速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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自習は基本的に生徒の時間。

 休日というのは時間経過が早いもので、気が付けば月曜日という憂鬱な週の始まりとなる。

 さらに憂鬱なのは今日が雨だという事だ。昨日から梅雨に入ったようで、傘さして歩くのが非常に面倒な季節となった。

 何より、何がたち悪いって今朝は晴れていた事だ。なので何人か傘を忘れた奴もいるようだ。まぁ、俺は今日の放課後にバイトの面接あるから、万一に備えて珍しく折り畳みの傘持って来たんだけどね。

 しかし、アレだよな。折り畳みの傘ってカッコ良いよな。あの伸縮自在な感じ。しかも、メインの部分が太くなってるから、伸縮自在メイスみたいになってるのがまた良い。

 元ヤン時代はマイブームで折り畳みの傘を武器にして喧嘩してたなぁ。まぁ、2〜3回殴って折れてやめたけど。

 そんなくだらない事を考えながらボンヤリと窓の外を眺めてると、隣の速水がスマホをいじりながら小さくため息をついたのが聞こえた。

 

「何、どうした?」

「……昨日、あんたと小梅と一緒にいたじゃない?」

 

 そういえば、結局途中から怪奇現象なんて起こらなかったな。でもあのデパートには絶対行かない。

 

「で?」

「あの時の事、幸子と小梅が事務所で話したみたいでね……」

「あー……まぁ、ちょうど色恋に興味出る年頃だからな……」

「今日、私仕事なのよ。今から行くのが憂鬱になって来たわ……」

 

 そいつはご愁傷様だ。まぁ、自分の運命を呪え。

 

「てか、スマホからそういう情報来るのか?」

「あー……そうね。来るといえば来るんだけど……正確に言えばからかうのが好きな子から『彼氏出来たの?』『どんな人?』『ていうか隅に置けないねぇ』って質問攻めが……」

 

 理解した。つーかそいつ最後は親戚のオッさんっぽいな……。

 

「そもそも、あんたが引っ越して来なければこんな事にはならなかったのに……」

「それを決めたのは俺の親だっつーの」

「あなたのご両親、あなたの親とは思えないほど良い人よね。この前、事務所から帰ってる時にバッタリあなたのお父さんと会っちゃって、サイダー買ってくれたわ」

「親父の野郎……」

 

 この前、あいつがコンビニ行くときついでに飲み物頼んだら「俺の使用料」とかわけわからん事抜かしやがった癖に……。

 

「ほんと、どうしてあなたみたいな息子が生まれたのかしら……」

「お前のとこのお母さんも良い人だろ。家に入れなかったお前を拾ってやっただけで、次の日にわざわざお礼に和菓子買って持って来てくれたぞ」

「私にお使い行かせた時は『使ってあげた料』とかいってお金取ろうとした癖に……」

 

 どこの家も大体同じ親なんだな……。良かった、てっきり俺の両親だけ頭おかしいのかと思ってた。

 

「ていうか、拾ってあげたって捨て猫みたいに言うのやめてくれる?」

 

 今更何を訂正してんだこいつは。

 

「別にそんなつもりねーよ。全然、懐かねーしすぐに突っかかってくるしスゲーウザかったけど」

「思いっきり猫扱いしてるじゃない」

「してねーよ。スマホ掲げたらスゲェじゃれて来てたなそういや」

「……その猫にご飯作ってもらったのは誰?猫以下の料理力?」

「料理力ってなんだよ。つーかあのカレー、食えたもんじゃなかったけどな。所詮、捨て猫の料理か」

「そもそも、別に捨てられたわけじゃないし。家に入れなかっただけだから」

「そっちの方が間抜けじゃね」

「……」

「……」

 

 ダメだ、こいつと話してるとストレスを感じる。小さくため息をついてお互いに目を逸らした。

 そんな事をしてると、先生が教室に入って来た。次の授業は2限の数学のはずだが、何故か日本史の先生が入って来た。

 

「今日は佐々木先生が休みだから。自習にするそうだ。このプリント終わったら教科書の最後のページで答え合わせして、明日の数学で提出するように」

 

 それだけ言ってプリントを置いて教室を出て行った。

 プリントをみんな手に取ると、好きに話始める。中にはゲームやってる奴もいるな。

 まぁ、逆に言えば明日までにプリントを終わらせりゃ良いんだもんな。これからの50分間はフリーみたいなもんだし、そりゃ遊ぶわ。

 しかし、俺は知っている。こういう時は今の時間に終わらせた方が後々楽である事を。

 しかも、俺に限った話だがバイトの面接があるから、余計な仕事を放課後に残したくない。

 それは速水も同じのようで、プリントが配られるなりさっさと解き始めていた。

 まぁ、数ⅱ100点の俺からすればこんな問題、デコピン一発でキャインキャインだ。秒で終わらせてボンヤリし始めた。

 こういう時間、何すりゃ良いのか分かんねーよなぁ。ゲームやるっつっても学校に持ってくるほどじゃないし、漫画だってジャンプくらいしか読まないし、そのジャンプは今日買ってくるの忘れたし、映画はここじゃ見れんし。

 ……アレ?もしかして俺って無趣味過ぎ……?あ、ヤバい。そう考えるとこういう時、マジで何すりゃ良いのか分かんね。

 そうこう考えてると、ふと隣の速水を見た。まだプリントをやってるようで、頬杖をついて難しい顔をしていた。

 

「……」

「……」

 

 この時の俺は多分、相当暇だったんだろう。気が付けば、速水の机の横に椅子を持って移動していた。

 

「……なるほど、一番最後の問題ね」

「きゃっ⁉︎」

 

 突然悲鳴をあげて反り返った。え、何こいつ。なんでそんな驚いてんの?

