「桃香さまっ!!」
「愛紗、大事無い。気力を消耗しすぎただけだろう………。」
「………ごめん、愛紗ちゃん、星ちゃん。私………負けちゃった………。」
「良いのです………桃香さま。よくぞここまで………。そして、あなたのお気持ちに気付いてあげられて居なかった事が………申し訳ありません………。」
曹操の絶が、劉備を弾き飛ばす。
すかさず関羽たちが駆け寄り、優しく抱き起こした。
「………さて、劉備。」
そこに、曹操がゆっくりと劉備の元へ歩み寄る。
だが張飛、趙雲、関羽の3名が割り込み、行く手を阻む。
「お姉ちゃんは討たせないのだっ!」
「左様、我らが戴く主は、劉玄徳ただ一人。それを討つとあらば、この趙子龍………容赦はせん。」
「………別に劉備を討つ気なんて最初から無いわよ。」
「な、何………?」
気勢をそがれ、少し呆気に取られる関羽たち。
「討つつもりなら、最初から容赦なんてするはずないでしょうに………。」
「む………それは確かに。では、何ゆえ?」
曹操は劉備の目をしっかりと見つめ、彼女の名を呼ぶ。
「………劉備。」
「………はい。」
「私に仕え、この大陸を建て直す力を貸しなさい。」
「………えっ?」
「あなたの背負ってきた民の命、将からの期待、そして平和への願い。それらはこれからは私が背負いましょう。あなたはあなたの思う様に、私の元で動いてみなさい。あなたの理想を私の元で叶えてみせなさい。………出来るかしら?」
「曹操さん………。」
「ただし、今のあなたにはこれまで通りの領地を任せるわけにはいかないわ。まずは大陸中を渡り歩き、見聞を広めなさい。如何に自分が過保護にされてきたかがわかるでしょう。………国とは民である。それをただの知識や認識として捉えるのではなく、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の手で触れて、その経験を糧となさい。そうして始めて、あなたに領地を任せるかを判断しましょう。いいわね?」
「は、はいっ!」
「それまでは………そうね、公孫瓚、鳳統。あなた達に任せる事にしましょう。」
「ぬぉっ!? 急に話がこっちに来たな………。桃香がそれで良いっていうなら別にいいけどさ………。」
「幽州の民の評価、大陸中を旅して回った稟と風の評価を見れば、あなたに任せておけば問題は無いでしょう。それに、あなたならば反乱を起こそうなんて考えなさそうだしね。」
「………おう。」
「さて、劉備。あとはあなたの決断次第。受け入れるの? 断るの?」
「………曹操さん、私がここで負けを認めてあなたの元に降れば、みんなが笑って過ごせる国を、本当に目指してくれますか………?」
「私が願うのは、この国に住むすべての民の平穏と幸福。………それがあなたの目指す世界と同じ姿ならば、その願いは叶うでしょう。」
「………わかりました。曹操さんのお話を受け入れます。」
「そう。あなたが一回りも二回りも成長して戻ってくる事を期待しているわ………。雪蓮、あなたにも関係のある話だから聞いておきなさい。」
「ん? なぁに?」
「劉備、雪蓮、あなた達に言っておくわ。私が非道な王であると思ったのならば、私を討ちなさい。」
「………えっ!?」
「この大陸の長である私が公平な人物であり続けられるよう、その体勢を整えておくことは重要なことでしょう?」
「………それもそうね。わかったわ、あなたがもし公平な人物ではなくなった時、私はあなたを討ち取りにいくとするわ。これでいい?」
「えぇ。劉備は? もちろん、公孫瓚、あなたが治めている間もよ?」
「………わかりました。白蓮ちゃんも、お願い。」
「お、おう………わかった!」
「そう。さてと、細かいことはあとで詰めるとして。春蘭、秋蘭!」
「はっ!」
「ここに!」
「総員に戦闘停止命令を出しなさい。」
「「御意!」」
