真・恋姫†無双 - 王の側にて香る花を慈しむ者   作:ぶるー

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第四十八話

 

 

 

長坂橋に立ちふさがる張飛。

彼女の小さな体の、一体どこにその強さが秘められているのだろうか。

 

張飛の放つ鬼気迫る闘気の前に、夏侯惇ですら身を動かすのがやっとの状態である。

 

 

「どうしたのだ? 鈴々はまだちょっとしか本気を出してないのだ。………早く来い。」

 

 

「くっ、舐めるな張飛! 我が名は夏侯元譲、魏武の大剣なり! これしきの闘気で圧せられるほど、軟弱な私ではないわっ! 我が大剣の血錆となれい!」

 

 

夏侯惇の攻撃が張飛に向かって振り下ろされる。

 

 

………が。

 

 

「なっ!?」

 

 

あまりにもたやすく弾かれてしまう。

 

 

「………それで終わりなのか? なら、次は鈴々の番なのだ! いっくぞぉ! とりゃああああああああああああっ!」

 

 

闘気を纏った蛇矛によって放たれる刃が、幾重にも重なって夏侯惇に襲い来る。

何とか捌き切るも、夏侯惇の表情から察するに、そう何度も攻撃されては彼女も厳しい様だ。

 

 

「くっ………これほどとは。燕人張飛の本気はこれほどまでに………!」

 

「姉者でも厳しいのか………これは、どうしたものか。」

 

 

姉の見慣れぬ苦戦に、夏侯淵は張飛を打ち破ることの難しさを感じさせられた。

 

 

「どうしたのだ? もう来ないのかー?」

 

「ぐぬっ………生半可な覚悟では通用せぬか。面白い、良いだろう。この夏侯元譲。生命を賭して、貴様を打ち破って見せようぞ! 秋蘭! この私の代わりに華琳さまをお支えせよ。良いな?」

 

「あ、姉者、何を! そんな事私が許すわけが無いだろう!」

 

「今は劉備が頚を打ち取ることこそ肝要。私の生命1つで、華琳さまの覇業の実現に大きく前進できるのならば安いものだろう! 行くぞ、張飛! 我が魂魄を込めた必殺の一撃、受けてみよ!!」

 

「受けて立つのだ。………来い!!」

 

 

そう言って夏侯惇は腰低く刃を構える。

対する張飛も迎え撃つために、その身の何倍もある背丈の槍を、どっしりと構える。

 

 

ほんの一瞬、この世から音が消えてしまったと錯覚してしまうほどに辺りが静まる。

 

 

「………参る。」

 

 

その大きく力を込められた足が地面を蹴ろうかという時。

 

 

「待ちなさいっ!!」

 

 

少女の声が、辺りに響く。

 

 

「えっ………!?」

 

「っ華琳さま!」

 

 

彼女たちの主、曹操である。

城に詰めていた敵兵を掃討し終えた曹操は、荀彧らに後の処理を任せ、必要最低限の用意だけで夏侯惇たちの後を追っていたのだ。

 

 

「………待ちなさい、春蘭。私の許可なく死ぬことなど、絶対に許しはしないわよ。」

 

「しかしっ………!」

 

「控えよ、夏侯元譲! ………春蘭、あなたの剣は私の意思によってのみ振るわれる、そうよね?」

 

「は………はっ!」

 

「あなたが私を思って張飛を打ち破ろうとしてくれるのは嬉しいわ。けれど、生命の賭け時だけは間違えないで頂戴。あなたが居なければ、まだまだ私の覇業は成しえないの。いいわね?」

 

 

そう言って優しく夏侯惇に語りかける曹操。

夏侯惇も、ピンと張っていた緊張が解け、ゆっくりと体の力を抜いていく。

 

 

「はっ、勿体なきお言葉にございます………。」

 

「これからも、まだまだ私を支えて頂戴。いいわね?」

 

そう言って夏侯惇の頬を撫でる曹操。

そして、もう一方で戦いを展開している2人に目をやる。

 

 

「霞っ! あなたも剣を引きなさい。旧知の仲なのは分かるけれど、今は剣を引きなさい。これは命令よ。」

 

 

飛竜偃月刀が、呂布の方天画戟を弾いた所で渋々武器を降ろす張遼。

 

 

「ちぇっ。えぇところやったんやけどなぁ………恋、やっぱ強いなぁ!」

 

「………霞も、強い。」

 

 

2人が武器を降ろした事を確認した曹操は、張飛に今一度向き直る。

 

 

「張飛、劉備に伝えなさい。今回は逃してあげる。近々益州を貰い受けに行くわ。その時までに我々を迎え入れる準備をしておきなさいな、とね。劉備の理想が、どれほどの力をあなた達にもたらすのか、楽しみにしているわ。」

