速水が撮影会に行き、俺はしばらく退屈になる……かと思いきやそうでもなかった。
翌朝、うちのインターホンが鳴らされ、眠気を抑えて出ると昨日の一ノ瀬志希さんが顔を出して来た。
「おはよー! 今暇?」
朝早過ぎんだろ……。まだ9時前なんですけど。
「……暇だけど」
「じゃあ遊ぼうよ。奏ちゃんを肴にして」
「酒の肴みたい言うな。いいよ」
「じゃ、今すぐに……」
「まだ俺起きて朝飯も食ってねえんだよ。少し待ってて」
「はーい」
素直なのはありがたい。とりあえず朝飯を食べて歯磨きして着替えを済ませた。
「ふぅ、良いぞ。一ノ瀬」
「良し、じゃー行こー!」
「どこに」
「んー、とりあえず奏ちゃんのお話し出来る場所」
「俺の部屋で良くね」
「わ、優衣くん意外と狼!」
「は? ……あー」
……そういや速水とか塩見さんで慣れてたけど、女の子を部屋に連れ込むのって普通はあまりない事だよな。や、家の中に上げてる時点で手遅れな気もするけど。
とりあえず、普通の女の子……いや、普通ではない女の子だけど、接し方を変えないと。
「悪い、感覚狂ってた。とりあえずアレで良いか? スタバとか」
「ここで良くない?」
「……」
この女、速水や塩見さん以上に会話するだけで疲労が蓄積されやがる……。
「……まぁ、もう何でも良いわ。で、何を話すんだっけ」
「奏ちゃんのこと〜。とりあえず、何か面白い話ない?」
「んー……そう言われてもな……。別に俺、あいつと仲良いわけじゃないし」
「あら、そうなの?」
「そうだよ。たまに一緒に映画見に行ったりプール行ったり祭り行ったり勉強したりするくらいで別に……」
「超仲良しだね。まずは二人がどう知り合ったのか知りたいな」
どうって言われてもな……まずそこから地雷なんだが……。まぁ、別に親以外であの事件が知れ渡っても俺は困らないし良いか。
「最初に会ったのは俺がここに引っ越してきた日だよ。カーテン開けたら同じくカーテン開けっ放しにしてた着替え中の速水と目があって口論になったのが最初」
「おおー、仲良しだね!」
どの辺がですかね……。少なくとも俺はこの時はあの女に対して嫌悪感しか抱いてなかったから。
「で、まぁアレだ。色々あって……というか、偶然にも行き先で何度もバッタリ出会して、そうこうしてるうちに……まぁ、俺は嫌いではなくなったよ」
向こうはどうだか知らんけど。
「大丈夫だよ、奏ちゃんも嫌ってないと思うよ?」
「心を読むなや……」
てか、今俺顔に出してたか? よく読めたなこの女。
「試験勉強の時とかは競争したしな」
「へぇ、奏ちゃんと?」
「そりゃな……。合計925」
「おお〜、すごいじゃん」
「ちなみに一ノ瀬は?」
「あたし? あたしは普通に千点だよ?」
「ふぁっ⁉︎ せ、千⁉︎ サウザンド⁉︎」
「なんで英語なの? 面白ーい」
……天才って、本当にいるんだな……。どんなに調子良くても……いや、数学ⅱ満点取ったし、頑張ればなんとか……。
「……あの、一ノ瀬さん。勉強教えてくれたりとかしてくれません?」
「んー、良いけどあたしのはあんまり参考にはならないかな〜……。なんていうか、問題を見た途端に答えが直感的に浮かぶというか……」
……うわあ、本物の天才だこの人。
「で、他は?」
「他はー……小梅ちゃん知ってる? 白坂」
「うん。同じ事務所だよ」
「あの子が迷子になってたから一緒に面倒見てあげてたっけかな」
「へぇ〜……なんかあれだね、家族みたい」
「それ幸子ちゃんにも言われたんだけど……」
そんなに親子っぽいですかね……。速水はともかく俺は見た目は高校生くらいだろ……。
「あとは?」
「あとはー……プールとか? 泳ぎを教えてもらったりしたよ」
「へぇ〜……奏ちゃんが?」
「え、そうだけど」
