決戦の地、赤壁へと向かう曹操軍。
大軍団を運ぶ船は1隻1隻が巨大な船。
だが、水練などあまりやってこなかった曹操軍にとっては少しの揺れであってもきついようで、かなりの兵士が船酔いしている。
それは将兵であっても例外ではないようで。
于禁や李典たちも受け答えは出来るようだが、あまり話しかけられたくない状態の様だ。
他の船に目をやれば、荀彧や賈駆も顔を青くしている。
ふと周囲に目を向けて見れば、近隣の村などに住まう漁師たちだろう。
小さな船を鎖で繋いでいるのが見られる。
「あぁやって船を繋いだら揺れも収まるんでしょうねぇ。」
「さて、どうだろうな? と言うか、蒼慈は船酔い大丈夫なのか………?」
「はい。私は特に問題無いようですが………秋蘭さんは無事ではなさそうですね。無理に起きてらっしゃらずとも、横になっていていいのですよ?」
「そうは言うがな………将たるもの、部下に示しをつけなくてはな。」
「そうですか………。まぁ無理だけはなさらず。兵士たちも多くが体調が優れずに、座り込んでいるのですから。」
「あぁ………。」
ここは夏侯淵と王蘭の乗る船。
どうやら夏侯淵も他の将たちと同様に船酔いをしてしまっているようだ。
王蘭はピンピンしている様だから、こういうのは人による所なのだろう。
なんとかその日の移動を乗り越えた曹操軍。
こんな所に劉備や孫策たちが襲ってきてはひとたまりも無いのだろうが、その気配はないようだった。
──────────。
夜を過ごすための陣の設営が完了した曹操たちは、船での疲れもあって早々に休み始める。
そんな中、北郷は1人深刻な顔をしながら曹操の元へと向かっていた。
まだ船酔いの影響が抜けていないのか、少し足元がふらついているようにも見える。
ゆっくりと歩みを進めてようやく目的の曹操が居る陣幕近くに辿り着くと、入り口の前に王蘭と夏侯淵の姿があった。
「あれ? 蒼慈さんに秋蘭。華琳に用があって来たんだけど………改めたほうが良いかな?」
「おや、北郷さん。………いえ、私たちも華琳さまにご報告があったんですが、良ければご一緒に。」
「え、いいの? 俺が聞いてても。蒼慈さんたちがいいなら、一緒に聞かせてもらおうかな。」
「えぇ。北郷さんなら構いませんよ。………では。華琳さま、王蘭にございます。」
「………蒼慈? 何かしら、入っていいわよ。」
「失礼致します。」
そう言って陣幕の中へと入っていく3人。
「あら、秋蘭に一刀も一緒だったの? もしかして夜を4人で過ごすお誘いかしら………?」
クスクスと笑いながら3人を迎え入れる曹操。
部屋の中には警備のための典韋もいるようだった。
「夜分に申し訳ありません。そういった桃色の話ではないので恐縮なんですが………ご報告があります。一刀さんもお話があるようですが、喫緊の問題ですので先にご報告させて頂きます。」
「………何かしら? 流琉、陣幕の入り口で警備を。誰も入れてはならないわ。誰かが来たなら、わざと大きな声で名前を呼びかけなさい。」
王蘭の雰囲気を察した曹操は、咄嗟に典韋に警備の指示を出す。
典韋も、すぐさま気を引き締めて警備にあたる。
「結論から申します。本日これより後、孫乾と黄蓋の2人が華琳さまの元を訪れ、船酔い対策として船と船を鎖で繋いではどうか、と提案に来ます。………それを飲んでいただきたく。」
「………そう。 それはどうして?」
「黄蓋殿は、我々を裏切ります。ある程度までは泳がせておく方が望ましいため、それに乗っていただきたく。」
曹操、夏侯淵、北郷の3人は驚きの表情を浮かべている。
特に、北郷に至ってはそれが顕著で、まるで何故をそれを知っているのか? とでも言いたげなほどに。
「………やはり、黄蓋は裏切る、のね。でも蒼慈、何故あなたがそれを掴んでいるのかしら? 黄蓋が降ってきたあとに開かれた軍議で、あなた一言も喋らなかったけれど………それも関係しているのかしら?」
「それは、ですね………。」
王蘭がそれに答えようとした時だ。
「あれっ? 黄蓋さんに孫乾さん! 華琳さまに何か御用ですか?」
「おぉ、これは典韋殿。華琳殿の警備、ご苦労だな。何、ちょっと話があってな。華琳殿は既にお休みだろうか?」
「伺って来ますので、少々こちらでお待ち下さいね!」
陣幕の外からそんなやり取りが聞こえてきた。
そして入り口の幕をめくって典韋が中に入ってくる。
「華琳さま、黄蓋さんがいらっしゃいましたが………どうしましょう?」
