数日後、俺は不快な気分のまま部屋でだらけていた。前までの喧嘩では一時間も経過すれば全部忘れてたのに、なんでこんな気分なんだろうな。
つーか、あの男は誰なんだよ一体。や、別に誰だって俺にゃ関係ねーんだけどよ……。ったく、なんだよこのモヤモヤ感。
そもそも、なんで俺もあんなキレたんだ? 自分で自分が分からねーんだけど。
……や、理由は分かる。だが認めたくない。なんか認めたら終わりな気がする。
「……だークソっ」
呟くと、俺は立ち上がった。考えてもダメだ、何も浮かばない。とりあえず遊びに行こう。こういう時は全部忘れるのがベストだ。
そう決めて財布とスマホと鍵だけ持って家を出ると、ちょうど速水と出会した。
「あっ」
「っ……」
……なんだよ、相変わらずサンダーファイヤーフリーザーの解放条件を満たした直後のエムリットみたいに遭遇率の高い奴だな……。
「……おう」
「……うん」
軽く挨拶して横を通り過ぎようとすると、俺の腕を掴んだ。
「っ、な、何?」
「ま、待ちなさいよ」
「だからなんだよ」
「っ……その、この前は……ごめんなさい」
……謝られた? こいつから? 俺が?
「その……私、あなたが志希とプリクラ撮ってるのを見て、少しイラっとしちゃって……」
「なんでイラッとしたんだよ」
「あ、それは言わない」
「あ、言わないんだ」
急にキリッと答えたな。
しかし、あの速水が俺に謝るとか……明日は槍でも降るのか?
思わずぽかんとしてると、恥ずかしくなったのか速水が顔を赤くして怒鳴った。
「だから、その……悪かったわよって謝ってるのよ! 返事は⁉︎」
「謝ってるやつの態度かよそれ」
「っ……な、何よ! 許してくれないっていうの⁉︎」
……そもそも、謝られて少し冷静になったが、あれお互い様なんだよなぁ……。お互いにお互いの近くにいる異性に関してキレてただけだ。
だから、許す許さないの話じゃないんだが……何つーかな、口調の割にそんな不安そうな顔で睨まれると、こう……嗜虐心が芽生えるっつーか……。
「えぇ〜? どぉしよっかなぁ〜???」
……あ、速水から今「ブチ」って音がした。
「あ、ん、た、ねぇ! 人が真面目に謝ってるのに何よその返し!」
「いやぁ? だってねぇ? 俺の心は痛く傷ついたわけですしぃ?」
「だ、大体あんただって途中で急に声低くなったんだからね⁉︎ 私、思わず少しビビっちゃったんだから!」
「あ、あれはお前がッ……!」
そこで俺のセリフは止まった。男といたから、なんて言ったらどうなることか……。
だが、セリフを止めるのは遅かった。速水は既にニヤニヤし始めている。
「ねぇ、何? 私が何なの?」
「何でもねーよ!」
「私が誰といたから何なの?」
「誰って、ほとんど答え勘付いてんじゃねーか!」
「嫉妬してたんでしょー? 鷹宮くんの声につい反応しちゃったんでしょー?」
「テメェ、謝る気あんのかよ本当に⁉︎」
「あるに決まってるでしょ⁉︎ だから謝ったんじゃない!」
「態度がなってねぇんだよ! こっちは心配してやってたってのによぉ!」
「あら? 心配してくれてたの?」
「っ、あ、あーそうだよ悪ぃかよ! 言い過ぎたかもしんねーとかな!」
「へぇー? そうなのー? ……ふふっ♪」
ちっ、幸せそうな顔しやがって。人をいじってる時が幸せとかどうなってんの? この人。
しばらくメンチを切ったものの、向こうはニヤニヤしてるのをやめない。なんだよこいつ、なんか良いことでもあったのか?
