速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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事務所では(4)

 事務所。奏は珍しく機嫌悪くなくも良くもない様子でやって来た。端的に言えば、表情で中身は読み取れない感じ。ぶっちゃければ、優衣と出会う前の速水奏の表情だった。

 そんな奏を見かけて、周子と美嘉は「今日は大丈夫そう」と思って、とりあえず美嘉の方から声をかけてみた。

 

「奏、今日は機嫌良さげじゃん。何かあっ……」

「誰の機嫌がなんだって?」

「……」

 

 全然、機嫌良さそうじゃなかった。真顔より恐ろしい顔は無いと美嘉は思い知り、思わず反射的に黙り込んでしまった。

 心底、自分から声かけないで正解だったと安堵した周子が空気を読んで恐る恐る聞いた。

 

「何かあったん?」

「あったわよ、本当に」

「えーっと……聞いても良い?」

「むしろ聞いてくれる?」

「聞くよ、美嘉ちゃんが」

「あ、あたし⁉︎」

 

 そんなリアクションをした美嘉だったが、奏は完全に無視して普通に語り始めた。

 

「昨日の夜まで、私あのバカの言いなりになってたのよ」

「言いなり?」

 

 キョトンと首をかしげる周子に奏は力なく頷いた。

 

「私、風邪引いたでしょ?」

「あーうん。あったね、そんな事。お見舞いに行った時でしょ?あたし達が」

「そう。その日の夕方にあいついきなり窓からノックして来て、何かと思ったらぬいぐるみを顔面に投げられて」

 

 話してるうちに、奏の表情が少し変わって美嘉も周子も眉をひそめたが、奏は気にせずに続けた。

 

「何かと思ったらその日の学校の授業分のノートとポカリをぬいぐるみに持たせてたのよ。はぁ……ほんと、一生の不覚だわ。あんな奴に力を借りるなんて……ノートも綺麗にまとめてあるのが腹たったし……ツンデレみたいなことしちゃって……」

 

 その奏のボヤキを聴きながら、周子と美嘉は顔を見合わせ、頷くと言った。

 

「……奏ちゃんさあ」

「すっごい今、嬉しそうな顔してたけど自分で気付いてる?」

 

 言われて、キョトンとした様子で奏は目をパチパチした後、開き直るように言った。

 

「っ、あ、当たり前じゃない。あの時は一応助かったんだし、嬉しかったと言えば嬉しかったんだから」

 

 当然のように言ったが、周子は「でも」と言葉を続けた。

 

「耳、真っ赤だけど」

「ーっ」

 

 言われて慌てて耳を隠す奏。今度は顔全体に赤みが広がった。

 

「も、もうっ!何よ、本当に違うんだから!いや、嬉しかったには嬉しかったんだけど……!」

「純粋に嬉しかったんだよね」

「わかるわかる」

「ち、違うったら!あの時は嬉しかったけど、今思えばむしろ気持ち悪いくらいなんだから!」

「はいはい」

「ごちそうさま」

「聞いてるの⁉︎」

「いいからいいから」

「続けて続けて」

「一々、二回言わないで!」

 

 そう怒鳴ってからも、少し顔を赤くしながら続けた。

 

「まぁ、そんなわけで、彼に借りを作るのだけは嫌だったから何でも一つ言うこと聞くって言ったのよ」

「また『じゃあしばらく俺の奴隷な』って言われそうなことを……」

「その通りよ、よくわかったわね周子」

「やっぱり……」

「ど、奴隷⁉︎」

 

 ナニを想像したのか、顔を真っ赤にする美嘉を捨て置いて奏は周子にニヤつきながら言った。

 

「あなたの方が河村と気が合うんじゃないの?」

「それはないから」

「そんなハッキリ言う……?」

 

 そこはハッキリと否定しておいた。思考回路が全く同じの女に言われたくなかった。

 

「それで金曜日から昨日まで散々振り回されて……特に土曜日からあいつやけに機嫌良くなって本当に困ったんだから」

「それ、奏ちゃんと一緒にいられて楽しかったんじゃないの?」

「そりゃ人を好き勝手に使えたら楽しいでしょ」

「いやいや、そういうんじゃなくてさ。……あー、じゃあどんな感じだったの?」

「どんなって……」

 

 顎に手を当てて思い返してみた。

 

「えーっと……土曜日は確かお昼からね。まずはボウリング行ってー……で、投げる瞬間の乳揺れがヤバいとか抜かされたから本気で通報してやろうかと思ったわ」

「それは確かにすごそう」

「周子?」

「や、ごめん。続けて」

 

 謝られたので続けた。

 

「それで、デパートの服屋に行って河村の選んだ服に着替えさせられたわ」

「へぇ、どんな?」

「それがメチャクチャセンス良いのよ。まぁ、私が着るには少し子供っぽいんだけど……ただ、上半身に着た短めのパーカー、あれ胸元で結ぶ紐だけほどかされて……」

「で?」

「紐の先端がふわふわした球になってたのよね……。それがちょうど良い感じに……その、足の関節部の間に来てて……『一人受精出来るじゃん!』とかからかって来て……」

「うわ、それは最低」

 

 美嘉が普通に引いた。その後のことを思い出しながら奏が語った。

 

「その件について怒ったらお詫びにクレープ買ってくれて、その後はアレ、なんかたまたま見かけた神社でお参りしておみくじ引いて……あ、おみくじの内容が私と全く同じで『あ、この神社のおみくじダメだわ』ってなったわね……」

「よく同じものを引けるよね……」

「その後は一緒にもんじゃ焼食べて帰ったわよ。ついつい、どっちがたくさん食べれるかーなんて子供っぽい競争しちゃったわね」

 

