真・恋姫†無双 - 王の側にて香る花を慈しむ者   作:ぶるー

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第七十一話

 

 

 

「………やれやれ、危なかったよ。」

 

「姉様、声が大きいよー!」

 

「………おっと。」

 

「今の所、計画は順調に進んでいます。そうですよね、黄蓋様。」

 

「うむ。明日の夜半には風向きが変わるだろうから、そこが決起の時となる。」

 

「風が変わる………ねぇ。」

 

「地のものしか知らんことだ。普通のものは知らんよ。」

 

「こちらの兵は置いて帰ります。曹操軍の甲冑を纏わせているので、軍の中に並べても気づかれないでしょう。………決起の時に上手く使って頂ければ。」

 

「助かる………じゃが、孫乾は劉備殿のもとへ連れ帰ってもらおうか。役目は今宵のあの話で完了したのじゃろう?」

 

「なっ………!」

 

「いつから!」

 

「見くびるでないぞ、ヒヨっ子ども? 孫呉を愛する将として、お主らが我ら孫呉の兵で無いことなど見れば分かる。であれば、状況からして劉備軍しかあるまいて。」

 

「黄蓋様………。」

 

「それに今しがた連れてきた兵はわしの部下たちだろう。自分が手塩にかけて育てた可愛い部下を、見間違えるはずなどないわ。………あとはこの老兵の仕事よ。叶うなら、冥琳や雪蓮殿に無礼な事を言ってすまんかったと………代わりに詫びておいてもらえんか?」

 

「………必ずや。黄蓋殿も、ご武運を。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

翌日の朝。

 

 

「良く寝たのーーーーっ!」

 

「ははっ、元気いっぱいだな沙和。」

 

「うんっ。今日は船が揺れないから、全然気持ち悪くならないの。この鎖のおかげなのー?」

 

「どうもそうらしい。こんな鎖があるだけで、随分と違うものだな。」

 

 

昨夜、真桜の元に王蘭が訪れ、鎖についての工作を依頼。

軍としての指示であれば断るわけもなく、夜を通して作業して船に鎖を繋いでくれていたのだった。

 

そのお陰で船の揺れは劇的に改善。

夜ゆっくり寝られるだけでもその効果は発揮される。

元々体力のある兵士たちのため、すぐさま体調が回復していくのだった。

 

そんな中………。

 

 

「ねぇ凪ちゃん。気づいてる?」

 

「………あぁ、もちろんだ。」

 

「ん? どうしたんだ二人共?」

 

「隊長は気づいてないのー?」

 

「何が?」

 

「えっと、あそこの船に乗ってる兵士さんたち、全然知らない顔なの。」

 

「はい。恐らく、真桜の隊でもありません。」

 

「それに、あの鎧は都の正規軍が着ける鎧なの。だから、今この行軍であの鎧を着てる兵士さんって居ないはずなのー。」

 

「はい。それに我らが鍛えた大切な部下、兵士であれば名前を顔を見れば誰かはわかります。どの船でも知った顔が、少なくとも二人三人と居るはずなのですが………。」

 

「って事は………。」

 

 

そう言って3人がその船の上に現れた人物を見る。………黄蓋だった。

 

 

「………凪、黄蓋さんにバレない様に、この事を華琳に報告してきて。」

 

「はっ!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

そして、その日の夜。

王蘭は船の上で1人、長江の流れを見ていた。

 

河の上を流れる風は冷たさを伴い、彼の体の熱を少しずつ奪っていく。

そして、彼の手には1枚の紙が握られていた。

 

それをビリビリと細かく細かく破り、河へと捨てる。

風がその紙を河の水面へと運び、細切れになった紙に染まる墨が滲み、文字が見えなくなっていく。

 

 

「………いよいよ、ですね。」

 

 

そうポツリと零した王蘭の目線の先は、一隻の船。

その船にぶつかって飛沫をあげる波。

 

その水面を見れば、風向きが変わった事を教えてくれていた。

王蘭はすっと立ち上がり、曹操の元へと向かう。

 

 

