速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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仲良い奴ほど一緒にいるだけで夏休みの計画が決まる。

 一口に買い物、と言っても色々ある。自分の欲しいものだけを買いにきた時や、何となくふらっと寄って欲しいものが割とあった時、学校で必要なもの、これから始める新しい部活、お使い、色々だよ本当に。

 ここで、確率の計算というものを押さえておきたい。統計学というものだ。アレをやれば、無限大に広がる可能性の中の内、たった一つの虚数の彼方に等しい確率によって我々の生活は成り立っているものだと言う事を理解してもらえると思う。

 しかし、俺が今付き合わされている買い物は確実に男には一生無縁の場所だ。つまり、統計学的にもミクロの世界レベルに小さな数字の可能性を引いたと言えよう。

 そう、水着売り場(女性用)である。

 彼女がいれば可能性は十分あるって?分かってねぇなぁ、彼女はそういうの当日の楽しみにしたいから本番まで見せないんだよ。つまり、一緒に行くことはない。

 

「ね、河村。これならどう?」

 

 選んだパレオの水着を自分の体にあてがう速水。

 そんなの俺に言われても知らねーよ、と思ったが、よくよく考えたら最初に見た速水は下着姿だったな……。

 その時の様子をトレースし、脳内で着せ替えカメラの如く頭の中で着させてみた。

 ……ふむ、速水の大人っぽさが出て、割と似合ってる気もす……。

 

「……何?照れちゃって反応できないの?」

 

 ……そういう魂胆だったか。

 イラっとしたのでハナクソをほじると、右手の小指にハナクソがついてるのを確認し、速水に近付いて頬に擦りつけた。

 直後、頬のハナクソをハンカチで拭いながら俺の頭をガッと掴む速水。

 

「あ、ん、た、は……!何をしてくれてんのよ本当に……‼︎」

「オイオイ、物理攻撃が俺に効くと思ってんのか?あと握力70キロはつけて出直して来い」

「ふーん、ところで知ってた?女性って身嗜みの為に小さなハサミを持ち歩いてるのよ」

「や、ごめん。刃物は通るから普通に。物理防御(打撃)だから。斬撃や刺撃、銃撃は効果抜群だから」

 

 やたらと喧嘩が強いのも考えものだなぁ……。万が一、速水と殴り合いの喧嘩でもしたら日本刀とか持って来られそう。

 

「で、どうなの?この水着」

 

 いつのまにか手を離した速水は改めて質問して来た。

 なんだ、感想は本当に求めてたのか。まぁ、例え俺が相手でも男の意見は貴重なんだろうな。

 

「ああ、似合ってるんじゃねぇの。OLとか良く着てそう」

「……あんたって褒め言葉でも人をムカつかせるのね」

「大体、テメェの水着姿なんて見たって興奮しねーよ。前に下着見ちゃってるし」

「あら、てことはあの時は興奮したって事?」

「や、だから着替える時にカーテンも閉めない露出魔の水着でも下着でも見たって何も感じねーって事」

「仮に私がその露出魔だったとしても、人の体型と性癖は関係ないでしょ?だから男はエロ本なんておぞましいもの買うのよね?」

「買ってないから。ちょっ、あんま大声で言わないでくんない、別に買ってないけど」

「このすけべ」

「男はみんなすけべだ!女だってそうだろ!」

「私は男の体に興味なんてないもの」

「じゃあ想像してみろよ!速水のドストライクなタイプの男のブーメランパンツ姿!」

「バカバカしい……。なんでそんなアホな妄想を……」

「で、そいつは速水と海にデートに来て、人気の無い所に連れ込んでこう言うんだ。『……奏、お前の水着姿は性的過ぎる。俺のここももう破裂寸前だぜ……』。で、下半身のはち切れんばかりの水着を下ろして」

「あんた童貞でしょ」

「……」

 

 ……ホンッッットに可愛くねぇ女だな。殺してやりたいくらいに。

 俺もバカバカしくなって、とりあえず水着選びはもう速水に任せようと思って店を出ようとした。

 

