陳留の軍議の間にて。
陳留に戻った王蘭、夏侯淵、張遼、典韋は早速定軍山での戦いについて報告。
一連の流れは曹操には事前に報告していたが、軍師を除いた他の将たちには情報を一切公開していなかったため、ようやく皆に共有がなされた。
「………というわけで、出立時までに思っていた程すんなりは行きませんでしたが、こちらは小さな損害で敵将の黄忠の捕縛、また馬超、馬岱両隊への壊滅的な傷を負わせることに成功を致しました。今後は劉備軍内部への陽動作戦その他諸々と動きやすくなると思われます。」
「そう、ご苦労だったわ。蒼慈、秋蘭、霞、流琉の4名には改めて褒美を出します。稟も見事な献策だったわ。」
これを知らなかった将は皆、今回の作戦やその内容を聞いて驚きの表情を浮かべ、またその活躍した将たちを敬意を持って見つめている。
その中に居て、1人北郷は難しげな表情を浮かべてじっと何かを考えている様だ。
「定軍山………それに秋蘭、夏侯淵って完全にあれだよ、な? ………敵将は黄忠だったって言うし………。」
独り言がぽつりぽつりと漏れ聞こえているが、周りに居る将には何のことがわからない内容が聞こえてくる。
「やっぱり俺の知ってる歴史の通りには進まないんだな………。だとすれば、華琳の言うようにあまり俺の時代の記憶に頼るのは危険かも………?」
「一刀、何を1人でぶつぶつ言ってるのかしら? 何かあるなら皆に共有なさいな。ここはそういう場よ? もし遠慮しているなら、それは不要なことよ?」
「あ、いやすまん。何もないよ。秋蘭たちが皆無事で帰ってきてよかったって思ってさ。本当にお疲れ様! 蒼慈さんも、やっぱり流石ですね!」
曹操が北郷の様子を気にかける様子を見せたが、北郷はパッと頭を切り替えて笑顔を浮かべる。
曹操もそれを特に気にする風でもなく、話を続けた。
「………そう? まぁいいわ。今回の戦いによって、劉備軍はこちらの警戒を強めてあまり大きく動く事ができなくなるでしょう。ならば、こちらは動かない理由はないわ。今のうちに南の孫策軍を一気に攻めるわよ。各自、準備を進めなさい!」
「「「「はっ!」」」」
そこで一旦、全体軍議は終了。
武将たちは各々の隊や部屋へと引き上げていくが、軍師と王蘭、そして曹操は場所を変えて今後の動きについて会議をすることになった。
「………さて、まずは黄忠の扱いからね。どうするべきかしら?」
「はい、劉備は益州で人徳の王として評価を高めています。であれば、黄忠の解放は良い交渉の材料になることでしょう。然るべき時が来るまで捕虜として生かしておくのがよいでしょう。」
「桂花の言うこともわかります。ですが、現状こちらが向こうに求めることと言えば、国そのもののみ。それに、まだ徐州からの逃亡援助の際の借りも返してもらっていない状況であることも忘れてはいけませんね。」
「ふむ………。稟の言うことも確かね。黄忠はこちらに降る気はないのかしら?」
「交渉の余地はあるかもしれないわね。たしか蒼慈の報告では、黄忠にはまだ幼い娘もいるはずよ。その子を陳留に連れてこられるのなら、それも現実味が増すかもね。」
「であれば華琳さま、一筆認めていただく事は可能でしょうか?」
「えぇ、構わないけれど………。内容は?」
「正直に、黄忠を解放するわけには行かないが、娘に会わせてやりたいのだ、と。定軍山での戦いを終えた今だからこそ、心情に訴える内容は波紋を生むでしょう。」
「ふむ………なるほど。徳の王としてはすぐにでも娘と会わせてやりたいと言うでしょうが、諸葛亮たち軍師はそう簡単に頷くわけがない、か。それでいきましょう。風、筆と紙を用意なさい。ここで書き上げてしまうわ。皆内容の推敲を。」
「はいはいー。お待ちくださいませー。」
すぐに硯と筆、書状用の紙を持ってきた程昱。
それからしばらく内容を軍師たちが考え、曹操はそれを彼女らしく詠う様な文章へと書き上げていく。
「では風、これをあなたに託すわ。それを持って劉備の元に使者として向かいなさい。護衛は好きな将を連れて行って構わないわ。」
「承知しましたー。では秋蘭さまをお借りしてもー?」
「えぇ、構わないわ。準備が整い次第、出立なさい。」
──────────。
一方その頃、劉備軍でも同様に定軍山での戦いについて諸葛亮から報告がなされていた。
「今回の作戦は雛里ちゃんと私、紫苑さんと翠さん、たんぽぽちゃんのみが作戦の全容を知る、秘密裏に行われた作戦でした。」
軍議で報告を上げる彼女の目の下には、深い隈ができている。
益州の取り込みや、南蛮の平定などではしっかりと成果を出している彼女だが、こと曹操軍に絡むとそれらは失敗続き。
先の定軍山はもちろんだが、その前には隙を見せていた曹操への奇襲作戦も失敗している。
しかも今回は、自軍の将が敵に捕らえれている。
それを気にしてここしばらくは眠れぬ日々が続いているのだろう。
