速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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DOLL STORY1

 私の名前はアシレーヌ。わけあって、購入されて数分でご主人が変更になった、おもちゃが動くタイプのアニメなら持ち主に復讐に行きそうな設定のぬいぐるみです。

 しかし、私は病気の現ご主人にポカリと勉強用のノートを届けると言う重要な任務があったため、決して捨てられたわけではないのは理解してるから恨んではいません。

 むしろ、元ご主人も時々遊びに来てくれているし、寂しさすらもありません。

 そんな私には二人のお友達がいます。窓を開けたまま下着姿になってはいけないことを現ご主人に伝えるために送られてきたサーナイトさんと、元ご主人と現ご主人を仲直りさせるために送られてきたリーフィアさんです。

 私達のこれからの任務は、現ご主人と元ご主人の恋物語を見守る事。まぁ、正確に言えば見守るというよりも……。

 

「もうっ、あいつったら酷いのよ?」

 

 ニコニコしながら、愚痴(のろけ)を聞いてあげる事なんですけどね……。

 現在は一番新入りのリーフィアさんの頭をつつきながら愚痴っていた。

 

「人の写真集勝手に買うのよ?」

『あの、サーナイトさん、アシレーヌさん。なんスかこれ?』

『それが我々の任務ですよ、リーフィアさん』

『そう、我慢しなさい』

 

 愚痴を聞きながら愚痴り始めるリーフィアさんに私とサーナイトさんは頷きながら返した。

 

「そもそも、あいつったら失礼なのよ。人の裸を見て好き放題言ってさ。セクハラもやめないし」

 

 その割には楽しそうな顔してますね、ご主人。

 

「大体、女性に対する礼儀とか無いのかしら。普通、容姿のことを平気で指摘したりする? 何が『ほら、まだJKだし……俺は化粧がない方が良いかな、なんて……。……い、いくらOLとはいえ……』よ! 失礼だと思わないわけ⁉︎」

『アシレーヌさん、それ完全に照れ隠しですよね? JKって言った後にとってつけたようなOL宣言っスよ?』

『その通りです。そして、不思議なことにプラスルさんとマイナンさん並みに通じ合ってるお二人ですから、ご主人もそれには気付いています』

『んなバカな……』

「ほんと、照れ隠しなんて可愛いわよねー」

『……』

 

 基本、無表情な私達ぬいぐるみなのに、リーフィアさんの表情は今にも砂糖を吐き出しそうな顔に見えました。

 

「大体、あいつって情緒不安定よね? なんかすぐに突っかかってくると思ったら、なんか急に優しくし出すんだもの。正直、よく分からないわ」

 

 それはご主人もですよ。

 

「悪口もワンパターンなのよね、殺すだのOLだの子供みたいに言い立てて、あんな幼稚な口喧嘩する奴他にいないっての」

 

 その喧嘩の相手、ご主人ですよ。

 

「あーもう、思い出しただけでムカつくわ! あの元ヤン野郎! 警察に突き出してやろうかしら!」

 

 それをやったらやったで寂しくなるのご主人ですよ。

 と、そろそろですね。唐突にご主人は寂しそうな顔をしてリーフィアさんをギュッと抱き締めた。

 

「……ま、あんな奴とも明日からはしばらく会わなくて済むんだけどね……。ほんと、清々するわ」

 

 そうは見えません。少し寂しそうに見えます。それを察してか、抱き締められてるリーフィアさんも空気を読んで黙っています。

 

「……明日から、長いなぁ……」

 

 清々するのに長く感じてしまってるんですね……。大体、私達ぬいぐるみにも照れ隠しをする意味ってあるのでしょうか。

 や、まぁ多分、性根から素直ではないだけだと思いますけど。

 

「……」

『……?』

『……?』

『……?』

 

 ご主人が突然黙って、私達三人を見下ろしました。

 

「……どれか一つ、持って行きましょう」

 

 っ⁉︎ も、持って行く⁉︎ どこへ……いや、それは撮影会ですよね。え、私達を? ご主人が持って行くと言うことは……!

 夜中、ご主人の惚気を数日間、ずっと一人で聞かなければならない⁉︎

 それを理解した直後、私達三人はジッと向かい合った。

 

『サーナイトさん、行ってもらえますか?』

『私は嫌よ。リーフィア、あなた新人でしょ? 行きなさい』

『嫌ですよ! 自分、今ご主人の愚痴聞いたじゃないですか! アシレーヌさん、一番年長者なんだから行って来て下さいよ!』

 

 三人で睨み合い。確かに、海の撮影会に同行ということは、家にお留守番してる私達「ぬいぐるみ」では絶対に見ることが出来ない景色を見ることができる。

 しかし、私達のご主人はツンデレマスターの名を欲しいままにしている「速水奏」だ。自分がぬいぐるみを持って来た事は周りに知られたくないだろうし、多分ずっと鞄の中。

 つまり、付いて行っても私達にはデメリットしかないということです。

 

