「華琳さま!!!!!」
突然の大きな声に、曹操と劉備はもちろんだが、周囲に居た将や劉備軍の将たちも肩をビクリと震わせた。
「………突然の大声、失礼しました。劉玄徳殿、お久しゅうございます。」
「と、徳仁さん………お久しぶりです。」
「華琳さま、無礼を承知で直言を失礼いたします。今のお話、いささか感情的になりすぎてはいらっしゃいませんか………? 華琳さまのお気持ちもわかりますが、もう少し落ち着いてお話をすべきかと存じます。今ほど仰った玄徳殿が南方を平定されてから奪いに行くというお話、誠に我々のためになるのでしょうか?」
「………どういうこと?」
「華琳さまほど頭の回る人間では無いので、浅慮でしたら申し訳ありません。ただ、どことなく売り言葉に買い言葉で仰っている様に感じられてならないのです。確かに劉玄徳殿が南方を平定し、それをただそのままに明け渡してくれるというならば理解もできるのですが、奪いに行くとしたならば、こちらもそれなりの損害を覚悟しなければなりません。………そうなると、果たしてここで劉玄徳殿、その部下の将たち、そして兵の皆さんを含めた、万にも昇る命を助くのと同等の、もしくはそれ以上の価値が本当にあるのでしょうか?」
曹操は王蘭の目をじっと見つめる。
「そ、そんな………徳仁さん………。」
そう呟く劉備に向き直り、更に続ける。
「劉玄徳殿。私は王という立場ではないので、あなたの気持ちを全て理解することはできないでしょう。ですが、同じ人の上に立つ者として、その一片は感じられるつもりでいます。………私が考える人の上に立つ者の責というのは、”全ての人にとって”良い事をなすことではなく、部下の命を背負いながら、”自分たちにとって”良い結果をもたらすこと。そしてそれに繋がる事を成すことだと理解しております。この対象の範囲を間違える事は決してあっては成らぬこと。………そしてそのためには、悲しむ人が数千になろうとも、時には非情になることも必要だと思うのです。皆が皆、劉玄徳殿を慕っているのはわかりますが、その民衆によって、その民意によって、王であるあなたが振り回されてはならないのではないでしょうか? 飽く迄、王はあなたなのです。部下を、民を言い訳にしてはなりません。」
劉備の目を見つめて、言葉を続ける。
「今一度、あなたが今しようとしていること、守ろうとしていること。それは全てあなたの理想を叶えるためにしなければならないことですか? あなたが今成さねばならないことですか? 関雲長殿と、数万の民の命。この先、本当にどちらかを選択しなければならない………いえ、敢えて言いましょう。切り捨てなければならない時が来るかも知れないのです。その時あなたはどちらを選択をするのですか?」
息を飲む劉備を前に、王蘭は一つ息を吐く。
「………出過ぎた真似をしました。華琳さま、如何ような処分でも。」
そう言って曹操に向かって頭を下げる王蘭。
しばらく黙っていた曹操だが、ゆっくりと口を開く。
「蒼慈………よくぞ言ったわ。あなたの言う通りね。少し感情的になりすぎていたわ。………ただし、私は一度口にした言葉を撤回するつもりはないわ。それが私の王としての成すべきことでもあるの。劉備、改めて言いましょう。私の領地を通りたければ通っていきなさい。南方を統一した時、あなたの国を奪いに行くのもかわらない。そうね、あなたはとても愛らしいから、私の側仕えとして、関羽と一緒に存分に可愛がってあげるわ。………ただ1つだけ。あなたと、あなたの家臣である全将に対してここでハッキリと伝えておくわ。あなた達の主である劉玄徳はこの曹孟徳に対して、劉備軍全軍の命、国1つの存続に匹敵する借りを今ここで作ったのだ、と。」
これを受けた劉備、特に諸葛亮はゴクリと息を飲んだ。
「あなた達一国を生かすために私たちは同盟も組んでいない軍を領内に招き入れ、更には後方から追いくる袁術、袁紹の2つの大軍を相手にすることになる。この事をあなた達は努々忘れてくれるな! いいわね? ………さて、霞、稟。劉備たちを向こう側まで案内なさい。街道の選択は任せるわ。劉備は兵を1人たりとも失いたくないようだから、なるべく安全で危険のない道にしてあげてね?」
「はっ。」
「それでウチも連れてきたわけか………了解や。」
「では、私たちは戻るわよ。」
こうして劉備軍を後にする曹操たち。
残された劉備軍は、自分たちの命が助かる結果を掴み取ったにも関わらず、晴れた表情を浮かべる者は誰ひとりとして居なかった。
──────────。
「………華琳さま。先程は大変失礼致しました。如何ような処分も受け入れる所存です。」
「いいえ、よく恐れずに言ってくれたわね。………本当は私がその役目をしようとしたのだけれど、知己の間柄であるあなたから伝える方が効果的だったでしょうし、あの子の場合、あそこまでハッキリと中身を伝えた方が理解もしやすかったかも知れないわね。」
「と、言いますと?」
話が見えずに、首を傾げていると後ろから北郷が声を掛ける。
「蒼慈さん、華琳もかなりキツい事を言ってたけれど、その実、劉備に王としての成長を期待したから厳しくしただけ、だと思いますよ。」
「………この時代を徳と理想だけで乗り切ろうなんて、よほどの世間知らずか頭のおかしな賢人だけよ。彼女がどこまで行けるのか、見てみたいじゃない? それに、南方の呂布や南蛮を何とかしておいてくれるというのだから、こちらにもちゃんと利はあるしね。併合する時の手間も省けるわ。」
「華琳さま………また悪い癖が。」
「な、なるほど………。本当に差し出がましい真似をしたようで申し訳ありません………。」
「いいのよ。それに、あなたのおかげで劉備軍全軍に対して、明確に貸しとする事を伝えられたのは大きかったわ。私だけであのまま話を進めていては、その成果は得られなかったでしょう。………というわけだから、特に処分は考えていないわ。いや、それだと正しく無いわね。考えてはいなかったわ。………だって、あなたがあまりにも熱心に劉備に語りかけるから。まるであの子を口説いてるみたいで、あの様子は見ものだったわよ? あとでちゃんと秋蘭にも伝えてあげなきゃね。ふふっ、あの子意外と嫉妬深いわよ。」
「ちょ、それだけは………。」
そう言ってクスクス笑う曹操たち。
1人がくりと肩を落とした王蘭を連れて、荀彧や夏侯淵の待つ陣まで戻る。
「華琳さま! お帰りなさいませ!」
曹操の帰りを今か今かと待っていた荀彧が飛び出てくる。
「交渉はどうなりましたかー?」
とてとて、と程昱もよってきて状況を確認。
「劉備たちはこのまま我が兗州を抜け、益州に向かうことになったわ。稟と霞にその案内を任せてある。あと、これからやってくるであろう袁術と袁紹についてはこちらで請け負うことになったわ。至急、手配を。」
「では霞ちゃんと稟ちゃんに、護衛の兵を出しておきますねー。」
「既に袁紹らへの迎撃の配置は進めており、秋蘭、凪、真桜、沙和を配置済みです。華琳さまと共に居た皆は、彼女達に合流して指示に従ってちょうだい。」
「流石は桂花と風ね。麗羽は気が短いから劉備たちの撤収の報を聞いたら、すぐに動くわよ。皆、すぐに準備に取り掛かるように!」
王蘭さんのターン如何だってでしょーか。
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