Fate/Distorted Apocrypha 作:三日月瑞樹
聖杯大戦への参戦を受諾した後、結祈は準備を整える為に日本に一時帰国。
そこからは激動の一週間だった。
聖杯大戦というこれ以上はない戦いで生き残る為の礼装の用意。
ルーマニアへの航空券の入手。
用意した礼装をルーマニアへ発送する手続き。
ルーマニアで動き回る為の拠点の用意。
それらの準備を全て終えた後、他の魔術師たちとは合流せずにルーマニアへと向かう。
無事にブカレストの空港に着陸した後、雑踏に紛れて真っ黒のスーツケースを受け取ると用意した拠点に向かう。
入り組んだ路地裏の奥にあるのでもなく、廃ビルなどの廃墟を流用しているのでもない。
ごく普通の住宅街に用意された拠点に、さも勝手知ったる風を装って入る。
外観はごく普通の四人家族が暮らせような程の大きさの一軒家。
内部も凡そその印象を裏切らない。
強いて言うならば、用意された家具が平均よりやや小振りだという程度だろう。
しかし、その印象も地下に入れば一変する。
用意された地下室には、あらゆる温度が排除されていた。
物品と呼べるような物は、棚に並べ置かれた様々な銃器と霊石、仙草の類。
それと水銀が限界まで入れられている瓶のみ。
明らかに尋常な人間が有する部屋ではない。
結祈、その地下室に降りて空港付近で受け取ったスーツケースを降ろす。
スーツケースを開けると、中には一振りの日本刀が入っていた。
結祈が愛用するこの世にただ一振り限りの
数多の魔術師の血を吸った妖刀が、鞘に収まったまま解放の時を待っていた。
結祈は、刀を手に取り鞘に収めたまま軽く振ると、それだけで感触を確かめたのか再びスーツケースの中に戻した。
そうやって、用意した全ての武装の状態をチェックする。
少しでも狂いがあると感じれば即座に修正。
それを全て終わらせる頃には、すっかり日が暮れて、深夜と呼ぶべき時間帯になっていた。
現在の時刻は午前0時。
大半の人々が既に眠りについている時間帯だ。
そんな時間になって、ようやく武器を手放し、用意した瓶を手に取った。
中に入ったたっぷりの水銀を手際よく動かし、魔法陣を描く。
描いた魔法陣は、消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだもの。
典型的な英霊召喚の召喚陣である。
アサシンのサーヴァントを召喚する際には、この召喚陣にも手を加えることがあると聞くが、結祈には関係がない。
水銀で描いた召喚陣に、歪みや斑がないか仔細に検証した後、祭壇に聖遺物を設置した。
設置した聖遺物は、時計塔より預かった写真。
英霊召喚という奇跡を実行するにあたり、結祈の背筋に緊張が疾る。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
「手向ける色は“赤”」
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
地下室に朗々と唱えられる呪文が響く。
地下室に備えられた銃器も、刀も、今この瞬間は気にも止まらない。
中心にある魔法陣と呪文を唱える魔術師。
それだけがこの世界の全てだった。
「
ただ一つの奇跡を巡り、それを獲得すべく血で血を洗う者たち。
彼らが時空の彼方に座す英雄たちに向ける嘆願の声が、いま、地上から放たれる。
「ーーー告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよーーー」
全身を巡る
およそ魔術師である限り逃れようのない、体内の魔術回路が蠕動する悪寒と苦痛。
それに歯を食いしばって耐えながら、さらなる詠唱を紡ぐ。
「ーーー誓いを此処に。我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者ーーー」
舞い踊るエーテルに目を潰されないように、結祈の視界は自動的に閉じる。
背中に刻まれた魔術刻印が、結祈の術を擁護すべく、それ単体で独自の詠唱を紡ぎ出す。
