し、各位引き続き戦に向けた準備を進めることになった。
だが、その日の夜中。
再び招集を掛けられた将一同は、玉座の間に集まっていた。
程昱は言わずもがな、于禁に李典。更にはあの楽進までもが眠気に抗えず、その場で夢と現を行ったり来たりしている。
周りの将たちに起こされ、全員が指定の位置についたころ、曹操が夏侯姉妹を引き連れて玉座の間にやってくる。
「全員揃ったようね。急に集まってもらったのは、他でもないわ。秋蘭。」
「先ほど早馬で、徐州から国境を越える許可を求めに来た輩がいる。」
「………入りなさい。」
「………は。」
そこに現れたのは、綺麗な長い黒髪の女性。
玉座の間に控えていた将たち全員が驚愕する人物。
「な………。」
「何やて………!」
「関羽………!?」
関羽サーン。次話、王と王の会合ですね。
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