夏休みも残りわずか。きっちりと宿題を終わらせた俺は余裕でゴロゴロしていられる。
だが、仕事がどうアレ、宿題をして来なかった奴は今、ヒィヒィと涙目になりながら宿題をしている。
……目の前の女のように。
「……あ、あと少し……!」
「いんやー、pso2は面白いなぁ。やればやるほど強くなるなぁ」
「ちょっと、人が宿題やってる真横でゲームやるのやめてくれない⁉︎ 気が散る!」
「そっかー。……お、レアドロ」
「ああああ! ムカつく!」
「いいから集中しろ、いつまで経っても終わんねーぞ」
「誰の所為よ誰の!」
その言い草に、俺はニヤリと微笑んだ、こいつをいじるのは楽しいからな。とりあえずクリアしてキャンプシップに戻ると、挑発するような口調で言った。
「おいおい、人の所為か? 周りがどんなにうるさくてもやるべき事はしっかりやらなければならないんじゃないのか?」
「だからってあんたも協力すべき事はしなさいよ!」
「俺がここでゲームやってるのとお前が集中出来ないのは別問題だろ?」
「言ったわね。なら、こっちだってこうしてやるんだから」
すると、速水はゲームをしてる俺の背中をグリグリと蹴り始めた。
「おい、やめろ。照準が狂うだろうが」
「あら? 集中出来ないのは人の所為じゃなく自分の所為なんでしょ⁉︎」
「てめっ、上等だよコラァ!」
ムカついたのでコントローラを置いて、速水の方に飛び掛かった。
「ならこれも集中できないテメェが悪いよな!」
「ちょっ、やめなさっ……はははは!」
速水の脇の下に指を差し込み、指をこまめに動かした。
「ちょっ、やめっ、やめなさいってば! セクハラよそれ⁉︎ っはははは!」
「やめるわけねーだろうが! オラ、集中して勉強して見せろよ!」
「でっ、出来るわけないでしょ! ていうかっ、ほ、ほんとにやめっ……!」
「ごめんなさいって謝れば許してやるよ! あはははは!」
「もうっ、ほっ、ホントにっ……やめっ…!」
「はははっ、ははっ……はっ?」
「やめ、てっ……てばぁ……」
いつの間にか、速水の表情はさっきまでと変わっていた。潤んだ瞳、乱れた息、ほんのり赤くなった頬……なんか、エロいな。
そう自覚した直後、俺の心が罪悪感に満たされて行くと共に、なんか、こう……ムラムラして来た。
やばい、どうしようかな空気……。速水は速水で何故か抵抗しないし……。
「……あー、その……なんだ」
「……何よ」
「……宿題手伝うので、許して下さい……」
「……私の言うこと、今日だけでも聞きなさいよ」
「すみません……」
宿題を手伝った。まぁ、合計925点が二人揃った時点で、宿題の終わる早さは尋常ではなくなる。速攻で終わらせた。
「ふぅ……終わったぁー」
ペンを投げて後ろに寝転がった。あー、疲れた。
しかし、疲れるのは割とここからなのは言うまでもない。頬を赤くした速水はさっきからずっとボンヤリしている。
や、もちろん勉強出来る程度の意識はあったが、今はもはや心ここに在らずといった感じだ。
「よし、じゃあ部屋戻るわ」
そう言って立ち上がってみたが、しっかりとオレの腕を掴んで引き止められてしまいました。そこんとこはしっかりしてんのな。
「……待ちなさいよ」
「わーってるよ……」
……まぁ、悪いのは俺だしな。にしても、くすぐっただけで性的な反応されるとは思わなかったわけだが。
「で、俺に何して欲しいの?」
「……」
……だめだ、聞いたところで頬を赤く染めるだけで返事なんかない。こいつほんとにどうしたよ。
「……ね、ねぇ、河村?」
「何?」
「……さっきのは、どうするつもりだったの?」
「は?」
「だ、だから! さっき私のこと押し倒してセクハラまがいのことした事よ! 何のつもりだったの?」
……あー。や、冷静に考えりゃ俺もよく分からないんだよ。
集中力を乱す→物理的な方法で→くすぐりが一番
っていう単純なチャートから出来たもんだからなぁ。まぁ、速水にならくすぐりくらい許されるだろうっていう信頼もあった。
「ま、まぁ、なんだ。お前の集中力を乱すにはくすぐりが一番だと思ったんだよ」
「……それだけ、なの?」
「え? うん」
「……」
なんだよ、なんか不満そうじゃん。え、セクハラ目的っつった方が良かったの?
