速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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隠し事がバレても、嫌われるとは限らない。

 試験が終わった。来週の月曜日に試験結果配布なわけだが、それまで明日明後日の土日は休み。ようやく羽を伸ばせる。

 で、俺と速水は帰宅していた。しかし、なんというか……なんか速水が気持ち悪い。さっきから俺の皮肉にも「そ、そうね……」と反応するだけで一切、反論して来ない。

 その癖、なんかチラ見して来るんだよなぁ。なんなんですかね一体。

 なんか調子狂う感じのまま家の前に到着してしまった。とりあえず挨拶だけでもしておこうと速水に声を掛けた。

 

「じゃ、また……」

「あのっ」

「?」

 

 なんだよ、文句あんのかなんか。

 

「……あなたにこんな事を頼むのは、もはや一生の不覚ですらあるんだけど……」

「何、珍しくしおらしいと思ったら去り際に喧嘩売ってくるとかどういうつもり?」

「最後まで聞きなさい。この前、これはまた一生の不覚な事に、お世話になっちゃった、じゃない?」

「やっぱ喧嘩売ってるだろお前」

「違うわよ!いいから聞きなさい!」

 

 聞けとか言われてもな……。そんなに俺に借りを作ることが嫌かよ。

 

「じゃあ何」

「だから、その……お礼を、させて欲しいんだけど……」

「別にいい」

 

 アシレーヌ押し付けちゃったし。

 

「そ、そうはいかないわよ。何度も言うけど、私はあなたに借りを作るのは嫌なの」

「それお前の都合じゃん。俺には関係ないし」

「それは、そうだけど……でも、期末試験勝負の停戦協定、ポカリ、写させてもらったノート6教科分、あとポ○モン?のぬいぐるみで9個も借りを作るわけにはいかないわ。あなたでなくても申し訳なくなるもの」

「なんでノートを6つ分に分けてんだよ……。そこ一纏めにしとけや」

 

 こいつ、こんなにアホだったか?第一、こんな事で一々、借りだのなんだの言っててどうすんの。武士なの?もしくは武士目指してるの?

 

「とにかくお願い。何かさせて」

「何かって何。そして何かさせてって何」

「何よあんた、日本語分からないの?」

「そうじゃねぇよ、抽象的過ぎて分かんねーんだよ」

「だ、だーかーらー、あなたのために何か一つ何でも良いからさせてって言ってるのよ!ホンッッットに通じないわねあんた!」

「ん、それはつまり俺の言うことを何でも一つ聞くってことだな?」

「……えっ?」

 

 だってそういうことだよね。俺のために何か一つしてくれるんでしょ?

 

「そ、そうだけど……!そ、そういうんじゃないわよ⁉︎」

「そういうんだろ。だって9個分の借りを返させてくれるんでしょ?むしろ一つで許してやるんだからありがたく思え」

「あんた自分で一纏めにしろって言ってたくせに!」

「いやー、まさかここで期末戦線の戦利品手に入るとはなー」

「話聞きなさいよ!なんでもって……童貞卒業とかは無理だからね!」

「なんで、いの一番に性行為が出てくんだよ、普通は自殺とか大怪我を拒否らない?そして、なんで俺が童貞なの確定してんだよ」

「あんたの普段の行動を見た性格診断による結果よ」

「俺そんなにゲスいか⁉︎」

 

 こいつ……!こうなったら飛びっきりゲスい命令を下してやろうじゃねぇか!ゲスじゃないのにゲスと思われてるんならゲスにならないと損だからな!

 

「……なら、分かったよ。とりあえずお前の言う『借り』。返してもらおうじゃねぇか……!」

「か、かかって来なさいよ。その代わり、一つだからね」

 

 そんな念を押さなくても良いわ。どんだけビビってんねん。

 そう思いながら、俺は人差し指をピンっと伸ばし、下からゆっくりと腕を上げて速水を指差した。

 

「お前、テストが返ってくるまでの三日間、俺の言うこと全部聞け」

「……はっ?」

「安心しろ、金関係や性的な事は命じたりしない。ただ、とりあえずそれ以外の俺の言うこと聞けよ?」

「ま、待ちなさいよ!それ一つって言うの⁉︎」

「一つだろ。俺の言うこと全部聞け……ようするに奴隷だな。奴隷になれ、という命令一つなんだから。例えば『飲み物奢れ』って命令の中にだって『飲み物を買いに行く』『レジでお金を払う』『それを届ける』とか色々と複数の過程を踏んで一つの命令が成り立ってるんだ。それと同じだろ」

「屁理屈よそれは!」

「でも間違ってないでしょ。……それとも何、自分から返すと言った借りをやっぱ無理って言い出す気か?」

「……」

 

 悔しそうに奥歯を噛み締める速水。

 はっ、俺をゲス扱いするからこうなるんだよ。俺がゲスだったのは元ヤンだった時だけ……あ、いや、あの時も別にゲスじゃないけど。売られた喧嘩は買ってただけで。

 やがて、ああもうっと声を荒げた速水は俺を睨みつけて怒鳴り散らした。

 

