速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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夏休み、それは色んなものがヒートアップする長期休みだ。例えばほら、喧嘩とかストレスとか恋愛とか。
外での取っ組み合いが許されるのは小学生まで。


 夏休み。俺も速水も成績優秀だったので補修やら再試は無し。まぁ、よっぽどバカかアホじゃなきゃ再試なんかにはならないだろ。

 そんなこんなで、まぁ夏休みだ。一言で言えば、長期休暇。実家通いの俺はしばらくのんびり過ごせる。

 まぁ、そんな話はともかく、夏だ。なのにうちではクーラーは禁止されている。

 なんでかって?電気代がもったいないらしい。自分達が外で働いてるからって……!いや、まぁ一人しかいない家のクーラーをつけるのはもったいないって言う気持ちも分からなくはないが……。

 

「だからってね、なんで私の部屋に来るのよ」

「良いだろ、お前今日は暇でしょどうせ」

「暇だけど……って、なんで知ってるのよあんた」

「だって俺今日バイト無いもん」

「何故、説得力があるのかしら……。ていうか、窓から入って来るのやめてくれる?本当にビックリしたんだから」

 

 呆れ気味に速水はため息をついた。

 

「ていうか速水、客が来てんだからなんか飲み物入れろや」

「誰が客よ!あんた窓から入って来たんじゃない!」

「人をサンタみたいに言うな」

「言ってないわよ!」

「しゃーねーな、どうせ歓迎されないと思ってからこっちから持って来てやったぞ。飲み物」

「あ、そうなの。わざわざ悪いわね……。……や、持って来たなら先に言いなさいよ」

「はい、ホットコーヒー」

「なんでこの季節にホットなのよ⁉︎完全に嫌がらせでしょう⁉︎」

「バッカお前、暑い時にラーメン食うと美味いし、寒い時のアイスもまた美味いだろ?それと一緒だよ」

「全然違うわよ!」

 

 はぁ、はぁ、と肩で息をする速水。それを見ながら、俺は俺の分のコーヒーを一口飲んだ。

 

「あちっ」

「あんたが火傷してどうすんのよ⁉︎待ってなさい、氷持って来るから!」

「すまん」

 

 部屋を出て一階に降りる速水。俺はコーヒーを床に置いてしばらく待機した。

 ……速水でも女の子の部屋の良い匂いするんだな……。

 結局前に投げ返されたアシレーヌは少し気に入っていたようで「やっぱ返して」と言われて返したんだが、それもちゃんとベッドの上に飾ってある。

 

「……」

 

 ……あんなにあっさりぬいぐるみ取れたの初めてだから記念にとっておけば良かったかも。

 ま、別に気にしちゃいないけど。そんな事を考えてると、ぬいぐるみに若干シワが出来てるように見えた。アシレーヌの両腕、人間でいう上腕二頭筋辺りだ。

 ……もしかして、抱き枕にしてんのか?

 そんな考えが浮かんだ直後、ひたっと冷たい物体が背中と服の間に侵入して来た。

 

「ひやっ⁉︎」

「女の子の部屋を勝手に見ないの!」

「てめっ、小学生みたいな事してんぐっ⁉︎」

「いいから舌を冷やしなさい!」

 

 氷を口の中に突っ込んだ速水はそのままぬいぐるみを掴んで布団の中に放り込んだ。

 口の中で氷をモゴモゴしながら、気になったのでニヤニヤしながら聞いてみた。

 

「何、お前抱き枕ないと寝れないの?」

「っ、そ、そんなんじゃないわよ!……た、ただ、その……あれ、抱き枕にちょうど良いのよ……!」

「へー。まぁどうでも良いけど」

「だ、大体、なんであれ取ったのよ。私、ポ○モン好きなんて一言でも言ったっけ?」

「や、アレはー……まぁ、何となくだよ。なんでも良いからクレーンゲームやりたくて取ったは良いけどいらないから押し付けただけ」

「あんた……」

 

 小さく呆れたようにため息をつく速水。もはやツッコムまい、と言った感じだ。

 

「で、今日はどうする?どっか行く?」

「そうね……。って、なんであんたと何処かに出掛けなきゃいけないのよ」

「だって出掛けるとしたら絶対どうせ会うじゃん」

「や、まぁそうだけど……。でもわざわざ一緒に出掛ける事ないでしょ」

 

 む、確かに。お互い嫌いなわけだし。なんか速水も迷惑そうだし。

 まぁ、速水が迷惑そうだからって帰るつもりはないけどね!うちは暑いし!

 

「じゃ、どこも行かなくて良いからしばらくここで寝かせて」

「はぁ?部屋に戻りなさいよ!」

「だから暑いんだって。いいだろ、お前は出掛けてりゃ良いじゃん。親帰って来たら部屋に窓から戻るから」

「もう……分かった、分かったから出掛けましょう。ちょうど、私も外に用があったのよ」

「お、良いね。どこ行くの?」

「買い物。ついて来てくれるんでしょ?」

「良いよ」

 

 速水と買い物って初めてじゃね?案外良いかも。

 

「じゃ、行くか。30秒後に玄関前で」

「一緒に出れば良いじゃない」

「や、窓から来たから靴ないんだわ」

「あ、なるほど」

 

 一度自室に戻り、サイフとスマホと家の鍵を持って表に出た。

 いつもの事ながら、お隣も同じように出てきて、お互いに目が合うと速水が先に歩き始め、俺はその後を追って隣を歩き始めた。

 

「で、どこ行くの?」

「だから買い物よ。揮発性メモリなの?」

「店を詳しく言えってんだよ。てか分かりにくいわ」

「ああ。えっと……とりあえずデパートかな」

「何買うの?」

「ん、今度行く撮影のアレコレ」

「撮影?」

「仕事よ。泊まりがけで」

 