大気より取り込んだマナに結祈の身体は蹂躙され、神秘を成し得るだけの道具に変質する。
その軋轢に苛まれる痛覚を、結祈は意図的にシャットアウトする。
「ーーー汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーーー!」
そう呪文を締めくくると共に、結祈は身体に流れ込む魔力の奔流を限界まで加速させる。
逆巻く風と稲光が室内を蹂躙する中、召喚の紋様が燦然と輝きを放つ。
滔々と溢れる眩いばかりの光の奥から、遂にこの世ならざる者が現れ出づる。
彼方より此方に顕現する伝説の幻影。
「問います。貴女がわたくしのマスターかしら?」
稲光りと旋風によって蹂躙された室内で、遂にサーヴァントがその姿を姿を現わす。
現れたサーヴァントは、雪の様な白い髪とドレスを身に纏っていた。
瞳は、怜悧な氷の様な水色。
結祈は、その瞳を前に吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「サーヴァント、キャスター。召喚の求めに応じ、ここに参上したわ」
キャスターがそう告げると同時に、右手の甲に令呪が定着する。
今まであやふやな形を保っていた令呪は、サーヴァントとの契約により明白な形となって右手の甲に刻まれた。
令呪は、氷の城を象ったような意匠だった。
右手に宿った令呪を確認すると、結祈は改めて自らが現世に招いたサーヴァントと相対する。
サーヴァント、キャスター。
真名をアナスタシア・ニコラエブナ・ロマノヴァ。
ロマノフ王朝の第四皇女として、有名な偉人だ。
ステータスは魔力以外の値が低いが、キャスターとしての召喚ならばステータス自体は問題じゃない。
「これからよろしく、キャスター」
そう言ってキャスターに右手を差し出すが、キャスターはそれをすげなく拒否する。
最初の契約だけ交わすと、キャスターは即座に霊体化して見えなくなる。
すぐ側に気配があるので、いなくなったわけではないのだろうが。
これからの前途多難ぶりを思って、苦笑する。
そうしていると、結界内に何者かが侵入してきた気配を察知する。
気配の大きさからいって、十中八九使い魔の類いだろう。
地下室から上がり、庭先に出るとそこには一羽の灰色の鳩が鎮座していた。
何の感情も窺わせない鳥独特の目をせわしなく動かし、口に咥えていた紙をぺっと吐き捨てた。
それで鳩は用は済んだと言わんばかりに飛んでいく。
結祈がそれを拾い上げると、紙に目を走らせる。
「・・・出掛けるよ、キャスター」
『何処にですか?』
キャスターが反応した事を内心で意外に感じながら、行き先を告げる。
「場所は教会。シギショアラの山上教会だってさ」
******
結祈は、指定された教会に向かうために天蓋付きの階段を一歩ずつ登っていた。
霊体化していて見えないが、すぐ近くにはキャスターの気配もある。
172段あると言われているこの階段は、シギショアラの観光名所として有名な場所だ。
しかし、山上の教会に協会側が居を構えている影響で、ここには人払いの為の結界が張られている。
そのため、朝日に照らされた階段は、キャスターと結祈の貸し切り状態となっていた。
階段を登り切ると、時刻を確認する。
現時刻は9時50分。
約束の刻限には、10分ほど早い。
少し早いが、問題はないと判断して教会の扉に手をかけた。
重い扉を開いて内部に踏み込むと、身廊の向こう側ーーー祭壇の前に一人の男が佇んでいた。
彼は、結祈の姿に気がつくと微笑んだ。
「ーーーーようこそ」
「貴方が監督官のシロウ・コトミネ?」
「ええ、そういう貴女は衛宮結祈さんで良いですね?」
その言葉に頷くいてから、近くの長椅子に座ると、結祈は教会内を軽く見渡す。
その行動に違和感を覚えたシロウが声をかけるより先に、結祈は自らの目的を明かした。
「他のマスターたちは?」
「ああ、彼らなら戦争の準備を進めていますよ。お会いしたい人でも?」
「いや、いないのなら構わない。私は他の魔術師からは嫌われているからね」