「上等よ!奴隷でもなんでもやってやるわよ!」

「よーっし、じゃあ今日からな。とりあえずどっか行こうぜ」

「な、何よどっかって!」

「なんでも良いだろ。今はお前とどっか行きたいんだよ」

「……はっ?」

「……ストレス溜まってるから、人をこき使いたいんだよ」

「最低よ!ストレス発散の方法が!」

 

 ……危ない危ない、俺は何を言い出したのか。

 とにかく、何処か出掛けよう。と言っても、何処に行こうかな。とりあえずゲーセンか?うん、困った時はゲーセンだな。

 

「よし、ゲーセン行くか」

「なんでよ。金銭面は何もしないんじゃなかったの?」

「や、奢れなんて言ってねーだろ。ただ、なんかしようなんか」

「……仕方ないわね」

「あ、でも歩くの面倒だから2ケツな。お前運転で」

「なっ……⁉︎お、女の子に運転させる気なの⁉︎」

「いいから早くしろよ」

「〜〜〜っ!お、覚えてなさいよ!」

 

 仕方なく速水は自分の家に自転車を取りに行った。

 鍵を取りに行ったのか、一度家の中に入ったと思ったらすぐに出て来て、車の横に止まってる自転車を持って来た。

 

「……行くわよ」

「そういえば、今って自転車の2ケツって道交法違反だったっけ」

「え?ど、どうだったかしら……?」

「やっぱ俺もチャリで行くわ」

「チキンなのね、男らしくない」

「うるせ、ルールに則ってるだけだ」

 

 俺もチャリを持って来て二人で移動した。

 ゲーセンに到着し、中に入った。とりあえず二階に移動した。ここの二階はメダルゲームとかホッケーとか銃ゲーとか二人用プレイのゲームが多いからな。

 ちなみに三階は格ゲーとかアーケードとか、一階がプライズとかレース、地下が音ゲー。

 

「よーし、何やるか」

「何よ、何するか決まってたんじゃないの?」

「んー……どうしようかな。とりあえず、エアホッケーな」

「聞いてんのあんた」

「良いだろ、別に。負けた方は飲み物奢りな」

「罰ゲーム中に罰ゲーム重ねる⁉︎普通」

「いいから行くぞ」

「はぁ……何なのよ本当に……」

 

 二人で階段を上がり、ゲームを始めた。エアホッケーやら銃ゲーやらやった後に、地下に降りて音ゲーをやった。流石、アイドルなだけあってリズム感は完璧だった。

 で、今は速水はトイレにいる。その間、俺は一人で待機していた。

 ……しかし、こう……なんだ?もう認めざるを得ないかもしれない。俺は速水と一緒だとムカつく反面、やはり楽しんでしまっているようだ。

 そのお陰か、この前は一人で楽しくなくても今は楽しく感じている。

 

「……はぁ」

 

 相性が良い相手ってのも考えものだ。まぁ、あんな奴でも一応、東京で唯一話せる同い年だからな……。あ、いや同じバイト先の水原とか言う奴も話せるけど。

 それに、幸いにも今の所は元ヤンも隠せてるし、喧嘩も一回もしてない。ある意味では順調かも……。

 そんなことを考えてるときだ。壁にもたれかかってると、いつのまにか学生くらいの男達に囲まれていた。

 

「はーい、お兄さん」

「恵まれない僕達に愛の募金よろしく」

 

 ……フラグってやつか。まさか、こんなにあっさり立つとはな……。

 喧嘩はなるべくなら避けたいんだが……いや、ここは穏便に行くか。

 

「はいはい、募金ね。いくら?」

「え、素直だなお前」

「相手にするのも面倒だからな。あんたらも変に問題起こすより素直に受け取りたいでしょ?」

「お、おう……。いや、問題くらい起こしても良いけど……」

「まぁ、金入るなら良いか……」

 

 うんうん、平和が一番。

 

「とりあえず、表出ようか」

「なんでだよ、早く出せや金」

「店の迷惑になるから」

「や、表出ると目撃者増えるだろ」

 

 んー……まぁ良いか。

 

「で、いくら?」

「全額に決まってんだろ」

「いや、それは無理だ。俺だって生活費必要だし」

「テメェの都合なんか知るかよ」

「いいから全額寄越せや」

「バカお前、もらえる額で妥協しとけよ。他に人に見られて通報されたらそれこそ一銭も入らない上に警察行きだぞ」

「……まぁ、それもそうか?」

「よし、一人千円な。四人もいるなら十分だろ」

 

 そう言って、財布から千円札を4枚出した時だ。

 

「ちょっと、何してんのよあんたら」

 

 速水がトイレから出て来てしまった。あ、この流れはまずいのでは?

