Fate/Distorted Apocrypha 作:三日月瑞樹
結祈は教会から出ると、のんびりと階段を下り始めた。
傍では、キャスターが実体化したまま共に階段を下っている。
身につけた腕時計で時間を確認すると、時刻は既に10時30分。
会合は、約30分程続いていたようだ。
しばらく歩いていると、キャスターが口を開いた。
「マスター、貴女って意外と性格が悪いのね」
「そう?」
「策謀家とでも言い換えましょうか?まさか、私の真名を教えずに自陣営のサーヴァントの真名だけを聞き出すなんて」
「人聞きが悪い。私はキチンと貴女の真名を教えたじゃない」
「そうね、
キャスターの真名は、ロシアでは決して珍しい名前ではない。
アナスタシアという名前の偉人は、キャスターを含めて六人いる。
その中から、ロシアの皇族だけに絞っても四人。
加えて、アナスタシア・ニコラエヴナという名の偉人もキャスター含めて二人いる。
先ほど、シロウに告げたアナスタシアという名は、確かに真名ではあるが、同じ真名を持つものが複数いることで、キャスターの正体を絞り込むことが出来なくなる。
つまり、先程の真名交換は何ら無意味であり、アサシンとシロウの二人は情報を奪われただけの形となる。
それに激怒して追っ手を差し向けてくる可能性も考慮していたが、最後のシロウの様子からすると恐らくないだろう。
そんな訳で、二人はのんびりと階段を下っているのである。
しばらく無言のままで階段を下っていると、すぐ近くにサーヴァントの気配を察知した。
追っ手を差し向けてきたのかと、戦闘態勢を整えた二人の前でサーヴァントが実体化する。
戦闘準備をしてサーヴァントの実体化を待っていた二人は、そのサーヴァントの異形に思わず驚愕した。
「「は?」」
ーーーーその男は、
不意にそんな喩えが思いつく程の異形に、思わず声が漏れる。
青白い肌に刻まれた無数の傷跡は、彼が凄まじいまでの修練と戦績を積み上げてきたことを伺わせる。
腕はまるで鰐の胴体のような太さで、一度振るわれればあらゆる全てを吹き飛ばすだろう。
大胸筋は何も着用していないにも関わらず、全身鎧のような頑強さであることは明瞭だ。
ゆったりと動く足はマンモスの後肢のような力強さがある。
そして何より、その表情。
常に微笑をたたえるその表情は、穏やかだなどより不気味さを第一に感じさせる。
呆然としていると、バーサーカーがその見た目に反した精悍な声で話しかけてきた。
「戦場に招かれた闘士がまた一人。喜ぶがいい、ここは無数の圧政者に満ちた戦いの園だ」
会話の意図を読み取れずに、呆然としているとバーサーカーが、ずいっと、顔を近づけてきた。
バーサーカーの顔を間近で見たことでもれそうになる悲鳴を必死に抑え、バーサーカーの目を見つめる。
「叛逆の勇士よ、その名を我が前に示す時だ。共に自由の青空の下で悪逆の帝国に反旗を翻し、叫ぼう」
「???」
流石はバーサーカーと言うべきか、会話が全く成立していない。
具体的な意味はまるで分からないが、取り敢えず聞かれたことには答える。
「キャスターのマスター、衛宮結祈」
「勇士よ、圧政者どもの居城の名を叫べ。ならば、我が剣にて居城もろとも吹き飛ばそう」
「“黒”の陣営の拠点なら、ミレニア城塞だって聞いてるけど」
「ほう、そうか。そこに居たのか、圧政者よ!!」
そう言うと、バーサーカーは脇目も振らずにミレニア城塞があるであろう方向に歩き出した。
完全に置き去りにされて、思わず思考が止まる。
思わずキャスターを仰ぎ見ると、キャスターもぽかんとした表情を浮かべていた。
しばらくの間呆然としていたキャスターが、我に返ったように首を振った。
「よく会話が成立しましたね、マスター」
「・・・・・なんとなく?」
そう言って、結祈も誤魔化す様な笑みを浮かべる。
キャスターと結祈の間に、暫く微妙な空気が流れる。
その空気を軽い咳払いで晴らすと、今度こそ黙って階段を降り始めた。
*******
かくして“黒”の七騎と“赤”の七騎が出揃い、一夜が明けた。
時計塔からの脱却を謀る魔術師一族ユグドミレニア。
それを許さず、大聖杯の奪還を目的とする時計塔が雇った魔術師たち。
降伏も和平もなく、交渉の余地はない。
まさに殲滅戦、死に物狂いの殺し合いーーーとはいえ、大方の戦争がそうであるように、始まりは静かなものだ。
序盤はまだ様子見の段階。
その余暇を利用して、サーヴァントとコミュニケーションを取る者。
驕り高ぶった面持ちで、悠々と杯を傾ける者。
今後の見通しを立て、入念な準備をする者、などなど。
序盤の時間の使い方はそれぞれだ。
そんな中、キャスターと結祈の二人は、その余暇をコミュニケーションの為に費やしていた。
「マスター、貴女は一体どうするつもりなの?」
「何が?」
場所はトリファスで有名なカフェテラスの一角。
