夏侯淵が放つ矢が、黄忠を襲う。
先程まで構える矢の本数は3本だったが、気づけば5本へと増えている。
また、それを放つ間隔も徐々に徐々に狭まっていく。
王蘭も、それにあわせて黄忠の攻撃を防ぎつつ体を動かすが、その表情からは余裕がなくなっている。
………。
夏侯淵が矢を放ち続けて、幾ばくかの時間が過ぎ。
矢を放つその指は擦り切れて、血が滲み始めている。
もちろん、弦が引かれた弓を見れば、構えられた矢の羽が赤く染まっている。
それすらも矢の軌道の計算に含めて攻撃を続ける夏侯淵は、流石は弓の名手。
血が滲むほどにまで放たれ続けた攻撃は、徐々に黄忠の体力を損耗させて、いよいよその時を迎える。
「んあぁっ!!」
………夏侯淵の放った矢の1つが、黄忠の右腕に突き刺さり血が流れ落ちる。
弓を引くためには腕の力が必須。
こうなっては反撃など出来るわけもなく、終に膝をつく黄忠。
「全く………ようやくか。本当に手こずらせてくれたな。」
彼女が抑える右の腕には、夏侯淵の放った矢が今も突き刺さったまま。
そこから血が流れ続ける。
「悔しいけれど、見事な腕前ね。同じ弓使いにやられたならば、納得が行くわ。………翠ちゃんたちも撤退できたみたいだし、最低限の役目は果たせたかしらね? さぁ、やりなさいな。」
大人しく頚を差し出そうとする黄忠。
「私個人としてはこのまま頚を落として構わないとも思うのだが、な………。我が主の命令でお前は捕縛せよ、ということなのでな。良かったな、命を拾えて。………誰か、こやつを縄で縛り上げよ!」
こうして黄忠を打ち破った王蘭と夏侯淵は、無事彼女の捕縛に成功。
それからしばらくして、馬岱とやりあっていたであろう典韋もここに合流した。
──────────。
ほんの少しだけ時間を戻して、張遼の場所へと視点を移す。
張遼は馬超と一騎打ちをしているようだが、なかなか決着がつかないでいる。
お互いに馬上から繰り出す攻撃は、熾烈。
馬を操り、渾身の一撃を相手に打ち込みあうその戦いは、見るものを魅了する。
見るものを魅了するのであれば、それを繰り広げる本人たちにとっては尚の事なのだろう。
2人の顔にはどこか笑みが浮かんでいる。
「あかんなぁ………楽しゅうてしゃあないわっ! おりゃああああああ!!」
「っしゃおらああああああああ!」
2人の振るう武器によって、金属が激しくぶつかり合う音が響く。
それからしばらく、何度もその音がなり続けた。
将としては兵を動かし、敵兵を倒さねばならない。
だが、一瞬でも気を抜けば一太刀でやられてしまうほどの攻撃を、相手は繰り出してくる。
そうなると、2人はなかなかに周囲の状況を掴めずにいた。
そこに、馬岱が駆けつける。
「お姉さまぁっ! 撤退! もうこれ以上は保たないって紫苑が! それにもうお姉さまの部隊ももうそろそろやばい状態だよっ!」
「た、たんぽぽっ!?」
「こら、どこ見てんねん!」
「ちょっ!? うわぁっ!」
馬岱の声に少し気を抜かれた馬超。
そこに張遼の一撃が襲い来るも、体勢を崩しながら何とか弾き返す。
咄嗟に足で馬を操り、張遼から少し距離をとった馬超。
改めて周囲を見回せば、自身の部隊は確かにそのほとんどが張遼の兵士にやられており、壊滅的な状況だった。
「な、なんだよ、これ………。」
「もうどんだけ頭に血が上ってたの!! 早く、撤退指示出して!!」
あまりの光景に絶句してしまう馬超。
状況を飲み込めずとも、撤退を開始しなければ、と危機感を募らせる馬岱は、従姉を急かす。
「誰が逃がすかあほんだらぁっ!!」
「くっ、たんぽぽ下がれっ!」
「下がらないよっ! 紫苑がせっかく時間を作ってくれてるのを無駄にする気っ!? いい加減にしなよ!!」
その間も張遼の攻撃が止むはずもなく、馬を使って距離を作ってはまた詰められる。
だが、それもいつまでも続けられるわけもなく、ようやく馬超は決断を下す。
「くそ、くそ、くそ! くっそぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」
「お姉さまっ! 早く! 撤退指示!!」
「っぐ、撤退だっ! 総員、撤退!!! ………張遼、悪いがこの勝負はお預けだっ!」
そう言ってすぐさま撤退を開始する馬超。
張遼もそれに食らいつこうと後を追う。
「逃がすかっ! 張遼隊、追うで!!」
だがしばらくの間追い続けるも、差は徐々に広がっていくばかりだった。
「あーもうっ! くそったれ!! あいつ、また逃げよって、もうっ!! しかもめっちゃ速いし………。馬岱も速いっちゅうことは、西涼の馬ってみんなあないに速いんか? ………だーっもう! けったくそ悪いなぁ! ………しゃあない、張遼隊も秋蘭たちのとこに加わんで! はよしぃ!」
戦いに敗れようとも、西涼の錦馬超である。馬を操らせれば一級品。
張遼も騎馬隊としての実力は突出しているものの、本気で逃げる馬超や馬岱が相手ならば、全力で追っても離されずに着いていくのが精一杯なのだろうか。もしくは馬超たちは兵数が少ないが故に小回りがきき、素早く動けるのか。
そのところは不明なままであるが、攻撃を意識した追走では追いつけなかったようだ。
張遼の性格ならば、死んでも追いかけたる! などと言いそうではあるが、そこは軍師たちが事前に手を打っているようで。
城を出る前に口酸っぱく軍師たち、主に郭嘉と賈駆の両名から、無理に追撃を仕掛けずとも良いと言い聞かせられたならば、飲み込まぬわけにもいかない。
適当な所で馬超、馬岱への追撃を中止して、張遼も夏侯淵たちの元へと駆け寄るのだった。
──────────。
「おっ、なんやもう捕まえとったんか。秋蘭も蒼慈も流琉もご苦労さんっと。………ん? なんや、秋蘭機嫌悪ない?」
「………っふぅ。気の所為ではないか? 黄忠も捕らえたことだし、我々もさっさと引き上げるとしよう。流琉も一人で敵将の相手、ご苦労だったな。」
「はいっ! 秋蘭さまがご無事で何よりです!」
「霞さんも馬超のお相手、お疲れ様でした。」
「ん? あぁ蒼慈、おおきに。それは別にええよ、まーた逃げられてもーたしな。帰ったら騎馬隊の訓練、もっとようせなあかんなぁ………。」
こうして定軍山での戦いを終え、陳留へと引き上げる王蘭たち。
曹操軍には大きな損害もなく、敵将の黄忠を捕らえることに成功して幕を下ろすのだった。
………。
帰路にて。
「秋蘭さん、ほら、右手。」
「なんだ蒼慈、右手がどうした?」
「良いから、大人しく出しなさい。」
「む………何時になく強気で言うではないか。」
「早く。」
「………むぅ。」
「痛むと思いますが、我慢してください。」
そう言って差し出された彼女の右手を掴み、衛生兵からもらってきた軟膏を彼女の指先へと塗りたくる。
「ほら………こんなになるまで。戦だから多少の無理も仕方ありませんが、終わったのなら、もう少し自分を大切にしてください。いいですね?」
「………はい。」
定軍山の戦いその4をお送りしました。
ようやく終わりましたー!思ったより長くなったー!笑
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