Fate/Distorted Apocrypha 作:三日月瑞樹
イデアル森林。
“赤”のバーサーカーによる暴虐の渦に巻き込まれた破壊と虐殺の園に、二人の魔術師の叡智を尽くした魔術が飛びかう。
“赤”のキャスターが手をかざせば、そこには凍気の渦が発生し、“黒”のキャスターの指揮でゴーレムたちが凍気から主人を守る。
“黒”のキャスターの位置は戦闘開始から僅かも動いていない。
対して、“赤”のキャスターはその位置を目まぐるしく変えながら氷の魔術を放っている。
攻撃の度に着実に“黒”のキャスターのゴーレムを凍らせてはいるが、“黒”のキャスターが指を鳴らす度にどこからともなくゴーレムをが出現する。
戦況は千日手の様相を呈していた。
“赤”のキャスターの攻撃はゴーレムに防がれ、“黒”のキャスターのゴーレムによる鈍重な攻撃は“赤”のキャスターを捉えられない。
拮抗した状況を覆せぬままに、ただ時間だけが過ぎていく。
“黒”のキャスターにとっては兎も角、このまま無為に時間を過ごしたのでは“赤”のキャスターにとっては敗北だ。
“赤”のキャスターの攻撃に焦燥が見え始め、威力に重きを置いた大雑把な攻撃が増えてきた。
当然、それを見逃す“黒”のキャスターではない。
“赤”のキャスターの攻撃を防ぎつつ、十体のゴーレムの内の一体を瓦礫の影に忍ばせておく。
そうして次々と襲い来る凍気の渦を防ぎ、“赤”のキャスターが見せた一瞬の隙に忍ばせたゴーレムを動かして“赤”のキャスターに向けて青銅の拳を振るう。
直前で気付いて辛うじて青銅の拳を防ぐ“赤”のキャスターだったが、それが限界だ。
その後に続く、残り九体のゴーレムによる一斉攻撃を防ぐ余力はない。
その瞬間、確かに“黒”のキャスターは勝利を確信していた。
だから、それに気づいたのは全くの偶然だった。
勝利を確信した次の瞬間、“黒”のキャスターは確かに見た。
自身の頭蓋をめがけて飛来する数本の
攻撃に回したゴーレムを咄嗟に防御に回す。
咄嗟の判断で致命傷は免れたが、“黒”のキャスターの右足は凍りつき、自由に動かせるようになるにはしばらくかかるだろう。
それだけではない。
“赤”のキャスターは“黒”のキャスターの足が止まった隙に、“黒”のキャスターの戦い方にとって、致命的とでもいうべき行動に出た。
戦闘の舞台となっているイデアル森林一帯を氷で覆ったのだ。
その氷は、“黒”のキャスターと“赤”のキャスターのいる空白地帯だけではなく、“赤”のライダー達が戦っている場所にまで及んでいた。
「なるほど。これは・・・」
“黒”のキャスターが思わず呻いた。
凍らせる範囲を広げた分、“黒”のキャスターの足を止めるほどの威力はない。
しかし、この行動は“黒”のキャスターにとって致命的ともいえるものだった。
「一体、いつから気付いていた?」
「確信したのは、ついさっきよ」
先程から“黒”のキャスターの合図で無造作に湧き出て来るゴーレムたち。
当然だが、あれは“黒”のキャスターがその場で作り上げているわけではない。
では何故、何もないところからゴーレムが無造作に湧き出て来るかというと、あらかじめ周囲に潜ませておいたゴーレムたちを起動しているのである。
例えば、倒壊した木の下、散乱している瓦礫の影、ホムンクルスの死体が群がる地面の中。
巨体のゴーレムといえど、この森林の中なら隠す場所には事欠かない。
しかし、“赤”のキャスターが周囲を凍らせた事で、あらかじめ隠されていたゴーレムたちはその場所から出ることが出来なくなった。
「貴方の手駒は、もう貴方が従えている十体のゴーレムだけ」
「・・・・・・・」
今まで“黒”のキャスターは、“赤”のキャスターの攻撃をゴーレム一体を犠牲にすることで防いで来た。
ついさっきまではその戦い方でも問題はなかったのだ。
いくらゴーレムを犠牲にしようと、地中に潜ませたゴーレムを起動するだけで自身で操作できる最大数のゴーレムが確保できたのだから。