「………ですが、曹操軍はどこからか今回の作戦内容を知ったのでしょう。王蘭さんの隊を詮索部隊として囮にして、張遼、夏侯淵、典韋の3将を伏兵に、紫苑さんたちを強襲しました。一時は持ちこたえるものの、兵数で劣る我々の部隊は徐々に劣勢となり、紫苑さんを殿として、翠さん、たんぽぽさんは辛くも撤退、紫苑さんは敵に捕まってしまいました………。」
彼女の声に力はなく、か細い声が軍議の間に寂しく響く。
「朱里! 貴様、ふざけるな!! 桃香さまの大切な兵を失っただけでなく、紫苑を敵に捕らえられるとは何たる失態! しかもその話からするに、ほとんどお前たちの独断じゃないかっ! そういうのは、しっかりと桃香さまの承認を得てするものだろうがっ!! よくもまぁ、そんな体たらくでここまで桃香さまの軍師を名乗って来られたものだなぁっ!」
魏延が諸葛亮へと食って掛かる。
もともと馬が合わない2人であったが、ここに来てそれがより顕著になってきているようだ。
「ちょっとあんた! さっきから好き放題言ってくれてんじゃない! 確かに負けちゃったのは悔しいし、紫苑が曹操軍に捕らえられちゃったのはたんぽぽたちの落ち度かも知んないけどさ、私たちじゃできないような作戦だって組み立ててきて、朱里たちはこれまでずっと成果出してきてんだよ! こうして益州に国を構えるまでになってるんだよ! それを何? 何にも知らないくせに新参もののあんたが、桃香さまたちのためにしてきた朱里のこれまでのことをぜーーんぶ否定しちゃってさ! これだから脳筋は困るよねっ!」
「なにぃ!? 私は桃香さまのことを思ってだな!!」
「それってあんたが言いたいだけのことを、全部桃香さまに責任押し付けてるだけじゃないのっ!?」
馬岱と魏延の言い合いが、徐々に加熱していく。
「これ、落ち着かんか二人共! 桃香さまの御前であるぞ! ………朱里よ、戦は生き物、とはよう言ったものよなぁ。紫苑も兵の命を預かる以上、それなりに覚悟をして軍を率いておるはず。あやつが捕らえられた事実は最早変えようが無いのであれば、顔を上げて前を見据えねば仕方あるまいて。まずはこれからどうするかを考えねばならぬ…ではないかのう? 軍師殿よ。」
「は、はい………。桔梗さん、ありがとうございます。内々で進めてきた作戦ですら曹操軍には知る術があると思うと、あまり大きく動く事は正直難しいと思います。失った兵の補填と、訓練が喫緊必要なことかと考えます。」
これまで黙って聞いていた劉備が、ようやく口を開く。
「うん、朱里ちゃんありがとう。焔耶ちゃんもたんぽぽちゃんも、それに桔梗さんもありがとう。………今回の件だけど、朱里ちゃんの独断で軍を動かしたとしても、それが劉備軍である以上、私の責任なの。だから、誰かを責めて萎縮させようとしたり、非難したりするよりも、桔梗さんが言ったように、どうするべきか? どうしたらいいのか? ってお話が出来るといいなぁ。」
「ぐっ、桃香さまがそう仰るなら………。」
桃香に話を振られて、しぼむ魏延。
「朱里ちゃん。私はこの国の王として、民からの批判や非難の声はしっかり受け止めるよ。だけどね、軍の内部としては、行ったことに対する責任はちゃんと取る必要があると思うんだ。良かったら褒められて、ダメだったら叱られる。………曹操さんじゃないけど、そういう当たり前はちゃんと当たり前のこととしてやっていこうと思うから。だから私は、今ここで皆の前で、王としての責任を果たします。」
「はい………。如何なるご処分でも受けるつもりです。」
「と、桃香さまっ! 朱里ちゃん1人だけじゃなくて、私も一緒に考えた作戦なんですっ。だから、朱里ちゃんが罰を受けるなら、私もっ………!」
「雛里ちゃん………。うん、わかったよ。では、朱里ちゃんに沙汰を言い渡します。諸葛孔明、あなたを一月の期間、謹慎処分とします。その間、街の子供達への無料私塾の開塾を行い、子供たちへの教育を無償で行うこと。また、住民の皆の畑仕事を手伝うなどで、奉仕活動を行いなさい。次に雛里ちゃんね。鳳士元、あなたは諸葛孔明が謹慎中の期間、彼女の行っていた仕事の一切を引き受け、滞りなく仕事を進めなさい。………二人共、これでいいね?」
「と、桃香さまっ! 今朱里に抜けられては困りますっ!」
「愛紗ちゃん、もちろん朱里ちゃんに仕事してもらえなくなるのは大変なのはわかってるよ………。でもだからといって何もしないわけにもいかないし、重すぎると今度こそ曹操さんたちにやられちゃうよ………。だから、ね?」
徐々に不協和音が鳴り始める劉備軍。
そしてこれから数日後、曹操からの手紙を携えた程昱が使者として現れることになる。
定軍山が終わった後の両軍の姿でした。
さて、次話は拠点フェーズ挟む予定です。
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