………。

 

 

「華琳さま、申し上げます。風向きが、変わりました。」

 

「………そう、黄蓋はやはりこれを狙っていたのね。」

 

「はっ。用意は全て整っております。」

 

 

曹操が幕から出てくると、既にある船から火が上がっていた。

 

 

「黄蓋が火を放ったのね。」

 

「はっ。沙和さんたちが怪しいと見ていた連中が、予想通りの動きを取りました。現在、風さんと桂花さんが凪さん、真桜さんをつれて消火と迎撃に向かってらっしゃいます。また、河下より呉の船団がこちらへと向かってきております。」

 

「他の皆は?」

 

「春蘭様と秋蘭さんも稟さんと合流してそろそろ呉の方々と接敵する頃合いかと。」

 

「そう………ならば、我々も呉の本隊を迎え撃つわよ!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「くっ………曹操軍の鎧を着た兵も簡単に見破られ、更には火計も既に気づいておったか………。」

 

「黄蓋さまっ! 曹操軍の本隊がこちらに向かっております!」

 

「く………っ、く、くくくっ………はははははっ!」

 

「黄蓋………さま?」

 

「兵をまとめよ! これより我らは、曹操に最後の一撃を叩き込む!」

 

「………はっ!」

 

 

そして黄蓋の部隊が兵をまとめ上げた頃、曹操の本隊が到着する。

 

 

「曹孟徳よ、聞こえるかっ! 我が計略、ここまで完璧に破られるとは思わなかったぞ! 見事じゃっ!」

 

「敵軍の将でありながら、私の眼前にまで現れたことは褒めてあげるわ。それに、あれほど大胆無比な作戦もね。けれど………その呉の宿将も、私の掌の上で踊るだけだったということよ。」

 

「敵将の前にむざむざと顔を見せるか、曹孟徳。その余裕………横のその男がいるからか? 確か、昨夜も陣幕におったし、いつしかの優男だったかのう? 特に武がたつようには見えんのだがな。」

 

「人にはそれぞれの形があるということですよ。黄蓋殿。」

 

「どちらが正しいのか………あなたの得意な合戦でケリを付けてあげましょう。名将黄蓋の最後の誇りを踏みにじって………あなたに参った、と言わせてあげるわ。」

 

「言うではないか、小娘が………。ならば、いざ尋常に!!」

 

 

曹操の本隊と、黄蓋の部隊との戦いが始まった。

 

 

 

 

だが………。

 

 

 

流石に曹操率いる本隊の圧倒的な兵数に押されて、黄蓋の部隊は崩れ、あっと言う間にその決着がついてしまう。

黄蓋としても、分かっていた結果なのだろう。その表情には一切の悔いが見られず、それどころか少し晴れやかですらある。

 

最後の最期まで孫呉に使えた将として、戦場で散る事を良しとした彼女らしさが、心に来る。

 

 

「大人しく………降伏なさい。あなたほどの名将、ここで散らせるには惜しいわ。」

 

「ぬかせ! 我が身命の全てはこの江東、この孫呉、そして孫家の娘たちのためにある! 貴様らになど、我が髪の一房たりとて、遺しはするものか!」

 

「黄蓋っ!!」

 

「………夏侯惇か。貴様も、このわしに命乞いをせよ、とでも言いにきたか?」

 

「いや………華琳さま。黄蓋のあの忠心、汲んでやって頂きたく。」

 

「姉者………。」

 

 

夏侯惇、夏侯淵が自身の持ち場を片して曹操の元へとやってきた。

そして、黄蓋の表情を見て全てを察した夏侯惇が、曹操へ彼女の想いに応えてやるようにと頭を下げた。

 

こうした行動が取れたのも、自身が曹操軍一の忠臣であるという自負があるから。

黄蓋の気持ちを思えるのも、人一倍それに共感する所があるからなのだろう。

 

 

「………いいでしょう。ならば、春蘭。」

 

「はっ。」

 

「………夏侯惇、来るが良い!」

 

「応っ!」

 

 

