速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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ツンデレが開き直ると厄介。

 カレーを食べ終え、俺がトイレに行って戻って来ると、奏が洗い物を終えて待っていた。

 

「さ、行きましょう?」

「え、どこに」

「決まってるじゃない。デートよ」

「……は?」

「なんてね。二人で出掛けるだけだから」

 

 ……なんだ? 奏の癖にからかって来てんのか?

 

「……この野郎」

「ふふっ♪ ほら、行きましょ?」

 

 やけに楽しそうにそう言うと、俺の手を引いて走り始めた。

 

「おい、待てって。どこ行くんだよ。や、どこ行くんでも良いけど、今俺財布持ってないよ」

「じゃあ早く取って来なさい」

 

 言われて、とりあえず財布を取りに行った。ったく、なんなんだ一体。

 小さくため息をつきながら財布とスマホをポケットにぶち込んで、奏の元へ引き返した。

 

「お待たせ」

「さ、行きましょうか」

「おお。……あ、いやその前にどこ行くの」

「んー……そうねぇ」

 

 決めてねえのかよ。まぁ、速水らしいが。

 すると、何か思い付いたのか、小さく手を叩いた。

 

「実は、私の親戚の子がね? 今度高校生になるんだけど」

「へー」

「今だにまともな私服持ってないっていうから、今から買いに行こうと思ってね?」

「今考えたろそれ」

「いいじゃない。何かテーマあった方が良いでしょ?」

「別になくても付き合うよ」

 

 すると、奏は少し意外そうな顔をした。えっ、何その顔。どういう事?

 

「だって今日、一日言うこと聞くんだろ?」

「……」

 

 あ、一気に落胆した顔になった。というか、ジト目になった。

 

「……まぁ、それでも良いわ。とりあえず、親戚の子の洋服見に行きましょう」

「あそう……」

 

 ま、そう言うならそれで良いか。

 とりあえず出掛けて家を出たが、あんまり俺が信じてなかったからか、ジト目の速水が俺を見上げた。

 

「言っとくけど、本当だからね?」

「へーへー」

「あ、信じてないでしょ」

「信じてる、超ビリーブ」

「何よその頭の悪い英語。何なら、いとこの写真見せても良いのよ?」

「……分かったってば」

 

 ……信じてやるとしよう。友達とか言わなかっただけマシだし。だって友達いないもの。

 そんな話をしてるうちに、服屋に到着した。服屋っつーかユ○クロ。中に入るなり、メンズ服に向かった。

 

「あなたはどんな服が良いと思う?」

「どんなって……そのいとこがどんな奴だか知らんのに決められるかよ」

「あら、そうだったわね。えーっとね……」

「や、写真見せろや」

「家にあるのよ。私のスマホには入ってないわ」

 

 なるほどね……。さっきはまだ家出たばかりだったから見れたかもしれないって事か。

 

「えーっとね、性格は負けず嫌いね。好戦的で元ヤン」

「中坊で元ヤンかよ」

「身長は私より高いくらいで、目つきが悪い子なの。だからか友達がいなくて、その癖に妙なところで優しい子なの。……私と同い年くらいだったら男として見てあげても良かったわね」

「……ふーん、あっそ」

 

 ……だからなんでそこでイラっとする、俺。別に奏がそいつとどうなろうが俺の知ったことかよ。

 それよりも、今の話にはツッコミどころが多過ぎるだろ、そこを指摘しろや。

 

「つーか、なんだその変な男。そんなツンデレ丸出しの漫画の中のヤンキーみたいな奴いんのかよ」

「いるわよ」

「や、まぁ、いるんだろうけどな……」

「それも、案外近くにね?」

 

 クスッと意味深に微笑む奏。や、まぁ親戚だし近くっちゃあ近くだが……どうもそれ以外に色々な含みのある言い方に聞こえたんだけど。

 俺が追求する前に、奏は洋服を選び始めた。俺は俺で奏の後に続きながら洋服を見た。

 

「ねぇ、こんなのどう?」

「ん?」

 

 奏がパーカーを持って来た。デザインは悪くないが、普通に生地が厚そうなの。

 

「あー、いいんじゃね。ただそれ今の季節に着るの?」

「今の時期に買うのは秋物よ。あなた、洋服とかあまり買わないの?」

「あーそうだな。……元ヤンが買う服って竜の絵が描いてあるようなパーカーだからな……。季節考えないで片っ端からカッコ良いの着てた」

「……ふーん、なるほどね」

 

 ……くっ、傷口が……! もうあの時代を思い返すのはよそう。

 

「で、これどう?」

 

 改めて聞いてくる奏。奏の持ってるパーカーはメンズ、というよりも女性も着てそうな……こう、男女共用? なデザインだった。

 

「中学生だろ? まぁ良いと思うが」

「あなた着てみてよ」

「なんで俺」

「いいじゃない。男の子が着たらどんな風になるのか見たいのよ」

 

 や、まぁ構わんけど……。

 パーカーを羽織るくらいなら試着室に行く必要はない。その場で着てみた。

 

「はい」

「んー……もう少し暗めの方が良いかしら……」

「それは俺の雰囲気の話か?」

「あなたの雰囲気は暴れん坊将軍でしょ。ある意味明るいわ」

「正義の将軍様か! やったあ!」

「あんた、割とポジティブなのね……。まぁどうでも良いけど」

 

 あ、今呆れられた。まぁ俺でも呆れるわな。

 パーカーを脱いでハンガーに掛けながら元の場所に戻してると、奏が別のパーカーを手に取った。

 

「これは?」

 

 今度取ったのは男性しか着ないようなグレーのパーカー。や、だから中学から高校に上がる高校デビュー狙ってる子には地味過ぎないか?