「いがーい、そういう煩わしいの嫌いだと思ってた」
「いやいや、実際あいつ面倒見良いぞ。小梅ちゃんの面倒は見てたし、俺に水泳教えてくれたし、俺の怪我も自分のハンカチ犠牲にしてまで手当てしてくれたし」
「怪我?」
「ああ、ベンチ握り潰したら破片が手に刺さってさ、その時に……」
……そういえば、ハンカチとかあげようかな……。今更感あるけど、俺の所為であのハンカチ血まみれになっちゃっちゃったんだし……。
「一ノ瀬さんさ、今暇?」
「暇だよー?」
「速水にハンカチ買ってやりたいんだけど、一緒に選ばん?」
「良いよ。別に奏ちゃん、善意で怪我治してくれたんだし、弁償なんか気にしないと思うけど?」
「こっちの気が済まねーんだよ」
少し、借りを作りたがらない速水の気持ちが分かったわ。借りとかじゃなく、好意を受けたら返してやりたいという感じだわ。
「じゃ、行くか」
「うん、行こうか」
二人で準備を終えて家を出た。
×××
出掛けた先はいつぞやのデパート。ここなら女性用のハンカチくらい売ってるだろう。
しかし、女性のハンカチどころか男のハンカチも買ったことのない俺はどんなのが良いのか全くわからない。
だからこそ、一ノ瀬がいてくれて助かっている。まぁ、こいつの感性にもよるんだが……。
「で、どんなハンカチにするの?」
一ノ瀬がキョトンとした顔で覗き込んで来た。その仕草、子供みたいでかわいいがお前俺と同い年くらいだろ。あざといわ。
「どんなって言われてもな……。ぶっちゃけ、ハンカチなんて血を拭いただけでダメになっちまうし、あんま高いの買うと気を使わせちまう気がしてさ。かといって、下手なものもあげられないから困ってんだよ」
どんな奴からもらったものでも大事にするから、ハンカチみたいに汚れる事前提のものをあげると、逆に大事にし過ぎてハンカチの役割が機能しなくなる気がするんだよなぁ……。
「一ノ瀬はどう思……あれ?」
辺りを見回すと、誰もいなかった。え、どこ行ったあいつ?
と、思ったら、近くのゲーセンでクレーンゲームに釘付けになっていた。
「何してんだテメェオイコラ」
「ん、いやークレーンゲームってすごいなって思って」
「あ? よく取れるなって? まぁ、ちゃんと捕り方っつーものがあるから……」
「いや、アームの力いじればいくらでも稼げるのになって」
……こいつほんと何考えてるのかさっぱり分からねえ。金が好きなのか?
「何、稼ぎたいの?」
「別に?」
「じゃあ景品が欲しいのか?」
「全然?」
「ならさっさと行くぞ。こんなとこで油売ってる暇は……」
「お、アレ何ー?」
「……」
テメェ、好奇心旺盛かよ。ガキかほんとに。
小さくため息をついてその背中を追うと、眺めてるのは別のゲームだった。銃を撃ってゾンビを倒して行くタイプの。
「やりたいのか?」
「んー……別に?」
「じゃあなんで興味もったんだよ……」
「それよりさ、あれやらない? プリクラ」
「これまた難易度の高いものを……」
「それを奏ちゃんに送ろうよ!」
「やめて下さい死んでしまいます」
なんかあいつ俺が他の女の子と仲良くしてると余計にキレるんだよな。よく分からんわ。
「いいじゃんいいじゃん、ほら早く!」
「待て待て待て! 勘弁してくれない⁉︎ 速水に殺されちゃう!」
「大丈夫! あたしには関係ないから!」
「お前が大丈夫でどうすんだ⁉︎」
しかし、俺の抵抗も虚しくプリクラの機体の中に入れられた。
チョイチョイと一ノ瀬はよく分からんプリクラの機械をいじると、俺の隣に立った。
「よし、撮ろっか」
まぁ、別に速水と喧嘩になっても次の日には治ってるだろうし、何よりあいつ今海にいるし。
そう思って諦めて画面を見ると、フレームはトイレの個室の中で、中央に洋式トイレが置かれていた。
「……何このフレーム」
