人類は何故、プールや海などではしゃごうとするのだろうか。いや、この際、海は良い。だが、何故プールなど作ったのだろうか。
だって意味分からんじゃん。そもそも、ヒトは海から陸に進化した生き物であり、さらにはその地上で様々な文化や科学を発展させて来た。
それは勿論、海で使うものも作って来てはいるが、浮き輪しかり船しかり釣竿しかり、人が泳がないでも仕事ができるものの方が多い。
水中で使う物ももちろん、ダイビングスーツやゴーグル、酸素ボンベなどあるが、お前ら全員基本的に三位一体で発揮するもんだろ。明らかに水上で使うもののが多い。
それに加え、近年は地球温暖化だのと環境問題も深刻になりつつある。プールは少なくとも学校に設置するのみで、遊ぶ用のプールなんか作るべきではない。水の無駄だ。
つーかさ、そもそも俺は津波対策で将来は埼玉辺りの海に面してない場所に住む予定だし、就職も直接的な水関係は避けるつもりだから泳げなくても良いと思うんだよ。
「だから、俺やっぱ行くのやめるよ」
「ダメよ。あなた、約束の一つも守れないの?」
……それを言われると申し訳なくなる。前に出かけた時の命令だ。これだけは遂行せねばなるまい。
現在、速水の休日を利用してプールに来ている。既にプールの前に来ていて、入り口前で俺がゴネている感じだ。
「や、そう言われるとそうなんだけど……」
「それとも何?私が水着姿だと緊張して一緒にいられない?」
「ああ、もうそれで良いや、それで良いから帰ろう」
「テキトー過ぎじゃないの⁉︎あんたホントムカつくわね!」
しかし、命令とあれば仕方ないか……。
小さくため息をつきながらプールに入った。ここのプールはそんなに大きいプールではなく、なんていうか……普通のプールだ。大きなプールが二つ、ウォータースライダー、それと競泳用プール、あと子供プールがあるだけ。
要はサ○ーランドほど大きくはないということ。だから、来てるのは親子連れよりも学生同士の方が多い。
とりあえずお金を払って入場し、更衣室前で速水に手を振った。
「じゃ、また後で」
「ええ。後でね」
……また後日な!
速水が更衣室に入ったのを確認すると、俺は更衣室から出て出入り口に走っ……!
「あなたの手口なんてバレバレよ」
「……」
ガッ、と。ガッと首に腕を回されて確保された。
「次に逃げたら、あなた私の下着姿を見たことをご両親に密告するからね」
「テメェ……」
この女どこまで黒いんだよ。黒過ぎて逆に白いわ。ヤベェ、自分で何言ってるのか分かんねぇ。
しかし、そんなことされたら俺の命が危ない。俺の喧嘩の強さは母親譲りだし。
仕方なく従って更衣室に入った。海パンはわざわざこの日のために買った。中学の時の学校指定海パンは小さいし、海やプールには基本的に行かないので買わざるを得なかった。
着替えを完了し、ロッカーの鍵だけ持って更衣室を出た。
「ちょっと、遅いじゃな……えっ」
既に着替えを終えた速水が待機していた。
「……えっ」
思わず手からロッカーの鍵を落としてしまった。
……え、誰?この美人なお姉さん。ビキニとパレオ、それも情熱的な赤の水着に身を包んだお姉さんは、明らかに高校生ではない。
不覚にも、見惚れてしまうレベルだった。
「……」
一方の速水も、何故か俺の方を見て少し驚いたような表情を浮かべる。
って、何見惚れてんだ、俺。目の前の女はこれでも速水だ。騙されるな、俺。
「……詐欺だよなぁ」
「……ええ、本当に詐欺よね……」
何故かお互いに納得してしまい、とりあえず俺も速水に声をかけた。
「よし、行こうか」
「そうね。それより、何か言う事ないの?」
「は?ああ、待たせて悪い」
「それもだけどそうじゃなくて」
「あ、帰る?」