とにかく、これ以上はなんかもうダメな気がする。見たところ速水も今帰って来たとこなのか、スーツケースを持ってるし、速水もさっさと帰した方が良いだろう。
「はぁ……俺もう出掛けるから、じゃあまた今度な」
「あ、待って。どうせ暇潰しに行くんでしょ? 私も行って良い?」
「や、お前撮影から帰って来たとこだろ? 疲れてんじゃねーのか?」
「平気よ。待ってて、今着替えて来るから! ……きゃっ」
言いながら、家に走る速水。が、スーツケースが石に引っかかって手から離れて転がってしまった。
「お前、いつからドジっ子属性つけたんだよ……」
「そ、そんなのつけてないわよ!」
「別に慌てなくて良いから。つーか、これ俺持ってやるから先に家に入って着替えてこい」
「あ、ありがと」
言いながら二人で速水家に入った。思えば、窓以外でこの家に入るの初めてかも。
「スーツケースどうする?」
「リビングに置いておいてくれれば良いわ。中身とかは私がやっておくから」
「了解」
それだけ言って速水は自室、俺はリビングに来た。
スーツケースを置くとやることが無くなる。次は何かする事ないかなーと思って、速水の部屋に向かった。
「おーい、速水。俺どうすれば……あっ」
「はっ?」
思いっきり着替え中だった。しかも、汗で濡れてるからか、下着ごと変えようとしている状態。
あー……謝るより目を背けた方が良いよな。まぁ、向こうはどうせ気にしないんだろうけど。
「悪い」
言いながら目を背けてドアを閉めようとした直後、急にドアが加速し、顔の横に直撃した。
「うごっ……⁉︎ な、何すんだコラァッ‼︎」
「う、うっさいわね! 最低よこのど変態覗き魔スケベ痴漢‼︎」
っ、よ、予想以上に怒られたな……。前は俺に見られてもどうだとか抜かしてた癖に……。しかし、前と違って謝ったのに怒られたんだけど……。
何が何だか釈然としないながらも、俺自身も自分の心臓の高鳴りが収まっていないことに気付かなかった。
×××
そこから先はかなり空気が悪かった。速水は不機嫌そうにしながらも頬を赤らめ、俺も俺で気まずくて目を逸らしてしまう。
俺達にしては珍しく、無言のまま歩き続けていた。おかげで、目的地だったゲーセンもなんか入りにくくて通り過ぎ、ただただ歩いていた。
「……」
「……」
な、なんでこんな俺達気まずいんだ……? は、裸見るくらい何度かあったトラブルだろ……。なんで、今更になってこんな……。
と、とにかく何かしないと。このふわふわした空気から逃れられない!
「な、なぁ」
「ね、ねぇ」
なんでドモりまでハモるんだよ……。何処まで以心伝心なんだ俺達は……。
とりあえず、レディファーストって事で向こうに譲ろう。
「「お、お先どうぞ……」」
だからなんでドモりまでハモるんだっつの。天性の合唱隊かよ。
「……」
「……」
お陰で、またハモるんじゃないか、という疑心暗鬼になってお互い何も話さなくなってしまった……。
再び続く沈黙。そのまま歩き続けるもんだから、徐々に体力も失われていった。俺は余裕だが、仕事して来たばかりの速水にはキツイだろう。
気が付けば土手を歩いていた。
「……はぁ」
小さなため息が漏れた。なんだか精神的に疲れた……。というか疲れる。なんでこんな空気になってんだ俺達……。
そんな時だった。
「わっ」
「「ひゃうっ⁉︎」」
後ろから俺と速水の手首が同時に握られ、二人揃ってビクッと肩を震わせた。
慌てて後ろを振り返ると、小梅ちゃんが立っていた。
「二人とも、久し振り」
「っ、こ、小梅ちゃん……?」
「驚かさないでよ……」
二人してホッと一息ついたが、冷静になって考えてみた。この子がいるという事は、周りに霊的にな何かがいるって事なんじゃ……。
「っ! ま、待って小梅ちゃん!」
「そうよ待って! 一旦待って!」
速水まで一緒に両手を突き出した。キョトンと小首を傾げる小梅ちゃんに、俺は静かに聞いた。
「……この辺りに、半透明な人はいないな……?」
「半透明……? ……ああ、あの子の事?」
「「いるんかい!」」
慌てて二人揃って小梅ちゃんの背中に隠れた。
「……大丈夫だよ、良い子だから」
「閻魔のところ行かないでこの辺でプラついてる地縛霊なのに⁉︎」
「地縛霊ってそういうものなの⁉︎」
「地に縛る霊で地縛霊だろうか! 小梅ちゃんに見えてる霊はみんな地縛霊だろ」
「そうなの⁉︎ 小梅!」
「え? ど、どうなんだろ……でも、みんな空とか飛んでるけど……?」
「飛んでるらしいぞ速水! 地縛霊じゃないな!」
「いや地に縛るってそういう意味じゃなくない⁉︎」
「じゃあ、現世縛霊だ!」
「名前長くない⁉︎」
「おい、どうなんだ小梅ちゃん!」
「二人とも、結構余裕あるでしょ……?」
言われて、少し正気に戻った。
「それで、二人は何してたの?」
「あ? あー……まぁ、遊んでたんだよ」
「そうよ。全然デートとかじゃないからね?」
お前なんで地雷にストンピングかましに行くんだよ……。
ほらぁ、小梅ちゃん目をキラキラ輝かせて興味津々じゃん。
「わぁ、やっぱり仲良しさんなんだね、二人とも」
「や、だからな小梅ちゃん……」
「小梅、何度も言うけど……」
「……」
「……」
「……? どうしたの? 二人とも」
……あれ、なんだろ。仲悪いって言えない……。何つーか……口が動かないっつーか……なんでだ? や、もっと正確に言えば言いたくないってところか?
