速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

3 / 65
昼飯はお弁当にしましょう。

 昼休み。学食に行こうと思って席を立った。さて、飯だ飯。速水との口喧嘩のお陰で見事にクラスから浮いた俺は、初日の友達作りに見事に失敗し、ボッチ飯確定していた。

 その原因を作った速水は隣の席から消えていて、何処かに飯を食いに行ったようだ。

 ここで、俺は選択を強いられている。人生は選択肢の連続、というように速水の行き先も俺のこれからの行動選択肢次第なのだ。

 俺は弁当を持ってきていない、その時点で学食か購買は確定している。その上で、購買でパンを複数個買って別の場所で食うか、それとも学食で食うかの二択である。

 誰もが、ここは購買を選択するべきと思うだろう。何故なら、購買で買えば場所は学内に存在するありとあらゆる場所で食べることが出来るからだ。つまり、選択肢は無限大、無量大数分の一の確率とかもはや哲学である。

 しかし、そんな星の数以上の選択肢の中から一択を見事にピンポイントスナイプして来たのが俺と速水さんだ。

 ……つまり、ここは裏をかいて学食が正解、というのも実はダプルトラップである。学食、とは逆に言えば昼飯を買ったら食堂で食べなきゃいけないのだ。席の数は少なくとも100席以上、確かに多いが無量大数に比べたら虚数の彼方に等しい数字だろう。

 よって、やはり購買……というのも実はトリプルトラップで、俺にそう判断させるフェイント……というのも罠なので……。

 ……よし、終わらない。俺の思考回路が無限大だわ。どちらにしてもどちらかに行かねばならないんだから、男らしくビシッと決めよう。

 さて、どちらにしよう……と、考えてると、クラスの連中の会話が聞こえてきた。

 

「食堂行こうぜ」

「あー俺弁当だわ」

「なら弁当食堂まで持って来いよ」

「ああ、それ良いね」

 

 ! なるほど、そいつは妙案だ。購買で買ったもんを持って食堂で食えば良いのか。

 それなら確かに有りかもしれない。食堂で学食以外のものを食べる奴は大体、友達に付き合っているだけだからな。というか、そもそも食堂なんて一人で飯食うところじゃない。周りの奴には「ボッチ過ぎるだろ」と思われるのがオチだ。

 よし、購買で買ったもんを食堂で食べよう。そう決めて教室を出た。

 

 ×××

 

「はぁ〜やみさぁ〜ん、いい加減にしてくれって本当に……」

 

 俺の席の前では、速水さんがパンとおにぎりを食べていた。

 

「……それはこっちのセリフ。今日はお弁当ないから……」

「いや、もう思考回路の下りは良いわ。長そうだし多分一緒だし」

 

 俺の席の前にもパンとフライドチキン、それとシャケおむすびが並んでいる。周りの「なんであいつら食堂で購買のもん食ってんの?」みたいな視線が突き刺さっていた。

 まぁ、この時間の食堂は混むし、ほとんど席空いてなくてうろうろしてる連中もいるから俺達はかなり邪魔に思われても仕方ないだろう。

 

「お前なぁ……。席空いてない奴の気持ちも考えろよ」

「あんたに言われたくないわよ。大体あんた……あむっ、んっ……ごくっ、ふぅ。ここにいる時点で同じ穴の狢なの分かってる?」

「もっちゃもっちゃ、ゴクッ、物を食いながら話すんじゃねぇ」

「音を立てて物を食べないで」

 

 ……ほんとムカつくなこいつ。

 

「大体、俺がこうしてるのはお前の所為だからな。今朝、お前が変に声をかけて来なけりゃ、俺は今頃、友達の一人や二人くらい作って一緒に飯食ってたんだから」

「なんでも人の所為にして……小さい男ね」

「お前に言われたくねーんだよ」

 