「ボケ待ちじゃないわよ!私を見て何か言うことはないわけ⁉︎」
「……ん、あ、ピアス開けたんだ」
「なんでそっち⁉︎ていうか、よくそこ気付いたわね!そっちはピアスつけてる時に言いなさいよ!」
そうじゃなくて!と頭をかきむしって俺を睨む速水。
「私の服装よ!女の子とプールに来てるんだから何か言う事あるでしょ⁉︎」
「風邪引かないようにな」
「余計なお世話!」
「そのパレオの下ってなんか履いてんの?」
「二人で大喜利大会やってんじゃないのよ!」
「似合ってるよ、速水」
「だからあんたっ……今なんて?」
「さ、行こうか」
「ねぇ、ちょっと今なんて?」
正直、あまり直視出来ない。てか、なんでこいつ本当胸だけ異常にデカいんだよ。というか、胸ばかり見てたけど胸どころかお尻もそれなりなんだけど。
……こいつの彼氏とか幸せ者だろうなぁ。いるかどうかは知らんが。つーか彼氏とかいんのかな。
「ね、ねぇ!さっきなんて言ったのよ!」
「なぁ、速水。お前、彼氏とかいたことあんの?」
「ふえっ⁉︎い、いきなり何⁉︎」
「いや、前々から俺のこと童貞だなんだとバカにしてたから気になってて」
「っ、そ、それは……!」
一瞬、顔が赤くなったが、すぐに目を閉じてコホンと咳払いをすると、冷静な顔を作って冷静な口調で言った。
「あ、あるに決まってるでしょ。今はいないけど、何回か付き合ったことあるんだから。キスだってしてるわ」
「……ふーん」
超嘘っぽいな。まぁ、嘘であれ真実であれ不快だが。
「何?あなたはキスもまだなの?してあげましょうか?」
「いや、仮にキスの話が本当だとしても処女なんだろうなって」
「なっ……し、処女じゃないわよ!」
「え、じゃあヤってんの?アイドルなのに?」
「っ、そ、そういうわけじゃないけど……!」
「まぁどうでも良いけど。じゃ、帰るか」
「なんで帰るのよ!ほら、早く行きましょう!」
チッ、ダメか。
速水は俺の腕を掴んで階段を降り始めた。
「……」
「どうした?」
「……その、あなたも……筋肉すごいのね……」
「ん?お、おう……?」
……今、褒めた?まぁ、ケンカばっかしてたから必然的に筋肉がついたというか……。
とりあえず、ようやくプールに向かった。階段を降りてると、隣の速水が俺の耳に触れた。
「ていうか、あなただってピアス開けてるじゃない」
「……まあ、元ヤンだからな」
「でも、普段つけてないわよね。どうして?」
「なんかつけるとヤンキーっぽくなるだろ」
「そうかしら?オシャレの一環じゃない?」
「極力、喧嘩につながるような事したくないんだよ……」
「ふーん、まぁどうでも良いけど。でも、あなただってその目つきさえ無ければ良い顔してるんだし、ピアスくらいしても平気だと思うけど……」
「そいつはどうも」
まぁ、考えておこう。
そんな話をしながら、とりあえず競泳プールのプールサイドへ。軽く運動をした速水は、足をプールに浸けてから中に入ると、俺の方を見た。
「じゃ、泳ぎましょうか」
「泳げねえんだけどな」
「あら、そうだったわね。じゃあ教えてあげるわ」
この野郎……分かってた癖に……。まぁ、本人は楽しそうだし、もう良いか。というより、事こうなった以上は速水の助けなしでは生きていけない。
そーっと足を着水させた。……冷たくはない、流石温水プール。しかし、深さは速水の鎖骨くらいまである。油断は出来ない。
足を漬けた後はプールサイドに座り、両手で身体を浮かしながら徐々に体を沈めていった。
「早く入りなさいよ」
「うそぉっ⁉︎」
足を引っ張られ、思いっきりプールの中に沈み込んだ。水中でゴボガバともがく。
やべぇ!死ぬ!てかあの女何しやがんだ殺すぞ畜生が!いや、その前に俺が殺され……!
