真・恋姫†無双 - 王の側にて香る花を慈しむ者   作:ぶるー

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第四十一話

 

官渡での大戦からしばらくの日が経った頃。

曹操軍は河北四州をその手に収め、各城の指揮官任命などを含めた事務処理に追われていた。

 

そんな中でも、新たな領土についての重要な取り決めや、その他いくつもの決定、決済などが着々と完了していき、ようやく休息の時間を取れそうな状態にまで処理を進められていた。

 

曹操はこの機を逃しては将たちの休みを確保できぬと、交代で順次休暇を割り当てることを決意。

曹操が気を利かせたのかはわからぬが、夏侯淵と王蘭は無事同日に休暇を取ることができたのだった。

 

 

 

「秋蘭さん、明日の休みどうしましょう?」

 

「そうだな………。これだけ暑いと、外に出て何かするのも億劫になるな………。」

 

 

 

この日の仕事を終えた2人は、翌日の予定について話していた。

 

季節は夏真っ盛り。

木陰の下では安らかな時間を過ごせるかも知れないが、猛暑の日が続いており将たちもぐったりしながら仕事をこなしている。

 

この時代に空調設備などあろうはずもなく、なるべく体力を減らさぬように、各々で工夫をこらして過ごしていた。

そんな中、急に与えられた2人揃っての休暇。秋口であれば少し活動的に過ごしても良いものだが、連日の暑さにやられて動く気がしないようだ。

 

 

「なにかこう………この暑さを凌いだり、涼を感じられる事ができれば良いな。」

 

「涼………ですか。確かにそうですねぇ。」

 

 

夏侯淵からの希望を口にして、ふぅむと考え込む王蘭。

しばらく頭を捻っていると、ふとあることを思い出す。

 

 

「そうだ。たしか北郷さんの故郷では、こんな夏の時期に食べるとっておきの料理があるそうですよ。材料も簡単なようなので、もし良かったら一緒に作って食べて見ませんか?」

 

「ふむ………一緒に料理、か。なかなかに楽しそうだな。うむ、やってみるか。」

 

 

そう言って微笑み返す夏侯淵。

思いがけない休暇も、楽しく過ごせそうだと嬉しそうにする王蘭がいた。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

翌日。

厨房には今日作る予定の料理の材料を探す王蘭の姿があった。

 

城内には河北四州の文化や食生活を理解するため、これまで見たことの無いような食材や調度品が多数運ばれていた。

北郷曰く、その中に今回作る料理に欠かせない食材が含まれていた様で、それを受け取りに来たのである。

 

その食材の名は”綸布”。

大陸の東海に面する地域でのみ、少量ではあるが流通している食材で、内陸の方にも流通させることを考えて乾燥させた状態に加工したものもあるようだ。

 

ちなみに、この食材を見た瞬間の、北郷の様子は常軌を逸していたようで………

 

 

「………こ、こ、こ、これは………ま、ま、ま………さか………。こ、こおおおおおんぶうううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!」

 

 

急に叫びだす北郷。

更には、

 

 

「これで味噌汁が………これで味噌汁が………!!!」

 

 

と、食材をその手に震えながら膝から崩れ落ち、ひしっと胸に大事そうに抱えてぶつぶつと呟いていたそうな。

さすがの曹操や夏侯惇、更にはあの荀彧までもが口を出せず、その場に居た将全員にドン引きされていたとかなんとか。

 

天の国では、この食材を”昆布”と呼ぶらしい。

 

 

さて、話は戻って厨房の王蘭である。

貴重な食材のため、使用には曹操の許可が必要ではあったが、北郷の郷土料理を再現する、という名目のもと昆布使用の許可が降りていた。

………もちろん、成功した暁には自身にも振る舞うことを約束させられて上で。しかも北郷には内緒にしたままで、と念を押されながら。可愛いところがある覇王様である。

 

そうして食材の準備を整えていると、夏侯淵がやってきた。

 

 

「蒼慈、おはよう。」

 

「秋蘭さん、おはようございます。北郷さんに聞いていた食材は、あらかた用意してみましたよ。」

 