 

「……地味じゃね?」

「いいからあなた着てみなさいよ」

「だからなんで俺」

「いいから」

 

 いいからを連呼するな。なだめられてる気がするから。

 仕方なくパーカーを手にとって着てみた。うーん、やはり地味だ。や、でもヤンキーに見られないためにはこういう地味な服も欲しいかもしれない。

 

「……うん、これね」

「なんだ、これにするのか?」

「あとはズボンね」

「下半身もかよ……」

「あー……むしろ下半身が問題なのよ。私の知る限りスエットみたいなダボダボな奴かダメージジーンズしか持ってないんだから」

 

 わあ、元ヤンっぽい。そして俺と全く一緒。

 

「ズボンは俺も欲しい。行こうか」

「あら、そうなの?」

「俺もそういうのしか持ってないんだよ……」

「知ってるわよ。そんな気がしてたから」

 

 クッ、こいつ……! や、この際別に良いと考えよう。理由は俺のためではないにしても、ズボンを見に行く良い機会をくれたんだ。

 パーカーを脱いで元の位置に戻そうとすると、奏がそのパーカーを持って自分の腕にかけた。お前それ買うのか? わざわざいとこのために……。

 で、二人でズボンの方へ。

 しかし、奏との関係も随分変わったものだとしみじみ思う。昔は顔を合わせりゃ喧嘩だったのに、今はお互いにお揃いのピアスを片耳ずつにしちまってんだからよ。

 アレから俺は毎日つけて……あ、いやバイト中は流石に外してる。まぁ、ほぼ毎日つけてるわけだが、速水も同じなのか今日もつけている。

 ……そういえば、俺から速水に何かあげたことってあったっけ。ぬいぐるみはあげた、というよりも投げつけた、だし……。

 

「奏、なんか欲しいものあるか?」

「そんな気を使わないでくれて良いわよ」

「いやいや、これだけ一緒にいて誕プレ渡さないのはないだろ」

「じゃあ、私にも何か買わせてね」

「いいよそんな気を使わないでくれなくても」

「一緒じゃない……」

 

 ふむ、下手な宣言しない方が良かったな……。

 

「まぁ、近いうちになんか渡すよ」

「じゃあ、私も」

 

 そんな話をしてるうちにズボンの所に到着した。いやーこういうのだよね。普通のズボン、やっぱこういうのだよ。

 腕のグレーのパーカーを見ながら、奏はズボンを見た。多分、色の合うものを選んでるんだろう。

 ……俺も選ぼう。といっても、元ヤンに普通のファッションは難しい。もう少し雑誌とか読んでからにしようかな……。

 

「ねぇ、ちょっと」

「何?」

 

 奏から声が掛かった。ジーンズ生地のズボンを持って手渡して来た。

 

「履いてくれる?」

「え、また俺が履くの?」

「あなたしかいないじゃない。ほら、早く」

 

 ……そんなにいとこへのプレゼントが大事かね、まぁ入学祝いにするつもりなのかもしれんが。

 

「あ、一緒にこれも羽織ってね」

 

 パーカーも渡され、小さくため息をついて試着室に向かった。

 何故だか複雑な気分で更衣室で着替えを始めた。試着でもこの季節に長袖長ズボンは厳しいが……まぁ、クーラー効いてるし別に良いか。

 着替え終えてカーテンを開けると、奏は「うんうん」と頷いた。

 

「……よし、こんな感じね」

「なんだよ、もう良いのか?」

「ええ。さ、早く着替えて。行きましょう」

 

 この女……誰のためにやってると思ってんだ。

 仕方なく着替えを済ませ、結局何も買わずに店を出た。スゲェ迷惑な奴だったな俺達……。

 や、実際服屋ってこんなもんなのかもしれないけどね。

 

「奏」

「何?」

「結局、なんだったんだよ。今の」

「ん? んー……まぁ、鈍感バカに似合いそうな服を見繕ってただけよ」

「何、お前のいとこ鈍感なの? ラノベの主人公?」

「そういう所よ」

「は?」

「それよりクレープ食べに行きましょう? なんだか甘いもの食べたいわ」

「まぁ良いけどよ……」

「奢りなさいよ?」

「へいへい、奏様の仰るままに」

 

 どうせ今日の俺に拒否権はない。ふて腐れたような返事を返すと、奏は俺の手を横から握った。

 

「な、何?」

「こうしてた方が、デートっぽくて良いでしょ?」

「……はっ?」

「なんてね?」

 

 そういたずらっぽく微笑む奏の顔は、OLなどではなく年相応に可愛らしく見えた。

 ……あれ、なんだこれ。何この感じ? 速水奏って……こんなに可愛かったっけ? あれ? だって速水奏はいつも俺の行くところに現れて、そのくせ人の言動に一々食いかかってきて、その癖割と隙だらけで、俺をいじめるのが何より幸せな女だろ?

 それが……え? なんだこれ。奏が眩しくて見れない。今更になって心臓の高鳴りがすごい。心不全かな?

 

「河村? どうかした?」

 

 俺の顔を覗き込んでくる奏。それによって俺の意識はハッと元に戻った。それと共に、何となく小さくて細かい所が気に食わなく感じた。

 

「……名前」

「へ?」

「名前、俺だけ下の名前で呼ぶのは、なんか変だろ」

「……ああ、そういうコト」

 

 そう呟くと、奏は少し照れ臭くなったのか、若干耳を赤らめてから改めて俺の手を引いた。

 

「クレープ食べに行きましょう? 優衣」

「……ああ、奏」

 

 そう言って手を繋いで歩き始めた。

 

 ×××

 

 その日の夜、全てが恥ずかしくなった俺はずっと眠れなくなった。

 

 


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