この日、王蘭は珍しく陳留の警備隊詰め所に来ていた。
今日は北郷たち4人が休暇を取得する例の日。
王蘭は李典との約束を果たし、無事北郷と三羽烏とで4人連れ添っての逢引きが実現したのである。
北郷が普段行っている業務は自分が代行する約束のため、業務指示を出しに警備隊の詰め所へと来ていたのだ。
その王蘭の目の前には、朝一で実施しているらしい全体朝礼と、その日の指示を確認をすべく、警備隊の兵士がずらりと整列している。
「えー皆さん、はじめまして。曹操軍の将、王徳仁と申します。私の名前だけをご存知の方も多いかも知れませんね。あなた方の北郷隊長とは仲良くさせて頂いてます。………さて、本日は北郷隊の将4名が休暇取得のため終日不在です。代わりに本日私が1日のみの隊長となり、皆さんの指揮を取りますので、よろしくお願いしますね。」
「はっ!」
そう言って整列する隊員に挨拶をする王蘭。
隊の全員は規則正しく、キレイに整列している。
さすがは新兵訓練も請け負う北郷隊。于禁のあの教官っぷりは王蘭も知っている所だった。
「ではまず、今日の班、警邏地域の割り振りは既に北郷さんより指示がありますので、こちらに。いつもどおり各々確認して対応にあたってください。………まぁせっかく来たと言ったらなんですが、北郷さんから是非よろしく、と言われたので私からも1つ。我が隊で実際にやっている訓練に似た事を、今日は皆さんにやっていただきます。」
曹操が領主となってからは大きな事件は目に見えて減った陳留。1日事件が起こらないこともざらにあり、こういっては何だが、少し退屈さも感じていた警備隊の面々は、事件とは別のこうした変化は好んで受け入れた。
「実施することはとても簡単。それに少し遊びの要素を加えただけなので、是非楽しみながらやってください。あ、でももちろん成績優秀者には北郷隊長にしっかり報告させて頂きますよ。………では、良いですか?」
一呼吸をおいて、全体を見渡す。
「今日皆さんに実施していただくのは、通常の警邏に加えて”街で将を見かけた場合それを報告”する訓練です。これより各班に分かれて警邏に出ていただきます。その警邏の道中において、誰でも構いません。曹操軍の将を見かけた場合は、最寄りの詰め所まで見かけた場所とその将の名、もし可能ならばその様子を報告してください。そして今日詰め所を担当する班は、運ばれてきた情報とその班名を私まで報告を。………ちなみに私は一箇所に留まりません。大凡の行動予定はお伝えしますが、あくまで予定です。状況によっては予定にない場所にいるかもしれませんので頑張って私の情報を探してくださいね。今日の仕事が終わった時点で、皆さんから受けた報告の内容や早さ、もちろん街が平和だったか、事件があった場合は迅速に対応できたかの状況を見て、評価します。よろしいですか?」
説明を聞いた隊員たちはそれぞれ楽しそうな表情を浮かべている。
いつもの警邏に加えて遊びでの成績が自分の評価に繋がるのだ。隊員たちからはやる気が感じられた。
「ではこれで全体朝礼を終わります。あとは各班で朝礼をするもよし、さっさと街にでて警邏と将探しをするも良し、です。では本日も1日頑張りましょう。」
こうして王蘭の一日警備隊長の日が始まった。
早速警備隊たちは班で打ち合わせをするもの、取り敢えず警邏に飛び出るものと様々な反応を見せた。
うちの隊だったら初動はどうするか………などと考えながら、その様子を見守る。
途中王蘭に確認に来るものなどが居たが、すべての班が警邏へとでかけたのを見送り、王蘭自身も行動に移る。
──────────。
警備兵を送り出した王蘭は、北郷たちが無事に逢引きを終えられるよう、彼らの行動予定のなるべく近くで行動を予定している。
ただし、その様子を影から盗み見る様なことをしないつもりなのは、彼の性格故か。
今日逢引きを楽しむ4人ならば、喜んで盗み見しそうなものであるが。
しばらくの間は特にこれと言って大きな動きも無く、また特別訓練の報告も上がってきてはいなかった。
だが、日も高くなってきた頃事態は動き出す。
北郷たちの予定に沿って街を歩いていると、早速詰め所からの連絡兵が王蘭の元にやってきて将の発見を報告する。
その報告は、最も予想をしていなかった人物の発見だった。
ため息を付きながら、報告のあった場所へと向かう王蘭。
するとその目線の先には、本来この時間にここに居るはずのないであろう、報告された人物の姿が見えた。
腰よりも長く伸ばした、キレイな黒髪。
そして姉妹お揃いの意匠で赤色の服を身に纏った後ろ姿。
………夏侯惇である。
「春蘭さま、どうしてここに………?」
「ん? おぉ、蒼慈! ちょうど良いところに来たっ!!」
早速近づいて声を掛けると、振り返った夏侯惇は笑み浮かべる。
「どうかなさったのですか?」
