同族嫌悪。
俺の名前は河村優衣。よく間違われるが「ゆい」ではなく「ゆうい」だ。自分でも変わった名前だと思う。好きな食べ物はザクロ、誕生日は7月11日、身長は165cm、体重54kgと、至って普通の男子高校生だ。
そんな俺が東京の高校に転校して来た。理由は色々あったが、まぁ早い話が親の転勤って奴だ。
今は引越しを終えて、両親は自分の部屋の整理をしていて、俺は新しい俺の部屋でゴロゴロしていた。
いやー、新しい部屋ってのは良いもんだなぁ。なんだか良い匂いするし心地良いし我が物感がすごい。
あ、そういえば、窓の外の風景はどんな感じなのかなー。そう思ってなんとなく窓を開けた俺を誰が攻められよう。
「よっと」
シャッとカーテンを開けると、お隣の女性が着替え中だった。下着姿の女性とガッツリ目があった。
「……」
「……」
それが俺とその女性の最初の出会いだった。なんてそれっぽいモノローグを入れてみたけど、早い話がカーテン開けたらいつのまにか覗き魔になってただけだ。
しばらくフリーズすること数秒前間、向こうの女性もフリーズしていたが、ハッと向こうが先に機能し始め、スマホを取り出して何処かに電話し始めた。
「って待て!通報するな!」
窓を開けて慌てて叫ぶと、向こうの女性はカーテン閉めた。あ、あのやろっ……!いや確かに覗いたには覗いたがわざとじゃない。
「待てっつってんだろうが!オイハゲ!」
「……禿げてないわよ」
カーテンと窓が再び開いた。今度はちゃんと着替えを済ませている。というか、見られたんだから少しは恥じらえや。
「何?新手の変態?」
「違うっつーの!とりあえず通報すんな!」
「してないわよ。ただ、友達に愚痴っただけ」
「尚更タチ悪くね⁉︎少なくとも知り合いの女子に広まったってことでしょ⁉︎」
「で、何?通報されたいの?」
「するなっつってんだよ!たまたまカーテン開けたらあんたが着替えてだけなんだっつの!」
「随分とタイミング良くカーテン開けたものね」
「偶然だっつの本当に!覗きだとしたら堂々とし過ぎだろ!」
「言い訳がスラスラ出て来てる時点でこうなることを予測してたんじゃないの?計算高い変態ね」
……あったま来たわ。キレると一周回って冷静になるのは俺の良いとこかもしれない。
「大体、私室だからってカーテン開けて着替えてる痴女に変態呼ばわりされたくねーよ」
「……誰が痴女ですって?」
「お前だよ。誰と会話してんのかわかってねぇのか、変わったタイプのバカだな」
「バカ?それはあなたじゃないかしら?あなた、外の様子を見たところだと引っ越してきたんでしょ?前までそこの部屋には誰も住んでなかったの。だからカーテン開けてても気にならなかったの。そんなこと、考えればわかるんじゃないかしら?」
「つまり、誰もいないと分かってたから開放的な気分に浸りたかったわけか。露出癖とか高度な変態だな」
「……は?」
「……あ?」
バチバチ、と火花が散りそうな勢いで睨み合う俺と目の前の女。男なら五回は殺してる所だ。
「大体、過程はどうあれ結果的にはあんたが人の裸見たんだからそっちから謝るべきなんじゃないの?」
「テメェが通報するような仕草をすっからだろうが」
「通報する仕草、というのはあなたの被害妄想でしょ?」
「あのタイミングなら誰だってそう思うだろうが。運動会してる学校の付近で警官が拳銃ぶっ放した所為でフライングになった小学生を責められるのかお前は」
「一言謝れば良いだけなのに……ホントに通報してやろうかしら」
「あ?やってみろや。しても良いけど『いやどっちもどっちでしょ』って言われんのがオチだろ」
「どっちもどっち、の時点で謝っても良いんじゃないの?自分の言動に存在する矛盾に気づいてる?」
「どこまで上からのスタンスなんだテメェは。その提案をした時に自分が謝るって選択肢出ないあたりがスゲェわ」
「私別に悪いことしてないし」
……可愛い面してんのにムカつくなこの女。まさに一触即発といった空気の中、下の階からお袋の声が聞こえてきた。
「一行、ご近所に挨拶!」
それ俺も行くのか。というか軍隊?
