「関羽………!?」
玉座の間に現れた人物を見て、その場にいた誰もが驚愕する。
この日の昼に徐州、袁術、袁紹に対する対応を決めたばかりなのだ。
そのうち徐州において最重要人物とも言える人間が、この場に居るのである。
誰もが驚くのも無理はない。
「見覚えのある娘もいるようだけれど、一応名を名乗ってもらいましょうか。」
「我が名は関雲長。徐州が州牧、劉玄徳が一の家臣にして、その大業を支えるもの。………曹孟徳殿の領地の通行許可を求めに参りました。」
今の名乗りで劉備軍が何を目論んでいるのかを理解したものが半数。まだ理解が出来ていないものも半数といったところか。
「………どういうことだ?」
夏侯惇が問う。
「私たちの領地を通りたいのだそうよ?」
「………?」
「あ、あの………。」
曹操の説明でもまだ理解ができずに居ると、典韋が声を上げる。
「流琉、言ってみなさい。」
「はい。えっと………袁紹さんと袁術さんから逃げるために、私たちの領を抜けて、益州へ向かう………ということでしょうか?」
「………その通りです。」
少し苦々しい表情を見せる関羽。
彼女自身、あまり納得していないように見える。
これまでじっと黙ってその様子を見ている王蘭の表情を見ても、どこか難しげな顔をしている。
「蒼慈、あなたはどう思う? 反董卓連合では劉備のもとに行っていたあなたの意見が聞きたいわ。」
「………そう、ですね。」
そこで区切り、次の言葉を探す。
「………恐らく、劉玄徳殿には袁術、袁紹の両名の政事や考え方が受け入れられないのでしょう。それ故に、降るという選択肢が無い。そして他の道には、この兗州を通るのみ。ですが、彼女は華琳さまに対しても思う所はあるのでしょう。そのため、援軍の要請などの軍事協力や助けを求めるのではなく、ただ通行をしたい、と申されたのだと推測致します。」
「ふむ………。あの娘の考えそうなところではあるわね。」
「更に、勝手な予測ではありますが、関雲長殿を始めとする部下の皆様方ならば、我が身が犠牲になってでも軍を生かす選択も辞さない覚悟なのでしょう。ですがあの劉玄徳殿が、誰かを犠牲に生き延びる事を是とするわけがありません。関雲長殿のそのやり切れぬ感じ、もしくは納得のいっていない感じは、そういった所が腑に落ちぬままにいらっしゃるためかと。それでも尚、主の希望を実現するために我を押し殺してここにいらっしゃる………そんなところでしょうか。」
さすがは短時間とは言え、劉備のもとで軍を指揮した身。
彼女の人となり、考え方に基づいた予測は、真に迫るものがあった。
それを聞いた関羽も、更に苦虫を噛み潰した様に表情を渋らせる。
「真に悔しい思いですが、徳仁殿の仰る通り。私がここで成すべきは、曹孟徳殿を我が主の御前までお連れすることの一点です。曹孟徳殿、何卒よろしくお願い致します。」
「ふむ………なるほどね。であれば、通行についての返答はあなたにしても仕方がないわね。劉備の元に案内しなさい。」
「感謝致します。」
「さてと………ということなのだけれど、私に着いてきてくれる子はいるかしら? 準備を整え次第、すぐに出るわ。」
──────────。
「何だかんだで、結局全員か………。人気者だな、華琳は。」
結局、曹操軍に居た将全員が曹操と共に劉備軍のもとに向かっていた。
しかも夜を徹しての行軍にも関わらず、素早く準備を済ませて。
まんざらでもなさそうな顔を見せる曹操。
そうこうしているうちに、劉備軍の陣営が近づいてきた。
「華琳さま、先鋒からの連絡がありました。前方に劉の牙門旗。本陣のようです。」
「では関羽、あなたの主のところに案内してくれる? 何人かは一緒に着いてきて頂戴。」
「華琳さま! この状態で華琳さまが劉備の本陣に向かうなど危険過ぎます! 罠かも知れません!」
「桂花、あなたの言う通りでしょうね。私も別に、劉備の事を信用しているわけではないわ。けれど、そんな臆病な振る舞いをこの覇者たらんとしている曹孟徳がしていいと思うかしら?」
こう言われてしまっては、部下たちは何も言えなくなる。
「だから関羽。もしこれが罠だったら………。あなた達にはこの場で残らず死んでもらいましょう。」
「ご随意に。」
「それで? 誰が私を守ってくれるのかしら?」
これに夏侯惇、許褚、典韋の3名が名乗りを上げる。
「では、春蘭、季衣、流琉、それから霞と稟。一刀と………蒼慈、あなたも来なさい。残りの皆はここで待機。異変があったなら、桂花と秋蘭の指示に従いなさい。」
「はっ!」
こうして7名の将を引き連れて、劉備軍の本陣へと歩みを進める。
本陣の中の様子が目に見える位置まで来ると、陣営の前に立つ人影が。
「曹操さんっ!」
今回の策を考え、実現しようとしている劉備その人である。
