赤壁での戦いを終え、曹操軍はいよいよ孫呉攻略のため建業に向けて兵を向ける。
先遣隊に任命されたのは、曹操軍の攻撃の要である夏侯惇を筆頭に、偵察部隊として王蘭隊、その他張遼隊と北郷隊が任命されていた。
その先遣隊がいよいよ建業付近にまで近づいてきたこともあり、王蘭が隊を率いて偵察へと向かっている。
「報告ご苦労さまです。………孫呉の隊のほとんどが揃っていますか。我々も総力をもって戦う流れかもしれませんね。偵察はこのあたりで切り上げ、春蘭さまと合流します。」
そう言って隊を引き上げる王蘭たち。
春蘭たち先遣隊へと合流する道すがら、とある集団と出会う。
その集団の先頭には、小柄な体躯に長い黒髪、額には鉢巻の様な額当てをつけ、背中には自身の背丈ほどありそうな長い刀を背負っていた。
少女と言ってもいいような彼女と相対し、互いに動きを止めて出方を伺う。
その少女の瞳は、とても攻撃的でありながらも、どこか焦っているようにも感じる。
互いに互いが敵の偵察部隊であることは気づいているのだろう。
見つめ合ったまま、いたずらに時間だけが過ぎていく。
このまま無駄に時間を過ごしても何も良いことはないと頭を切り替えた王蘭は、相手と目線を切って相手を避けるようにして隊を進め始めた。
恐らく相手も偵察部隊であり、ここで争う事を良しとしないであろう、と考えた結果である。
その長髪の少女………周泰も、それは同じ考えであったようだ。
視界の端に相手を認めながら、互いに見なかったことにして自陣へと戻る。
走り始めるわけでもなく、かと言って歩みが遅すぎるわけでもなく。
ようやくそれぞれの向かう先へと立ち位置を入れ替えて、駆け始めた両部隊だった。
──────────。
「ただいま戻りました。」
「おぉ、蒼慈! 遅かったが何かあったのか?」
「え、えぇまぁ………ですが問題ありませんよ。早速ですが偵察の結果をご報告いたします。この先に孫策軍の主だった将全ての部隊が展開していました。」
「そうか………恐らく孫策も建業の城を我らに見せたくないのだろうな。その気持ちはわからんでもない………。」
「惇ちゃん、あんま敵に感情移入しすぎると、死ぬで?」
「………そこまではせんよ。我が体は華琳さまのもの。我が意思は華琳さまの意思だ。それが変わることなど、未来永劫あるものか。」
「そっ、ならええけど。」
「………この辺りで停止しておかねば接敵しすぎてしまいます。ただ、我々先遣隊も華琳さまの本隊と距離が少しあいてしまっているので、止まるにしても敵の動きには気をつけなければなりません。」
「む………? どういうことだ?」
「向こうはこちらに隙があれば意を決して突撃してくる可能性があります。赤壁で、一度打ち破っていることから、死兵となって戦ってくることも考慮せねば。」
「ふむ………なるほどな。まずは軍の停止か。季衣! 停止だっ!」
「はーい! 全軍止まれーっ!」
許褚の掛け声で歩みを進めていた軍が停止する。
「また私の戻りが遅くなった理由でもあるのですが………こちらに戻る途中、恐らく孫策軍の偵察部隊と鉢合わせました。互いに情報を持ち帰ることを優先したので、戦闘にはなりませんでしたが、恐らく敵はこちらの状況も掴んでいることでしょう。敵の攻撃に備えるためにも、霞さん、北郷さんの部隊は左右に別れ、それぞれ隠れて部隊を展開しておいた方が良いかと。」
「あいよー。」
「えっ! 俺もっ!?」
「はい。ハッタリで構わないです。襲撃に備えられているという事実が大事な場面ですので。実際敵が襲ってきた場合には奇襲してもらう必要がありますが。」
「………ごくっ。了解。」
「では霞、北郷、頼んだぞ! あとは我々も構えながら華琳さまの到着を待てば良いな?」
「はい、それでよろしいかと。」
………。
そうしてしばらくの間、敵の襲撃に備えて警戒をしていた夏侯惇たちだったが、その間に曹操たち本隊が合流。
孫策軍の襲撃は受けずに済んだのだった。
「春蘭、よくこんな所で軍を止めて無事で居られたわね………。」
「はっ、蒼慈が偵察に出て持ち帰った情報によれば、この先に孫策たちは部隊を展開済みだとか。またこちらの情報も持ち帰られているだとかなんとかで、敵の攻撃に備えながら停止して構えておりました!」
「………? 蒼慈、どういう事?」
夏侯惇の説明で上手く理解できなかった曹操が、王蘭に説明を求める。
簡単に成り行きを説明して納得した曹操は、敵斥候部隊について確認する。