まぁ、良い区切りかもしれない。
特に何も挨拶することなく、俺は窓とカーテンを閉めた。あの女の顔はこれ以上見たくなかったからだ。
お隣同士の以上、顔を合わせる事は無いことも無いかもしれないが、まぁお隣同士なんて案外顔合わさないものだ。
あの容姿だと間違いなく大学生以上だろうし、関わる事はなさそうだな。
そう言い聞かせて、とりあえずご近所の挨拶をしに行った。
×××
GW中に引っ越してきたので、しばらく学校は休み。
よって、道に迷わないように学校への道のりを覚えなければならない。ついでに言うとコンビニとかの場所も把握しておきたい。今日ジャンプの発売日だし。
そう思って、ご近所の挨拶を終えて家を出ると、ちょうど隣からさっきのムカつく女が出てきた。
目が合った直後、二人揃って眉間にシワが寄り、女の方から声をかけてきた。
「……ちょっと、人の顔見るなりそういう顔すんのやめてくれる?」
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」
「あんたが先に変な顔したのが悪いんでしょ?」
「どっちが先に変な顔したかなんて分からないのによく言えるなテメェ。こうして冤罪って生まれるんだなー。お前みたいな奴が電車の中で痴漢だなんだって騒ぎ立てるんだよ」
「は?別に騒ぎ立てたことなんてないけど?自信満々に変な予測立てておいて外させちゃうなんて恥ずかしい人ね」
「恥ずかしいのはお前だろ痴女」
「なんか言ったかしら覗き魔」
マジで喧嘩したろうかこの女。そう思って二人でメンチを切り合ったが、こんな奴を相手にしてても時間の無駄だ。
そう思って顔を背けると、同じことを思ったのか向こうの女も顔を背け、お互いに全く正反対の方向に進んだ。
とりあえずコンビニに向かう事にした。音楽を聴きながらボンヤリと街並みを眺めながら歩く。東京っつっても、こういう……なんていうの?住居が並んでる場所は他の県と基本的に変わらないな。他の県と言っても神奈川しか知らないけど。
強いて違いを言うなら駅の大きさかな。何処からでも駅の一部が見えるくらいにデカい。
そんな事を考えながら歩いてるとコンビニに到着した。雑誌コーナーに向かうと、ファッション雑誌を立ち読みしてるさっきの女と出会した。
「……」
「……」
速攻で目が合い、早速メンチを切りそうになったが、ここは俺が大人になった。無視してジャンプを手早く手に取ってレジに向かった。
チッ、ついてねーな今日は。なんでこんなすぐに嫌な奴と何度も出会さなきゃいけねーんだ。
心の中で舌打ちしながら、音楽を聴きつつジャンプに目を落とした。やっぱこのDr.ストーンって面白いよな。変な雑学も身につくし読んで損はない。単行本も買おう。
……しかし、少し腹減ったな。ファミレスにでも行くか。ちょうど昼飯に良い時間だし。金あんまないからサイゼで良いや。安くて美味いし。飯食った後は映画でも見に行こうかな。
そんな事を考えながらサイゼに入ると、割と混んでいて待機してる人もいた。というか、さっきの女だった。
「……」
「……」
目が合って固まること数秒、俺は店を出ようとした。何分だか知らないが、こいつと一緒に二人の空間にいるのはゴメンだ。
そう思ったのだが、店員さんが駆け寄ってきた。
「あの、お客様。あちらのお客様とご一緒の席で良ければご案内出来ますが……よろしいですか?」
「……」
「よろしければ、サービスで無料でコーヒーを付けさせていただきます」
……客は一人も逃がさないプロ根性……かと思ったら店の奥から店長がこっち見ていた。ああ、あなたの命令ですか。
ガッつき過ぎるとドン引きされるのは当然だが、ここの店長はそれに目を瞑ってでも客をゲットするらしい。
……もし、赤字が続いててまずいとかなら、俺の都合で拒否るのはなんか申し訳ないな。
「……良いですよ、俺は」
「では、ご案内致します」
言われて店員さんについて行くと、女の方も歩き始めた。どうやら、向こうもオーケーしていたようだ。
二人で店員さんの後に続いてると、向こうが声をかけてきた。
「何、あんたもオーケーしたんだ?」
「お前こそ。そんなに器の大きい人間には見えなかったな」
「別にあんたと一緒でも良いとかじゃないから。ただ、コーヒーサービスしてまでお客さんを呼び込もうとしてるって事は相当経営厳しいんだなって思っただけだから」