 おっぱい以外全部小さい癖に。

 はぁ……なんか早くも転校したくなってきた。友達作りには失敗して、代わりに嫌いな女と飯食う事になって……。心底胸糞悪い。

 まぁ、どうせ後二年で卒業と思えば気が楽だ。しかも、三年になれば受験だし友達付き合いなんてしてる暇もないだろう。とりあえず、早く夏休みになって欲しいぜ。

 そんな寂しいことを考えながら飯を食ってると、目の前の速水が袋を開けた。中から出て来たのはカレーパンだった。

 そのカレーパンをかじると、カレーの良い香りが広がった。

 

「……」

「……何?」

 

 あまり見過ぎていたのか、速水が不機嫌そうな顔で聞いてきた。

 

「……や、なんでもない」

「……あ、もしかしてこれ食べたいんでしょ」

 

 ……簡単に見破られた。ハッキリ言って超美味そう。飯食ってんのに腹減って来たからな。

 けど、その、何?こいつに頭下げるのは絶対に嫌だ。

 

「……や、いらん」

「あらそう?」

 

 すると、何を思ったのかこっちに身を寄せて来た。で、カレーパンをわざわざ俺の前に回してきて、あと1センチで口に届くか?という距離でカレーパンを引き返らせ、自分の口に運んだ。

 

「あー、美味しい……。この辛味が最高ね、このカレーパン」

 

 このクソアマッ……!殺してやろうか本当によう……!

 

「……そんなもんあったか?俺が行った時には無かったんだけど」

「あるわよ。ただ、人気があるから早めに行かないと買えないんだけどね?」

「チッ……」

「あら、何に対する舌打ち?別に食べたくないんでしょ?」

 

 おっと、ムカつきましたよ今のは。机の上に等間隔に置かれてる胡椒を手にとって、速水の手に乗ってるカレーパンに思いっきりぶちまけてやった。

 

「あー!ち、ちょっと何するのよ⁉︎」

「悪い、手が滑った」

「あんたの買った食べ物の何処に胡椒を使う要素があったのよ⁉︎」

「うるせぇバーカ」

 

 言いながら反撃される前にフライドチキンを全部食べた。残りはパンとおにぎりだけ。

 

「良かったじゃねぇか、特に最高な辛味が増したんじゃねぇの?」

「っ、あ、あんたねぇ……!」

「美味しそうじゃないですか、是非食べてみて下さいよ。え?速水さんや」

「そう思うなら、あんたが味見したら?」

「はぐっ⁉︎」

 

 直後、口の中にカレーパンが突っ込んできた。カレー本来の辛さと胡椒の微々たる辛さが口の中で怒涛のインファイト、一言で言って美味くはなかった。

 

「ケホッ、ケホッ……!て、テメェ何しやがんだババァ!」

「美味しそうだったんでしょう?どう?美味しかった?」

「コノヤロッ……!ああ、美味かったからお前も食ってみろよ!」

「キャッ⁉︎」

 

 速水が手に持ってるカレーパンを握って口の中に突っ込んでやった。

 

「っ……!ゴクッ、あ、あんた何すんのよ⁉︎」

「ああ⁉︎お前のためにやってやったトッピングが中々美味かったから食べさせてやったんだよ。美味しかったろ」

「そんなわけないでしょ⁉︎これが美味いってあんた味覚おかしいんじゃないの⁉︎」

「味覚は人それぞれだ!」

「ならこれ全部あんたにあげるわよ!」

「いらねぇよ!」

「矛盾!」

 

 お互いにヒートアップして席から立って言い争いしてる時だ。気が付けば食堂のメンツが俺達に注目してるのに気付いた。

 え、何あの二人。うるっせぇんだけど、みたいな顔して注目を浴びていた。

 

「っ、あ、あんたの所為だからね……!」

「お前の所為だろうが……!」

 

 とりあえず居心地が悪くなったので、俺も速水も教室に帰ることにした。

 

 ×××

 