「……」

 

 ……今、出ないで速水の元に戻れば面白い事になってそう。

 そんな気を察した俺は、引き返して速水の前に戻った。顔を真っ赤にしてぷしゅーっと湯気を出していた。

 

「お前今、妄想してたろ」

「ーっ⁉︎あ、あんっ……⁉︎なんっ……!」

 

 ほら面白い。こいつ、人前じゃ顔に出さないけど一人の時は顔に出すんだな。

 

「すけべはテメェじゃねぇか」

「……」

「無言でハサミ出すのやめて、マジで通報されちゃうから」

 

 そう言う通り、なんか周りの客の視線がやばかった。

 それに気づき、速水はハサミをしまい、水着を片付けて店を出た。

 

「おい、水着買わなくて良かったのか?」

「あんな状況で買えるわけないでしょ……。ていうか、水着は事務所の方で用意してくれてるんだから別にいらないもの」

「え?じゃあなんであの店入った?」

「あんたの居心地悪くなるんじゃないかなって思って」

 

 こいつ、本当に最悪だな……。

 や、まぁ基本は今日は奴隷なんだから従うしかないんだが。

 

「でも、せっかく荷物持ちなんだし、買っていっても良かったかもしれないわね……」

「水着一着じゃ大した重さにならないけどな」

「女の子の水着持ってれば余裕で変態待った無しでしょ」

「ねぇ、なんでさっきから社会的に抹殺して来ようとすんの?」

「物理的には勝てないからよ」

 

 ……本当に喧嘩強くて後悔してる。

 

「あなたの方こそ、水着買ったりしないわけ?」

「俺はいい。海とか行かないし」

「あら、そうなの?」

「ほら、海もプールもヤンキーが多いだろ。喧嘩したくないんだよ、なるべく」

「あー、なるほどね」

 

 まぁ、他にも理由はあるけど……。言わない方が良いだろう、からかわれたくないし。

 

「……もしかして、泳げないの?」

「……」

「え、本当に?」

「……なんで唐突にその質問飛んで来たんだよ……」

「なんか隠してる感じだったから」

 

 何それ……。お前俺に関して詳し過ぎでしょ……。

 

「ふーん?泳げないんだ?」

「うるせーな、別に良いだろうが」

「いやいや、高校二年生にもなって泳げないのはどうなの?」

「は?お前逆に泳げた方が良いとでも思ってんの?人類は海から陸へ進化を遂げたんだよ、海へ戻るのは進化を否定するどころか退化への道を進もうとしてるだけだろ」

「そういうよく分からない理屈はいいから。何、泳げないなら教えてあげましょうか?」

「いらねーよ。大体、お前に物を教わるわけないだろ」

「……」

 

 んーっ、と顎に人差し指を当てて考え込む速水。

 やがて、何か思い付いたのか速水はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。あ、このパターンは知ってる。

 

「命令よ。明日辺り、私と」

「断る」

「早いわよ!せめて最後まで言わせなさいよ!ていうかあんたに今日は拒否権なんてないんだからね!」

 

 や、まぁそう言われたらそうだが……。

 

「あなた、次の私の休日に一緒にプールに行きなさい」

「は?」

「厳しくスパルタに泳ぎを叩き込んであげるわ」

「マジかよ……面倒臭ぇ……」

 

 大体、お前に教わったくらいで泳げるならカナヅチじゃねーっつーの。

 

「とにかく、決定だからね。日にちが決まったら言うから」

 

 まぁ、性格さえ気にしなければ外見は良い子だし、良い機会だと思うか。

 

「ふふ、溺れてもついうっかり見捨てちゃったらごめんなさい」

「お前ほんとにこの野郎……」

 

 男なら多分最低でも5回殺してる。

 少し憂鬱になりながら、二人で買い物を続けた。

 次のお店はランジェリーショップ。来たよ、男が入りにくい店堂々の2位。ちなみに3位は化粧品の店である。

 しばらく速水の下着選びを後ろからついて行き、なるべく視界に入らないようにスマホをいじりながら歩いた。速水の方を見なくても、気配を察知すれば大体移動したかどうかくらい分かる。

