速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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近くにいる女ほど可愛げなく見える。

 夏休みの予定はまだまだ続く。今日は夏祭りの日だ。

 なんだか向こうにも予定があるようで、集合時間……というか出発時間は8時。まぁ、現役アイドル様は昼は忙しいんだろう。

 そんなわけで、俺はそれまでの間は夏休みの課題を済ませていた。高校だからそんなにたくさん出てるわけではないが、まぁ少なくもない。

 けど、この程度の問題なら俺の敵ではない。速攻で終わらせて宿題を終了し、ノートを束ねた。

 

「ふー……」

 

 終わらせて後ろに倒れた。今日は8月11日。なんか最近できた「山の日」と呼ばれる休日だ。

 なので、家に親がいるので、自室のクーラーをつける事を許可されている。

 そんな休日なのに速水は今日は朝から出かけたようで、本当にザマァ味噌汁たくあんポリポリ鼻毛モジャモジャ鼻くそ満タン。

 なんて小学生の時に流行った煽り文句を頭の中で浮かべながら、床に寝転がった。

 夏場は多少の硬さに目を瞑っても床の方がひんやりしてて気持ち良い。まぁ、一定時間以上いるとあったまってしまうんだが。

 で、新たな冷たさを求めて体を横に転がす、俗に言うゴロゴロする、というもので往復しながら漫画を読んでると、ふと時計が目に入った。

 時刻は7時。速水が帰ってくるまで30分といったところか。そろそろ俺も準備しようかな、そう思って立ち上がった時だ。

 

「あーもうっ、文香が恥ずかしがるから遅れそうじゃない!」

 

 速水が向かいの部屋に入って来て、何故か俺は隠れてしまった。や、本当に何となくだが、なんか面白いものを見れる気がする。

 ていうか、帰宅予定時刻より30分早くねぇか?それなのに遅れそうってどういう事?

 とりあえず、耳を澄ませてバレないようにチラッと向かい側の窓を見た。

 

「全くあの子はもう……!急がないと……!」

 

 何をそんなに焦ってんだよ。あと一時間あるんだよ?飯だって別にこれから食いに行くんだし気にしなくて良いのに。もしかして、何かやらなきゃいけないことでもあんのか?

 

「ねー、困っちゃうわよねー。まぁ、そんな所も可愛いんだけどねー」

「っ⁉︎」

 

 思わず吹き出しそうになり、口を押さえて壁沿いに隠れた。だってあいつ、いきなりアシレーヌの頭を撫でながら話しかけるんだもん。

 え、何あれ。あいつにあんな一面あったの?あのクールビューティの名を欲しいままにしてたあいつにこんな一面が?

 あ、ヤバイ……。ギャップ萌えがちょっと可愛い。なんかあいつを見る目が180°変わりそ……。

 

「でも困るといえば河村よねー。あいつ、もう何がとは言わないけどホントムカつくものねー」

「……」

 

 ……前言撤回。やっぱ全然可愛くねーわ。どんな顔してんのかは見えねーけどどうせ楽しそうな顔してんだろうな、ぬいぐるみにすら楽しそうに愚痴るとかどこまで俺のこと嫌いなんだよ……。

 やがて、ぬいぐるみに声をかけなくなった速水は、一度部屋から出て行った。

 なんかすっごいホッと一息ついて、俺も準備を再開した。財布とスマホと扇子を持って小さなポーチに入れた。

 とりあえず軽くワックスで髪を整えて、それと去年何となくかったネックレスをつけようか悩んでると、またまた速水の部屋のドアが開いた。下着姿の速水が入って来た。

 

「っ⁉︎」

 

 あ、やべっ、また隠れちまった……。ていうかテメェも学習しねぇなオイ。見せてんのか?

 どうしよう、このままじゃ何も出来ないんだけど……。

 冷や汗をかいてる間に、速水は次のステップへ。鼻歌を歌い始めた。何してんのか、そろそろ着替え終わったのか、と思ってそっと向こうを見ると、下着のまま化粧をしていた。

 

「……」

 

 ……なんだろう、この罪悪感。学習しないあのバカが悪いのに。

 とりあえず、見ちまったもんは仕方ないし、少しは誠実であるべきかもしれない。

 立ち上がり、午前中暇過ぎてゲーセンに行って取ったサーナイトのぬいぐるみを持って開いてる窓の向こう側にぶん投げた。

 速水の頭に直撃し、慌てた様子で速水はこっちを見た。

 