そこで、キャスターと結祈はのんびりとモーニングを食べていた。
キャスターの目の前にあるのは、一杯のブレンドコーヒーと、サンドイッチ。
結祈の目の前にも同じものが並んでいた。
朝早いこともあり多少混み合っているが、雑談する余裕が無いほどでもない。
余談だが、キャスターの現在の格好は青いワンピース。
格好を当世風にしただけでは本人の気品は誤魔化せないが、ドレス姿で歩き回るよりは幾分かマシな筈だ。
砂糖とクリームが多めに入れられたコーヒーで喉を潤すと、結祈は改めてキャスターに向き直った。
「この聖杯大戦のことよ。こんなところで呑気にモーニングを食べている暇があるの?」
「まあ、まだ序盤だしね。今からセコセコと忙しく働くよりは、キャスターとモーニングを食べていた方が百倍有益だよ」
「・・・・そう」
渋々といった表情で頷くと、キャスターは自分の分のコーヒーに口をつけた。
キャスターは冗談として片付けたようだが、結祈からすれば先の言葉は紛れもない本音である。
聖杯大戦はその特性上、サーヴァント不在のマスターというものが存在しやすい。
その為、サーヴァントと確たる絆を結べないマスターには裏切りによる死が待っている。
何しろサーヴァントからすれば、マスターなど誰でもいいのだ。
“黒”だろうと“赤”だろうと、サーヴァントにとって重要なのは自身の願いのみ。
馬が合わないマスターなら即座に切り捨て、敵陣営のマスターに乗り換えても何ら問題がないのである。
故にマスターたちにとって重要なのは、速やかに自らのサーヴァントと絆を結ぶこと。
それに失敗したマスターから、次々と脱落していくからだ。
そう思いながらコーヒーに口をつけようとしたところで、コートの胸ポケットに入れておいた電話が鳴る。
通話ボタンを押して電話に出ると、かけてきた相手は例のコトミネ神父だった。
『もしもし、衛宮さんですね?』
「ええ、何か緊急の事態でも?」
『はい。バーサーカーが暴走を開始したようで、シギショアラから歩いてミレニア城塞に向かっているのです』
「はあ!?」
驚愕に思わず声を荒げると、キャスターが怪訝な目を向ける。
それすら気にならないほどに狼狽した様子で、結祈は電話越しのシロウを問い詰める。
「今すぐに令呪を使ってバーサーカーの暴走を抑えなさい!」
『残念ながら、狂化のランクが高すぎます。加えて、彼ならば令呪で制したところで時間が経てば同じ事をするでしょう』
落ち着き払ったシロウの様子が、段々と結祈を苛立たせていく。
結祈は深呼吸して苛立ちを抑えると、カップの中身を一気に煽る。
結祈の脳裏によぎるのは昨日の朝にバーサーカーと交わした会話。
あれが原因でバーサーカーが暴走を始めたというのならーーー。
「私はこれからバーサーカーの暴走を制しに行きます。コトミネ神父は、バーサーカーの進路を予測してその周辺の人払いをしてください」
『構いませんが、貴女がそこまでする理由は何ですか?』
「それはそんなに重要な話?」
『まあ、そうですね。率直に言えば信用が出来ません。私もそれなりに魔術師の方々の考え方には詳しいつもりです。魔術師が利益がでそうもないことに重い腰を上げるなど、まずあり得ませんから』
シロウの言っていることはとても正しい。
2代目魔術師殺しの異名を馳せる結祈は、魔術師たちがいかに奇矯で偏屈でエゴイストな
ある一面から見れば、彼らと汚職に勤しむ政治家との差など微々たるものだろう。
そんな魔術師たちの中では、結祈が今から放つ言葉など異端に過ぎる。
けれどーーー。
「私は、私の手の届く範囲内にいる人を見捨てられないだけ」
『ーーーーッ!』
「・・・・・・」
『・・・・そうですか。よく分かりました。それでは、これより監督官の仕事を始めますので私は手が離せなくなります。既にアーチャーとライダーがバーサーカーの制止に向かっていますので、彼らと協力してことに当たって下さい』
「了解」
電話を切るとサンドイッチを頬張っているキャスターに声をかける。
「出かけるよ、キャスター」
「またですか?」
「そう、また」
そう言って会計を済ませると、バーサーカーの現在位置を捕捉する為に一旦拠点へ戻る。
制止が叶わなかった場合は“黒”の陣営との戦闘になる為、戦闘準備も忘れない。
手早く戦闘準備を終えると、使い魔たちを放ってバーサーカーを探す。
程なくして、バーサーカーを捕捉した使い魔が帰ってくる。
使い魔が捕捉したバーサーカーの現在地は、トゥリファス東部。
このペースなら、夕暮れにはイデアル森林に到着するだろう。
ならばいたずらにバーサーカーを追うより、イデアル森林で待ち伏せる方が得策だ。
そう判断して、結祈はバスを乗り継いでイデアル森林の近くまで移動を始めた。
キャスターと結祈にとっての初戦が、目前にまで迫ってきていた。