「あぁ、今日は華琳さまと秋蘭とでお茶をする予定なのだ。 それで先ほど秋蘭とその話をしていたのだがな? なんとお茶請けの菓子が無いことに気づいたのだ! 秋蘭は仕事で忙しくしていたから、それを邪魔しないようこっそりと抜け出して私が買いに来たというわけだ!!」
「な………なるほど。春蘭さまはお優しいのですね。それでちょうど良い、とは?」
「うむ! 秋蘭は大事な妹だからな! 姉として優しくするのは当たり前だろう! それで実はな、今日用意しようと思っていた菓子が、1人2つまでしか買えない限定品らしくてな。諦めて他の菓子にしようかと考えているところにお前が来た、というわけだ! だからちょっと付き合え!」
「ふふっ。………はい、もちろんです。あ、でも購入したあとはお渡しするだけで構いませんか? こう見えて仕事の途中ですので。」
「うむ! 仕事中なのに悪いな。今日はどうしてもこの菓子の気分だったのだ!」
こうして無事夏侯惇は人数分のお菓子を購入。
ふふーん、と包装されたそれを大事に抱えている。
「春蘭さま、私からもひとつお願いしてもいいですか?」
「む、何だ? お前にはこうして世話になったからな、聞いてやるぞ?」
「そんな難しいことではありませんよ。ただ、お帰りの道をこちらの方を通っていって頂きたいのです。」
「む? それでは遠回りではないか。」
「普段であれば、ですね。今日はこの辺り行商が多く居るようで、馬車や荷車などの行き来が激しいのです。なかなか道を通れないかも知れないのですよ。それに何かあっては危険ですし。たとえ春蘭さまは馬車をぶっ飛ばせても、お菓子は無事じゃ済まない事も考えられますよね?」
「ふぅむ………確かに。折角買ったこの菓子、華琳さまにちゃんと召し上がって頂きたいからな。よし、承知した! お前の願い、叶えてやろう!」
「ふふ、ありがとうございます。では私はこれで失礼しますね。華琳さま、秋蘭さんに宜しくお伝えください。」
こうして夏侯惇と別れた王蘭。実は馬車の通りが激しいのは本当であり、あの様子だと浮かれて飛び出てしまう危険性が。かつ、順路を指定することで北郷たちと落ち合う可能性を回避させることにも成功。
彼女の性格を良く理解したさすがの折衝である。
再び王蘭は北郷たちの後を追う。
彼らの元に辿り着く途中に、夏侯惇を見たとの報告が複数あったが、そのどれもが包みを大切にかかえて楽しそうにしていた夏侯惇の報告だったため、その様子を想像して微笑みながら、その記録をとっていく。
そうしながらようやく彼らの元に辿り着く、という時にまたしても将発見の報告がやってくる。
「お疲れ様です。それでは報告を。」
これも夏侯惇の発見報告だと思い気楽にその報告を促すが、少し言い渋る様子を見るにどうやら別の将を発見したようだ。
「えっと………将としてご報告するか悩むところなのですが、茶店にて曹孟徳様をお見かけ致しました………。」
流石にこの報告には吹き出してしまう王蘭。
慌ててその茶店へと駆けつける。
報告のあった店には典韋を護衛につけた曹操の姿が。
机の上には幾つかの茶が並べられていた。
「あ、蒼慈さん!」
「か、華琳さま、流琉さん………。このような所で何をしてらっしゃるのですか………?」
「あら、蒼慈。こんな所だなんて、ここはあなたが私に進めてくれた茶屋ではないの。今日のお茶の時間に飲む茶葉を買いに来たのよ。」
「あー………なるほど。にしても、華琳さま自ら買いにいらっしゃらなくとも、私に言ってくださればご用意したものを………。」
「いいえ。今日は春蘭、秋蘭と楽しむ大事なお茶会だもの。自分が楽しむための茶を、自ら買いに来てもなんらおかしくはないでしょう?」
「………おっしゃる通りですね。失礼致しました。」
「それとも蒼慈には何かあるのかしら? まぁいいわ。折角あなたも来たのだから、茶葉を選ぶのを手伝いなさい。」
「はっ、承知しました。………それで、今日のお茶会はどの様にお楽しみになるので?」
「あら、茶の好みから聞くのではない辺り、流石蒼慈ね。この店の茶葉は確かに良いものだけれど、あの店主はそういった接客はまだまだね。改善させておきなさい。茶とはその時の雰囲気も含めて楽しむものよ。………そうね、今日はゆっくりと茶や菓子を楽しみながら、あの子達の会話を楽しむが主になるわね。季節らしい、花なんかも飾って風情を味わうのも良いわね………。」
「ふむ、なるほど………。では、季節の花と合せて夏にピッタリの冷茶は如何ですか? 少し珍しく、冷たい茶を楽しんで頂くものです。こちらの茶葉を通常よりも多めに入れ、冷たい水を中に入れます。冷水で容器を周りから冷やしながら、1刻から1刻半ほどお待ち頂ければ、水出し冷茶ができます。本日のお茶請けは、先程春蘭さまがお買い物なさっている所に遭遇しましたので、そちらにもピッタリのお味になると思いますよ。………そしてしばらくご歓談を楽しんだ後、冷茶で体が冷えてしまったままは宜しくありませんので、ぬるめから暖かめのお茶で最後に整えて頂くのがよろしいかと。」