 

「ね、河村。これどう思う?」

「いんじゃね?」

「……」

 

 顔もあげない生返事が気に入らないのか、速水は少し黙り込んだ。で、俺の顔とスマホの間にシュッシュッと手を往復させる。

 

「ねぇ、聞いてるの?どうこれ?」

「……」

 

 最近のスマホは便利だ。カメラを起動するだけなら視界に入れる必要もないから。

 速水の手の下で一度画面を落として付け、ロック画面になった所を左にスワイプしてカメラを起動した。

 で、サッと速水にカメラを向けた。写されたのは、下着を持って怒った顔をする速水。

 今更、現状を理解したのか、速水は頬を膨らませた。

 

「ち、ちょっと!何勝手に撮ってるのよ!」

「や、ついうっかり。ビッチ臭いことしてるビッチが目に入ったから」

「だ、れ、が!ビッチよ!あんた女性への失礼も大概にしなさいよ⁉︎」

「や、今回は自業自得だろ。下着を男に見せるか普通」

「あんたなんか男と見てないわよ!」

 

 などと言い争いをする事しばらく、またまた店員とお客さんの視線を集めてることに気付いた。

 

「っ、も、もうっ……!あんたと一緒だとゆっくりお店も見て回れないじゃない!」

「お前が売って来た喧嘩だろうが!人をからかう時でも最低限の恥じらいは持ちなさい!」

「なんで上からなのよ!学校の先生なの⁉︎」

 

 と、アホな喧嘩をして尚更視線を集めてしまった。

 とりあえず、またまた店を出て、二人して目を合わせることもなく不機嫌そうな顔で歩いた。

 

「それはそうと、あんたさっきの写真消しなさいよ」

 

 唐突に速水が声をかけて来た。

 

「えー、なんで?」

「肖像権侵害で訴えるわよ」

「いやまぁ消せといえば消すけどさぁ……」

 

 俺だって速水の写真なんかいらないし。ただ、ちょっともったいない気もするけど……。

 

「あ、そうだ」

「何?」

「や、今日の晩飯どうしようかなって思っただけ」

「あー、どうしましょうか。食べて行く?」

「なんか食いたいものある?」

「うーん……あ、近くに美味しい焼肉屋ならあるけど」

「俺は良いけど、そっちは焼肉食って平気なのか?」

「そうよね……」

「はい、消したよさっきの写真」

「そう……。消したの」

「お前が消せっつったんだろ」

「いや?あなたの事だし、脅迫材料にして来るんじゃないかって思っただけよ」

 

 まぁ、会話で気をそらしながら塩見さんに送ってから消したんですけどね。

 これでしばらくはいつでも保存できて脅迫材料に出来る。

 

「ま、晩御飯については後で考えましょう。それより、そろそろ本題に入らないと」

「あ?なんかあんの?てか今までの買い物はなんだったの?」

「撮影会の準備なんて事務所側が済ませてくれてるに決まってるじゃない。私が持っていくのは着替えと下着と石鹸類と歯磨きくらいよ」

「お前ほんとにいい性格してるよな……」

 

 要は男には入りにくい店を入るっつー嫌がらせのためね……。割とマジでバカなんじゃないのこいつ。

 大体、荷物持ちにするんじゃなかったのかよ。

 

「で、本題って、どこに何しに行くんだよ」

「んー、浴衣を選びに」

「ゆたか?原?」

「分かりにくい上に懐かしいボケはやめなさい。私のお友達の大学生の浴衣を見繕いに行くだけよ。今夜、お祭りがあるらしくて、その子は好きな男の子とお祭りデートするみたいよ」

「へー。じゃあ俺もう用済みじゃね?」

「そうもいかないわよ。男の子の意見だって欲しいし」

「あーそうかよ……」

 

 しかし、祭りねぇ……。……祭り、か。俺が祭りに行くとすぐにヤンキーが絡んで来て血祭りにシフトチェンジしちまうから少し楽しみだわ。

 