「………ここに永きに渡る戦いの終結を宣言する!」
曹操の力強い宣言の後、戦場の各所で歓喜に満ちた声が爆発した。
これで戦いが終わるんだ。
俺たちは生き残ったんだ。
そんな生命にあふれた歓喜の叫び。
そして、もう戦いだらけの世は終わったんだ、と。
明日への喜びに満ちた期待の叫びでもあった。
その声に呼応するように、天空が蒼く、蒼く輝きを見せる。
蒼天の世が来たことを、祝う様に。
──────────。
夜。
成都では戦いの終結を祝う宴が開かれていた。
曹操、孫策、劉備。
一人はこれから旅に出るとは言え、3人の王が一処に集まり、同じ酒を飲み、同じ食事を食らうということ。
たったそれだけの事が、この大陸のこれからの平和への期待を物語る。
各軍の将たちも、戦いの終焉を祝い、酒に溺れる夜を過ごしていた。
ふと城壁の上に目を向ければ、遠くを見つめる王蘭の姿。
盃を片手に、成都の町並みを見て一人酒を飲んでいた。
そこに。
「どうした、こんなところで。酒宴には加わらんのか?」
「秋蘭さん………。少しじっくりと噛み締めたくて。」
「そうか………まぁ、わからんでもないがな。」
「ようやく………ようやく、終わったんですね。」
「あぁ………終わったな。これからは戦の無い世の中を当たり前として、継続していかねばならん。」
「そうですね………。そうだ、よかったら秋蘭さんも如何ですか?」
そう言って酒の入った器を示し、自分の持っていた盃を差し出す王蘭。
「あぁ………いただこう。だが、手ぶらでお前を探しにきたわけじゃないぞ?」
夏侯淵はくりと笑いながら、両手に持つ盃と酒の入った容器を見せる。
互いに笑みを交わし、注ぎ注がれた酒をくっと煽る。
「………おや、この酒は。」
「はい………たまたまあったので拝借してきました。内緒ですよ?」
そういっていたずらがバレた時の子供の様に笑う王蘭。
夏侯淵に注がれた酒は、初めての逢引きで飲んだあの酒だった。
ほんのりと甘さの香る、飲みやすい酒。
何よりも、思い出の酒。
事あるごとにこの酒を飲んでいるあたり、王蘭自身も気に入った酒となったのだろう。
そして、それの味を覚えている夏侯淵も夏侯淵ではあるが………。
再び彼女の盃へと酒を注ぎ、街並みに目をやる。
しばらくの間、互いに言葉は語らずにじっくりと街並みを見入る。
何を思い、何を考えているのか。
2人にしかわからないが、ただそこにある表情はとても穏やかなもので。
戦に明け暮れた日々を憂うものではないことは確かだろう。
願わくば、この平穏な夜が平常な世となるように。
クッと酒を煽り、ふぅと息をつく王蘭。
夏侯淵も、それを横目にしながら、ゆっくりと酒を味わう。
「戦の………戦の世は、終わりを迎えたんですよね………。」
そう言って王蘭は、自身の懐に手をやって、大事そうにその存在を確認する。
あの約束とも言えぬ約束を交わしたあの日のうちに、鍛冶屋に頼んで作成したもの。
ずっとずっと、布にくるんで肌身離さずに自身の懐で大切にしまってきたもの。
北郷の世界では特別な意味をなす、小さなもの。
けれど、小さいけれど、彼にとってはとてつもなく大きな意味を持つもの。
彼はそっとそれを取り出し。
月夜に照らされた最愛の人へと向き直った──────────。
次話、最終話です。
いよいよ、終わりかぁと思うと寂しくもあり。
気づけばもう80話越えてるんだなーと感慨深いものがあるのも正直なところ。
最終話その後の日常、みたいなのは今の所執筆は悩み中。
回収しきれていない話もいろいろあると思います。
私も考えてた内容盛り込めなかった部分もいくつもあります。
それらを書きなぐる場所くらいは設けたいなーと思ってますが…笑
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@blue_greeeeeen