「……もういいわ、分かった」
「え、何が?」
「とりあえず、今日は私の言うこと聞いてくれるのね?」
……あ、いつもの速水だ。すごい意地悪な笑みを浮かべてる。
「そうね、とりあえずコンビニで飲み物買って来なさい」
「……は?」
「あとアイスも。もちろん、あんたの金で」
「てめっ、金銭面はダメだろ!」
「あんた、セクハラされたってクラス中にばら撒いても良いのよ?」
「おまっ……!」
「何より、あんた今日は私の言うことなんでも聞くんでしょ?」
こ、こいつっ……! や、我慢しろ。今日に限っては俺が悪いんだ。
にしてもいつもより機嫌悪い気がするが……まぁ、今は考えても仕方ない。
とりあえず、コンビニに行って速水の飲み物とアイスを買って来た。
「おら、買って来たぞ」
「遅いわよ、5秒で買って来なさいよ。うっかり家にあるジュース飲んじゃったじゃない」
「テメェ、あんなら買いに行かす必要なかったろうが!」
「は? 下僕のくせに文句あるの?」
「いつのまにか下僕になってませんか⁉︎」
「ま、いいわ。とりあえず、アイスを早くよこしなさい、溶けるわよ」
こ、こいつほんとに……! や、落ち着け。もう沸点の低いヤンキー時代は卒業したんだ。
「……悪かったよ」
「それから、今日から私のことは奏と呼びなさい?」
「なんで」
「何? 文句あるなら奏様にするわよ」
なんで呼び方まで……! しかも、これからって事は今日からずっとって事だろ? や、まぁ呼び方一つで別にキレやしないが。
まぁ、嫌がらせの一環なんだろうな……と思って納得しようとしたが、よく見たら速水……奏の耳が赤くなってるのに気付いた。え、なんで照れてんのこいつ? 照れる要素あった?
「で、奏。他に何かあるか?」
「そうね……。じゃ、とりあえず私のマッサージね?」
「……は?」
「マッサージよ。ほら、早く」
言いながら、奏は耳に掛かった髪を下ろしてその場でうつ伏せになった。こいつ、人の家でリラックスし過ぎだろ……。
大体、テメェさっき体触られて照れてたんじゃねーの? なんでマッサージは良いんだよ。
しかし、ここで文句を言えば「じゃあやっぱパシリ」となりかねない。
「……わーったよ」
「ふふ、気持ち良くしなさいよ?」
「針刺してみるか? 針ツボって奴。俺ツボ知らんけど」
「それはただの必殺○事人よ! 普通に押して!」
とのことで、普通に押すことにした。と言ってもさっきの一件があるので、下手な所は押せない。
……胸や尻みたいなセクハラ案件になりかねない所と、腋の下や脇腹みたいなくすぐったい所を抜きにすると、自ずと背中となってくる。
「……押すぞ」
「お願い」
楽しそうだなテメェはよ……。
半ば呆れながら、肩甲骨の辺りを押した。こう見えて、ガキの頃は親の肩揉みとかで小遣いとか稼いでたんだぜ。
マッサージはやはり、こう……親指の腹辺りで徐々に力を加える感じで……。
「いだだだだ! 痛いわよ! もっと力抜いて!」
「え、そんな力入れてないんだけど……」
「いったいわよ! そういうのいいから普通にやりなさい!」
「や、マジで。親にはこんな感じでやってるよ俺」
「あなたの家はご両親も最強なわけ⁉︎」
その点に関してはノーコメントで。
すると、奏は小さくため息をつきながら体を起こした。
「もういいわよ、マッサージは……」
「で、終わり? ならお前もう帰れ。つーか、なんでうちで宿題やってたわけ?」
「良いじゃない、別に。あなた、私がいればクーラーつけられるんでしょ?」
「まぁそうだが……」
「それよりさ、何かしましょう。せっかく二人でいるんだもの」
「は?」
「……なんてね?」
……え、何今の。どういう事?
そんな感じのことを考えてるのが顔に出てたのか、奏はさっさと話題を切り上げた。
「ほら、早く?」
「……ん、おお。でも何かって何?」
ぶっちゃけ、何しても良いんだが……。まぁ、今の俺の主人は奏だ。俺から何かを言うことはない。
「そうね……。じゃあ、とりあえず今日は一緒にいましょう?」
「……えっ?」
「一緒にいるのよ。何もしなくて良いから、とにかく二人で」
それはどういう……あ、今は俺に命令する内容が見当たらないのか。だからとりあえず自分の近くに置いておきたいんだな。
「了解」
「ええ」
そう言うと、奏は俺の隣に座った。わざわざ俺の肩に頭を置いて。え、なんでこの子こんなにくっ付いてくるの……? なんのつもりなの?
