奏は気が付けば、優衣と離れ離れになっていた。
事の発端は、優衣の方だった。なんかいきなりバカが「うお、くじ引きあるやんけ!」とか言い出して走り出してしまったから。
「もう、女の子を置いて何処かへ行っちゃうなんて最悪ね」
まぁ、あいつの中で私は女の子って位置じゃないんだろうけど……と、心の中で付け加えながら辺りを見回した。
たくさん人はいるが、優衣の姿はない。奏は優衣が一瞬でも視界に入れば分かるので、少なくとも視界に入る範囲にはいないんだなとため息をついた。
スマホに連絡しようにも、お互いに連絡先を持っていない。こっそり撮った写真なら何枚か入っているが。
「……ま、まぁ、これでようやく落ち着けるわね」
そう自分を納得させるように呟くと、何故かまたため息が漏れた。
まぁ、自分と優衣だしそのうち会えるだろうと思い、呑気にお祭りを楽しむことにした。
とりあえず目に入ったのは金魚掬い。別に金魚に興味はないが、何となくうちに置いてあるアシレーヌのぬいぐるみを連想してしまい、一回やってみることにした。
しかし、こういうのはなかなか難しい。祭慣れしてる人じゃなければ取るのは大変だ。
それでも最後はコツをつかみ、一匹だけ掬うことができた。
「……ふぅ、よし。次行こう」
金魚を持って移動した後は、輪投げ、りんご飴、くじ、射的とそれなりに一人で祭りを巡ったが、何となく奏の表情は暗かった。
一言で言えば、全然楽しくなかった。普通に景品とか手に入れたし、くじなんてプレ4、射的では少しいい感じのピアスが当たったのに。
いや、原因は少し考えればわかった。だが、分かろうとしなかった。何となく、分かってしまったら何かまずい気がしたから。
とりあえず別のことを考えて誤魔化そうと思い、自分のベッドの上を思い浮かべた。
そういえば、今日はアシレーヌに続いてサーナイトまでもらってしまった事を思い出した。まぁ、厳密には投げつけられただけだが。
なんで一々、自分にぬいぐるみを渡してくるのかイマイチ分からなかったが、まぁどうせ優衣のやることだし嫌がらせの一貫だろうと思い、考えない事にした。
「……って、待った」
なんでかいつの間にか優衣の事を考えてる自分に気付き、ほとほと呆れて額に手を当てた。
「バッカみたい……」
そんな風に呟いて、とりあえずたまたま目に入った綿あめを購入した。
食べながら歩いてると、辺りに人が増えてきた上に、プレ4持ち歩くのが徐々に疲れてきたので、一度お祭りの列から抜けようと思い、通りから外れて公園に来た。
「はぁ……肝心な時に、いないんだから……!」
そう愚痴って公園のベンチに座った。プレ4を隣に置き、綿あめを食べ終えるとゴミ箱に棒を捨てた。
何だか一気にドッと疲れた気がして、軽く目を閉じた。そういえば、結構遊び歩いたけど優衣とは出会えていない。
時刻は既に9時を回っている。あと30分くらいで花火の時間だ。一緒に出掛けた日に限って一緒にいる時間が少なくなってしまい、自分で何をしてるのかと呆れてしまった。
そんな時だ。公園に誰か入って来るのが見えた。優衣かと思ってハッと顔をあげると、大学生くらいの男達がいい年こいて、くじの残念賞のビニール剣を持って戦いながら入ってきた。
「荒んだ心に武器は危険なんです! クロノクルさんッッ‼︎ ブッキュウウウウン! ドオォオオン!」
「ああ、助けてよ、マリア姉さん……!ゴキッ」
「「テッテレー!ブッハハハハ!」」
何が面白いのかよく分からなかったが、とりあえず笑ってた。
バレると面倒なので、サッと顔を隠した。が、その行動はかえって二人の視線を集める結果となってしまった。
「ハハハ! ……あ、あれ? あれ速水奏じゃね?」
「うわ、ほんとだ……。え、一人で何してんの?」
「一人で浴衣着てお祭りとか。誘えば付いてくるんじゃね?」
「それな」
ヒソヒソ話してるつもりの二人は、そう話を合わせると奏の方に来た。
これだから大学生は……と、呆れたが、自分は周りの人から見たらOLに見えるみたいだし、少し冷たい態度を取れば諦めてくれると思う事にした。
「ねぇ、速水奏さん、だよね?」
「一人?なら俺達と遊ばん?」
アイドルだって分かっててよく誘えるね、なんて思いつつもスマホをいじりながら答えた。
「ごめんなさい、人と来てるの。今、連絡をとってるところだから構わないでくれる?」
「なら、その人が見つかるまで一緒に探すって」