 

「……何?」

「こっちのセリフよ。いきなりそのムカつく顔からムカつく声を発さないで」

「お前の方が百億倍ムカつくからな」

 

 いやほんとに。どんだけムカつく連呼してんだよこいつは。

 

「で、何?」

「いや、こんなのも分かんないんだなって思って」

「うっさいわね。ただ、すぐに終わらせても残り時間暇でしょ?」

「その手の嘘は無駄だから」

 

 認めたくないが、こいつと俺の思考は似通っている。なら、もうお互いの考えが少しだが分かってくるもんだ。

 

「……そうね。誠に遺憾だけど」

 

 それを察してか、速水は可愛げなく頷いた。

 

「どうしてもっつーなら教えてやろうか?中間試験で模範解答を出した俺が」

「何あんた。暇なの?」

「ひ、暇じゃねーよ。ただ、どっかの誰かが難しい顔してるから、少しおちょくってやろうかと思っただけで……」

「いや、その手の嘘は無駄だから」

「……」

 

 そうでしたね。はい、すごく暇です。

 

「悪かったな。プリント簡単過ぎて暇なんだよ」

「……へぇー、何それ自慢?」

「そう、自慢。教えてやろうか?こんなのも解けない速水さん?」

「結構よ。あなたに教わるくらいならこのプリントちり紙交換に出した方がマシだから」

「この紙一枚でトイレットペーパーもらえると思ってんのか⁉︎」

「交換っていうか、少しでも再生紙の足しになるならって感じね」

「ホンッッットに少しの足しだろうが!100万+1レベルじゃねえか!」

 

 チッ、なんで俺はこんな奴の隣にわざわざ移動してまで来ちまったんだか……。

 心の中で舌打ちしながら自分の席に戻った。

 もう暇になったのでTwitterをしばらく覗いてるが、特に面白いタイムラインが流れてくることも無いのですぐに画面を閉じた。

 机に伏せたが、別に眠くないので眠れない。視界に入ったので、腕と腕の隙間から速水を見た。

 

 《速水奏観察日記》2年○組 河村優衣

 

 6月○日(月) 10:10

 

 速水奏は自習の問題が解けない。

 ウンウンと唸りながらも式を構築して答えを出すが、教科書の答えと合わない。一体私はどこで間違えたのだろうか。

 表には出さないものの、悔しさは顔から滲み出ていた。

 俺は彼女が問題を自力で解けるように祈りながら、寝たふりをして観察を続けた。

 

 6月○日(月) 10:15

 

 速水奏はまだ自習の問題が解けない。

 相変わらずプライド(笑)が許さないのか、教科書の例文や解説を覗く事もしない。まぁ、俺は一人で秒で何も見ずに解けちゃったからね(笑)。

 そんな無理する事ないのに、何が彼女の誇り(笑)を駆り立てるのか。あ、俺か(笑)。俺だったわwww

 俺は彼女が問題を自力で解けるように祈りながら、寝たふりを続けつつニヤケを抑えた。

 

 6月○日(月) 10:20

 

 速水奏はまだ自習の問題が解けない(笑)。

 いやいや、バカにしてないから。徐々に悩みを顔に出す様子が面白くて、いや面白いというより一周回って可愛く見えて来ただけだから。

 多分、この時間で課題終わらなくて家帰ってから教科書読んで解いてくる。

 実際、それでも良いと思うけど明日になったら思いっきり煽ってやろう。

 俺は彼女が問題を自力で解けるように祈りながら、寝たふりを続けながら本当に眠くなって来た。

 

 6月○日(月) 10:25

 

 速水はまだ自習の問題が解けない。

 もう無理だよ、恥ずかしくないから教科書読めよ。俺別に全然良いと思うよ?いや煽りとかじゃなくてほんとに。てかなんでチラチラ俺を見てくんの?恋する乙女なの?