 まるでカップルのデートプランを聞かされた気分になる周子と美嘉だった。

 しかも、目の前の奏はいつのまにか、かなり楽しかったようで少しご機嫌になっていた。

 周子と美嘉は「どうする?」「言っちゃう?」「言っても良いんじゃない?どう聞いても惚気だし」「や、でも私が言ったら怒られそうだし……」みたいなやり取りを視線で交わした後に「じゃあ私が言うけど……フォローしてね?」「了解」「わぁ、信用出来ない」と再び視線で話してから、美嘉が咳払いして言った。

 

「…なんかアレだね、やっぱ仲良いよねその人と」

「だから悪いってば」

「いやいや、奏ちゃん。それは流石に無理あるよ」

 

 周子は約束通りカバーした。

 

「誰がどう聞いても仲良しカップルだったから」

「かっ、カップルですって⁉︎」

「そりゃそうだよ。自分で言ってて何も感じなかったん?」

 

 言われて、奏は自分と河村の出掛け先を思い返した。

 ボウリング行って、服屋で洋服を選んでもらって、クレープを一緒に食べて、たまたま立ち寄った神社でおみくじの見せ合いっこ、終いには晩飯でどっちがたくさん食べれるか競争……。

 自分で思い返してもデートコースだった。

 

「……ち、違うわよ!デートじゃないし!」

「誰もデートなんて言ってないんやけど」

「っ、ほ、ホントに違うったら!私はほら、無理矢理付き合わされただけだし……!」

「ほーん」

 

 周子も美嘉もニヤニヤを止めない。精一杯睨むが、二人とも萎縮してくれなかった。

 そんな奏に周子がしれっと聞いた。

 

「ちなみに日曜日はどうしてたの?」

「昨日は……昨日は河村のご両親が出掛けていないから、朝からご飯作ってあげて……そしたら、私が見逃したド○ターストレンジのDVDあったから一緒に見て、お昼には表に出て河村の行きつけのラーメン屋行ったんだけど、まぁ私もその店知っててバカにしてあげて喧嘩になって……帰りにレンタルビデオ屋でDVD借りて河村の家で一緒に見て、おやつ食べて、あいつに命令されてあいつの部屋の掃除をして、晩御飯は出前のピザを奢ってもらって終わったわね」

「ほほう、今度は家デートですか」

「ていうか、デートって事にしないと普通部屋の掃除までやってあげないからね」

「だからそういうんじゃないわよ!本当にやめなさい!あいつとそんなんなるなんてあり得ないんだから!」

 

 ぷんすかと怒る奏だったが、周子も美嘉も「あっそ。で、本音は?」みたいな感じだった。

 その二人に何とか誤解を解こうと頭を巡らせるが、何を言ってもダメな気がして来て、結局黙り込んでしまった。

 

「……はぁ、あんたら本当に人をからかう時は活き活きしてるわね」

「いやいや、奏ちゃんが可愛いからだよ」

「……やめて」

 

 まぁそれはさておき、と周子は続けて聞いた。

 

「好きか嫌いかは置いておくにしても、実際のところ嫌じゃないんでしょ?」

「嫌に決まってるでしょ」

「本当にぃ?奏、楽しかったんじゃないの?」

 

 美嘉にも言われて、奏は少し「うっ……」と言葉を詰まらせた。

 

「……まぁ、つまらなくはなかったけど」

「ほら、楽しかったんじゃん」

「な、なんでそうなるのよ!つまらなくなかったと楽しかったは別でしょ⁉︎」

 

 と、苦しい言い訳をするが、まぁそんなものは特に周子には通用しない。

 

「はいはい、ツンデレ乙」

「だ、れ、が!ツンデレよ!ツンしかないでしょ⁉︎むしろツンツンしながら殺してやりたいわよ!ツン殺よ!」

「すごいパワーワード」

 

 奏自身、自分で言ってて意味が分からないと思った。

 

「まぁ、奏ちゃんの事だし、別にあたし達はどっちでも良いけど」

「もう、なら放っておいてよ……。ただでさえ最近は期末試験の借り、仕事、風邪、河村に加えて、文香の惚気も加わって本当に大変だから……」

 

 そう言う通り、最近は風邪まで引いてしまったし、割とストレスが溜まってるのかもしれない。何なら、ストレスの所為で風邪引いたまである。

 

「ちなみに、そのストレスの割合は?」

「期末の借り40、仕事5、風邪14、河村40、文香1」

「うわあ……か、河村くん……」

 

 ストレスの割合を聞いて流石に引いた美嘉は、まだ顔も見てない優衣を軽く引いたが、周子は相変わらずニヤニヤしていた。

 

「つまり、奏ちゃんの80%は河村くんって事?」

「私のストレスの80%よ!」

「でもさ、それ大体河村くんのこと考えてるって事だよね」

「……えっ?」

 

 言われて腕を組んで1日の過程を振り返ってみた。戦闘は情報を制するものが勝敗を制するので、朝、起きたらカーテンの隙間から向かいの部屋を確認し、河村よりダサい髪型にならないように髪を整え、朝ご飯は少しでも被らないように捻ったものを用意し、玄関を出る時は遭遇しないように向かいの玄関を確認し……。

 

「……あれ?私、朝の段階で常に河村の事を考えてる……?」

 

 今更になって気づいた。周子と美嘉はニヤニヤし始めたが、奏は思いの外深刻だった。昼、夕方、夜の時全てを想定したが、常に優衣の事を考えている。

 これは由々しき事態だった。なんで嫌いな男について考えてんの私?みたいな。

 しかも、今日で試験返却日と終業式だから明日から夏休み。尚更会うハメになるかもしれない。

 

「……明日からはもう少し考えないで生きよう」

「……急になんの決心?」

 

 結局、美嘉も周子も軽く引いた。

 

 

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