 

「鈴々がこのままお前たちに襲いかかるとは思わないのかー?」

 

「あら、そうなのかしら? だったら私たちだって相応の対処は取らせてもらうわよ?」

 

「………むぅ、わかったのだ。じゃあ鈴々は退却するのだ。追ってきてもいいけど、大怪我しても知らないよ?」

 

「今の貴方に後ろから襲いかかったところで、どうにかなるものじゃないでしょう。それに、そこの陰。葉擦れの音が気づいてないとでも?」

 

「にしし、気付いてなかったら嬉しいなーって。」

 

「………さぁ、お喋りはこれでお終い。退きなさい、張飛。」

 

「分かったのだ。………じゃあね、曹操お姉ちゃん。恋、鈴々と一緒に桃香お姉ちゃんのところに戻るのだ!」

 

「わかった………。霞、恋もう行く。」

 

「あいよ。そんじゃ、また会おうな、恋。」

 

 

コクリと頷いた呂布は張飛の元に駆け寄り、2人は自らの主の元へと退いていった。

 

 

「………華琳さま、本当にこれでよろしかったのですか?」

 

「えぇ、何も問題はないわ。劉備の頚は取れたならまぁよかったのだろうけど、今益州を手に入れても正直困っちゃうもの。あなた達に陳留から出払ってもらう程に、まだ領内の掌握が進んでいないのは事実よ。来るべき時に備えて、今は内政に力を入れるべきだわ。それが済んで、しっかりと準備が整ってから、貰い受けにいきましょう。」

 

「はっ。」

 

「さて、春蘭、秋蘭、季衣、霞。追撃ご苦労さま。………城へ帰るぞっ!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 

こうして劉備対曹操の一戦は幕を閉じた。

 

 

 

結果だけを見れば、曹操軍が圧倒的に勝利した形となる。

だがその実、王としての急成長を見せた劉備に対して、曹操は自らの差配によって自軍を大きな危機に晒していたことを痛感。

 

精神的、心の面では果たしてどちらが勝ったと言えるのだろうか………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「鈴々ちゃん!! 恋ちゃん!!」

 

 

自軍の撤退を進めていた劉備の元に、張飛と呂布の2人が戻る。

2人の無事を確認した劉備は、ふたりに抱きつきながら、涙を流して彼女たちの帰参を喜んだ。

 

 

「よかったぁ、よかったよぉう………。」

 

「ただいま戻ったのだ! 桃香お姉ちゃん、鈴々は約束通り無事に戻ってきたのだ。だから泣かないで、ね?」

 

「………桃香、ただいま。恋も、無事。」

 

「うん、うん………! ふたりとも、おかえりなさい!」

 

 

その様子を周りで見ていた将たちは、自身の主が部下のために流す涙を見て、やはり自分は間違っていなかった、と、自身の出した決断を改めて肯定する。

そして、なんとしてもこの主を頂まで導いてあげたい、そう決意を深めたのだった。

 

その間、なんとか気を落ち着けた劉備は、ふぅと一息ついてから、周囲にいる将達の顔を一人ひとりしっかりと見つめて、口を開く。

 

 

「………みんな。今回は曹操さんの軍に負けちゃったけれど、私たちはこれで終わりなんかじゃないよ。だって、私たちはこうして生きてるから。私はまだまだ君主としては未熟かもしれないけれど、こうしてみんなが私の側に居てくれるから、私はまだまだ頑張れるんだ。だから、みんなも私を信じて一緒に歩んで欲しい。進んだその先には、大陸中のみんなが幸せになれる未来があるって信じてるから。」

 

 

曹操に負けた事に悲痛な表情を浮かべるもの、彼女の決意に対して深く頷いて返すもの、彼女の語る未来を浮かべて希望に満ちた顔を見せるもの。

様々な反応が、劉備に帰ってくる。

 

 

「それと同時に、私は、私たちはその理想を叶えるために、何万人もの”みんな”の犠牲の上に立ってることを忘れちゃいけないって思うの。今回の戦いだってそうだね………。だからこの先、私たちは自分の理想をしっかりと見つめながら、1歩ずつしっかり歩んでいかなきゃいけないの。そのためにも………またみんなの力を貸してください!」

 

 

そう言って勢いよく頭を下げる劉備。

 

 

これが、曹操とも違う彼女なりの王の形。引っ張っていくのではなく、共に歩むこと。

横から、時には後ろからそっと押してくれるのが彼女の力。

 

 

 

諸葛亮や関羽を始め、この場にいるすべての将が、今一度彼女に対して臣下の礼をとったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




鈴々の長坂の戦いと、負けてなお、臣下の心を掴んで離さない劉備さんでした。
次回は曹操軍にスポットをあてたお話をひとつ。


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