「なんならその後も一緒に遊ぼうよ、ね?」
割としつこかった。しかも、連れが女だと思われたらしい。
何となく機嫌が悪かった奏は二人をジロリと睨んで冷たく言い放った。
「しつこい。いいって言ってるの」
しかし、これが二人の大学生の神経を逆撫でしてしまった。
突然、大学生二人の目付きは鋭くなり、その視線に奏の背筋は冷やっとした。
「は?何?心配して声かけてやってんだろ」
「別に俺達お前のファンってわけじゃねーんだけど」
「っ、だ、だからそれが余計なお世話だって言ってるのよ」
「るせーよ、テメェちょっと来いよ」
言いながら、奏の手首を掴む男達。
今更になって余計な事を言ってしまったと後悔し、奏はキュッと目を瞑った。
その直後だった。
「何してんの?速水」
後ろから呑気な声が聞こえた。呑気なのに、何処か落ち着く声だった。逸れてから、自分が一番聞きたかった声。
優衣がいつものムカつく表情で立っていた。
「誰それ、友達?」
「なわけないでしょ」
「じゃあ誰?」
「そりゃこっちのセリフだよ」
大学生達からも声が飛んできた。
「お前がこいつの連れ?」
「そうだけど……え、あんたらは速水の連れ?」
「ちげーよ」
「じゃあ誰の連れ?」
「なんで連れ限定の質問なんだよ。普通にひとりのこいつが可哀想だったから声かけてやったんだよ。そしたら冷たい態度取られて……冗談じゃねーっつの」
「ああ、それそいつ学校でもだから。一人で孤立して声かけてやった俺に冷たい態度取るの」
「え?あ、そ、そうなの?」
「あんたどっちの味方なのよ!」
怒鳴りながら、いつのまにか奏は優衣の背中に隠れていた。
今だに状況が飲み込めてない優衣は余りにも無神経な声で聞いた。
「何、隠れんぼ?ごめん俺有機物だから好きに動いちゃうよ?」
「ちっがうわよ!あんたどこまで鈍いのよ⁉︎あいつら、ナンパよナンパ!」
その直後、優衣の表情が変わった。恐ろしいほどの真顔になり、ジロリと大学生達を睨む。
「……何、速水にナンパしてんのあんたら」
「あ?ちげーよ、ただ連れと逸れたっつーから案内してやろうと思っただけだ」
「なのに、あまりにも失礼な態度取ったから少しムカついてたとこだよ」
「ふーん……。なら、もう用は済んだよな。うちの速水がおせわになりました」
「は?こっちだって不快な気分にさせられたままじゃ話つかねーんだよ」
「どけ、痛い目に遭いたくなきゃな」
言いながら指をコキコキと鳴らしながら歩み寄ってくる大学生。仕方なさそうに優衣はため息をつくと、奏を後ろにさがらせた。
「……退いてろ」
「あ、あんた勝てるの……? 相手、二人の上に多分歳上よ?」
「んー、まぁ、穏便に行こう」
そう言うと、優衣は指を開いたり閉じたりするだけでゴキゴキ鳴らし、とても穏便に済ますつもりのない顔で言った。
「と、いうわけで、速水に手を出す気なら俺が手を出すけど、どうする?」
「あ? んなもん決まって……」
大学生がそう言いかけた直後、優衣はベンチの背もたれに手を乗せた。
直後、メシメシッと背もたれが軋む音がした。ベンチに亀裂が入り、やがて優衣の掴んでる部位だけ砕け散った。
奏も大学生達も驚きの表情で優衣の手元を見ていた。おそらくベンチの破片が手の平に刺さったのか、血が滴っている。
「……で、やる?」
それを全く気にした様子なく、改めて問い掛けると、男子大学生達はそそくさと公園を去った。
なんとか喧嘩しなくて済んだ、と一息つく優衣に、奏は後ろから抱きついた。
「っ、は、速水? どうした?」
「……少し、このままにさせて」
どうした、と思ったが、すぐに理解した。必死に反論していたが、奏も怖かったんだろう。小刻みに震えているのが見えた。
「あんた、来るの遅いのよ……。いつも、呼んでもいないのに顔見せてくる癖に……」
「悪かったな」
「別に、怖くはなかったけど……! でも、不安になっちゃったじゃない……」
「震えてんぞ」
「うるさいわよ……。あんたと違って私は喧嘩強いわけじゃないんだからね……!」
「口の方は達者だけどな」
「……少し黙ってなさいよ」
「へーへー」
軽い返事をしながらも、二人は移動してさっきのベンチの上に座った。
隣同士になっても、頭を自分の胸の上から退かそうとしない奏の頭を軽く撫でてやった。しかし、それでも奏の震えは止まらない。
何か声をかけてやれることはないか、と優衣は考え、とりあえず声をかけてやることにした。