しかし、もうその戦い方はできない。
自身で積極的に動いて“赤”のキャスターの攻撃を回避しようにも、先程の攻防で機動力を削がれた。
“黒”のキャスターは、後たったの数回の攻防で“赤”のキャスターを打倒せねばならない。
“黒”のキャスターは、はっきりと自身の不利を実感した。
「これで詰みよ」
そう言って、“赤”のキャスターが手をかざした。
直後に放たれる凍気の渦。
咄嗟にゴーレムを操って防御するが、これで更に形勢は不利になった。
この場では勝ち目はないと即座に判断した“黒”のキャスターが虚空に向かって叫んだ。
「マスター!!」
直後、“黒”のキャスターの姿はその場から消え、後には静寂のみが残った。
“赤”のキャスターは、直前の“黒”のキャスターの言葉から令呪による空間転移だと察する。
今回の戦闘の結果としては、“黒”のキャスターに重傷を負わせ、令呪までも使わせた。
これで長期的に見れば優位に立ったと言えるだろう。
しかし、
「なるほど、上手く足止めされたわね」
既に“赤”のバーサーカーは敗れ、“赤”のライダー、“赤”のアーチャーも撤退を始めたようだ。
程なくしてこの場所にも敵のサーヴァントが押し寄せて来るだろう。
「ここが引き時かしら」
そう、“赤”のキャスターは独りごちると霊体化してその場を後にした。
直後にホムンクルスたちがなだれ込むも、彼らが目にしたのは氷漬けの森林だけだった。
********
ミレニア城塞の東側には、見るからに険しい山がある。
その山をかき分けて進む無音の影がある。
言うまでもなく、その影の正体は衛宮結祈だ。
山道には幻惑の魔術を始めとする様々な魔術が仕掛けられているが、その程度のトラップに引っかかる結祈ではない。
2代目魔術師殺しとしての手腕を存分に発揮し、結界が敷き詰められた山道を進んでいく。
“赤”のキャスターの戦いが終わる一時間後には、山道の中腹に差し掛かっていた。
暗闇に沈んだ森は、とても静かだ。
風が吹くたびに草木が揺れる些細な音を除けば、鳥の鳴き声すら聞こえない。
そんな状況だったからだろう。
少し離れた場所から、怒声のようなものが聞こえた。
声が聞こえた途端、結祈は即座に撤退を選択した。
その判断はいっそ潔いほどで、数多の魔術トラップを乗り越えてまでやってきた未練を感じさせぬものだった。
しかしーーー声が聞こえたのだ。
「莫迦野郎ッ!!キミは何を考えているんだ!?躊躇うな!諦めるな!生きようと思ったんだろう!?死にたくないと訴えただろう!?だったら、最後までやってみたっていいじゃないか!キミには、その権利があるッ!!誰が何と言おうと、このアストルフォが認めてやる!!」
退転しようとした結祈の足が止まる。
それはプロとしてはあまりにもあり得ない選択だった。
こんなミレニア城塞の近辺で大声を上げているとなれば、十中八九“黒”の陣営の関係者。
最悪、サーヴァントの可能性もある。
そんな状況に不用意に首を突っ込むなんて、プロどころか魔術師失格だ。
けど、その願いを聞き逃すことはできない。
『一人でも多くの人間が救われる』
それが、結祈が父から引き継いだ唯一の願いだ。
窮地にいる誰かがいて、それを見逃すことが正しいとは結祈には思えない。
一度、大きなため息をつく。
そうして顔を上げると、声の聞こえた方向に向けて暗闇の森を疾走する。
走り着いたその先で、結祈が目にしたのは、瀕死のホムンクルスが一体と、ホムンクルスの前で跪く二騎の“黒”のサーヴァント、そして気絶したどちらかのマスターと思しき魔術師だった。
突如現れた闖入者に対して、二騎のサーヴァントは同時に武器を取った。
サーヴァントが英霊である以上、敵を前にして武器を取らない理由などない。
しかし、二騎のサーヴァントにとって闖入者が次にとった行動は完全に予想外だった。
結祈は無造作にホムンクルスに近ずくと、その手を取った。
予想外の行動に、二騎のサーヴァントが呆然としているのを尻目に、瀕死のホムンクルスの治療を始める。