魔術師たちにとって魔術は探求であり、間違っても金を稼ぐ為のものではない。
その魔術を小金稼ぎに使うものを、魔術師たちは嫌悪と侮蔑を込めて魔術使いと呼ぶ。
結祈もまた、そんな魔術使いの一人だ。
小金稼ぎの為に魔術を振るい、理不尽の行き交う戦場に好き好んで首を突っ込む。
そのような魔術使いは、少ないながらもいないわけではない。
しかし、結祈はその中でも別格の嫌われ具合だ。
その原因は、彼女の父親に起因する。
彼女の父親、衛宮切嗣は魔術師殺しと恐れられた魔術使いだ。
魔術師として魔術師を知るが故に、もっとも魔術師らしからぬ方法で魔術師を追い詰める暗殺者。
彼の存在は、ある深度にいるものならば知らぬものがないほどに恐れられていた。
その魔術師殺しの業の全てを受け継いだ2代目魔術師殺し。
それが、衛宮結祈である。
そのせいで、彼女は魔術師だけでなく、同じ魔術使いにさえ蛇蝎の如く嫌われている。
「・・・なるほど。では、他のマスターの方々とは会わない方がいいですね」
「そうしてくれるとありがたい」
「ちなみに、お連れのサーヴァントは実体化させないのですか?」
その言葉に、結祈は一瞬迷ったが、結局、キャスターとのラインを接続した。
たちまち金色の粒子とともに、“赤”のキャスター、アナスタシアが出現する。
キャスターは実体化すると、結祈を護衛するかのように油断なく周囲を見据え始める。
それを不審に思った結祈が、キャスターに念話で呼びかける。
『キャスター?』
『油断しないで、マスター。あの男、どことなく胡散臭いわ』
キャスターの言葉に、内心で頷く。
この教会に来て最初に見た彼の微笑み。
あれは、達観の笑みだ。
この世の全てに諦めきって、悟ったような笑顔。
とてもではないが、二十を超えてもいない人間が浮かべていいものではない。
それにキャスターは第四皇女として、腹に一物をもった人間と接してきている筈だ。
彼女の言葉なら信用できる。
急に黙ったこちらを不審に思ったのか、シロウが声をかけてくる。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも。それより、そちらこそサーヴァントを実体化させないのですか?」
「そうですね。失礼しました。ーーー実体化しなさい、アサシン」
「心得たぞ、我が主」
突如響いた声に、結祈はぎょっとして立ち上がる。
自分が座っていた長椅子のすぐ隣で、アサシンが実体化したのだ。
「・・・・・アサシンのサーヴァント」
アサシンは現界する際、クラス別スキルとして『気配遮断』を獲得できる。
霊体化した状態で、『気配遮断』を行ってしまえば攻撃体制に移らない限り、こちらは察知できない。
それを破るには、同ランク以上の気配遮断を有しているか、キャスターのクラス別スキル『陣地作成』で制作した工房内でなくては不可能だろう。
「我は“赤”のアサシン。よろしく頼むぞ、衛宮とやら」
甘い香りが漂っていた。
暗闇のようなドレスを身に纏った退廃的な美女は、うっすらと微笑みながら結祈の手に指を這わせる。
それをさりげなくかわして、“赤”のアサシンから三歩離れる。
結祈がアサシンと離れたことで出来た空間に、キャスターが割り込む。
白い雪のような髪を持つキャスターと、濡れたような美しい黒髪を持つアサシン。
二人の姿は、あまりにも対照的だった。
「アサシン」
「分かっておる」
自身のマスターたるシロウの指示に従って、アサシンはシロウの後ろに下がる。
現状では漠然とした予感に過ぎないが、キャスターとアサシンの相性はすこぶる悪そうだ。
「さて、早速ですが現状の報告です。ユグドミレニア一族は、既に六騎のサーヴァントを保有しています。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、キャスター・・・・・唯一、アサシンだけが合流を果たせていないようです」
「真名が分かったものは?」
「現時点では残念ながら一人も掴んでいません。まあ、直接戦ったわけではないので当然といえば当然ですが。六騎のステータス程度なら、既に確認できています」