「ふむ、やはり茶は蒼慈に聞くのが1番ね。ではそのオススメの茶を頂いて帰るわ。」
「蒼慈さんはやっぱり凄いですね………私ももう少しお茶勉強してみようかなぁ?」
「ありがとうございます。流琉さん自身がお茶をどう召し上がりたいのか、そこを考えてみると良いかも知れませんね。では、お帰りも気をつけて。是非、お茶会楽しんでください。」
「えぇ、ありがとう。では流琉、行きましょうか。蒼慈は引き続き”仕事”、頑張りなさい?」
「蒼慈さん、失礼しますっ!」
「………ありがとうございます。」
流石は曹操と言ったところか。何もかも、お見通しの様である。家臣たちには嫉妬しない器量の大きさも、流石である。
曹操と典韋を見送ったあと、再び北郷たちの元へ戻る王蘭。
それからしばらくは特に大きな問題や将の報告もなく、おとなしい時間が続いていた。
だがやはり、と言えば良いのか、みたび新たな将の報告がやってくる。
「申し上げますっ! 張文遠将軍をお見かけ致しました!」
「………承知しました。ご苦労さまです。」
ため息を付きながらも、報告された場所へと向かう。
今日に限ってどうしてこんなにも街中に将が闊歩しているのか、と問いただしたくなってくる。
普段は城で仕事や、遠方への盗賊退治、練兵など街を歩き回る将など少ないはずなのだ。
ただ、そんな文句を言いたくなる様な中でも、嬉しいこともある。
報告された地点へと向かう途中や、報告がなく落ち着いた時間で、あちらからは気づかれぬ程度の距離で北郷たちの姿が見えた時だ。
覗き見るつもりはなくとも、楽しそうに笑う4人の姿が見られるだけで、不思議と活力も湧いてくる。
元来、王蘭は誰かのために何かをなすのが好きな質なのだろう。
さて、張遼を見かけたという地点へと辿り着くと、辺りをキョロキョロと見渡して何かを探している素振りを見せている彼女の姿を見つけた。
「霞さん、どうかなさいましたか?」
「おっ? 蒼慈やーん! あんな、凪たち見ぃひんかった?」
「凪さんたち、ですか? なにかご用事でも?」
「ん〜ん。えぇ酒入ったから、凪の作る飯と一緒に皆で飲もかなーって。たまーに凪の作る唐辛子料理食べたくなんねんなぁ。」
「んーなるほど………。ですが、今日は控えてあげた方が良さそうですよ? 今日は凪さんたち3人と北郷さんが、珍しくご一緒に休日を過ごされてるはずなので。」
下手に取り繕うよりはそのまま伝えた方がいいと判断した王蘭は、正直にそれを伝える。
「あ、そうなんや………ってことは、まぁそういうことか。そら悪いことするとこやったなぁ………蒼慈、おおきに! 助かったわ。」
「いえいえ。霞さんもそういった気の効く所、素敵ですよ。」
「あー蒼慈がうちを口説いとるー! 秋蘭に聞かれても知らんでぇ?」
「聞かれてしまったとしても、秋蘭さんなら理解して頂けますよ。仕事が終わってからでよければですが、酒の肴ご用意しましょうか?」
「おっ、ほんま? なら楽しみに待っとるわ! んじゃま、城に戻りますかね。ほななー。」
そう言って意気揚々と城へ戻る張遼。
ふぅ、と一息ついてこれまでの報告を振り返ってみれば、既に3人もの将の対応をとっている。
本来であれば、北郷たちの後方から類が及ばないようにするだけのつもりでいた。
北郷が”持って”いるとは思っていたが、王蘭自身これほどとは思ってもいなかった。
ふと空を見上げれば、日ももうすぐ昏れようかというところ。
彼らはこれから小川の方へといって、静かな時間を過ごすのだろう。
そう思いながら、今日の仕事を無事に終えられることに安堵しながら、王蘭は城に戻るのだった。
──────────。
陳留の城にて。
「なー秋らーん! 今日なぁ、蒼慈がなぁ? 街なかでウチを口説きよったんやでぇ!」
「ふむ………。もう少し詳しく聞かせてもらおうか。」
「霞さん、あなたは素敵だ! なんてまーど直球で。周りに人もおるのに、さっすがのウチもちょっと照れてまうわー。」
いやんいやんとクネクネしながら夏侯淵に話す張遼。
王蘭に酒の肴を用意してもらい気分よく酔っ払った張遼が、たまたま部屋の前を通りかかった夏侯淵を引きずり込んだのだ。
王蘭は最初だけ霞に付き合ったが、仕事があるからと途中で退室したためそこに姿はない。
酒に酔って気分が良くなった張遼は止めるものも正すものもいない中、日中の出来事をあること無い事交えて語りだしたのだった。
後日、彼がどんな目にあったかはご想像にお任せすることにしよう。
切ったはずなのに後半長くなった!不思議!!
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