「久しいわね。連合軍の時以来かしら?」
「はい! あの時はお世話になりました。」
「それで今度は私の領地を抜けたいなどと………。また随分と無茶を言ってきたものね。」
「すみません………。でも皆が生き延びるためには、これしか思いつかなかったもので。」
「それを堂々と行うあなたの胆力は大したものだわ。………いいでしょう。私の領地を通ることを許可しましょう。」
「本当ですかっ!」
「か、華琳さまっ!?」
「ただし、街道はこちらで指定させてもらう。米の一粒でも強奪するようなら、生きて私の領地から出られないと知りなさい。」
「はい! もちろんです。ありがとうございます!」
「それから通行料は………。そうね、関羽でいいわ。」
「………え?」
劉備は全く予想もしていなかったのだろう。
曹操の口から放たれた言葉に、まだ理解が追いついていない様子だ。
「何を不思議な顔をしているの? 行商でも関所では通行料くらい払うわよ? 当たり前でしょう。」
「え、で、でも、それって………!」
「あぁ、袁術たちの事を気にしているのね。安心なさい。私たちでそれも請け負いましょう。たった1人の将で贖えるのだから………安いものでしょう?」
「………桃香さま。」
すでに関羽はそれを受け入れる覚悟は出来ている様子だ。
「曹操さん、ありがとうございます。………でも、ごめんなさい。愛紗ちゃんはわたしの大切な妹です。鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも………他のみんなも。誰一人欠けさせないための、今回の作戦なんです。だから、愛紗ちゃんがいなくなるんじゃ、意味がないんです。せっかくこんな所まで来ていただいたのに、すみません。」
そう言って頭を深々と下げる劉備。
「そう………残念ね。」
「朱里ちゃん、他の経路をもう一度探ってみて? 袁紹さんか袁術さんの国境あたりで、抜けられそうな道がないか。」
「………はい! もう一度洗い直してみます!」
それをじっと聞いていた曹操だが………。
「劉備、甘えるのもいい加減になさい!!!」
流石に我慢も限界のようだ。
「たった1人の将のために、全軍を犠牲にするですって? 寝ぼけた事を言うのも大概にすることねっ!」
「で、でも………愛紗ちゃんはそれだけ大切な人なんです!」
「なら、そのために他の将………張飛や諸葛亮、そして生き残った兵たちが死んでもいいと言うの!?」
「だから今、なんとかなりそうな経路の策定を………!」
「それが無いから、私の領を抜けるという暴挙を思いついたのでしょう? 諸葛亮! そんな都合の良い道はあるのかしら?」
「そ、それは………。」
「稟! 大陸中を旅して回ったあなたならわかるはずよね? 袁術や袁紹の追撃を振り切りつつ、これだけの規模が安全に荊州や益州まで抜けられる道はある?」
「幾つか候補はありますが………。追撃を完全に振り切れる道はありませんし、我が軍の精兵を基準としても半数は脱落するものと思われます。」
「そ、そんな………。」
現実をまざまざと突きつけられる劉備。
横に立つ諸葛亮にしても、そんな都合の良い道があれば、既に献策しているのだろう。
「現実を受け止めなさい。あなたが本当に兵のことを思うなら、関羽を通行料に私の領地を抜けるのが最善なのよ。」
「桃香さま………。」
俯きながらじっと考える劉備。
「曹操さん………だったら………。」
「それから、あなたが関羽の変わりになるなどと言いだそうものなら、ここであなたを叩き切るわよ? 国が王をなくしてどうすると言うの!」
「………。」
「まるで駄々っ子ね。今度は沈黙?」
「………。」
「………いいわ。あなたと話していても埒が明かない。………勝手に通って行きなさい。」
「………え?」
「聞こえなかった? 私の領地を通っていいと言ったの。益州でも荊州でも、どこでも好きなところへ行けばいい。」
「曹操さんっ!」
「ただし。」
「………通行料、ですか?」
「当たり前でしょう。………先に言っておくわ。あなたが南方を統一したとき、私は必ずあなたの国を奪いに行く。通行料の利息込みで、ね。そうされたくないなら、私の隙を狙ってこちらに攻めてきなさい。そこで私を………」
曹操がその勢いのまま、話を終わらせようとしている所に、大きな声が響く。
「華琳さま!!!!!」
急な大声に、その場に居た全員がビクリと体を震わせる。
そしてその声のした方を振り向けば、そこに立っていたのは………王蘭だった。
ちょっと長くなってきたので一旦区切ります(´・ω・`)すみません。
次話、王蘭さんのターン!
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