 

厨房に並べられた食材は、昆布を除けば北郷から聞いていた通り簡単な食材ばかり。

粉末状にした小麦、塩、水のみである。更には味付け用の材料にと黄酒、複数の醤も並べられてはいるが、たったこれだけ。

出来上がりに生姜をすりおろしたものを入れると美味いということで、生姜が横に置かれているものも含めたとしても、通常の料理に使う食材よりもかなり少ないだろう。

 

 

「こんなに簡単な食材で作れるのか………? てっきり、天の国の郷土料理というから手の混んだものになるとばかり思っていたが。」

 

「はい。私もそんな単純な物で良いのか? とも思いましたが、北郷さんに確認した所、その簡素さにこそ夏に食べる旨味がある! とのことで………。まぁまずは作ってみましょう。」

 

「そうだな。食材で判断するよりも、実際に作って食べてみた方が確かだ。私も作るから、教えてくれ。」

 

「はい、もちろんです! ただ、北郷さんも、詳細な作り方はご存知ないようで。ですが、作る上で外せない重要な単語は知っているらしく、”よく捏ねる”、”寝かす”、そして”よく洗う”の3つが重要らしいです。」

 

「ふむ………まるで謎解きだな。」

 

「えぇ………ですが材料はとても簡易なものです。幾通りも作ってみましょう。」

 

「そうだな。早速始めようではないか。」

 

 

そう言って食材を手に取る夏侯淵。

ふと気になって、王蘭に問いかける。

 

 

「そう言えば、これから作る料理はなんという名なのだ?」

 

「えっと………確か、”冷やしうどん”というそうです。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

早速夏侯淵と王蘭の2人は、小麦粉に水と塩を加えたものをかき混ぜる。

水と塩の配分もわからないため、水分多め、少なめと幾つものタネを作っていた。

 

ただ、”捏ねる”という単語が出てきているくらいだから、水分はあまり多くないだろう、という想定のもと、水は少量のタネがいくつも用意された。

 

また、それぞれ寝かす時間も四半刻、半刻、一刻、一刻半と様々な時間のものを用意。

その他にも、一度のみ寝かすもの、二度寝かすもの、など幾通りのタネを作って、出来上がりを試してみることにしていた。

 

 

まずは水を多く含んだタネで一度のみ寝かしたものを伸ばし、刻んで茹でてみる。

茹で上がった麺を、冷たい水で洗い流してぬめりを取る。

 

が、どうやら刻んだ麺同士がくっついてしまっているようだ。

 

 

「あらら………。麺がくっついてしまってますね。これは………失敗、ですね。」

 

「うむ、残念ながらな。………状態を見るに、捏ねが足りなかったのではないか? 水分が多いとくっついてしまうだろうしな。」

 

「ふぅむ………あっ、でも確かに。北郷さんの話では、地域によっては足で踏んで捏ねる手法もあるようです。」

 

「ふむ、踏んでか。あまり褒められた方法ではないかも知れぬが、キレイな布で覆って、一度寝かせたタネを踏んでみようか。」

 

「はいっ!」

 

 

そう言って一度寝かしたタネを布にくるみ、床においたタネをゆっくりふみふみと捏ねる。

 

 

「食材を踏みつけるなど、悪いことをしているようだ。………だが、何だか楽しくなってくるな。」

 

 

そう照れながら言う夏侯淵。

 

 

「楽しいならいいじゃないですか。北郷さんの故郷では正しい作り方なのですし。短調な作業ですから、もしかしたら天の国では歌でも歌いながらやっていたかも知れないですね。田畑の作業をする時みたいに。」

 

 

王蘭の言葉を聞いた夏侯淵は、古くから陳留に伝わる民謡をそっと口ずさみ始めた。

ゆっくりと、キレイな音色を奏でる夏侯淵の歌に、そっと耳を済ませる。

 

 

「キレイ………ですね。」

 

 

一通り捏ね終えた所で夏侯淵は歌うのを止め、タネの様子を見る。

ポツリと王蘭がこぼした言葉に、恥ずかしそうに笑いながら謝意を述べる。

 