曹操軍に仕える忠臣と、孫策軍に仕える忠臣。

頂く王は違えども、主を思う気持ちの強さは同じものを覚える2人。

その2人の戦いが、始まった。

 

 

 

………。

 

 

 

矢で牽制して夏侯惇の動きを縛ろうとしている黄蓋だが、この状況で且つ接敵した相手に弓矢では分が悪く。

 

それも、相手が曹操軍の誇る最強の矛であれば尚の事。

 

黄蓋はいくつかの傷を負って、既に満身創痍の状態となっていた。

いよいよ、決着の時が迫る。

 

 

………と、そこに、目線を河下へ向けていた曹操がつぶやく。

 

 

「孫策が来たか………。」

 

 

河下からいくつかの船団が曹操の本隊へと向かってやってくる様子が見られた。

船を漕ぐ速度は速く、あっという間に押し寄せてくる。

そして、こちらの様子が見えるところまで来ると、先頭の船には2人の女性の姿が見えた。

 

 

「祭っ!」

「祭殿!」

 

「おぉ、雪蓮殿に、冥琳も!」

 

「祭殿………ご無事か………!」

 

「ははは、無事なものか。お主と無い知恵を絞って考えた苦肉の計も、曹操に面白い様に見抜かれておったわ!」

 

「しかし………間に合ってよかった。早く、お戻りになってください!」

 

 

 

「………ふむ、それはちと難しいのう。」

 

 

 

いくら船団が急いで駆けつけているとは言え、まだまだその距離は遠く。

 

弓で射掛けるにしても、黄蓋と夏侯惇や曹操との距離も近い事があって援護もできずにいる状況だ。

………故に、戦いを知るものが見ればどうしようも無いことが理解できてしまう。

 

それが分かっているからこそ、夏侯惇、夏侯淵の2人は黄蓋と孫策たちのやり取りを黙って待っているのだろう。

 

 

「「祭っ!!」」

 

「なんと、蓮華様に小蓮様まで………。冥琳からお二人の護衛を任せれておきながら、ロクにお守りすることもできず………本当に申し訳ない事をした。小蓮様にもこの黄蓋直伝の手練手管、ご教授したかったのじゃがなぁ………。」

 

「そんなの、これから教えてくれたらいいじゃないっ! 祭よりずっといい女になってやるんだから………ちゃんと教えなさいよぅ………!」

 

「姉様っ!」

 

「えぇ! 皆、祭を助けるわよっ! 総員………。」

 

 

 

「来るなっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞けい! 愛しき孫呉の若者たちよ! 聞け! そしてその目にしかと焼き付けよ! 我が身、我が血、我が魂魄! その全てを我が愛する孫呉の為に捧げよう! この老躯、孫呉の礎となろう! 我が人生に、何の後悔があろうか!」

 

 

 

 

 

「呉を背負う若者たちよっ! 孫文台の建てた時代の呉は、わしの死で終わる! じゃが、これからはお主らの望む呉を築いて行くのだ! 思うままに、皆の力で! しかし、決して忘れるな! お主らの足元には、呉の礎となった無数の英霊たちが眠っていることを! そしてお主らを常に見守っていることを! 我も今より、その末席を穢すことになる!」

 

 

 

 

 

「夏侯淵っ! わしを撃て! そしてわしの愚かな失策を、戦場で死んだという誉れで雪いでくれ………!」

 

 

 

 

 

「何を泣いておるのだ、明命、思春、亞莎! この馬鹿者共め! 早う撤退の用意をせんか! 炎の勢いはまだ残っておるのだ! 早く逃げねば、雪蓮様たちも危ないじゃろう!」

 

 

 

 

 

「………雪蓮殿。最期にひと目会えて、ようございました。これからの呉、よろしくお頼み申します。」

 

 

 

 

 

「冥琳………その様子なら、心配ないな。」

 

 

 

 

 

「………ならば、思い残すことは何もない。さぁ、夏侯妙才………!」

 

 

 

 

 

 

「………皆、さらば、じゃ………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祭ぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




@blue_greeeeeen

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