……あ、俺を逃さないためか。自分の身を持って拘束してるんだろう。
「……あ、お昼どうする?」
「ん、どうしようか。何が食べたい?」
「や、俺は別に親と食べるのか俺と食べるのかって意味で聞いただけなんだけど……」
「私が作ってあげるわよ?」
「……え、お前ほんとどうしたの?」
「? 何が?」
「熱でもあんの?」
「別に? ただ、今日は機嫌が良いってだけよ」
……あ、そうか。俺に毒を盛るつもりなんだ。そうとしか考えられないよね。まったく、引くほど嫌な女だぜ……。
……や、それは違うよな絶対。流石にそこまでしないよな。え、じゃあどういうつもりなんだ……?
まさか、こいつに限って俺の事……。
「ちょっと、聞いてるの? 何食べたい?」
不意に声を掛けられてハッと正気に戻った。そういえば、何か作ってくれるんだっけ……。
「じゃあ濃厚豚骨醤油ラーメン九州ラーメン風で」
「あんたはそういう人よね……。嫌いな食べ物はないわね? 勝手に作るから」
「あ、どうも」
……ふむ、困った。本当に何かあったのかよこいつ……。
とりあえず、早急に誰かに相談したくなった。ベジータが悟空にデレれば誰だって困惑するだろ。
とりあえず、塩見さんに連絡を取ろう。幸い、今は奏は料理中だし。
河村優衣『今暇?』
シューコちゃん『何?』
返信早ぇーな。もしかして暇だったのか?
河村優衣『や、ちょっと相談が』
シューコちゃん『何、奏ちゃんとまた喧嘩?』
河村優衣『むしろ逆。異様に親切』
シューコちゃん『どういう事?』
河村優衣『なんか俺に言うこと聞かせてパシらせたと思ったら、いきなり一緒にいろだとか料理を作るだとか』
シューコちゃん『えっ』
向こうにも予想外のことだったのか、しばらく返信が途絶えた。
奏の方を見ると、今食材を切り終えたようで、台所で火をつけ始めていた。
河村優衣『意外だろ?』
シューコちゃん『うん。かなり』
塩見さんでも想定外のことはあるんだな。
河村優衣『どうしよう、どうしたら良いのかな。なんか怖いんだけど』
シューコちゃん『なんで怖いの』
河村優衣『ラオウがケンシロウに「たまには飲みに行こうぜ」とか抜かしたら怖いだろ』
シューコちゃん『今、奏ちゃんをラオウって言った?』
河村優衣『とにかく、どうしたら良いのか分からないんだけど』
や、ほんとに。裏があるんじゃねぇかって思うレベルで。
しかし、塩見さんは逆に質問して来た。
シューコちゃん『どうって……河村くんはどうしたいの?』
河村優衣『は?』
シューコちゃん『別に被害を被ってるわけじゃないんだし、あとは河村くんがどうしたいかでしょ』
俺がどうしたいか、か……。俺だって別に喧嘩したいわけじゃない。むしろ、奏と仲良くなれるなら……。
河村優衣『どうも』
シューコちゃん『いえいえ』
それなら、話は早い。ちょうど、速水も昼飯を完成させたようだ。
「はい、お待たせ」
「おお、サンキュ」
今日の飯はカレーか。ま、カレーは誰が作っても一定のクオリティは出る食べ物だ。
……しかし、奏は以前、メチャクチャ辛くしてくれやがったからな……。
「大丈夫よ、今回は辛くしてないから」
俺の考えなんてお見通しと言わんばかりに奏はそう言った。
「……本当だろうな」
「本当よ」
……まぁ、信じるしかないか。
「でも大丈夫かよ。俺料理出来ないし、お前は料理出来んの?」
「食べてみればわかるわよ」
えー、何それ。信じるか信じないかはあなた次第的な。取引上手かよ。まぁ、腹も減ってることだし食べないわけにもいかないんだが。
いただきます、と手を合わせて一口カレーを食べた。
直後、思わず目を見開いてスプーンを落としてしまった。
「っ……!」
「あら、どうしたの?」
「っ、お、おまっ……これ……!」
「もしかして、美味いとか思っちゃってる?」
こ、こいつ……! マジかよ、え? 何このカレー。海軍? 革命起きてるレベルで美味いんだけど。
「ねぇ、どうなの? 美味しいの? ねぇ?」
くっ、こいつ……! 声の艶が半端じゃない。相変わらず良い性格してやがる。
しかし、嘘ついて不味いなんて言うことも出来ない。でもこの腹立つ表情を浮かべてるのに褒めるのは……! いや、でも、しかし……!
「……まぁ、美味いっちゃあ美味いな」
「つまり、とても美味しいって事ね?」
「どんだけ都合の良い理解の仕方してんだよ。頭の中は銀河の彼方か? 美味いつってもこの前のカレーに比べりゃの話で……」
「はいはい、そういう照れ隠しいいから」
「……」
……この女、やっぱり腹立つな……。
とりあえず、ニヤニヤしてる顔が非常にムカつくので、さっさとカレーを食べ終えた。