 ていうか、貧乏揺すりするくらいなら読めよ。そういうプライドが君の学力向上を止めてるんだよ。

 や、まぁ俺は見てる分には面白いから良いんだけどね(笑)

 俺は彼女が問題を教科書を読んで解けるように祈りながら、寝たふりを続け……ふわあ、眠い。

 

 6月○日(月) 10:30

 

 飽きたのでやめます。

 

 Z月Z日(Z) ZZ:ZZ

 

 ZZZZZZZ。

 ZZZZZZZZZ……

 

「ああもうっ、ウザったいわねあんた!」

「痛っ⁉︎」

 

 突然、頭を引っ叩かれた。敵襲かと思って起き上がると、速水が俺を立って見下ろしていた。

 

「何すんだよ」

「あんたねぇ!さっきから人の事観察して気が散るったらないの!何なの?私の事好きなの⁉︎」

「なわけねぇだろ!テメェマジでふざけた事抜かしてるとホントブッ飛ばすぞ!」

「あんたの所為で全然問題に集中出来ないのよ!なんでそんな見てくるわけ⁉︎」

「お前の百面相見てただけだよ!ちょうど飽きて寝た所でなんで攻撃してくるわけ⁉︎」

「そんなの知らないわよ!」

「大体、テメェがさっさと教科書見るなり俺に教えをこうなりしときゃあ、ンな事ならなかったろ!」

「それとこれとは話が別よ!」

 

 なんて言い合いしてる時だ。いつのまにかクラスは静かに自習中になっていた。

 で、教卓の前では向かいの教室で授業をしていた教師が立っていた。

 

「お前らうるせぇ。後で職員室来い」

「……」

「……」

 

 怒られた。

 

 ×××

 

 放課後。俺は速水と怒られ、二人で職員室を出た。あーあ……これからバイトの面接なのに……。

 鞄を持って昇降口に向かう間、速水と俺は一言も話すことはなかった。

 無言で下駄箱からローファーを出すと、速水が立ち止まってるのが見えた。

 

「? どうした?」

「……いえ、傘忘れちゃって」

「お前仕事って言ってなかった?」

「そうなのよ……。ただでさえ説教で時間取られたのに……」

 

 アイドルの仕事の前に濡れるわけにもいかないんだろうなぁ。……仕方ねぇな。

 小さくため息をついて、鞄の中から傘を放った。

 

「おら」

「? っと、何よこれ」

「明日返せよ」

「え、ちょっ……あなたは⁉︎」

「俺は別にこの後予定無いし」

 

 本当はあるけど、あるっつったら気を使うだろこいつ。

 

「風邪引くわよ!私のために気持ち悪い!」

「別にお前のためじゃ……気持ち悪いってなんだよ」

 

 ほんとにこいつのためじゃない。こいつの面倒を見なきゃいけない仕事の人達のためだ。

 バイトの面接は……まぁ、不合格だったら不合格だ。

 

「じゃ、また明日……」

「待ちなさいってば!」

 

 帰ろうとしたら首根っこを掴まれ、足を滑らせてその場で尻餅をついた。

 

「ってぇ!」

「あのね、前にも言ったけどあなたに借りを作るのは嫌なの」

「あのさ、一回謝れよ」

「……だから、その……あなたも来なさい」

「はぁ?」

「どちらにせよ借りになるけど、私の所為で風邪を引かれるよりマシだから」

「そうじゃなくて。来なさいって何」

「だ、だから!その!……その……同じ傘に入れって事」

「……は?」

 

 どういうこと?……ああ、理解した。

 

「あれか、相合傘」

「なんで口に出して言うのよ!空気読みなさいよバカ!」

 

 なんでそんな事を……いや、傘一本しかないからそりゃそうか……。

 や、でも……え?

 

「……なんで?」

「傘が一本しかないからよ!……仕事の人に迷惑かけるわけにはいかないから、お願い……」

 

 ……こいつが俺にそこまで言うなら仕方ない。断る理由も……嫌という理由以外ないし。

 

「わーったよ……」

 

 仕方なく、二人で傘の下に入った。学校を出て、二人で歩き始めた。

 ……なんで俺、こんなことしてんだろうなぁ……。女の子と相合傘なんて初めてなんだけど。いや、こいつの見た目の場合は女の子っつーか女か?

 

「……」

「……」

 

 なんか、気まずいな……。こんな事なら傘なんて持って来なけりゃ良かった。

 

「そういやさ、お前の事務所ってどこにあんの?」

「え?あー……いや、駅までで良いわよ」

「あ、そうなん?」

「ええ。そこからは電車だし、最寄駅から事務所近いから」

「なるほど。了解」

 

 良かった。俺のバイト先も駅内のテイクアウト寿司屋だし。

 ……しかし、なんでこんな事になったんだろうなぁ……。あ、速水が傘なくて俺が傘あるからか。

 

「……はぁ」

 

 ため息が口から漏れた直後だ。速水の反対側の肩が少し濡れてるのに気付いた。

 

「速水、もっとこっち寄れ」

「はぁ?何、セクハラ?」

「いやいや、肩肩」

「っ、ご、ごめんなさい……」

 

 ……なんだ?なんか調子狂うな……。普段なら「は?あんたに寄るくらいなら肩の水くらい良いから」とか突っかかってくるのに。

 

「……お前さ」

「何よ」

「別に傘の件は気にしなくて良いからな」

「?」

「なんかすごい静かで気味悪いけど、今更お前に静かにされるくらいならまだいつもみたいに罵倒して来た方がマシだから。だから……」

「いや、結局数学の最後の問題解けなくて、それ考えてただけなんだけど」

「……」

「え、何?心配してくれてたの?」

「……」

 

 この女……本当にいつか殺す。赤くなった顔を片手で隠しながらそう決めた。

 

 


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