 

「昔からこの地で歌われている民謡でな。田畑の作業時などに民たちがこぞって歌うのを未だに覚えているものだな………。」

 

 

そうして踏み捏ねたタネを再度寝かせてみる事に。

その間に、北郷から教わったやりかたで、つけ汁を作る2人。

 

 

「まずはこの北郷さんの故郷でいう昆布を水に戻して温めて出汁? を取るみたいですね。この出汁が味の決め手なのだとか。これに複数の醤と黄酒で味付けして………煮立たせる、と………。」

 

 

鍋の中では醤によって色付けされただし汁が、クツクツと煮立ってきている。

 

 

「このつゆも比較的簡単にできるのだな………。北郷の故郷では、より簡単に美味しい物を作るのに秀でていたのかもしれんな。これで良ければ戦時中の陣内でも作れそうだぞ。」

 

「確かにそうですね………。冷やし、なので冷たい水さえ確保できれば、あとは保存のきくものですし。秋、冬であれば温かいままでも良いのかも知れませんね。」

 

 

そう言ってつゆの味見をする王蘭。

 

 

「んー………少ししょっぱい、かも? ですが、うどんを入れると多少薄まって、ちょうどいいのかも知れませんね。北郷さんからも少し濃い目に作って大丈夫と聞いていますし。」

 

「夏だから、少し濃い目の味付けにしているのかもな。まぁ冷やしてみて、このつゆで一度食してみよう。先程のタネ、伸ばして刻むぞ?」

 

「はい。お願いします。」

 

 

つゆの入った鍋を、冷水の中に浮かべておく。

 

夏侯淵がタネ伸ばすのを見ていると、確かに最初に試作したものよりもコシがあって美味しそうである。

捏ねの重要性をまざまざと感じさせた。

 

そうして刻み、沸騰した湯へと麺をほぐし入れる。

もうもうと湯気が上がる中、茹で上がるまで鍋の中をかき混ぜる夏侯淵。

 

ある程度の時間がたち、いよいよ麺が茹で上がると、鍋の中身すべてをザルに開ける。

ザーっとお湯が流れ落ち、残った麺に冷たい水をかけてぬめりを取るように洗い、すすぐ。

 

 

「………よし。こんなものか? ちょうど昼時だし、早速食べてみよう。」

 

「はいっ!」

 

 

水気を切った麺を器に盛り付け、冷やしたつゆをそこにかける。

味がわからないため、少しずつ。足りなければ追加でかけることにしよう、と別の器にもつゆを入れておく。

 

そこに、すりおろした生姜をひとつまみのせれば、いよいよ完成である。

 

 

「さて、これで完成………と!」

 

「ふむ。確かに冷やした飯で涼は感じられそうだな。ただ、暖かくなくて美味しいものなのだろうか………?」

 

「北郷さんいわく、この冷たい麺をチュルチュルと食べるのが夏こそこれ! という感じらしいですが。………では、いただきましょうか。」

 

 

そうして席について箸をとった2人。

恐る恐る麺をつまみ、口に運ぶ。

 

ゆっくりと自分たちでつくった麺を噛みしめる。

2人で初めて作るご飯なのだ。無事美味しく出来上がるといいのだが………。

 

 

「お、美味しい………!」

 

「あ、あぁ。これは美味いな!」

 

 

そう言って弾けるような笑顔を見せる2人。

無事に成功したようだ。

 

 

「小麦からこんなに歯ごたえのある、料理ができるとはな………。冷やしているからより一層締まって歯ごたえを感じさせるのか?」

 

「ですかね? でも確かにこれ美味しいですね。北郷さんが、出汁が決め手だと言った意味もよくわかります。このつゆも美味しいですね。生姜も良く合います。」

 

 

この後も幾通りも作ったタネを試してみる2人。

更にはつゆの改良にも手をつけ始め、厨房にはいくつもの器が並べられていくのだった。

 

 

 

 

 

 

………そんな、夏の日のひととき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




北郷さんの拠点フェーズは後回し!
あつい夏なので、書きたくなって書いちゃいました笑

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