「何、遠い目してんの?」

「いや、嫌な思い出に浸ってただけだ……」

「……血祭り?」

「なんで分かるんだよ……。や、大体理由は分かるけど。頼むから思い出させないでくれ」

「んー……あ、じゃあ私と夏祭り行く?」

「なんでだよ……。お前鬼なの?」

「や、そうじゃないわよ。夏祭りに対するイメージを変えてあげるって事」

 

 えぇ……東京にもヤンキーはたくさんいるし、脅しで何とかなる相手ならともかくしつこいタイプは泣くまで殺しちゃいそうなんだけど……。

 

「大丈夫よ、ああ言うお祭りには割と警備員とかが近くで徘徊してるものだから、喧嘩の前に助けてもらえるわよ」

「……そんなのうちの地元の祭りにはいなかったが」

「都会と田舎の差ね」

 

 ふむ、まぁ速水がそこまで言うなら……。

 

「じゃ、行きますか」

「決まりね」

 

 そんな話をしながら浴衣の店に到着した。まぁ、そう言っても本人はいないしどんな柄のものが良いか二人でいくつか候補をあげるだけ。

 ……なんで顔も見た事ない大学生の浴衣を選んでるんだろう、俺。

 

「どんなのが良いと思う?」

「そう言われてもな……。その子がどんな子なのか知らんし……」

「簡単に言うと最近オタクになった大人しい純粋な読書家よ。19歳ね」

「内面的なことを言われてもな……」

「外見は髪は長め、前髪も。頭にヘアバンドをつけてて、なんかもう見るからに大人しそうで本が好きそうな子よ」

「ふーん……なら、青じゃねぇの」

「そんな安直な回答は聞いてないのよ。もっとこう……あなたならどんな風にする?みたいな」

「せめて写真見せてよ」

「ああ、そうね」

 

 言いながらスマホをいじる速水。で、画面を見せて来た。

 

「うわ、可愛いなこの人」

「あら、こういう子が好みなの?」

「超好み(即答)」

「……ふーん、そうなの」

「なんつーか……俺と正反対じゃん?大人しそうだし、綺麗だし、喧嘩とは一番無縁そうじゃん」

「それに素直だし純粋だし、あんたと違って気は短くないし、口も悪くないし、可愛いしね」

「テメェ、遠回しにディスってんだろ」

「あら、今更気づいた?」

「……そーだなぁ、つまりお前とも正反対って事だもんな」

「……悪かったわね、バーカ」

 

 ……何こいつ、なんで急に機嫌悪くなってんの?いつもの口喧嘩だろ。まぁ、今はこいつの奴隷だし、機嫌悪くしたなら少し黙るか。

 しかし、こんな子の浴衣なら真剣に選ばないとな。そう考え直して、顎に手を当てた。

 

「……んー、でもやっぱ青だな……」

「あら、無難な性格なのね。チキンなのが良く分かるわ」

「ちげーよ、好きな男の子とデートなんだろ?なら、攻防一体、基本は守りだけど柄や浴衣の作りで攻めた方が良くない?」

「……意外と真面目なのね」

「他人だからってテキトーな事言うほど性格悪くないわ」

 

 だから、その少し見直したような顔やめろ。そんなに俺のイメージ悪いのかよ。

 

「……一応聞くけど、あなたの好みはどんなの?」

「あ?」

「ほら、文香限定じゃなくて普通にあなたの好みの色」

「文香って誰だよ」

「私達が選んだ浴衣の子よ。それくらい話の流れで分かるでしょ。考えない脳はただのブドウ糖の塊よ」

「テメェホントブッ殺すぞ」

 

 大体、なんでそんな事……や、まぁ普通に答えるしかないか。

 

「俺はー……そうだな。紫とか?」

「あら、どうして?」

「濃い色が好きなんだよ」

「……ふーん、そうなの。ま、どーでも良いけど」

 

 じゃあなんで聞いたんだよ……。

 モヤモヤしながらも、とりあえず青基調の浴衣を二人で選んだ。

 

 


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