治癒を開始し始めたところで、二騎のサーヴァントの内の一騎がようやく我に帰った。
「って、キミは一体なにをしてるんだ」
「見て分からないの?治療だよ」
「いや、そうじゃなくて、キミは“赤”のマスターだろう?」
二騎のサーヴァントは戸惑ったように武器を下ろし、結祈に詰め寄る。
至近距離にまで接近してきた二騎のサーヴァントを、
「少し集中するから、静かにしてて」
という一言で引き剥がす。
現状、ホムンクルスの救済という意味では二騎のサーヴァントと結祈の利害は一致している。
結祈は敵の陣営のマスターではあるが、結祈の協力なしにホムンクルスの命は救えない。
結果、二騎のサーヴァントはどうすることも出来ずに互いの顔を見合わせることしかできないのだった。
しばらく時間が過ぎた後、結祈は首を鳴らしながら立ち上がった。
「どうしたの?」
桃色の髪のサーヴァントが、結祈の行動に疑問を呈するかのように顔を覗き込んできた。
結祈がそれに答える前に、瀕死だったホムンクルスが咳き込み始める。
その確かな生命の反応に、桃色の髪のサーヴァントは、慌ててホムンクルスの脈を取り、心音に耳を傾けた。
心臓の鼓動は、確かに力強くーーーー生命の脈動を、如実に伝えていた。
「生きてる・・・・良かった。良かった。良かった、良かった・・・・!!」
血に濡れた手を握り、汚れることも厭わずに頬をすり寄せる。
結祈は、そんな桃色の髪のサーヴァントの行動を見守りながら、大木に体を預けていると、自身に近づく気配を察知した。
結祈に近づいてきたのは、“黒”のセイバーだ。
大木に預けていた体重を戻して警戒態勢を整える結祈の前で、“黒”のセイバーが頭を下げた。
「礼を言う、“赤”のマスター。あなたが居なければ、道を違えて、迷い、惑い、最悪の一手を選択するだけで終わっていた。彼を救ってくれたこと、“黒”のライダー共々、礼を言う」
腰を深く折り曲げて、重ねて礼を言う“黒”のセイバー。
未だにホムンクルスに縋り付いている“黒”のライダーとの違いに、思わず苦笑する。
感激のあまり啜り泣いていた“黒”のライダーの手を借りて、ホムンクルスが立ち上がる。
治癒は成功したとはいえ、失われた体力までもが戻るわけではない。
軽く咳き込みながら立ち上がったホムンクルスは、“黒”のセイバーと同じ様に頭を下げた。
続いて、礼の言葉を言おうとしたようだが、咳き込んでしまって言葉にならない。
結祈は、そんな状態のホムンクルスを、再び寝かせるように“黒”のライダーに指示を下す。
その指示に従ってホムンクルスを地面に寝かせると、“黒”のライダーが改めてこちらを向いた。
「ありがとう。彼を助けてくれて、本当にありがとう」
涙で瞳を潤ませて、感謝の意を示す“黒”のライダー。
英雄というより、可憐な
「“赤”のマスター。俺に可能な範囲で、あなたに礼をしたい。何か、望みがあれば言って欲しい」
「な、何を言っているんだ!?」
“黒”のセイバーのその言葉に、“黒”のライダーがその声を荒げる。
結祈もまた、軽く目を見開いた。
“黒”のライダーの言葉にも答えず、黙って結祈の言葉を待つ“黒”のセイバー。
その覚悟を感じ取ったのか、“黒”のライダーも次第に声を収めていった。
二騎のサーヴァントが口を噤んだのを見て、結祈は“黒”のセイバーに願いを言う。
「そう、それじゃあ。その剣で手を打とう」
「・・・・分かった」
“黒”のセイバーは、結祈の願いを聞き届けると背中の大剣を結祈に差し出す。
“黒”のライダーも、その行動に口を挟むことなく見守っていた。
滞りなく大剣の所有権が結祈に移ったのを見て、“黒”のライダーが愚痴を言うように口を開いた。
「全く、どうなったて知らないよ?」
「ああ、覚悟の上だ」
“黒”のセイバーの清廉な瞳に、反論する気力を失ったかのように“黒”のライダーは項垂れる。
先行きは未だ不安なれど、今は彼が救われたことを喜ぼう。
暗闇の森に、一筋の風が吹きすぎていった。