「偵察を終えて春蘭さまたちの部隊に合流するまでに、恐らく敵の偵察部隊と鉢合わせてしまったのですが………。彼女を初めて目にして、ようやく呉の情報が得られなかった理由がわかった様な気がします。反董卓連合の時、孫策軍に偵察にでかけたのは私だったのですが、そこで見かけたのは眼光鋭いお団子頭の別の女性でした。恐らくその2人で攻守を担っているのでしょう………。」
「情報の攻守………ねぇ。まるで我が軍の様な、というわけね?」
「はい………。詠さんが加わった事の意味は非常に大きいです。同じような体制を整えている相手であれば、なるほどと。ちなみに鉢合わせた際は、互いに情報を持ち帰る事を優先したため、戦闘はありませんでした。」
「そう………理解したわ。その話や対策は追々で良いでしょう。まずは孫策軍を打ち破ること、それだけに専念しないとね。そろそろ軍を進めましょうか。」
「あ、その前によろしいですか?」
「何かしら?」
「劉備軍ですが、孫策に対して受け入れの意思を示しているようです。孫策軍はこの江東を出るわけにはいかない、と一度は断ったようですが、我々との戦闘の後であればそれもどうなるか………。」
「ふむ………。彼女達の気風からして、劉備たちの元に落ち延びるくらいなら、この地で散る事を良しとするのではなくて?」
「私もそう思うのですが………袁家のもとで耐えたという事実もあります。孫家の血さえ絶えなければ、再起はできると。」
「そうね。桂花、どうすべきかしら?」
「………はっ。仮に蒼慈の言う様に劉備軍と孫策軍が合流した場合、赤壁の時のように面倒な事になりかねません。………華琳さまがお許しになるのであれば、江東を条件に降伏の勧告をなさるのがよろしいかと。」
「桂花にしては珍しい献策ね。」
「………無論、華琳さまへの恭順が条件となりますが、それで孫策たちを押さえられるなら、この地くらい安いものです。」
「ふふっ、その言葉に反して表情はとても嫌がっているわよ………? 桂花、あなたのそう言う自分を律せられる所、とても気に入っているわ。いいでしょう、大勢が決まったと判断した時点で降伏勧告を行うとしましょう。その時が来たならば、使者として風、あなたに行ってもらうわ。全権をあなたに託すから、孫策を交渉の机まで連れてきなさい。護衛には………そうね、蒼慈。あなた行ってきなさい。」
「承知しましたー。」
「御意のままに。」
「戦いの前に共有しておくことはそれくらいかしら………? では、そろそろ進めるわよ。」
「はっ!」
………。
こうして方針をかためた曹操軍は再び行軍を開始。
いよいよ、孫策軍と相対する。
両軍共に布陣を完了させ、互いに王が前へと出てくる。
「………こうして顔を合わせるのは久しいわね。」
「そうね。先刻の戦いは黄蓋の奇襲で、それどころでは無かったから………反董卓連合の時以来かしら?」
「もうそんなになるのね。………官渡では夏侯惇にしか会っていなかったのよね。」
「あの時、我が方の将が少し多めに貸してしまった様だから………その分を返してもらいに来たわ。」
「その件については感謝しても感謝しきれないけれど………それでこの江東全部というのは、少し暴利すぎるんじゃないかしら?」
「あら、格安よ。………まぁ、このまま私に降ってくれるというなら、あなた達の命は助けてあげても良いと思っているけれど?」
「残念ながら、その取り立てに応じるわけにはいかないわね。この江東は、我が孫呉の父祖より伝わる大事な聖地。命惜しさに差し出したとなれば、我が母孫堅、太祖孫武に合わせる顔が無いわ。」
「そう………。ならば、言葉で語るよりも力を示すべきかしらね? 良いでしょう、あなたをこの曹孟徳と覇を競うに相応しい相手だと認めてあげるわ。」
「それはどうも。ならば我が勇気、我が知謀、我が誇りの全てを賭けて、あなた達を退けてみせるわ。」
「我ら曹魏も全力をもって孫呉を制圧してみせましょう。江東にその名を轟かせる小覇王と周公瑾の戦いぶり、愉しませてもらうわ。」
「孫呉の勇者たちよ! この戦、呉の運命を決める大決戦となる! ここで世を乱す元凶曹魏を打ち破り、大陸に本当に平和をもたらすのだ!」
「曹魏の勇士たちよ! この戦、我らが覇業の大きな前進のための戦となる! その血と命をもって、大陸の真の平和の礎とせよ!」
「「全軍! 突撃!!」」
明命とのまさかの会合!
そして赤壁を終え、すぐさま建業での戦いへと移っていきます。
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