 

「ん、何?なんか文句あんの?」

「そうなら姉ちゃんからももらおうか」

 

 ほらこうなる……。今にして思えば、俺もこんな奴らと同類だったのか……。

 しかも、この現状は速水が普通の女の子だったとしてもまずい。

 

「おい、待てよ」

「こいつ、アイドルの速水奏じゃね?」

「うほっ、マジ?」

 

 ほらぁ……。本当、最悪なタイミングで出て来たな……。しかも声かけるんだもん……。

 

「うわ、本物はマジかわいいな」

「ね、ね、俺らと遊ぼうよ」

「こんなヘタレ置いといてさ、金もらったし今」

 

 ……抑えろ、俺。もう喧嘩はしないんだから。

 男達は馴れ馴れしく速水の方に行き、一人は肩を組もうとした。が、速水はその腕を払った。

 

「ごめんなさい、私はこの人と一緒に遊んでるの」

 

 微笑みながら俺の右腕を掴んだ。おお、こいつもアイドルなだけあって一応、外面とか気にするんだな。

 

「誰お前、何今のお淑やかな笑顔、怖いんだけど」

「はぁ?お淑やかなのに怖いってあんた頭おかしいんじゃないの」

「普通の女がお淑やかにしてりゃ綺麗に見えるもんだが、お前がお淑やかにすると怖ぇんだよ。というかお前が怖い」

「あんた本当ぶっ飛ばすわよ。情けなくカツアゲされてた癖に」

「カツアゲされてやってたんだよ。喧嘩して退学処分になんのバカらしいだろうが」

「言い訳はどうだって言えるものね?口だけ達者なんて本当、男らしくない」

「お前に言われたくねーんだよ。気合い入れて期末前に体調悪くしやがってよ」

「ふんっ、普段人のこと馬鹿にするようなことばかり言う癖にいざ体調崩したら優しくしちゃうツンデレ王子に言われたくないわね」

「借りを返すためにわざわざ言い淀むアホに言われたかねんだよ」

 

 と、睨み合ってる時だ。ガンッと壁を蹴る音がした。

 ヤンキーの一人が俺と速水を睨みつけていた。

 

「おい、なんでヤンキーの前でいちゃついてんだよ」

「「いちゃついてない」」

「いいから、そういうのいいから。男の方はいらねーから女と金だけ置いてさっさと消えろ」

「……」

 

 ……はぁ、仕方ない。ここで俺の喧嘩なし記録は途絶えたか。

 

「速水、今日はもういいわ」

「はぁ?何よいきなり」

「さっさと帰れ」

 

 そう言うと、俺はヤンキー達の前に出て表を指差した。意味を理解したのか、男達は俺の後をついて来た。

 奴隷期間は明日明後日もあるが……まぁ何も命令しなきゃ大丈夫でしょ。というか、多分俺また怖がられると思うし、そんな状態で奴隷になんてしたら本当になんでもされちゃうかもしれない。

 

「ねぇ、ちょっと……!」

「来るなっつってんの」

 

 俺の肩を掴んだ速水に本気で睨み付けて黙らせた。

 さすがに驚いたのか、速水は空中で手を止めて引っ込めた。まぁ、もう速水と絡む事もなくなったろうな……。

 でも、あんな連中と速水を遊ばせるわけにもいかないし、いつのまにか相手キレてるし、信じられるもん拳しかないよな。

 表に出て1対4でメンチを切った後、一応忠告としてキャプテンの真似をしてみた。

 

「やる前に言っとくが、降りる奴はいないんだな?」

「キャプテンかよテメェ」

 

 あんたら映画見てんのかよ……。

 

 ×××

 

 翌日、傷一つ作らなかった俺は昼までベッドで寝ていた。

 なーんか、結局友達どころか喧嘩相手までなくしちゃったな……。その所為か何のやる気も起きない。ただただ一人でボンヤリしていた。

 ……まぁ、前の学校でも喧嘩して一人だったし、もう仕方ないか。そう思ってもう一眠りしようとベッドに篭った。

 が、コンコンと窓からノックの音がした。何事かと思ってベッドから降りてカーテンと窓を開けると、アシレーヌのぬいぐるみが飛んで来た。

 顔面に直撃し、後ろにひっくり返った。俺の部屋の向かいに住んでる奴なんて一人しかいない。

 ぬいぐるみを退かして顔を出した。

 

「テメェ、何しやがんだ!」

「あんた、今日は命令良いの?良いなら私、出掛けるけど」

 

 は?何言って……ああ、昨日の命令か。いや、昨日別にいいって言ったやん。

 ……いや、それ以前にさ。

 

「……何お前、怖くないの俺が」

「は?何急に」

「昨日、ゲーセンの前に転がってるヤンキーの尸見たろ」

「なんであんたを私が怖がらなきゃいけないのよ。で、今日は何もないのね?」

 

 ……マジか、こいつ。前の高校の奴は恐れて通報までされた事もあったのに……。まさか、こいつに感謝する時が来るとは……。

 まぁ、そんな感謝をこいつに見せるわけにもいかない。何言われるか分からないし。

 

「……行くに決まってんだろ。今日どこ行く?」

「決まってないのね……。まぁ、とりあえずそれなら表出ましょうか」

 

 そう言って、俺と速水は家を出た。

 まぁ、その、なんだ。こいつ、思ったより悪い奴じゃないのかもしれない。

 

 


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