「なんか面白そうだったから」
頭悪いなこのプリクラ……。
トイレの次は怪獣の口の中。だからなんだよこの頭の悪いフレーム。
そのまましばらく写真を撮ると、裏に回って落書き。
で、予定通りに一ノ瀬は速水にプリクラのL○NEを送った。
「んー、あれ? 既読つかないね」
「まぁ、向こうも忙しいんだろ。それよりハンカチ」
「あ、そうだったね。じゃあ行こうか」
今度こそハンカチを買いに行った。
×××
一ノ瀬と解散して夜中。何となく物足りない気がして、俺は一人でゲームをやっていた。
pso2は中々面白い。徐々に火力が出るようになって来たし、バウンサーに限った話で言えば、SHに行けるレベルまで成長した。
しかし、こう……退屈だな。やることがないっつーか、あんま楽しくないっつーか……やっぱオンラインゲームは複数人でやるに限る。
そういえば、速水は今何してんのかな。もう夕方だし……撮影は終わってみんなで遊んでる時間帯か? や、流石に遊んでる暇はないか……。
まぁ、なんでも良いけどね。何にせよ、今日一日俺にL○NEしてこない程度には忙しいんだろう。別に拗ねてなんかないが。
とりあえず、さっさと寝ちまおう。やる事ないときは寝て英気を養うのがベスツアンスウェアーだろう。
なんて頭の中でにわかネイティブ発音ごっこをしながら、プレ4でようつべを開いて、アップされた「山手線」のモンハンの動画を見てると、スマホが震えた。
「? 速水?」
なんだよ今更……。や、だから拗ねてないけど。
とりあえず、応答くらいしておこうと思ってスマホを耳に当てた。
「こちら、ト○ー・スタークの身代わりアンドロイド。メッセージを……」
『ちょっとこの写真どーゆう事よッ⁉︎』
「……」
キーンと、キーンと来たよ今。お陰でア○ンジャーズでのア○アンマンのネタが通じなかった。
「……声デケーよ。何?」
『何も何もないわよ!』
「何も何も? え、何言ってんの?」
『茶化さないで! この志希とのプリクラはどういう事⁉︎』
「どうもこうもねーよ。撮って一ノ瀬が一緒に送ろうって言うから送っただけだ」
つーか、なんだよこいつ。何にキレてんの? 俺が何処で誰とプリクラ撮ろうと俺の勝手だろ。
『こんなの……! まるで恋人みたいじゃない!』
「お前殺すよ。一ノ瀬と恋人になるくらいなら、まだ塩見さんと恋人になるわ」
『はぁ⁉︎ なんで周子なのよ!』
「や、特に深い意味はないけど。つーか、お前何にキレてんの?」
『何にって……!』
「別に俺が何処でどうしてようが……」
そう言いかけた直後だ。電話の向こうから別の声が聞こえて来た。
『速水……じゃなかった、奏さん。何してんの?』
『っ、た、鷹宮くん⁉︎』
……若い男の声? こいつ、撮影に行ってたんじゃないのか?
『なんかすげぇ怒声が聞こえたんだけど……』
『な、なんでもないわよ!』
『あそう。みんな待ってるよ』
『あとで合流するから!』
『了解』
そこで男の声はしなくなった。
「なんだよ、お前だって他所の男といるんじゃん」
『あ、アレはバイトの子で……!』
「なんでも良いけどよ……。お互い、同じ立ち位置なのにお前だけ一方的にキレる意味が分からん」
『それは……!』
「つーか、俺そろそろ飯だから。もう電話してくんなよ」
『なっ、何よその言い方⁉︎』
「普通の言い方だ。つーかお前の方が声でかい」
『大きさの問題じゃ……!』
長くなりそうだったので、そのまま通話を切ってスマホの電源を落とした。
……なんで今俺、イラっとしたんだ? 別に誰が何処で何してようと速水の勝手、それは俺が速水に言ったことだろうが。
「……はぁ」
なんだか疲れそうだったのでそれ以上は考えなかった。ただ、速水が海に行ってる数日の間はお互いに一通も連絡をしなかった。