Fate/Distorted Apocrypha   作:三日月瑞樹

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プロローグ

かつてーーー闘争があった。

舞台は極東のとある地方都市。

そこで、人知れず行われた闘争だ。

その闘争の名は『聖杯戦争』

七人の魔術師(マスター)が七騎の英霊(サーヴァント)を呼び出し、使役して、『聖杯』と呼ばれる万能の願望機を求めて相争った大儀式。

この聖杯戦争は、三度繰り返されるまで誰にも知られることなくひっそりと執り行われた。

だがーーー第三次聖杯戦争において複数の国家が介入する異常事態が起こった。

その異常事態を機に、聖杯戦争のシステムが世界中の魔術師たちに知れ渡る事態が発生。

魔術師たちは驚くと共に『聖杯』の模倣を始めた。

しかし、未だ完全な『聖杯』の降霊を成し遂げた魔術師はいない。

ある者は言った。

聖杯とは希望である、と。

それは正しく、しかし、誤りでもある。

『聖杯』

其は一にして無限の奇跡。

其は伝説。

其は神の世の残滓。

其は到達点にして通過点。

其は希望ーーーされど、其を求めるは絶望の証。

願いを叶えるために、他者を貶めんとする人の原初の在り方を剥き出しにする闘争の幕が、いよいよ切って落とされる。

願いを携える者共よ、殺し合い、生き残り、願いを叶えよ。

然すれば汝を、神秘の頂に導かん。

聖杯大戦、開幕。

 

 

******

 

 

 

英国・倫敦(ロンドン)某所。

 

時計塔。

それは通常ならば、英国の観光名所を指す言葉だが、魔術師たちにとっては意味合いが違う。

魔術師たちにとっての『時計塔』とは、魔術協会の三代部門の一角を指す言葉だ。

数多くの魔術師たちを統括する協会の心臓部であり、同時に、まだ年若い魔術師たちを養成するための機関としての側面も併せ持つ、魔術師たちにとっての最高学府。

まさに魔術師の総本山とでも呼ぶべき場所の校舎に、到底相応しからぬ格好をした少女が踏み入った。

夜闇に溶け込むような青いシャツ。

くたびれた漆黒のコート。

短めのスカートは淡い紺色、と寒色系の色でまとめられた服装をした17歳前後の少女。

それだけならば特段不思議でもないのだが、コートの懐部分には、拳銃が入っていることを思わせる程度の不自然な膨らみがあり、短めのスカートから覗く太ももには、軍用のサバイバルナイフが収められたホルスターが取り付けられていた。

そんな、魔術師というより何処かの軍人や殺し屋を思わせる風貌の少女は、躊躇うことなく学術棟内部に入る。

学術棟の玄関ホールに足を踏み入れると、ひんやりとした空気が少女を包む。

静けさに満ちた玄関ホールは、慌ただしさや浮ついた空気とは無縁な落ち着きと品位を保っている。

しばし、静謐な空気を楽しんだ後に、すぐ側にある螺旋階段を上り、奥まったところにある部屋の扉を開く。

手前と奥とで区切られた部屋の中には、油でピカピカに磨かれた靴が並べられた靴棚が設置されていた。

もちろん、構内は土足が普通なので靴を履き替える必要などないのだが、それでも敢えて扉の近くに並べられた靴からは所有者の偏執的なこだわりを感じさせる。

少女はチラリと靴棚を見やると、視線を上げて奥の瀟洒な扉に手をかけた。

開くと、そこには整った部屋が広がっていた。

几帳面な程にジャンルとサイズで区分けされ、かつ日差しに焼かれないよう窓からの角度も配慮されている本棚。

奥の机には純銀製の万年筆やギロチン式のシガーカッターが置かれていて、実に洒落ている。

最新世代携帯ゲーム機が隅に置かれているのが、魔術師らしくなくて玉に瑕だが、それ以外は完璧と言っていい。

そんなデキる男の仕事部屋といって遜色ない部屋に、一人の男性がいた。

赤いコートの上に黄色い肩帯を垂らした男性。

不機嫌そうに顰められた眉間には、長い年月をかけて刻まれたような深い皺が寄っていた。

彼は、対面用の椅子に腰掛けながら葉巻を咥えていた。

 

「失礼します。ロード・エルメロイ」

「II世だ。II世をつけてくれ給え」

 