『……サーナイトさん、あなたはこの家に来た時の役割に、一番重大性がありませんでしたよね? なら、あなたが行くべきなのでは?』

『それを言うなら、仲直りという大義名分を背負って来たリーフィアが行くべきでしょう。おそらく、元ご主人ならば「これあれば寂しくないだろ?」的な意味合いも含まれてるでしょうし』

『いやいや、そもそもアレですよね。泊りがけなんスから一番絆の深いアシレーヌさんが行くべきっスよね。アシレーヌさん、みずタイプですし海に行くのにちょうど良いのでは?』

『あのですね、これまで私が1番ご主人を支えて来たのですよ? それを少しは労おうとあなた達は思わないのですか?』

『いやいや、でも抱き枕にされたの一番多いの私だから。人型で一番抱きやすいとかで』

『や、逆に新人の自分には荷が重いっス』

 

 ……誰も引きません。

 すると、いつのまにか部屋から出て行っていたご主人がスーツケースを持って部屋の中に入ってきた。

 まずい、とうとう入れられてしまう……? と、思ったら、ご主人はスマホを耳に当ててまた部屋を出て行った。最近ハマってるオンラインゲームをしに行ったのだろう。

 つまり、私達の代表決めはご主人のオンラインゲームが終わるまでに決めなければならない。

 

『分かりました、じゃんけんにしましょう』

『そうね、それが一番公平だわ』

『や、自分達身体動かさないじゃないスか』

『口で言うに決まってるでしょう』

『頭悪すぎるのであなたが行って来なさい』

『隙あらば行かそうとしないで下さいよ! そんなの納得するわけないでしょ⁉︎』

『はい、出っさなっきゃ負っけよ!』

『『『じゃんっ、けんっ! パー(グー)(グー)!』』』

『え、今なんて言いました? 私はパーですけど』

『じゃあ私チョキね』

『自分もチョキっス』

『ダメですよそんなの! てか、絶対どっちかグーって言ってました!』

 

 と、ダメダメな会話をしてるときだ。窓から元ご主人が入って来た。

 

「……」

 

 え、何してんのこの人? や、今更だけど、さっきの所で引いておけば良いのに……。やっぱり、元ご主人も寂しいとか思ったりするのでしょうか。

 と、思ったら、何を思ったのか元ご主人はご主人のスーツケースを開けた。その中にポケットから缶のコーラをめちゃくちゃシェイクして入れた。

 で、何を思ったのか最後に合掌だけした。多分、さっきのくだりが恥ずかしくなっちゃって、結局チョッカイ出して誤魔化そうとしちゃったんでしょう……。

 

『……元ご主人、陰湿っスね』

『そうね。子供っぽさはうちのご主人の倍レベルだからね』

 

 私もそう思います。

 一仕事終えた後みたいな顔をしてご主人は窓から出て行こうとしたとき、女性が窓に座っていて足を止めた。

 ……あ、この人前にうちに来た。確か、一ノ瀬志希さん、でしたね。

 

「んー?」

「……」

「君誰?」

「や、こっちのセリフなんですけど……」

 

 ……カオスですねこれ。この二人がご主人の部屋で窓から入って来て出会うなんて。

 

「ここ、奏ちゃんの部屋だよね? 何してるの?」

「や、だからこっちのセリフなんですけど。速水の部屋で何してんですかそんな格好で」

 

 そういう通り、志希さんははだけた白衣の下はピンクのキャミソールと短パンのみという薄い格好している。

 

「……あ、もしかしてあれ? 君、噂の河村くん?」

「え? あ、お前アレか。アイドルか」

「そう。一ノ瀬志希だよー、よろしく」

 

 割と仲良さそうに挨拶する二人。というか、この二人がこの部屋で出会うのは一番ダメなんじゃ……。

 

「で、何してたの?」

「ん、差入れを入れに来たんだよ」

「あ、一緒だ! 私も差し入れに来たんだ」

「振ったコーラだけどな」

「私も媚薬持って来た」

 

 ほら、核爆弾の完成。コーラの飲み口に媚薬を入れたり、そのコーラを敢えて机の上に置いて「明日がんばれ」という書き置きを残したりと二人でやりたい放題し始めた。

 何とかして止めたいが、私達は体を動かすことが出来ない。見なかったことにした。

 さらに楽しくなって来たのか、二人はノリノリでさらによく分からない悪戯をし始めた。

 すると、ご主人が部屋に戻って来た。

 

「何やってんのあんたら」

「「あっ」」

 

 因果応報なり。勝手に部屋を荒らされたとかそもそも勝手に部屋に入ったとか嫉妬とか色んなものが混ざり合ったご主人は、顔を真っ赤にして二人に怒鳴り散らした。

 

「出て行きなさいバカ達ッ‼︎」

 

 その一喝で二人は窓から飛び降りて行った。あーあ……結局喧嘩別れしちゃってるし……。

 ご主人は相当お怒りなのか「まったく……」と呟きながら机の上に目を向けた。

 

『……あっ』

 

 私から声が漏れた。あの、ご主人。それは媚薬が……。

 感動してしまったご主人は、そのコーラを飲んでしまった。

 

 ×××

 

 ちなみに、結局私がスーツケースの中に入った。

 

 


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