「そうね………蒼慈、秋蘭、一刀。」
3人の名前を呼び頷いた曹操は、着物を少しはだけさせて一刀へと寄りかかるように寄り添う。
それを見た王蘭、夏侯淵も意図を理解し、すぐさまそれに倣う。
「いいわ、流琉。迎え入れなさい。」
「は、はいっ!!」
急にその場に漂い出す雰囲気に当てられて頬を少し朱に染める典韋。
すぐさま幕の外に出ていき、黄蓋を中に迎え入れる。
「お、おまたせしましたっ! そ、その、あの、中に入っても大丈夫なようですが………いえ、あの、何も無いので、どうぞっ!」
「むぅ? どうしたのじゃ急に………。華琳殿、失礼するぞ。」
そう言って中に入ってきた黄蓋と孫乾。
2人はその場を見てすぐさま理解する。
「はははっ! これは何とも間の悪いことをしたものじゃ!すまんのう!」
「全くだわ………。急ぎの用件で無いのなら、明日にでもして欲しいのだけれど?」
「いや、すまぬ。すぐに済ます故な、少し時間を頂戴しても良いか?」
「手短にお願いね。私、邪魔されて今とても機嫌が悪いの。」
「あぁもちろんだとも。昼の行軍を見ておったのじゃが、気になることがあっての………人払いを頼めんか?」
「一刀たちのことかしら? 私の腹心たちに話せない様なことなのかしら………? それに、今日は私が彼らを呼んだのよ? それを一方的に帰りなさい、だなんて失礼だと思わない?」
そう言ってわざとらしく、北郷へと寄りかかってみせる曹操。
夏侯淵もそれに倣って王蘭へと撓垂れ掛かり、王蘭もそっとその肩を抱き寄せる。
「いや、そういうわけではないのだが………まぁ良いか。気を悪くせんでくれな? 今日の行軍中だが、随分と船酔いする兵士が多かったようだが、あれは一体どういう事じゃ?」
「返す言葉もないわね………。船での戦いは訓練こそすれ、実戦は少ないのよ。兵の中には長江ほど大きな河を見たことも無い兵もたくさんいるの。」
「ふむ………それはいかんな。江東や江南の兵は船での戦い方を深く知っておる。時間さえあればわしが調練してやっても良いのじゃが………付け焼き刃では帰って戦の妨げになってしまうしの。」
「そうでしょうね………。何か秘策はあるのかしら?」
「うむ。実はな、そのために此奴も連れてきたのじゃ。」
「孫乾が?」
「はい。この辺りの漁師たちは皆、船酔いや小さな船を大きく使う手法として、船と船とを鎖で結ぶ方法を使っています。それをこの船団でも利用すれば、揺れは収まり兵士の船酔いも軽くなるかと。」
「そういえば途中でそんな船をいくつも見たなぁ………。」
「一刀の言うように確かにそんな船をよく見かけたわね。でも、火計には弱くなるわね。」
「この季節は河上から風が吹いています。軍内からの失火や河上からの奇襲があったならともかくとして、風下に対する敵が火計を選択することは無いでしょう。」
「なるほどねぇ………。それで、その鎖はすぐに用意できるのかしら?」
「この辺りで漁師たちが普通に使っているものですから、鍛冶屋にでもいえば簡単に調達出来るものと思われます。」
「そう。ならば、その前交渉は黄蓋と孫乾、あなたたちで行いなさい。細かな指示は、後で軍師の誰かを代わりにつけるわ。」
そう言い終わると、曹操は北郷の服を脱がせにかかる。
「うぉっ!? ちょ、華琳!?」
「なぁに、一刀? もう話は終わったのだから、続き………しましょ?」
「はっはっはっ! 英雄色を好むとは言うが、貴公はまさにその鏡じゃな! 孫乾、これ以上邪魔しては悪い、行くぞ。」
「はっ、では失礼致します。」
そう言って出ていく2人。その姿と気配が消えたところで、曹操はふぅとため息をつく。
「さて。蒼慈の言ったとおりになったのだけれど………。」
「はい、ありがとうございました。早速真桜さんに話を通して頑張っていただきましょう。軍師の皆さんにも私の方からことの顛末は共有しておきます。」
「そうね、後は頼んだわよ。………そういえば一刀、あなたの話をまだ聞いていないけれど、何だったのかしら?」
「あ、いや………。もう、何でもないよ。」
「なぁに? まさか本当に夜の相手をしに来たのかしら………? 残念だけれど、今日はダメよ? 戦いを終えて城に帰ったらゆっくり相手してあげるから、それまで我慢なさい。」
いよいよ、赤壁の核心。
孫乾からの献策が採用されて船同士が鎖で繋がれることに。
頑張れ真桜えもん!
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