晴れた日の陳留。
空には雲ひとつ無い晴れ渡った空。
蒼き空は見上げるものの心を癒やし、気を晴れやかにする。
陳留の街を歩く人々には笑顔が様々に咲き乱れ、街を明るい色で染めていく。
少年少女たちが甲高い声で笑いながら街並みを駆け回れば、大人たちはそんな子供たちを見て表情を綻ばせる。
笑顔が笑顔を生む、そんな素敵な循環が街のあちこちで見られる。
陳留。曹操のお膝元の街。
大陸の覇者、曹操が治めたこの街から、すべての物語が始まった。
そしてこの街の刺史だった曹操が、大陸に溢れていた戦争の時代を終わらせた。
その事実が人々の心を慰撫し、またそれを誇りとして抱く。
………そしてこの日もまた、新たな物語が始まろうとしている。
そのためだろうか、いつも笑顔が絶えないこの街も、この日ばかりはいつも以上に皆が高揚しているようだ。
陳留の街そのものが、まるでお祭り前の様なあの高ぶりに満ちた状態だ。
それもそのはず。
今日は国をあげての祝いの日。
ともすれば、街に住む人々はいつも以上に笑顔に溢れ、平和な日に感謝し、祝い踊るのも無理はない。
街で既にこれだけの大騒ぎとあれば、城内に目を向ければその比ではないようで………。
──────────。
「真桜ちゃーん、これってどこに置くんだっけー?」
「んー? あぁそれな、確か来賓席のとこ置いておけばいいはずやで。」
「わかったのー! あ、凪ちゃーん、それ来賓席のやつだってー!」
「ん? あぁ、そうなのか………承知した。」
「流琉ー! お肉屋さんから特上のお肉届いたよー!」
「季衣! じゃあ、それこっちに持ってきて! ちょうど食べごろのはずだから調理しちゃう!」
「了解ー!」
「な、なぁ霞………なぜ私は準備を手伝わせてもらえないのだろうか………?」
「なんでってそら………なぁ?」
「うぅ………でも、だなぁ! せっかくのこんなめでたい祝いの日なのだから、少し位私も手伝いたいぞ!」
「はいはい、春蘭も立派な役目あるやんか。むしろ春蘭にしか務まらんのやから、それまで大人しくしときー?」
「ちょっと桂花! そんなとこで突っ立ってないでこっちきてボクの作業手伝って!!」
「うっるさいわねっ! 私は今ここで立つのに忙しいの!」
「知らないわよ! 使えるなら猫の手だって借りたいんだから、猫より頭の回る人の手なら使わない理由は無いわよ!」
「風、花の飾りはこれで如何でしょうか?」
「おー稟ちゃんは”せんす”が良いですねぇー。いいと思いますよー?」
「扇子………? いや、もしかすると天の言葉でしょうか?」
「はいー。お兄さんの世界の言葉で、優れた感性、感覚をお持ちの方をそう言うのだそうですー。」
「ねー人和ちゃーん。今日の振り付けっていつも通りじゃつまらなくなーいー?」
「そうよ! 姉さん良く言ったわ! こーんなおめでたい日に歌わせてもらえるんだもの、私たちも特別仕様で行かなくっちゃ!」
「そうね。私たちは会場の準備より私たち自身の準備を優先すべきだわ。………それじゃあ、地和姉さん、振り付け、考えてくれる?」
城の中では侍女たちはもちろんだが、将たちも所狭しと駆け回り、皆が忙しそうに動いていた。
皆がそれぞれ忙しそうにしながらも、表情は喜びのそれを浮かべている。
──────────。
城のとある部屋。
「な、なぁ蒼慈さん………。これ、変じゃない………よな?」
「はい、大変お似合いですよ。自信持って良いんじゃないですか?」
「うーん………着慣れないからかなぁ………。なんかやけに不安になっちゃって。」
「あなたがそんな状況でどうするんですか、全く。ほら、胸を張って堂々と。」
「は、はい………。」
部屋の中には北郷と王蘭の2人が。
北郷は何やら自分が召している服を気にしている様だった。
「見た目もそうですが、式典の流れについてはしっかり理解していますか? 途中で噛んだり、ど忘れしちゃうようでは格好悪いですからね。」
「あ、あぁ………念の為、もう1回おさらいしとこうかな。手伝ってもらえますか?」
「ふふっ、なんだか懐かしい気分ですね。………もちろん、何度でもお手伝いしますよ。」
それから2人は書簡にまとめられた工程表をおさらいし、式典の作法や所作について確認する。
本番前の練習からガチガチの北郷。
それを見て、本当に大丈夫だろうか、と笑い顔を浮かべながら彼を見守る王蘭の姿があった。
そしていよいよ………。
扉が3度叩かれ、来意が示される。
「北郷様、お待たせいたしました。お時間になりましたので、始めさせて頂きます。」
「は、ハイぃっ!」
孫乾からの案内にすら声が裏返ってしまっている。
だが、自らその歩みを進めているのを見ると、不安な気持ちよりも逞しさを感じてしまう王蘭。