「っ⁉︎あ、あんたまたっ……!」

「悪かったよ。でもテメェも学習しろバカ」

「はぁ⁉︎」

「じゃ」

 

 それだけ言って鞄を持って部屋から出た。

 

 ×××

 

 一足先に準備を終えた俺は、のんびりと家の前で速水を待った。

 しばらくスマホをいじってると、ガチャっと隣の家の玄関が開く音がした。

 姿を現したのは速水さん家の奏さん。ただし、薄紫の浴衣を着ていた。

 

「っ……」

「お待たせ」

 

 ……どうしよう、超似合ってる。ていうか、わざわざ俺の好みの色の浴衣まで選びやがってよ……。

 しかし、なんか褒められる雰囲気ではなかった。なんか速水の機嫌が悪い。まぁ、そりゃさっきガッツリ見ちまったからなぁ。

 

「スケベ」

「本当のスケベなら黙って最後まで見てんだろ」

「……まぁ、謝ってくれたから別に良いけど。私にも、5%くらい非はあるし……」

「随分と消極的な」

「私にそれ以上の非があるとでも言いたいわけ?」

「おまっ、2回目だぞ2回目。その鳥並みの学習能力でよくそう言えるな」

「あんたこそ2回目なんですけど?」

「……」

「……」

 

 チッ、やっぱ本当可愛くねぇなこの女。行く前から行く気失せて来たわ。

 このまま解散もあり得るなーなんて考えてると、速水から「……のよ?」とか小さ過ぎて聞き取れない声が聞こえた。

 

「あ?」

「だから……ど、何処から見てたのよ……」

 

 気が付けば、頬を赤らめてチラチラとこっちを見ている。

 ……あー、そういやアシレーヌに話しかけたりもしてたっけ……。むしろそっちで怒ってる可能性すらある。

 まぁ、恥ずかしいもんな、ああいうの。ある意味では下着見られるより恥ずかしいもんな。

 なら、こっちはこっちで気を使わなければなるまい。

 

「ぬいぐるみに愚痴るのって毎日やってんの?」

「ーっ!」

 

 ボグッと俺の顔面に振り抜かれた速水の鞄が直撃した。

 

「テメッ、何すんだコラァッ‼︎」

「るっさいわよ!忘れなさい!」

「やだね!絶対やだね!河村家の歴史に語り継いでやるもんね!」

「忘れるまで殴るわよあんた!」

 

 そう言って再び鞄を振り上げる速水だったが、浴衣を着てるとその人の機動力は著しく低下する。

 しかも、ご丁寧に足には下駄っぽいものを履いてるため、速水は足をもつれさせて、ガクッと前のめりに姿勢を崩した。

 反射的に反応してしまい、俺はその速水を正面から抱き抱えるように支えてしまった。

 すると、速水の耳が真っ赤になってるのが見えた。

 

「……気を付けろよ」

「……うるさいわよ」

 

 半ば呆れつつも、速水を立たせて二人で歩き始めた。浴衣は歩きにくいのか、いつもより歩行速度が遅い速水に合わせ、俺もゆっくりと歩く。

 

「……ねぇ」

「あ?」

「何か言うことはないの?」

「ラーメンマン?」

「そうよね、あなたそういう人だもんね……」

 

 あ、今なんかすごい呆れられた。

 頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てた後、速水は若干俺から離れて、両手を広げて聞いて来た。

 

「どう?」

 

 ……ああ、自分の浴衣姿がどうか聞いてんのか。

 

「ほんと、着物ってあれだよな。無乳を目立たなくする割に巨乳は目立つから不思議だよな」

「最近、分かったんだけどね?あなた、照れてる時は人を茶化すのね」

「……」

「素直に女の子を褒められないなんて、可愛いところあるじゃない」

 

 ニヤニヤして言いながら、歩み寄ってくる速水。正直、図星なので何も言えなかった。

 

「ねぇ、黙ってちゃ分からないわよ?優衣ちゃん?」

「……るせーよ」

「ふふ、あなたこそ珍しくワックスつけてるのね。とても素敵よ?」

「悪いけど、こっちはこっちで、照れてる時は耳が赤くなるっていうの分かってるんだからな?奏ちゃん」

「ーっ……!」

 

 顔を赤くして俺の肩をぽかぽかと叩く速水。それを受け止めながら、久々につけたワックスを褒められてなんとなく嬉しかったので何も言わないでおいた。

 本来なら、このままからかい合戦をしてやっても良いんだが、そもそも8時スタートって時点でかなり出遅れている。スルーでいこう。

 