葉巻を咥えたまま、ロード・エルメロイII世は呼称の訂正を求める。

眉間に皺を寄せて、いかにも不機嫌といった表情を崩さずに自分が座っている椅子の対面を少女に勧める。

少女は勧めに応じると、静かにロード・エルメロイII世の対面の椅子に座した。

 

「それで、ご用件は何ですか?ロード・エルメロイII世」

 

少女の問いに、ロード・エルメロイII世は重々しく頷くと、問いを発した。

 

「君は、『冬木の』聖杯戦争を知っているかね?」

「・・・・概要程度なら」

「それで十分だ。・・・・君なら、トゥリファスの一件は聞いているな?」

 

断定に近しい疑問に、少女は軽く頷く。

少女は魔術師たちにとって、目の上のたんこぶとでも呼ぶべき存在だ。

いつ協会から追っ手がかかってもいいように、協会の内部事情には常に目を光らせている。

ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを長とする、ユグドミレニア一族が魔術協会からの離反を宣誓した。

この申し出を受けて魔術協会は『狩猟』に特化した魔術師50名からなる討伐隊を編成。

それらにユグドミレニア一族の殲滅を命じた。

しかし、結果は惨敗。

あろう事か、ユグドミレニア一族は襲撃者たちをサーヴァントで迎撃したのだ。

協会からユグドミレニアへの襲撃は、たった一人を除いて全滅という結果に終わった。

これが、ルーマニアの一件について少女が知らされている情報の全てだ。

 

「ユグドミレニアがサーヴァントを召喚したのは聞いています。ですが、それなら協会からサーヴァントのマスターとなる魔術師を送り出したらいかがでしょう」

「もう遅い。連中は既に七人のマスターを揃えた。召喚はまだかもしれんが、派遣した魔術師に令呪が点る可能性はない」

「なら、一体何の要件ですか?サーヴァントと戦えなんて命令はご免ですよ」

「そうは言わん。私が依頼したいことは一つ。君にはサーヴァントを使役してユグドミレニア一族と戦ってもらいたいと考えている」

「・・・・・・」

 

ロード・エルメロイII世の言い分に少女は思わず閉口した。

それ程までにロード・エルメロイII世の言い分は滅茶苦茶だったのだ。

冬木の大聖杯のルールに則るなら、マスター、サーヴァントの数は共に七人。

ユグドミレニアが七人のマスターを揃えたのなら、とっくに限界数のはずだ。

 

「君の言いたいことは分かる。が、一先ず説明を聞いてくれ」

「・・・・・・」

 

少女は黙ったまま一つ頷き、ロード・エルメロイII世に話の続きを促す。

それを確認したロード・エルメロイII世は、資料を取り出してから口を開く。

 

「ユグドミレニア一族が持ち去った大聖杯には、7騎のサーヴァントが一勢力に統一された場合にのみ起動する予備システムが仕掛けられている。その予備システムが起動したことにより、召喚可能なサーヴァントは倍の14騎にまで跳ね上がった」

 

そこまで言われれば良い少女にも大凡の状況が理解できる。

 

「ユグドミレニアは、七人のマスターと七騎のサーヴァントを揃えた。そしてーーー我々もまた七人のマスターと七騎のサーヴァントを揃える。そして、ユグドミレニアと戦い勝利する。君には、マスターの一人としてこの戦いに参戦してもらいたい」

「・・・・・我々が勝った場合、大聖杯はどうなりますか?」

「無論、勝利した後に協会側で確保する。ロッコ老がその手配を進めているだろう。・・・もっとも、根源にすら辿り着ける可能性のあるモノを前にして、生き残ったものが冷静でいられるかどうかは保証せんがね」

 

その言葉には、言外に勝利後は何があろうと自己責任という意味が含められていた。

願いを叶えるもよし、願いを阻むもよし、あるいはーーー全てを破壊するもよし。

無論、協会側が何の手も打っていないことはあり得ない。

しかし、それを出し抜けたならばーーー。

少女の背筋に歓喜の震えが疾走る。

少女は、その歓喜を必死に抑えてロード・エルメロイII世に問うた。

 

「幾つか質問があります」

「構わんよ。無理強いしている自覚はある」

「では、こちらの聖遺物についての用意は?」

 

その質問に、ロード・エルメロイII世は黒檀のケースを渡すことで返答した。

 

「・・・・・確認しても?」

 

ロード・エルメロイII世は一つ頷いた。

それを返答と受け取り、ケースの蓋を持ち上げる。

中に入っていたのは、複数の写真。

カラーではないモノクロ写真で、年代物だとわかる。

 