彼の後ろに続き、王蘭も部屋を出ていくのだった。
──────────。
「………これより、結婚の儀が始まります。ご列席の皆様、どうぞご起立の上、2人をお迎えくださいませ。」
場所は陳留の城、中庭に設けられた特設の式場。
李典率いる特殊工作兵が作り上げた、それはそれは素晴らしい………そう、教会だった。
屋外型としながらも、参列者の席などがきれいに整えられ、正面には大きな十字架が立てられており、木々が周りを鮮やかに彩る。
魏の将はもちろんだが、参列者の中には孫策たち呉の将らと、劉備たち蜀の将たちも見られる。
皆が皆、席を立って、後ろを振り返って主役の登場を待つ。
………程なくして。
可愛らしく着飾った許褚の先導に従って、まずは北郷が教会へと辿り着く。
皆に向けて一度頭を下げ、参列者によって作られた道の中ほどまで歩みを進めた。
いつもの真っ白で光輝く上着に合わせるような、純白の下履きを身に纏った北郷。
どことなく緊張しているのが見て取れる。
道の中頃右側に立つと、北郷も振り返りもうひとりの主役を待つ。
………。
そして、いよいよ。
典韋の先導に従い、金色に光る髪をなびかせながら静々と歩いてくるその人の姿が見えた。
純白のドレスに身を包み、薄いヴェールで顔を覆った彼女は、足元に気を配るようにやや俯いた状態で、皆の前に現れた。
木で作られた数段の階段を、一段一段踏みしめる様にゆっくりと、気品に溢れた所作で上る。
たったそれだけの事。
たったそれだけの事に、参列者の全員が、彼女のその美しさ、気品さに目を奪われる。
北郷に至ってはわずかにあいた口が塞がらないようだ。
一度も顔を正面に向けることなく、ゆっくりとした足並みのまま、参列者が立ち並ぶ後方へと辿り着き、歩みを一度止める。
そこでようやく彼女の姿が一望出来た。
純白のドレスは腰元から足にかけてきれいな広がりを見せ、後ろにはそれは優雅で長やかなトレーンが続いている。
腕には薄く透け感のあるグローブを纏い、一層彼女の美しさを際立たせていた。
先導の典韋は膝を折って参列者へと一礼すると、自らは横へとずれて、次の者へと道をゆずる。
典韋と入れ替わるようにして現れたのは、漆黒の艷やかな髪を腰の下まで伸ばしたキリリとした表情の似合う彼女、夏侯惇。
彼女もいつもの赤い服ではなく、黒を貴重とした襟付きの羽織を纏い、下履きは北郷が履いているようなものを黒くしたもの。
そっと曹操の小さな手をとった夏侯惇は正面へと向き直り、1つ息を吐く。
………すると、西洋から流れてきた楽器、竪琴が鳴り始める。
それを演奏するのは美周郎。彼女の奏でる音色は優しく、慈愛に満ちていた。
心穏やかな音色が一帯を包み込み、腕を組んだ曹操と夏侯惇が1歩ずつ丁寧に歩みを進める。
歩み、止まり、歩み、止まり。
それをただただ繰り返し、自身の到着を待つ北郷の元へと歩みを進める曹操。
参列者たちは、目の前を通り過ぎていく2人に釘付けとなり、皆一様に頬を朱に染めている。
天の国のやり方を模した今回の結婚式。
曹操が彼をどれだけ大切に思っているのか、手に取る様にわかる程にその愛おしさが感じられる。
永遠とも、一瞬とも感じられる不思議な時間。
その時を経て、眼の前までやってきた夏侯惇と曹操。
曹操の手を優しく引き取り、自身の腕へと回す北郷。
夏侯惇と同じ様に、だがより寄り添っているように感じられる風景に、更に頬を赤らめる者が多数。
一歩一歩、大切にするように歩みを進める。
そしてようやく、王蘭の前へとたどり着いた2人。
「………それでは、これより新郎 北郷一刀、新婦 曹孟徳、2人の結婚の儀を執り行います。」
王蘭の宣言により、北郷は少し緩んでいた表情をキッと引き締め、対して曹操はそれを見て頬を緩める。
………たった今、2人は皆の前で夫婦となったのだった。
──────────。
結婚の儀が終わると、今度は城壁の上へと立ち、街の民へと王の結婚を報告する。
互いに純白に身を包んだ2人の姿を認めると、民達は一様に息を飲み少しの静寂を迎える。
が、すぐに歓喜が爆発して、まるで鬨の声の様なものが街中で起こり始める。
それほどまでに待ち望んだ、2人の結婚。
この日ばかりは街中がお祭り騒ぎとなって、いたるところで酒が振る舞われている。
民への報告を終えた曹操たちも、城の宴会場へと場所を変え、皆で2人を祝う。
順番に北郷と曹操の元へ訪れ祝辞を述べていく面々。
劉備、孫策らの後には魏の将達が続く。
そして王蘭は、ビシッと決めたままの夏侯惇と、お腹を大きく膨らませた夏侯淵と共に、3人で主の元へと向かう。
「か、華琳さまぁぁぁぁぁぁぁ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう。」