「それよりお前、何が警備員が守ってくれるだよ。全然じゃねーか」
「……仕方ないじゃない、ここはお祭り会場の外れだもの」
「いやいや、普通そういう警備って祭りから多少外れた場所でも見回ってるもんじゃねぇの?」
「……私だって、まさか本当に絡まれると思ってなかったのよ」
「だから言ったろうが、勝手に何処か行くなって」
「言われてないし勝手に何処か行ったのはあんたでしょ」
そうツッコミを入れた直後、そもそもこのバカの所為でこうなったのでは?という考えが頭に浮かんだ。
「……そうよ、そもそもあんたが逸れるからいけないんじゃない」
「人の所為にすんな」
「大体、あなたはいつもそうよ。勝手で、私の都合なんか考えてなくて、突然恩着せがましい事して。本当にムカつくんだから」
「そりゃお互い様だっつーの」
「今日だって、結局一緒にお祭り回ったのってたこ焼きくらいだったじゃない」
「バカ、お前は祭りをエンジョイしてたのかもしんねーけどな、俺はお前のことずっと探して走り回ってたんだぞ」
「……見つからなきゃ意味ないわよ。それに、楽しんでなんかないし」
「こんな景品貰っといてよく言うわ」
ポンポンとプレ4を優衣が叩いたが、奏は小さく首を振った。
「……本当よ」
「あ?」
「あんたがいなきゃ、全然楽しくない……」
「……」
そんな普段の奏からは絶対出ない言葉を言われたからだろうか、おもわず優衣は黙り込んでしまった。
が、すぐにガリガリと後頭部を掻きながら言い返した。
「……そいつは悪かったな」
「謝りなさい」
「今謝っただろうが」
「自分が悪かったのを認めただけでしょ今のは。謝るっていうのは『ごめんなさい』って反省することよ」
一瞬、イラっとしたが、流石に今の奏にキレる気にはなれなかった。
「……ごめん」
「ん、許した」
素直に謝ると、奏はそう言って顔を上げた。
「……じゃ、帰りましょ」
「あ? もう? もう少しで花火だけど」
「そんな気分じゃないもの。それに、なんかゲームもらったし、早くやりたいじゃない?」
「お前ゲーム好きなん?」
「や、せっかくもらったからってだけ」
「ふーん」
そう相槌を打ちながら立ち上がろうとした優衣の腕を、奏は反射的に掴んだ。
何故なら、さっきベンチの背もたれを握りつぶした時の血が気になったからだ。
「? どうした?」
なるべく喧嘩をしないように解決したための代償が、何となく痛々しく見えた。本人は全然気にしていないようだが。
しかし、今の奏はハンカチくらいしか持ち合わせていない。これを使えば、優衣の血がハンカチに付着するのは目に見えていた。
「……ま、いっか」
「何が」
優衣の質問を鮮やかに無視して、小さな手提げからハンカチを取り出し、優衣の手に巻いて、手の甲で結んだ。
「……これで良しっ。帰ったら手当だからね」
「別に良いよ。痛くねーし、去年はこのくらいの怪我ならほっといてたから」
「ダメよ。一応、消毒くらいしておかないと」
「あっそ……。まぁ好きにしろよ」
そう呟く優衣も、表情だけは満更でもなさそうだった。
すると「あ、そうだ」と奏は呟き、さらに手提げの中を漁った。取り出したのは、射的でとったピアスだった。
「ね、良かったらこれ付けない?」
「何これ。どうしたの?」
「射的で取ったのよ。今年の夏の間くらいは、一緒にこれ半分づつ付けましょう?」
「テメェ、本当に楽しくなかったのかよ」
「本当よ。まぁ、つけたくないなら私一人でつけるけど……」
語尾になるにつれ、若干元気がなくなる奏。その様子を見て小さくため息をついた優衣は、ピアスを手に取った。
「俺、左な」
「じゃ、私は右で」
そう言ってお互いにピアスを反対側に装備した。青色のピアスが光に反射し、二人の耳を照らしていた。
「さ、今度こそ帰りましょうか」
奏がそう言って立ち上がると、優衣も小さくため息をついて立ち上がり、プレ4を奏の代わりに持ち上げた。
帰るには、さっきよりは混んでいないお祭りの道を通らなければならない。また勝手に何処かに行かれる可能性もあったので、奏は優衣に手を差し伸べた。
優衣も何も言われなくてもその意図を察し、手を繋いで二人で歩いて帰った。
×××
帰り道、もちろんキッチリエンジョイできなかった優衣が「あれも食べたい」「これも食べたい」「全部食べたい」と浴衣の奏を引きずり回し、結局、いつも通り口喧嘩しながら帰った。