何故か、速水も同じように口を開いたまま何も言わない。なんだこれ、またなんか気まずさが……。
とりあえず、当たり障りのないことを返しておくか……。
「……ま、まぁ、仲悪くはない、よな?」
「えっ? そ、そうねっ、悪くはないわね」
「ほら、仲良しなんだね!」
「や、良いかどうかはね?」
「えっ……」
「えっ……?」
……え、何その「え? 良くないの?」みたいな反応。ちょっとお兄さん分からないんだけど……。
「……ま、まぁ……仲良い、かな?」
「ふふっ」
速水が傷ついた様子だったので認めると、速水が嬉しそうにはにかんだ。
おい、どーいうつもりか知らんが、小梅ちゃんの前でそんな顔すると……。
「わぁ、奏さん嬉しそーだねっ」
「っ、そ、そんな事ないわよ?」
「ううん、今とても素敵な笑顔だったよ」
「っ、こ、小梅……!」
「わ、奏さんがお顔真っ赤にしてるの珍しい…!」
うおお……完全に小梅ちゃんのペースだ。照れも何もかも隠し切れてない速水は、頬を真っ赤に染めて俯いた。
そんな速水に、小梅ちゃんは素敵な笑顔でとどめの一言をぶっ放した。
「奏さん……かわいい♪」
「……〜〜〜ッ! も、もう無理……!」
顔を真っ赤にしたまま、走り去った。
取り残された俺と小梅ちゃん。ボンヤリしたままその背中を目で追った。
照れのキャパを超えたか……。
心の中で最敬礼してると、小梅ちゃんが少し困った顔をして呟いた。
「……奏さんに、悪い事しちゃったの、かな」
「気にしなくて良いよ。むしろ、レアな速水が見れてよかったじゃん」
「うん……。今度、幸子ちゃんに教えてあげよう」
さようなら、速水。明日から君はアイドル中学生のオモチャだ。
「それより、迷惑かけて悪かったな」
「ううん。楽しかったから大丈夫だよ」
「お詫びにクレープでも奢ろうか?」
「ほんと? 行く行……」
と、そこまで話したところで速水が走って戻って来た。
え、何してんのこいつ? と思ったのもつかの間、速水は俺の手首を掴んだ。
「……なんで追ってこないのよ」
「は?」
「私より小梅と一緒が良いわけ?」
わけのわからないことを言われたと思ったら、俺の手首を掴んだまま再び走り出そうとした。
が、速水に俺を引きずる力はない。グッと足に力を入れて引き摺りを拒否した。
おかげで、ガクッと後ろにひっくり返りそうになる速水。
「何してんだお前は。つーか、俺小梅ちゃんにクレープ奢る約束しちゃったから無理だよ」
「なっ、なんでそんな約束してるのよ! 今は私と遊んでるんでしょ⁉︎」
「や、勝手に立ち去ったのお前だし」
「っ……!」
ていうか、肩で息しちゃって……。大丈夫かこいつ。熱中症でぶっ倒れるんじゃねーの?
半眼になって速水を見てると、小梅ちゃんが心配そうな顔で速水に聞いた。
「……大丈夫? 奏さん」
「っ、へ、平気よ……!」
まぁ、バカに付き合ってる暇はないな。
「とりあえず、小梅ちゃんとクレープ食いに行くから、お前は帰って良いよ」
それだけ言って小梅ちゃんと歩き出した直後、後ろから「待ちなさい!」と怒声に似た声が響いた。
なんだよこいつるっせーな、まだなんかあんのかよ……。
「……私も行くから」
「はぁ?」
「ほら、行くわよ!」
小梅ちゃんを間に挟んで手を繋いで三人で歩き始めた。
もちろん、クレープ屋に家族と思われ、速水と喧嘩して小梅ちゃんはずっとニコニコしていた。