服は決めていても、結婚式が終わってから涙の防波堤は決壊してしまった夏侯惇。
それを2人支えながら、微笑ましく見ている。
「春蘭、ありがとう。あなたに導かれた僅かなあの距離は、この平和への道程となんら変わらない程に大切な歩みだったわ。………ありがとう。」
「うわぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああああああああん!!」
「姉者………よしよし。華琳さま、北郷。………本当におめでとうございます。」
「秋蘭、蒼慈………ありがとう。繰り返しになるけれど、あなた達もおめでとう。秋蘭、お腹の子、大切になさいね?」
「はっ、お気遣いありがとうございます………。」
「蒼慈さんももうすぐお父さんか………。そうだ、子供の名前、決めたんですか?」
「ありがとうございます。………その事で、少しご相談が。秋蘭さんと2人で話し合ったんですが、せっかくのこのめでたい席です。もしよろしければ、華琳さま。………我々の子の名付け親になって頂けないでしょうか?」
「名付け親に? そんな大切な役目が私でいいのかしら?」
「だからこそ、華琳さまにお願いできれば、と思っているのです。」
「………であれば、その誉れ、喜んで引き受けましょう。………そうね、その子はこの大陸に覇を唱え、それを成し遂げてから初めて宿った大切な命。謂わば、我々が目指した平和の第一歩となる、次世代の命。………ならば私たちが歩んできた、この”覇”。これをその子に与えましょう。一刀、どうかしら?」
「………うん、すごくいい。秋蘭と蒼慈さんの子なんだけど、やっぱり俺たちにとっても大切な子になるだろうから………。うん、良いよ!」
「ふふっ、ありがとう。そう言えば、その子はどちらの姓を名乗るのかしら?」
「私たちとしてはどちらでも良いのですが、家格としては夏侯を名乗るのが良いだろうかと思っております。」
「まぁそれが良いのでしょうね。………夏侯覇、か。うん、我ながら良い名をつけたわ。真名はあなた達がしっかり考えて付けてあげなさいな。春蘭の助けがあってもいいと思うけどね。」
「はい。生まれるまで、まだ幾らかの時間はありますので。良く考え、良く悩むことにします。………それでは、また折をみて参ります。皆の祝福、存分にお受取りください。」
そう言って曹操たちの元から離れる3人。
泣き崩れた姉を座らせ腰を落ち着けると、2人は曹操たちの様子を眺める。
「なんだか………懐かしいな。」
「そうですね………。私たちは特に天の国の様式をなぞったわけではなかったですが、あの様に皆さんに祝いの言葉をかけてもらうのはとても嬉しかったです。」
「そうだな………蒼慈、お前には感謝しているよ。」
「突然ですね………何かありました?」
「いーや、特になにもないがな。こうして身重になってからもよく気を配ってくれるし、何より大切にされているのがよく分かるからな。気持ちは言わねば伝わらない、だろう?」
「………本当に突然ですね。それを言うならこちらこそ、というやつです。ただの村の警備兵だった私がこうして秋蘭さんと結婚でき、更に子をなせるまでになれたのは、全て秋蘭さんのお陰です。ありがとうございます。」
曹操と北郷の仲睦まじい様子にあてられたのか、2人は互いに感謝の意を伝える。
そして顔を見合わせ、照れやおかしさが混じった様に、ふふっと笑い合う。
二人の手は、そっと繋がれたまま──────────。
「真・恋姫†無双 - 王の側にて香る花を慈しむ者」
完結となります。
長い間、お付き合い頂いた皆様には感謝申し上げます。
ようやく結びまで持っていくことが出来ました。
モヤモヤが残ったまま終わってしまった、という方もいらっしゃると思います。
回収できてない話もいっぱいあるのは存じておりますが、これで良かったかなって思ってます。
前回のあとがきでもご報告させて頂いている通り、私が話を書く上での設定や考察、戦闘描写端折ったけど、こんな状況を妄想してました、みたいな書き殴りは出させていただくつもりでおります。
これは近いうちに、とも思いますが、しばらくは読みたかった二次読んだりさせてくださいませ…笑
またTwitterの方では既にご報告させて頂いていますが、恋姫二次創作、別の話を執筆いたします。
これの投稿はいつになるかはわかりませんが、必ず書き上げます。
処女作である今作。
その執筆で至らなかった点など、しっかり見直して次回作を仕上げていきたいなと。
あぁ、そうだ。ちなみにR18で行く予定です…笑
もしよろしければそちらも是非。
ではまた後書きの投稿にて。
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