シロウが懐から取り出した資料を受け取ると、軽く目を通す。
セイバー、アーチャー、ランサーの三騎を除けば、敵陣営のサーヴァントのステータスは意外なほどに低い。
もちろん、ステータスだけで敵のサーヴァントを侮る事はないが、それでも肩透かし感は拭えない。
資料から顔を上げると、今度はこちら側のサーヴァントの情報を聞く。
「それで、こちら側のサーヴァントは?」
「悪くはありませんよ。どのサーヴァントも名のある英霊ばかりですし、特にランサーとライダーは、最高クラスのサーヴァントです」
「ーーーへぇ」
魔術協会も今回の件には、特に力を入れているようだ。
シロウがそこまで断言するからには、余程強力な英霊なのだろう。
「それで、こちら側のサーヴァントの真名は?」
その言葉に、シロウは驚いたように目を見開いた。
後ろにいるアサシンも驚きを露わにしている。
「どうしたの?」
「いえ、サーヴァントの真名の交換は嫌がる方が多いので。少し、意外でした」
ーーーでしょうね。
そう、内心で呟く。
そもそも、真名とはサーヴァントの最重要情報だ。
その真名を知っているだけで、必然的に宝具、弱点、得意分野に至るまで推測されてしまう。
サーヴァントにとっては、まさにアキレス腱に等しい存在だ。
しかしーーー。
「私のサーヴァントの真名は、アナスタシア。ロシア帝国の皇族の一人です」
キャスターの真名は、アナスタシア・ニコラエヴナ。
彼女は世界中で有名な偉人ではあっても、戦う者ではない。
故に、伝承を紐解いても彼女のスキル、宝具を推測することは困難を極める。
真名の開示は、彼女にとってそこまでの痛手にはならない。
「では、“赤”の陣営のサーヴァントの真名をお教えしましょう」
そう言って、シロウは懐からもう一枚の資料を取り出した。
中に書いてあるのは、赤のサーヴァントたちのステータスを始めとする情報。
“赤”の陣営の肝となる、サーヴァントの真名まで仔細に書き込まれたそれは、赤の陣営の最重要機密と呼ぶべき情報だ。
赤のランサー、カルナ。
赤のアーチャー、アタランテ。
赤のライダー、アキレウス。
赤のアサシン、セミラミス。
赤のバーサーカー、スパルタクス。
何れも劣らぬ一騎当千の大英雄たちだ。
ただ、赤のセイバーに関する情報については一行たりとも載っていない。
「赤のセイバーの真名は?」
「残念ながら、セイバーのマスターが情報提供を拒んだため、現状ではセイバーの真名は不明です」
「・・・・そう」
なら、ここに留まる意味はもうないな。
そう判断して、資料をシロウに返すとシロウとアサシンに背を向ける。
「おや、どちらに?」
「自分の拠点に」
結祈の言葉に、アサシンが眉根を寄せる。
「我々と協力するつもりはないと?」
「いや、協力するつもりはある。こちらが手に入れた情報は伝えるし、貴方達の指示に従うのも構わない。ただ、行動を共にする気はない。私は嫌われ者だし、帝が同じ空間に二人いるのもよろしくない」
古今東西において、王と呼ばれるものは須らく強力な我意を持つ。
或いは、理想、欲望と呼んでもいいが。
それぞれ別々の王道を掲げる彼らが、同じ空間にいれば衝突は必至。
些細な諍い程度であれば構わないが、内部分裂に派生するのはよろしくない。
宝具を使っての殺し合いなど論外だ。
しかし、その可能性がないと言えないのが王様系サーヴァントの厄介な点なのだ。
「そうですか、残念です。では、こちらからの指示は追って使い魔を通して伝えます」
「いや、それには及ばない」
コートのポケットから取り出した携帯電話を、シロウに向かって放り投げる。
放物線を描いて飛来する携帯電話を危なげなく受け取ると、シロウは笑みを浮かべる。
「ああ、最後に質問です」
「何?」
「ロシア帝国の皇族、アナスタシアとは、一体どのアナスタシアなのでしょう?」
その質問に対して、結祈は初めてにこやかな笑みを浮かべる。
「・・・・内緒です」
そう答えたのを最後に、教会から出る結祈。
キャスターもまた、それに追随した。