 放課後。教室を出て廊下を歩いてると、トイレから出て来る速水とばったり出会した。もうこの程度ではお互いに驚かなくなり、小さなため息ひとつで済んだ。

 学校を出て二人で歩いてると、速水が心底うんざりした様子で呟いた。

 

「……はぁ、本当に昼休みは恥ずかしかったわ……」

「なんだよ、当て付けかよ」

「普通、人が買ったカレーパンを台無しにする?うちの購買、カレーパンだけはなぜか美味しいのに」

「知らねーよ……。や、まぁ確かに他のパンはイマイチだったけど」

 

 特に俺の食ってた焼きそばパン、あれ焼きそばがもっさりし過ぎな。パンと全然合わなくて笑えないレベルで美味くない。不味くなくて美味くないから困る。

 

「あのパン、競争率高いのに……」

「そんなにかよ」

「そうよ。あなたとご飯食べたくなかったから、食堂で購買のもの食べようと思って、でも購買のパンはカレーパン以外美味しくないから、授業終わったら許される速さで走って行ったのに……。結局、あなたと食べてカレーパンは台無しになるんだもの……」

「あーもう、うるせぇな。明日買い直してやるからそれ以上グチグチ言うな!ねちっこい!」

「あら、良いの?」

「良いよ別に。台無しにしたのは事実だしな」

 

 残念なことに、目の前の奴と一緒に飯を食べたくない気持ちだけは理解してしまった。その上にカレーパンがダメになればそりゃテンションも下がる。

 

「ちなみに他に美味いのって何?」

「あんたの食べてたチキンも人気よ。逆にあんたよく買えたわねって感じ」

「ああ、あれ人気なんだ。正直セブンとかの揚げ鶏とかのが美味かったけど」

「そりゃ学食のレベルだもの……。値段は110円なんだし、我慢しなさい」

 

 ま、そりゃそうか。

 

「ちなみにカレーパンはいくら?」

「120円」

「そんなもんか。カレーパンだけで良いのか?」

「は?他にも奢ってくれるの?」

「いやいらんならいいけど」

「じゃあ、あとAセット定食で」

「殺してやろうか!購買でおにぎりを後……せいぜい二個ってとこに決まってんだろ!」

 

 図々しいなこの女!

 

「アイドルの癖にガメついなお前……」

「あら、私がアイドルなこと知ってるの?」

「知ってるよ。先生に聞いた。とても信じられなかった」

「どういう意味よ!」

「外見の割にお淑やかさのかけらも無い女がアイドルとか世も末だなと」

「あんたぶっ飛ばすわよ⁉︎」

 

 かかって来いよ、JKの拳一発くらい効かねーから。なんて言いたかったけど言えなかった。絶対、元ヤンの話に繋がりそうだったし。

 

「ていうか、それなりにテレビに出てるんだけど本当に知らなかった?」

 

 少しショックだったのか、恐る恐る聞いてきた。ああ、まぁ芸能人だし周りに知られてなんぼみたいなとこあるからな。

 

「まぁ、俺全くテレビ見てなかったからな」

「テレビくらい見ておかないとダメよ。クラスの子と話し出来なくなるわよ」

 

 そんなもんかね。うち高校の連中は「テレビ見てない」って言う奴らかなり友達いたからな。なんかすごいテレビ見ないこと自慢してた。あれ?でも俺もテレビ見ないのに友達いなかったな、不思議。

 

「ていうか、あなた私をアイドルと知っても全く態度変えなかったわね」

「? 当たり前じゃん。アイドルだからってなんで態度変える必要があるわけ?」

 

 そう答えると、何故か少し驚いた表情を見せる速水。何に驚いてるのか知らないが、続けて言った。

 

「大体、速水の場合はアイドルっぽさ皆無だから、どんなに頑張ってアイドルっぽさを思い描こうとしても多分無理だし」

「……少しの感動を返しなさいよ」

「は?感動?」

「何でもないわよバカ」

「お前がバカ」

「……」

「……」

 

 睨み合いの末、口喧嘩が始まった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。