「なんで同じ理由で来てんだよ……。いや、まぁ俺はコーヒーのサービスなんて来なくても入ったけどね」
「は?私だってコーヒーなんていらなかったし。それどころかセットにプラス一品頼んだ上にデザートも頼む予定だったから」
「バカ、小せぇよ。俺はそれにドリンクバー付けてたね」
「は?それどころかお釣りお断りする予定だったから私」
「俺はその上で募金する予定だった」
「私は……」
「あの、お客様」
「「はい?」」
前から声をかけられて二人して返事をした。つーか、なんでハモってんだよ。
「他のお客様にご迷惑ですので……」
「「あ、す、すみません……」」
謝った直後、二人して再びにらみ合った。
「何?何なの?なんでハモらせてくんの?コーラス部なの?」
「あんたがハモらせてきてんでしょ?人が来るところに毎度毎度現れてさ。もしかしてストーカーなの?」
「何を痛々しい事を抜かしてんだテメェ。自意識過剰も大概に……」
「お客様、いい加減にしてもらえませんか?」
「「……すみません」」
「はいそこ、そこでまた言い合い始めたらキン肉バスターしますよ」
店員に止められたので、大人しく案内された席に着いた。
とりあえず何か頼もうと思ってメニューを手に取ると、向こうの女も一緒にメニューを手に取った。
直後、お互いに手に力が入り、ミシッとメニューから音がした。
「……おい、先に取ったの俺だろ?」
「いや、同時だから。ここは女の子に譲るべきじゃないの?レディファーストってご存知?」
「女の子ってどこ?悪いけど女性が『女の子』って呼べるのは19までだからね?」
「私、17なんだけど」
「え、マジ?」
「……何その反応」
……え、17?少なくとも20だろ。
「……え、おまっ……本当に17?」
「……あんたほんとぶっ飛ばすわよ一回」
「……すまん」
「どこで謝ってんのよあんた!」
いや、まさか本人も気にしてそうなところを突っ込んでしまうとは……。どんなに嫌いな奴でも、容姿に関する事は言っちゃいけない。
「……別に、大人っぽく見えるなんて言われ慣れてるから、今更そっちの件を謝らなくて良いわよ」
「……てことは、お前も学生服着るのか」
「その『お前』って言うのやめてくれる?私には速水奏って名前があんの。てかそれどういう意味?」
「似合いそうにないなって」
「さっき謝った意味!」
速水奏、ね。綺麗な名前だな。認めたくないが美人だし。これでこんな性格なんだから、ほんと人は見かけによらない。
というか、こうして会話してる間にも一切力を緩めてないメニューをいい加減離したい。
パッと力を抜くと、速水は後ろに手を引いて座席に肘を強打した。
「痛っ⁉︎あ、あんた何離してんの急に⁉︎」
「レディファースト(笑)なんだろ」
「あんた本当に……いや、もうやめておこう」
舌打ちをしながらもメニューを眺めた後に、決めたのかこっちに渡してきた。
まぁ、俺は小腹がすいた程度だしペペロンチーノで良いや。あと足りなさそうだから辛味チキンも。
店員を呼ぶと、さっきの店員さんが来た。とりあえず注文をし始めた。まずは速水からだ。
「お待たせ致しました、ご注文をお伺い致します」
「私はペペロンチーノで」
「あ、俺も」
「あと辛味チキン」
「それも俺も」
「……え、あんた本当なんなの?本気でストーカーなの?」
「こっちのセリフだよ!人の注文先読みしやがって!ニュータイプかテメェは!」
「私はただ小腹が空いた程度だし、パスタだけじゃ足りなさそうだから辛味チキンも頼んだだけよ!」
「なんで丸々思考が同じなんだっつんだよだから!」
すると、速水さんがジト目になって聞いてきた。
「あなた、転校する高校は⁉︎」
「☆☆☆高校!」
「好きな食べ物!」
「ザクロ!」
「これからの予定は⁉︎」
「暇潰しに映画!」
「あんたどこまで被せて来るのよ!」
「こっちのセリフだコラァ!」
お互いにヒートアップして来た時だ。「お客様」と冷たい声が店内に響き渡った。
二人して顔を上げると、店員さんがニコニコしたまま答えた。
「通報しますよ?」
「「っ…す、すみません……」」
通報ボタンを握って言われたので、謝罪してそこから先は大人しくする事にした。
料理が運ばれてきて、大人しくなってから速水はボソッと呟くように聞いてきた。
「……ちなみに、誕生日は?」
「7月11日」
「……微妙に違うのね」
「おまっ……速水は?」
「7月1日」
……微妙なアレンジが加わっていた。