 あ、なるほど。修学旅行の準備みたいなもんか。そりゃ女子なら金かかるかもしれない。

 ……外見は女子って感じしないけど、なんて言えばまた怒られるからやめておこう。

 

「へー、どこ行くの」

「海」

「まぁそうだろうな、一応アイドルだし」

「で、とりあえず日焼け止めとかそういうの持って行かないといけないのよ」

「あー、女子って荷物多くて大変そうだもんな」

「大変そうというか大変なのよ実際に。シャンプーとかリンスとかボディーソープも必要だし……」

「え、それくらい宿かホテルについてるんじゃねぇの」

「自分に合ったものを使わなきゃダメだから」

 

 そういうもんかよ……。心底男で良かったわ、マジで。

 そういえば、うちのお袋もかなり化粧品とかシャンプーとかいろんな種類買ってるからなぁ。

 

「あんたの方からついて来るって言ったんだから、荷物持ちくらいしなさいよね」

「えー、やだよ重そうだし」

「あんた家に追い返すわよ。そんな重いもの買わないから、たまには私の言うこと聞きなさい」

「……なんで俺が言うこと聞かなきゃいけないんだ?別に何か賭けて負けたわけでもないのに」

「……上等よ。何でも良いから今すぐに負かして言う事聞かせて差し上げましょうか?」

「言ったなテメェ。何で勝負するよ」

 

 そんな話をしながら歩いてると、近所から「カキーン」という景気の良い音がした。

 顔を向けると、ネットに囲まれてる建物、バッティングセンターがあった。

 速水が親指でその建物を指差して首を傾け、俺も頷いて指をゴキゴキと鳴らしながら二人で建物に入った。

 

 〜20分後〜

 

 金属バットを戻して、バッターボックスから出た。まぁ、一言で言えばあれだ。

 

「私の勝ちね」

「……おかしい、なんでお前そんな打てるんだよ……」

 

 まさか、負けるとは……。というか俺あんま野球得意じゃないみたい。と、いうのも、俺のスイングが速すぎてタイミングが合わねえんだよ。

 

「あなた、ヘッタクソね。あんなんでよく私に威勢良く挑んで来たものね」

 

 すごいバカにしてるような言い方で速水に言われ、言い訳するように目をそらして呟いた。

 

「や、そもそも球遅ぇんだよ。逆にタイミング合わせづらいっつの」

「男子と女子で同じ球速にするわけがないでしょう」

 

 いや、そう言われりゃそうなんだが……。こんな事なら一階にあった投球マシーンで勝負しときゃよかった。コントロールさえ気にしなければかなり速い球出るはずだし。

 

「ま、何はともあれ、あなたは今日は私の奴隷だから。私に服従しなさい」

「言い方」

 

 服従とまでは言わないでしょ。

 まぁ、でもルールはルールだ。前には従わせた事もあったし、今度は俺の番だと思えば……。

 

「あ、そうだ。みんなの差し入れ用にスポドリ箱買い5セットくらい買おうかしら」

「そのスポドリで撲殺してやろうか⁉︎」

 

 なんつー女だよ……。まぁ、箱買い程度なら何とか持てると思うけど。

 しかし、なんか速水の機嫌がさっきと比べて異様に良くなって、なんかニコニコしながら歩いてる。

 

「んー、なんだか人をコキ使える日って最高ね、この前、ヤケにあなたのテンションが高かったのが良くわかるわ」

 

 ……や、あれは普通に楽しかっただけなんだが……まあ、そんな事は口が裂けても言えない。

 しかし、人をコキ使う事を楽しむとか何つー女だよ。しかもそれを本人の前で言っちゃう辺り、本当に性格悪いな。

 若干、引き気味に速水の後ろを歩いてる時だ。道の端にセミが上を向いて死んでるのが見えた。そういえば、速水って虫とか平気なのかな。ダメそうにも平気そうにも見える。

 速水がセミの横を通り過ぎたので、俺はそのセミの死骸を拾って速水の右肩に置いた直後だった。

 

『ジジッ!』

「「ッ⁉︎」」

 

 生きてんのかよ⁉︎

 二人揃って肩を震わせ、速水は振り返りながら、俺はその場で、お互いに向かい合うように尻餅を着いた。

 何事か、みたいな顔をしていた速水だったが、俺がセミを乗せたと分かるや否や立ち上がり、俺の上に馬乗りになって思いっきり首を締めて来た。

 

「色々言いたいことはあるけど、まずなんであんたまで腰抜かしてんのよ……!」

「グェッ……!ちょっ…締まっ……ギヴギヴ……!」

 

 死ぬ、死ぬって……!ていうかテメェいろんな人が歩く街の中で男に跨って首絞めてんじゃねぇよ……!

 

「死ぬ……死ぬって……!」

「謝んなさい」

「ごぇんなさい……!」

「聞こえないわよ」

 

 こ、この女……!俺に肉体言語を望むとは良い度胸じゃねぇか……!

 両手で首を絞めてる速水の両手首を掴んだ。

 

「っ……!」

 

 ググッと力づくで両手を離させた。

 

「この馬鹿力……!」

「ごめんなさいって言ってんだろクソ女ァ……!」

「何逆ギレしてんのよ……!」

「つい魔が差してすみませんでしたァッ……‼︎」

「ごめんなさいの態度じゃないわよねそれ……‼︎」

 

 グググッと押し合いが続く中、視線を感じて二人揃って辺りを見回すと、通行人にめちゃくちゃ見られていた。

 

「……」

「……」

「……い、行きましょうか」

「お、おう……」

 

 二人して足早に歩き始めた。

 まだ目的地にも着いてないのに、疲れちゃったんだけど……。

 

 


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