「・・・・これは?」

「ロマノフ王朝最後の皇帝、ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の間に生まれた皇女たちの写真だ」

 

ロマノフ王朝の末裔たる四人の皇女。

オリガ、タチアナ、マリア、アナスタシアの四人は、極めて結束が強く、OTMAというそれぞれの頭文字を出生順に並べた愛称などでも有名だ。

特に第四皇女であるアナスタシアは、西暦2,000年の現在でも生存説がまことしやかに囁かれることがある。

 

「何故、ロマノフ王朝の皇女を?」

 

少女は純粋な疑問をロード・エルメロイII世にぶつける。

ロマノフ王朝が滅んだのは、約100年前。

現在を生きる感覚では遥か昔だが、魔術的には歴史が浅すぎる。

加えて、彼女たちに武勇を誇った伝承などがあるわけではない。

聖杯大戦という大舞台で召喚するには、些か以上に劣る。

 

「・・・・不満はもっともだが、こちらにも事情というものがあってね。7つもの聖遺物を用意しなくてはならない以上、我々に用意できるのはそれが限界でね」

 

そう言って額を押さえるロード・エルメロイII世。

その様子に、少女はため息を吐く。

 

「・・・・もういいです。それで、こちら側のマスターは?」

「確定しているのは五人だけだが、その内、我々が派遣した魔術師は四人」

 

『一級講師』のフィーンド・ヴォル・センベルン。

エルメロイの先代の君主(ロード)にして、エルメロイ派の凋落の原因を作った魔術師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの旧友。

結合した双子(ガムブラザーズ)』の二つ名を持つフリーランスの魔術師。

デムライト・ペンテルとキャビィク・ペンテル。

魔術刻印を分割相続しており、互いが側にいることで力を最大限に発揮できる稀有な魔術師。

銀蜥蜴(シルバーリザード)』の二つ名を持つフリーランスの魔術師。

ロットウェル・ベルジンスキー。

顔以外の急所の大半を銀の鱗で覆っている。

また、過去に自分を雇用した依頼主を惨殺したこともある残忍な魔術師だ。

 

「あと一人は?」

「聖堂教会から派遣された監督官兼マスターだ。詳細はこちらでも把握していない」

「それじゃあ、私以外に声をかけている候補は?」

「・・・・今の所は、君以外に声をかけているのは獅子劫界離とジーン・ラムの二人だ」

 

少女以外の魔術師たちもまた、数々の修羅場をくぐってきた一流の魔術師たちだ。

敵に回せば厄介極まりないが、味方ならば頼もしいことこの上ない。

味方陣営の実力は、全くもって問題がない。

召喚予定の英霊の格は多少不満だが、歴史の浅さはともかく、知名度は十分だ。

 

「まず、前払いで報酬の半分を頂きます。問題が無いようなら、契約は完了ということで」

「・・・・良いだろう。いくら欲しい?」

「3000万ドル程」

「・・・・・それはーーー」

 

ロード・エルメロイII世が難しい顔をして黙り込んだ。

3000万という大金は、例えロードであろうとも容易く用意できる額ではない。

しかし、用意しなければ目の前の交渉相手は契約に応じないだろう。

最悪、ユグドミレニア側に与するかもしれない。

ロード・エルメロイII世の立場からすれば、それだけは避けたい。

ならばーーー。

 

「・・・・分かった。用意しよう」

「それでは、衛宮家六代目継承者、衛宮結祈の名において聖杯大戦の参戦を受諾します」

 

それだけを告げると、ロード・エルメロイII世に背を向けて部屋から退出しようとする。

その直前で、振り返ると最後の質問を投げかけた。

 

「そういえば、監督官の名は?」

「私も直接会ったわけではないが、確か、シロウ・コトミネという神父だった」

「・・・・・そうですか」

 

それだけを聞くと、結祈は今度こそ退出した。

質問の意図が分からず、ロード・エルメロイII世は小首を傾げる。

が、すぐにどうでもいいことだと受け取ったのかその疑問をすぐさま頭の中から捨て去った。

誰もいなくなった室内で、ロード・エルメロイII世は一人呟く。

 

「頼んだぞ、2代目魔術師殺し」

 

本来の聖杯大戦では起きなかったイレギュラー。

こうして彼と彼女の運命は捻れ、歪んだ外典を世界に刻む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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