涙目になってると、お腹の辺りを下から急に抱えられて陸に押し上げられた。
「……想像以上ね、あなた」
「はぁっ、はぁっ……!て、テメェ……!」
「助けてあげたんだから感謝しなさい」
「テメェのお陰で死にかけてんだろうが……!」
よく言えたなこいつ……。
「悪かったわよ、もうしないから降りて来なさい」
「……」
「本当に。しないから」
「……」
仕方なく、再び足を水に浸けて水中に体を沈めた。速水でも足がつくという事は、当然、速水より背の高い俺でも届く。
何とか水中で立つと、速水は俺の手を握って来た。
「っ、な、何?」
「水中で目くらい開けられるでしょ?まずはバタ足から……」
「え、無理だけど」
「……あなた、小学校の時にプールで何を習ったのよ」
「何も習ってねーよ。海パンわざと忘れたり、トイレで時間稼いだりしてた」
「姑息なガキだったのね……」
「言い方」
「そのツケが回って来たと思いなさい。とりあえず、手は持っててあげるから、両手両足をまっすぐ伸ばして、太ももから両足を交互に上下にバタつかせなさい」
「はいはい……」
「何その返事。教えてあげてるんだけど。沈めるわよ」
「よろしくお願いします」
……もう絶対こいつとはプールに来ない。そう心に誓った。
で、言われな通りに足を動かしてみた。足を何とかばたつかせてゆっくりと泳ぐ。
「そうよ、その調子。全然泳げるじゃない」
「……」
水面に顔つけてるから返事出来ない。まぁ、それくらい向こうも察してくれるだろう。
それより、そろそろ呼吸苦しくなって来たんだけど。これどうやって呼吸すりゃ良いのかな。
「はい、今ちょうど中間ね。あと25メートル」
まだ中間かよ⁉︎俺、そんなに息もたないんだけど!あ、やべっ、なんか苦しく……!でも、どうすれば良いのか……。
「はい、あと15メートルくら……あの、なんかゴボゴボいってきたんだけど大丈夫……?」
「っ……っ……!」
やばっ、身体の力が抜け……。
ぷかぁっと、身体が浮き上がって来た直後、速水に体を動かされて180°回転した。
ようやく顔が水面から出て、慌てて呼吸をした。
「っはぁ!はぁーっ、はぁーっ……!し、死ぬかと思った……!」
「あんた息継ぎしなさいよ!バカじゃないの⁉︎ていうか今、2〜3分くらい掛かってたんですけど!」
「これだから水の中は……!」
「あんたが馬鹿なだけよ!」
そこまで怒らないでも……大体、ちゃんと息継ぎの仕方教えなかった速水が悪いだろ。
「で、息継ぎってどうやんの?」
「さっきの姿勢から顔を出せば良いだけよ。やってみる?」
「頼む」
「じゃ、今度は向こう側に行くわよ」
言われて手を差し伸べてくれたので、再び泳ぎ始めた。水面に顔を埋め、バタ足で進む中、苦しくなったのでふと顔を上げた。
すると、目の前にはダブルマウンテンがあった。目の前でフヨフヨと揺れている。
「ッ……!」
ま、まずい……!なんて事だ、目の前でおっぱいが揺れてるなんて……!
し、集中出来ない……いやむしろ集中してしまう!クソ、なんでこいつこんなにオッパイでかいんだよ!んな所を大きくするくらいなら器を大きくしろ!いや、ある意味母乳の器でもあるが!
って、落ち着け俺!考えてみればこいつの持ち主は速水だ。こんな奴に欲情してどうすんだ!
……いや、でも速水って実際外見は可愛いし、スタイルも良いし、雰囲気も大人っぽいし……。
あれ?男が惚れるには十分じゃね?なんかそう思うとこうしておっぱい見てるのは役得な気が……。
そんな寝ぼけたことを考えていたからだろうか。急に目の前のオッパイが消え、壁が出現した。
「ブッ‼︎」
当然、止まり方の分からない俺は顔面からクラッシュした。流石にコンクリに硬度は敵わない。良い歳して鼻血が出て来てしまった。
「てめっ、何すんだコラァッ‼︎」
「人にものを教わってる時にセクハラなんていい度胸してるじゃない」
「見てただけだ!触ってない!」
「どっちも気持ち悪いし同じよ」
だからって鼻血出させるのはやり過ぎだろ!喧嘩で鼻血出したこともないのに……!