「で、祭りってどこでやってんの?」

「とりあえず電車に乗りましょう」

 

 え、電車で行くの?や、まぁ良いけど……。

 

「ちなみに、祭りってどれくらいの規模?ヤンキーは何人来るの?」

「あんたどんだけ心配になってるのよ……。まぁ、確かに気持ちは分からないでもないけど」

 

 えーっと……と、顎に人差し指を当てて思い出そうとする速水。

 

「まぁ、私が去年行った時はそれなりにヤンキーっぽい人達はいたけど……でも目立った喧嘩とかは見てないわ」

「ふーん、ならまぁ平気か」

「絡んでくる奴もいると思うけど、まぁ大丈夫よ。近くに警備員もいるんだから、助けを求めれば何とかなるわ。後はあなたが喧嘩を買わなければ済む話だし」

 

 まぁ買わないから大丈夫。よっぽどトサカに来ることが無けりゃ問題ない。

 そんな話をしながら電車に乗り、お祭りに向かった。

 会場はかなり盛り上がっていて、屋台がたくさん並んでいた。やはり、屋台からたこ焼きやらお好み焼きやら焼きそばやらの良い香りが漂っていた。

 

「さて、何食う?」

「そうね……。何食べましょうか」

「好きなもん食わせてやるよ。それなりに金あるし」

「あら、奢ってくれるの?」

「そう」

「じゃあ、何にしましょうか」

 

 言いながら、お祭りに参加した。

 いろんな屋台がある中を、二人で見回りながら人混みを歩く。周りに押されて必然的に速水と俺の身体はくっ付くが、正直人口密度高過ぎによる暑苦しさで興奮してる暇などない。

 

「……おい、マジで何食うよ。とりあえず買って落ち着けるところに退避しない?」

「そうね……。というか、なんでこんなに今日は人が多いのかしら……」

 

 なんでですかねぇ……。まぁ、考えても分からないので、とりあえず近くの屋台に向かった。

 

「何食べる?」

「たこ焼きとかどう?」

「ああ、良いね。そうしようか」

 

 二人で近くのたこ焼きの屋台に向かった。この際、値段は選んでいられない。

 無論、俺の奢りでたこ焼きを2パック購入し、近くのベンチに座った。ふぅ、と隣の速水は一息ついた。

 

「はぁ……なんか今日のお祭りは大変ね……」

「それな。こうなったら、外側から攻めて空いてる辺りから参加するとしようか」

「そうね。ま、今はたこ焼きを食べましょう」

 

 それに頷き、長袋からたこ焼きを1パック渡した。

 俺も袋からたこ焼きを出して、割り箸を割って一つ目を食べた。ん、屋台のたこ焼きもそれなりに悪くないな。

 

「ねぇ」

「ん、なんだお前。美味いぞ、食わないの?じゃあもらうわ」

「ちっがうわよ!箸を伸ばさないで!私の箸は?」

「ん、あー、忘れてた。ちょっと待って」

 

 言いながら、袋の中をガサガサと漁った。

 ……あ、あれ?お箸が見当たらないな……。ていうか、何も入ってないな……。

 

「ちょっと、何してるのよ」

「すまん、箸ないわ」

「はぁ⁉︎ど、どうするのよ!」

「俺の箸で良ければって感じになるけど……」

「そ、そんなの無理よ!だ、だってそれ、かっ、かかか……!」

「……」

 

 今ので確信したわ。

 

「お前、ほんとはキスなんてしたことないだろ」

「っ⁉︎な、何よいきなり⁉︎」

「だってこの前、キスした事くらいあるとか言ってたじゃん。嘘っぽいなーとは思ってたけど、間接キスで赤くするって事はやっぱしたことないんだろ」

「っ、う、うるさいわね……!」

「……まぁ、どーでも良いけど」

 

 そっか、こいつキスとかしたことないのか。

 べつに深い意図は無いが、何となくホッとしながら残りのたこ焼きをさっさと食べると、速水に箸を差し出した。

 

「あい」

「つ、使えって⁉︎」

「使うしかないだろ。必要なら洗ってくるけど」

「……じ、自分は先に食べたからって……!」

「別になんとも思わないから。さっさと食えよ」

 

 渋々、従って速水は俺の箸を使ってたこ焼きを食べ始めた。実際、間接キスくらいじゃ俺は気にしないけどな。ガキじゃあるまいし。

 数分後、食べ終わった速水と再び祭りに参加した。

 

 ×××

 

 たこ焼きを食べてから30分経過した。

 

「……逸れた」

 

 どうしよう……。

 

 


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