「ちっくしょう……。ちょっとトイレ行って来る」
「トイレで何する気よ」
「は?鼻にトイレットペーパー詰めるだけだけど」
「え?あ、そ、そう……」
「え、なんだと思ったの?」
「な、なんでもないわよ!」
とりあえず、鼻にティッシュを詰めに行った。
戻って来ると、速水は一人で競泳プールで泳いでいた。俺と速水の相違点がもう一つあったようだ。俺は泳げなくてあいつは泳げる。
……何つーか、なんか申し訳ないなぁ。俺なんかのためにわざわざ休日潰して泳ぎを教えてくれるなんて。まぁ、多分俺より優位に立ちたいだけなんだろうけど。
「……」
その泳いでる姿を何となく眺めてると、向こうまで到達した速水が水面から顔を出した。
俺に気付くなり、こっちに向かって大きく手を振って来たので、とりあえず小さく手を振り返した。
……もしかして、あいつ普通に泳ぎたいだけだったんじゃねぇの。今度行く海だって、仕事で行くんだしもしかしたら自由に遊ぶ時間がないのかもしれない。
まぁ、ただ泳ぎたいだけで俺を誘うのは普段から喧嘩してる身としては誘いにくい、だからわざわざあんな遠回しに誘って来たのかもしれない。
……ふっ、まったくツンデレガールめ。仕方ない、構ってやるか。
その場でクラウチングスタートの姿勢を取ると、思いっきりダッシュした。
で、地面を蹴って空高く跳び上がった。
「えっ」
速水から焦ったような声が漏れた。
それもそうだろう。俺のジャンプ力は低めのマンションなら二階までジャンプで上がれるから本当に高い。
太陽を背にした後、速水の近くに降りて水飛沫で水をぶっかけてやろうと思った。
そのままドボン!と水の中に入った。が、この時の俺は忘れていた。さっきまでの俺は確かに泳げていたが、それは速水の助けがあってのことだ。
つまり、こういう事。
「あっばぁあああ!た、助けてくれええええ!」
「何やってんのよあんたは!」
もがく俺を慌てて速水は回収してくれた。
×××
その後は二人で泳ぎの練習も交えて泳いだり遊んだり喧嘩したりした。
で、今は更衣室の前で速水を待ってる状態。やっぱり速水と一緒にいるとムカつくけど楽しい。
……まぁ、この思い出話を共有できる相手はいないんだけどね。スマホをいじって「友だち」の所を見ても両親と前の地元でよくお世話になった警官とシューコちゃんと上野と店長だけだ。
「……」
なんでこいつ上野なんだろう……。まぁどうでも良いが。
そういえば、俺って速水の連絡先持ってないんだよな。まぁ、別に必要ないけど。
そんな事考えながら待機してると、背後から「お待たせ」と、声が掛かった。
「遅ぇーよ」
「女の子なんだから仕方ないでしょ。……ていうか、あんたまだちょっと髪濡れてない?」
「え、そう?」
「そうよ。子供じゃないんだからちゃんと拭きなさい。風邪引くわよ」
「引いたのはてめーだろ」
「いいこらこっち来なさい。拭いてあげる」
「いらんわ、お前は俺の姉か」
「実際、私の方がお姉さんっぽいでしょ」
「いや俺のが兄っぽいだろ」
「髪ちゃんと拭けないのに?」
「体調管理も出来ないのに?」
「ああもう、そうやってすぐに言い返すのが子供っぽいのよ。あっち向いて」
「そのセリフ、そっくりそのままリフレクターなんだが……」
呟きながらも従って背中を向けると、頭にフワッと何か乗せられた。
タオル?と理解する前にわしゃわしゃと頭を拭かれてしまった。
「ちょっ、やめろっつの!」
「はいはい、大人しくしなさい」
「お前ほんとに姉かっつーの……」
ようやく満足したのか、速水はタオルを取って鞄にしまった。
「さ、帰りましょう」
そう言って、俺の前をさっさと歩き始める速水。
嫌がらせにしても世話になるにしてもやられっぱなしは俺の性に合わない。
途中、見つけたアイスの販売機で紙に包まれたチョコアイスを二つ買うと、片方を前を歩く速水の首筋にあてた。
「ひゃわっ⁉︎」
驚いたのか、速水はヘルツのたっかい声を上げて震え上がった。お陰で周りの人達は速水の方に視線を注ぐ。
慌ててこっちを振り返ったので、ニヤッと嫌味な笑顔を浮かべてアイスを差し出してやった。
「おら、授業料」
「っ……ありがたいけど首筋に当てた理由は?」
「ん、なんか腹立ったから恥かかねーかなって」
「あんたホントに……!全然感謝してないじゃない!」
「いいから食えよ、溶けるぞ」
「誰の所為よ誰の!大体、あなたはいつもいつも……!」
とりあえずアイスを受け取ったものの、口喧嘩しながら帰宅した。
しばらく口喧嘩が続いたものの、いつのまにかいつもの雑談に変わっていたが、まぁいつものことなので気にしない。
速水の家の前に到着し、そこで俺も速水も足を止めた。
「じゃ、また今度な」
「ええ。また今度」
何となく、いや本当に何となくだけど、すぐに別れてしまうのが名残惜しくなり、何となく速水の後ろ姿を見送ってると、速水も同じだったのか玄関の目の前で足を止めた。
で、何を思ったのか、こっちを振り返って胸前で小さく手を振った。
「……ねぇ」
「あ?」
「今日は、楽しかったわ」
「え?」
「お祭りも、楽しみにしてるから。じゃあね」
そう短く微笑みながら言って、速水は家の中に入って行った。
俺もだよ、とも、急に何?とも、言い損ねてしまった俺は、何となく最後の速水の笑みが忘れられず、ボンヤリした様子で自宅に向かって行った。